結局、料理の基本は水だと思う。水と塩、この二つ次第で料理は格別に美味くもなり、まずくもなる。後はさじ加減か、過分にしろ過小にしろ見極めを誤れば食べられたものでは無い。ああ、基本的なレシピを学び、それを会得してから自分好みの味にしていくのが手料理の醍醐味。決してチーズケーキは投げ捨てるものではないのだ。「何だねそのチーズケーキは投げ捨てるものとは?」「金を作るより、満足できるチーズケーキを作る方が困難な人間がいるってことですかねえ」なるほどと納得しているノイ先生だが、彼女は基本的に何もしない。ナノマシンをいじれる人物が料理が不得手というのが何となく面白いが、人間才能のある分野もあれば、ない方面だって当然あるだろう。調味料代わりにナノを入れるようなマッド医師には食材を触らせないのがベター疑惑は置いておこう。「準備できたです」「ありがとう真ちゃん、いや助かったよ。独り暮らしで結構慣れているけど、同時にやるのは難しいから」そう言って真ちゃんの頭をなでる。「ああ、ゴメンゴメン。つい弟と同じに扱っちゃって」「だいじょぶです」「そう見ていると、君達は本当の兄妹のようだな」「じゃあ、ノイ先生はダメな姉か、年の近い叔母ですね」「失敬な、私だってやればできるんだぞ。あのナノだってもう少し改良を加えればだな」「それがどうにかなったときは、食料事情が解決しそうな勢いですね」俺はどこか言い訳がましいというか子どもっぽい返答をするノイ先生に苦笑するが、まさかノイ先生の作った調理用ナノが本当に食料問題を解決するとはこの時の俺には想像もつかなかった。さて、俺は予定通り水餃子を作っているわけだが、真ちゃんは蒸し派らしく、小龍包(ショウロンポウ)と中華ちまきを用意してきた。伊達にあの若さで料理をしているわけではないようだ。あれだけシュミクラムの才能があって、料理もうまいなんてどういうチートなんだこの子。ノイ先生も性格はアレだけど天才の部類だし、レイン嬢は言うまでもない才女。何か俺だけ地味な気がする。まあ、機体が最新でもOSが古いパソコンだと十二分にスペックを発揮できないわけで、この時代に生まれて早16年になるが未だに適応できないことが多すぎる。参考文献がバルドフォース(PC)とかいうのが。特殊な境遇で生まれた人間が事件に巻き込まれて活躍する話なんて参考になるわけがない。性格はともかくジルベール・ジルベルトは普通にカテゴライズされる人間なのだ。呼び鈴が数瞬の思考のループを止め、意識を佐藤弘光からジルベール・ジルベルトにシフトした。「ノイ先生、悪いですけどドア開けてもらえますか。今手を離せないんで」ジルベルト君に頼まれて、私はドアのカギを開け、扉を開いた。起伏のあるラインに艶やかな金髪が映える西洋的な美人だ。「しかし、ジルベルト君と同じ年でこの大きさか」「あ、あの、ここってジルベルトさんのお部屋ですよね?」「そうだが、君のジルベルト君の『お嬢さん』だな。私はノイ、仲間内では『先生』と呼ばれている」「あなたが先生? その先生の妹さんとかではなく?」失礼な娘だと思う反面、何故彼女がそのような考えに至ったのか興味を覚える。「後学のために聞きたいのだが、ジルベルト君は私に対してどういうことを普段君に話しているのかね」「ええ、とちょっと問題があるけど立派な大人の女性だと」む・・・ジルベルト君は他人に対して私をそういう風に評価していたのか。そう思うと心音が早くなってきた。「あの、私にも教えて欲しいのですが、普段ジルベルトさんは私のことをどういう風に仰っているのでしょうか」「手のかかる妹みたいなものだと言ってたな。まあ君くらい可愛らしければ手がかかっても役得だろうが」あ、何かショックを受けている。ああ、つまりそう言うことか。「ジルベルト君に女を意識させるのは面倒だぞ」「わ、私はそんなつもりでは」「ならいいが、キッチンの光景を見て同じことが言えるならいいが・・・」失礼します、とキッチンに向かっていく彼女を尻目に私は確信を持った。彼女は常識から逸脱していない普通の女の子だ。彼女は彼に救われたことを運命と捉え、それが恋心に結びついているのだろう。その程度の運命なら大なり小なり宝くじが当たるより多く転がっている。それを宝物のように感じるとは確かに『お嬢さん』だ。「だがジルベール・ジルベルトという人物に救われて運命を感じたのは余りいないか」今私の中に渦巻いている感情が嫉妬であることに気づいて年甲斐もなく苦笑する。いや、姿はどうあれ、女は生まれてから死ぬまで女なのだと昔、誰かが言っていたことを思い出した。つまり、彼と同い年の少女が、理想に浸っていられる若さがある少女の恋に向かって邁進する様をある意味見せつけられたのだ。「私も彼女のように生きたかったな」もっとも、それような人物はノイではなく別の何かだ。生まれ育った過程を経たからこそ私は私でいられる。「まあ、結局ジルベルト君は彼女には手が余るだろうが」リズムを整える。うん、私はいつものノイだ。この少しいい加減な日常こそが私の現在(せかい)なのだ。炒められた豚肉とキクラゲが卵によってふんわり包まれる。火力は大胆に、動きは繊細に。隠し味に甜麺醤を入れるのが俺好みだ。その隣では、器用に野菜を切る真ちゃん。青梗菜はちゃんと湯通しを欠かさないし、やっぱり料理好きなのかと感心させられる。