その2人を見つけたのは、よく晴れた午後のことだった。
前日と同じく、ケーキ屋でアルバイトでもしようかと思っていたのだが、生憎手は足りているとのことだったので、フォルテと一緒に再開発地区を歩いていたときだ。
「おい、ありゃあレルムで会った自警団の双子じゃねえか!」
急に声を荒げたかと思うまもなく走り出すフォルテを追ってみると、そこには確かに見覚えのある2人がうずくまっていた。
慌てて様子を見ると、怪我だらけではあるものの、意識ははっきりしている。
「おい! アメルは無事なんだろうな!?」
赤毛の方はとにかくアメルが気になって仕方がない様子だ。
フォルテの顔を伺うと、ホッとした表情が目に入ったから安心した。
「命に別状はなさそうだ。俺が2人を連れて行くから、お前は先に戻ってギブソンの旦那たちに事情を説明しておいてくれるか?」
「分かった」
非常事態に驚きながらも、あれだけの危機から生還した知り合いを見つけられたことは嬉しかった。
思わずこぼれ出る笑みを押さえることすらせずフォルテの指示通り邸に戻った俺を出迎えたのは、意外な人物。
「ミモザ!」
「あら、どうしたのかしら?」
昨日までとは打って変わって、実に普通な雰囲気を纏っていることに多少の疑問を抱きつつ、事情を説明する俺。
ミモザは途中でさえぎることなく聞き終わった後、急いで客間を整えると言って邸内に戻って行った。
「タクマ! ロッカとリューグが来たんだって!?」
「事情説明、終わっている。今、ケイナと、中」
「分かった! アメル、行こう!」
しばらくして帰ってきたマグナは、何故かアメルと一緒だった。どうやら2人で語り合っていたらしい。
今までなら、こんな自由時間に話し込む相手はネスティだったのに、どういう心境の変化だろうか。
マグナを呼びに行っていたネスティの表情を伺い見ると、心なしか嬉しそうにも寂しそうにも見える。
「ネスティ? 何か、あったか?」
「ああ、いや……」
ネスティがこんな歯切れの悪い物言いをすることも珍しい。
こと、マグナのことに関しては俺に隠したり言いよどんだりすることなど無かったというのに。
「何でもないんだ。ただ、この旅が終わる頃には、マグナも僕を必要とすることは無くなるのかな、と思ってな」
おいおい。それじゃあ娘の成長を寂しがる父親みたいじゃねえか。
思わず吹き出してしまった。
「タクマ、何がおかしいんだ?」
憮然とした表情で俺を睨みつけてくるネスティ。
悪い。マジ面白すぎる。
「心配、しなくても、そんな日、来ない」
マグナは俺と同じだ。
ネスティという存在は自分の中でとても大きな割合を占めていて、なかったことになんてできるわけが無い。
こいつはもう少し、周りの人間を信じるということを覚えたほうがいいと思う。
「周りを信用した方がいいのは君のほうだ。正直、ミモザ先輩に対する君の態度はどうかと思うぞ」
しまった、やぶへびだったか。
少しからかってやろうと思っただけだったのだが、存外この話題はネスティの小言を引き出してしまった。
それまで横目に会話をしていたのが、俺に向かって真っ直ぐに向き直ってくる。
だが、どんなに大人気ないと罵られようと、俺にはプライドのかけらくらいは残っているのだ。
「君が理由もなく今のような行動を取るとは僕も思っていない。何があったんだ?」
心配して話しかけたのは俺の方だったはずなのに、いつの間にかこっちが心配されてしまった。
こんなことでは、年上としての威厳なんてあったものではない。
まあ、元々そんなものあったとも言えないわけだが。
結局俺は、ネスティに洗いざらい吐かされることになった。
以前、街でヘンタイとして捕まったことから始まり、バルレルに聞かされた今の現状に至るまで。
最後まで聞き終わったとき、ネスティから向けられたのは大きなため息一つだけだった。
「大人気ない、わかってる。でも!」
「ちょっと待て。初めの拘留のことは分かったが、この邸でのことはおかしいな」
こめかみを押さえながら、俺から視線を外すネスティ。
まさに、頭を抱えている、という状態だ。
「僕はミモザ先輩がそんな話をしているところは見たことが無いぞ」
……何だって?
「まあ確かに、君に対して良い感情を持っていないのは事実だ。だがそれだって、世話になっているのに碌に顔も合わせようとしないんだから当然だろう」
言われてみれば、確かにそうだ。
一番初め、この邸に逃げ込んできたときこそ頭を下げるくらいのことはしたが、ギブソンならともかく、俺はミモザに対して朝の挨拶一つしたことが無かった。
だがだとしたら、バルレルから聞かされたあの話はなんだったというのだろう。
「さあ、僕には何とも言えないが……。直接本人に聞いてみたらどうだ?」
ネスティの視線が不自然にそらされていることに気づきそちらを振り返ると、実に楽しそうな顔で無邪気に笑っているバルレルが目に入る。
いつの間に聞いていたのか、そこにはマグナとアメルもこちらを見据えながら立ち尽くしていた。
「バルレル、タクマに何を言ったんだ?」
顔を顰めながら言うマグナは、いつになく怒っているようだ。
対照的に、バルレルは楽しそうな表情を隠すことすらしていない。
「なァんだよ、もうバレちまったのか」
悪びれることも無くケラケラと笑いこけるその様子は、邪気が溢れすぎていっそ天使のような朗らかさだ。
要するに俺、騙されていたらしい。
「なんで、そんな、嘘、つく」
「この邸は胸くそ悪い空気がプンプンするからよ。これはちょっと、居心地のいい空気でも作ってやろうかと思ってよ」
悪意渦巻く、素敵な空気ってヤツか。そうなのか?
