ここは何処だ? 俺は一人立っていた。自分の周りには、沢山の変死体。そこから流れる血により、地面は赤黒く染まっている。そして、その先にいるのは……一人の女の子。忘れることのできない、今でも心の奥では考えて止まない、大切な妹。
手を伸ばしても届くことはなく、触れることも許されない存在。それでも、俺は手を伸ばす。もう少し、後もう一寸で……でも、聞こえてしまった、かすれた声が、あの拒絶の言葉が。
―――来ないで、化け物!!
そこで俺は、目が覚めた。ベッドから勢いよく上体を起こす。息は絶え絶えであり、窓から漏れる朝日に額に浮かぶ汗が輝き、背中には寝巻きがぐっしょりと濡れるほどの汗を掻いていた。俺が見る、いつもの悪夢だ。
「くそっ!」
俺は小さく毒づいた。
第一話 其の名はマグナ=マーン
ある一室で起きた俺、マグナ=マーンは大きな溜息を溢し、今いる部屋の周りを見回した。床には染み一つ無い絨毯が敷かれたおり、何かのアンティーク物の机や椅子、天上には小さなシャンデリア。そして今、俺が眠っていたダブルベッド。どうやら、ここは金の派閥である寮の一室らしい。
俺は静かにベッドから抜け出し、汗で濡れた気色悪い寝巻きを脱ぎ、服を着替える。と、後ろの方で何やら気配を感じた。それはベッドの上でモゾモゾと動き出し、起き上がった。
そこにいたのは紅い着物を着ており、頭からは白い狐耳が生えた少女。目を擦りながら、こちらに少しずつ焦点が合っていく。そんな可愛い仕草に苦笑する俺は、優しく朝の挨拶をした。
「おはよう、ハサハ」
ハサハと呼ばれた少女、コクンと頷き、俺に挨拶を返した。
「うん……おはよう、おにいちゃん」
そんな何でもない、この雰囲気が、俺は好きだ。何事もなく朝を迎えられ、そして傍らにいる少女に挨拶をする、こんな何でもない習慣が……。と、そこでドアのノック音がした。
「……誰だ?」
無意識に、俺は先ほどとは違い、厳しく冷たい声へ切り替えた。
「マグナ様、朝食の準備ができております。食堂まで御足労をお願い致します」
メイドの声である。それに俺は、「わかった」とだけ答え、外套を羽織って、ハサハをつれて食堂へと向かった。
ここで少し、この世界【リィンバウム】の話をしよう。リィンバウムは、マナが豊富な世界であり、人々はここを聖地と呼び誇った。そして、このリィンバウムを四つの異世界が取り囲んでいる。
【機械ロレイラル】
機械文明の発達により、意志を持つ機械たちが支配する世界。
【鬼妖界シルターン】
鬼や妖怪、そして竜などが住む平穏な世界。そしてリィンバウムの他に唯一人間の住む世界。
【霊界サプレス】
天使や悪魔、亡霊や妖霊など、実体を持たない『霊的な存在』が住む世界。
【幻獣界メイトルパ】
幻獣や精霊、獣の特徴を持つ『亜人族』が住んでいる自然溢れる世界。
その四つの世界は、聖地と呼ばれるリィンバウムを我が物にしようと攻め込んできた。人々は、そんな彼らに対抗する力など無く、侵略者のなすがままとなった。そんな人間たちに同情したのか、世界の意志と呼ばれる【エルゴ】は、彼らにある【武器】を与えた。
―――【送還術】と呼ばれる武器を。それは、異界より来た侵略者を強制して送り返す術。これにより人間たちは、そしてリィンバウムはすくわれた。しかし人間という存在は、欲深いものである。彼らは、この送還術を研究し、その逆、つまり異界の者を強制的に呼び出し、従わせる術を編み出した。それが今、リィンバウムで広がっている奇跡の魔法、
―――【召還術】であり、それを使うことのできる者を皆は畏敬を込めて、こう呼ぶ……【召還師】と。俺もその一人で、隣にいるハサハは、俺がシルターンから呼んできた召還獣であり、護衛獣である。