冗談じゃねえぞ。
俺がどれだけ傷ついたと思ってやがるんだ、このくそガキが。
あんまり腹が立ったんで、バルレルの尻尾と羽を思いっきり引っ張ってやった。
非力な俺ではあるが、軽く涙目になりながら嫌がるバルレルを見るに、これはなかなか効果があるようだ。
しかし、俺の傷口をピンポイントにえぐってくるあたり、悪魔というのは流石としか言いようが無い。
俺がミモザに感じていた苦手意識の理由がどうしてわかったというんだ。
「そりゃお前、毎晩夜中に寝言言ってたからだよ。メガネ女め、俺は少年趣味じゃねえぞ、ってな」
拗ねたような口調で答えられても、なあ。
ってことはなんだ? バルレル以外の連中も知ってたってことか?
「僕は、初耳だな。マグナはどうだ?」
「う、ごめん。ちょっと知ってた」
「わ、私も……。でもまさか、それが原因だなんて思ってなくて」
何かもう、面目丸つぶれだぜ。
その日のうちに、俺はミモザへ改めて謝罪に向かうことにした。
ネスティたちは今日合流してきた双子の看護でつきっきりになっている。
怪我がひどいのは心配ではあるが、アメルが元気になったようで安心した。
彼らのことはネスティやマグナに任せつつ、俺はミモザの部屋でひたすら謝り倒している。
事情を説明し、自分の一方的な誤解であったことも伝えると、怒り狂うかと思っていたミモザは苦笑ながらにそれまでの俺を快く許してくれた。
外食先で、ギブソンから大体の事情を聞いていたらしい。
更に、その時初めて俺がネスティの召喚獣であることを知ったんだという。
「ごめんなさいね。あんまりこの世界の人間と変わりが無いものだから気づかなくて」
俺が言葉に不自由なのも、ただ単にスカしていてまともに喋らないだけだと思っていたんだとか。
自分が他人からどう見えているのか、かなり気になったが言及はしないことにした。
「本当に、悪かった」
「もういいわよ。お互い大人気なかったし、ここはおあいこということにして忘れましょう」
うん、なんか、思っていたより大分いいヤツかも知れない。
和解し、打ち解けた後の会話はとても盛り上がった。
特に、幼い頃のネスティの話題に事欠かないのがいい。
俺はネスティの部屋に引きこもっていたから知らなかったのだが、かつてファナンへネスティが向かったときには、ミモザも同行していたらしい。
「おや、随分と話が弾んでいるようだね」
「ギブソンじゃない。どうしたのよ?」
「いや何、タクマも誤解に気づいたようだし、どうしているかと思ってね」
つい先日泣きついていったこともあり、本当に恥ずかしい思いで一杯だ。
「ギブソンも、悪かった。俺も、もっと、落ち着きを、持つように、心がける」
「うん、いい傾向だ。境遇を嘆くばかりで現実を見据えることができなくては、この先やっていけないだろうから」
本当に、その通りだと思う。
年ばっかり食っちまったが、結局俺の内面ときたら、召喚されてきた頃の高校生時代と何も変わっちゃいねえってことだ。
今後、今回のような恥をかかないためにも、もう少し大人にならなくちゃいけないな。
「それと、タクマに聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「君はシルターンから来たのだと思っていたけど、違ったのかい?」
ギブソンは急に真剣な顔になって尋ねてきた。
シルターン、という世界は人と鬼とが暮らす、昔のニッポンに良く似た世界らしいが、俺はその世界の出身ではないはずだ。
「ネスティは、名もなき世界、から、呼んでしまった、と、言っていた」
応えた俺に、2人がはっと息を呑むのが分かる。
驚いて見回してみるが、何故こんな反応を返されるのか予想もつかない。
「それってまさか、ニッポンというところ?」
搾り出すように紡がれたその言葉に驚くのは、今度は俺の方だった。
「何で、知ってる!? もしかして、帰り方、分かるのか!?」
2人は顔を見合わせて、深刻な表情を浮かべている。
しばらくの沈黙の後、口火を切ったのはギブソンだ。
「結論から言うと、元の世界に帰る手段は現状では無い」
その言葉は、俺にとっては絶望的だった。
何が何でも帰りたい、と切実に思っているというほどでもなかったが、いかんせんこの世界は物騒すぎる。
いつかは帰ることができるのだと、思っていたかったのに。
「気の毒だけど、事実よ。私たちはアナタの他にもう1人、ニッポンという国から召喚されてきたコを知ってるわ」
これも、予想外だ。
事故でしか呼ばれないと聞いていたから、そんな偶然は期待したことも無かったし。
ミモザが言うには、その人物はまだ10代そこそこの少女なのだという。
ナツミ、というその名前は確かに、俺の知っているニッポンから来たのだとしてもおかしくない。
旧王国に呼び出されたという彼女は俺と違って戦う力や特殊な能力を有しているらしいのだが、それでもやはり帰還は難しいとの結論になったんだとか。
「君が望むなら、連絡を取ってみるくらいのことはできると思う。どうする?」
願ってもない申し出だった。
「会って、みたい。いつか」
「分かった。旧王国へ手紙を出すことになるから、返事はかなり遅くなると思うよ」
それでもいい。
だって、ひとつ、確かな夢ができたのだから。
「よろしく、頼む」
その日まで、希望を持つことができるじゃないか。
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もっとミモザとピリピリし続けようと思っていたんだ。
でも、これ以上引っ張ったら怒られそうだから急いで鎮火させてみた。
こんなのできました、どうでしょうか?
前回はコメントありがとうございました。
また次回も頑張ります!