そして彼らは、召還術の技術や自分たちの権利を守るために、さまざまな組織や集団を作り始めた。その一つが俺がいる【金の派閥】、金儲けのために術を使う組織。
食堂についた俺たち。ここもやはり凄い装飾が施されている。何処かのレストランとも思える広さ、寮室とは比べることはできないほどのシャンデリア、そして、テーブルには食べきれない程の食べ物……。
俺とハサハは、開いているテーブルに着くと食事をし始めた。そんな中、周りのテーブルに座る連中からは、視線を感じる。それは羨望、それは畏敬、それは妬み……。そんな視線を俺らは、完全に無視し黙々と食事を摂る。と、そこへ金の甲冑を着た一人の兵士がこちらに向かってきた。そして、俺の前まで来ると兵士は姿勢を正し、敬礼する。
「マグナ様、議長ファミィ=マーン様がお食事の後に、執務室に来て欲しいとの事です」
「母上が? 用件は聞いていないか?」
兵士はそのままの姿勢で「存知あげません」と言う。どうやら母上は、早急に連絡したいことがあるようだ。俺は一つ頷き、
「わかった。すまないが、母上には直ぐに向かうと連絡しておいてくれ」
兵士は「はっ」と、声と共に頷き、食堂を出て行った。俺は何もなかったように食事を再開するが、周りはそうはいかないようだ。こちらへの視線が更に強くなっていく。それに嫌気がさし、俺は連中を睨みつけた。刃のように鋭く、鉄のように冷たい視線を……。そんな眼に皆は慌てて視線を逸らす。一つ溜息をもらし、俺はハサハを連れて食堂を出た。
執務室に入るとそこには、机の上の書類と格闘する我が母君、ファミィ=マーンの姿があった。自分という存在を拾ってから何年か経っているのに、その美貌は衰えることはない。少しすると母は、俺が座っているソファーの対面に座り、微笑んだ。
「おはよう、マグナちゃん。朝早くから呼び出して御免なさいね」
「いえ、気にする必要はありませんよ……それで何かあったのですか?」
俺の質問に何故か困ったような顔をする母上。なんでも、この【聖王国】の首都、【ゼラム】にて我が妹、ミニス=マーンと、同じ派閥のケルマ=ウォーデンが何やら騒動を起こしたと連絡が入ったそうだ。正直頭が痛くなる思いだが……。
「それでね、マグナちゃんにミニスちゃんの迎えをお願いしたいのよ。連絡によるとあの子、蒼の召還師たちと一緒にいるらしいのよ」
母の最後の言葉に、マグナは表情が動いた。蒼、つまり【蒼の派閥】と呼ばれる組織。俺らの派閥とは犬猿の中である。何故、ミニスが彼らと行動を共にしているかは知らないが、心配でないわけではない。
「わかりました、明日にでもハサハを連れて迎えにいってきます」
「お願いね」と微笑みながら母上が言う。俺は、母に一礼して退室しようとした時、「あ、あとね」とファミィが付け加える。その表情は先程の微笑ではなく、真剣なものだった。
「数日前に、何者かによってレルムの村が襲われたの。住人は全滅、誰の仕業かわからないけど、報告によるとその少し前に黒い鎧を来た騎士団が村に向かっていたらしいわ」
レルムの村といえば、聖王都【ゼラム】の北に位置ある小さな村。盗賊か……俺は言い知れぬ不安と、そして怒りを感じた。自分も同じ経験をしているためだろうか、拳を強く握っていた。と、「マグナちゃん」と母上の優しい声が聞こえた。母は、ただ俺を見て笑顔を向けている。
―――まったく、この人に敵わないな……そんな微笑みに俺は冷静さを取り戻し、執務室を出て行く。今は、それよりも妹のミニスを迎えに行かなくては…、そんなことを考えながらも、これから起こる何かに俺は不安を感じていた。
あとがき
ま~、こんな感じかなと思って書いてみた、はちみつボーズです。話的にはマグナを中心で進むため、トリス側は、原作と同じ行動をとるので(原作の)五話までとばします。そして、次で多分再開します。そこまでうまく書ければ、ですが……。