何より少ない言葉のやりとりからわかったことだが、彼女の得意料理は和食系というのだから、やっぱりどの料理をするにしても基本をおろそかにしてはならないということだろう。横でその奥深さを改めて感じながら料理を続けていると、レイン嬢が飛び込んできた「早かったなレイン。お客さんなんだからそんなに急がなくてもよかったのに」「い、いえ何かお手伝いができればと」「正直手伝いは要らないかなあ。ほら、主婦技能を持つ女子高生がいて、下手すると俺の出番まで取られそうだし」彼女やろうと思えば料理で食っていけるよなあ。でも考えてみれば星修出身だし、シュミクラムの腕も一流だからそっちの方が良いんだろうけど。「やっぱり料理ができる女の子の方がいいんですね・・・」「ん? 何か言ったか?」「い、いえ。それより、これマフィンです。よかったら食べて下さい」「ありがとう、へぇ自分で作ったのか」ちょっと一部焦げたりしているが、見た目はフルーツの入った普通のマフィンだった。「・・・本当は、お料理を持ってきたかったのですが、味見をした父が止めまして」「まあ、それはまた今度の機会だな。マフィンは後でデザートと一緒に食べるとしよう」「はい!」そして、料理も終わりテーブルに結構な量が並べられた。「ジルベルト君と真君は学校を卒業したら料理屋を開いたらどうかね。十分通用すると思うが」ノイ先生は見た目とは違い健啖家で、おいしそうに食べる姿は料理を作る者にしてみれば結構うれしい物だ。最初はレイン嬢も緊張していたようだが、馴染んだのかそれなりにノイ先生と会話を進めている。反面、真ちゃんとはうまく意思の疎通ができていない気がした。お互いに積極的じゃないからな。「ところで、ジルベルト君はシュミクラムの試合に出てみる予定はあるのかね」「そうですね、同年代と自分の力量を比べてみたいという欲求はありますよ。今のところ、やってみたのが凄腕だから比較対象にはなりませんし」「わたし、すごくないです」「必要以上に自分を卑下するということは相手を侮辱していることにも繋がるからあまりしない方がいいと思うよ」「そうだな、君に必要なのは自信を持つことだ。君のお姉さんは・・・まああそこまで元気になると君らしくないかもしれないが」彼女の人生に踏み込むつもりは毛頭無いが年長者として、軽くアドバイスをしてみたくなった。ノイ先生も思うところがあったのだろう。「ジルベルトさん、シュミクラムをはじめたんですか?」「うん、それで俺の師匠さんが彼女。今日は機体を設計してくれたノイ先生のためのお礼なんだけど言って無かったっけ?」そういえば、なし崩し的にスーパーに付き合ってもらって、なし崩し的に彼女も一緒に来ることになったから事情を説明してなかった気がした。「うむ、それでだ、ニュービーズインパクトという大会があるのだが、ジルベルト君、真君と一緒に参加してみる気はないかね?」「別に構いませんけど、それって3人参加前提ですよね?」情報が転送されて、内容に目を通す。アリーナで15戦以下は問題ないと思うが、3人1組だとあと1人必要になる。「まあ、大会の主催者にコネがあるし、別に2人で参加しても」「あの、私もシュミクラムやりたいです」「ふむ、シュミクラムの経験は?」「ありませんけど、がんばります!」「まあ、良いんじゃないですか? 幸い大会まで時間がありますし、一週間に一回くらいの訓練で。別に優勝を狙う必要も無いでしょう」真ちゃんもコクコク頷いているし、楽しければ良いよね的なノリでがんばればいい。「そうか、まあ優勝賞品の豪華ホテルでの旅行に心惹かれる物があったのだが・・・」「ジルベルトさん、優勝を目指しましょう!」「あ、ああ」レインがすごい張り切っているのだが、彼女の場合金持ちなんだから自分で行けばいいのに。それとも、親は親、自分は自分でその辺の区切りがきちんとできているご家庭なのだろうか。こうして俺たちは、シュミクラム大会で優勝を目指すことになったのだが・・・監督(?)と新入部員のノリについて行けない俺と真ちゃんはちょっと苦笑いを浮かべるのだった。おまけ 勲は犠牲になったのだ朝起きるとキッチンから調理の音が聞こえてくる。ああ、娘が何かしているのか。そうだな、あの子もそろそろそんなことをする年になったのか。私も年を取るわけだ。そして、鳴り響く轟音。轟音!?急いでキッチンに向かうとぐちゃぐちゃの状態のキッチンの中で煙に咳き込んでいる娘がいた。「お、おはようございますお父様」「あ、ああおはよう。レインさっきすごい物音が聞こえてきたが(料理?)大丈夫なのか?」「大丈夫です、その今日おともだちの家に料理を持っていくのですが味見して頂けないでしょうか」友達か、いや、この場は敢えて聞かないでやるのが男親と言うものだ。「ちなみにこれは何だ?」「ミートパイです」ミートということは肉のはずなのだが、いや私の知るミートパイは赤いか茶色のはずなんだが、何故これは形容しがたい色をしているだろうか。「そうか、では頂くとしよう」意を決してそれを口にした。色は悪いが、味はふつ・・・。「グハァ」肉と一緒に青臭いえぐみが口の中を包み込む。「お父様?」「レイン、一つ聞きたいんだがレシピ通りに作ったんだな」「は、はい。でも健康のために野菜のペーストを」「悪いことは言わない。今日はそちらにあるマフィンだけにしなさい。マフィンはレシピ通りに作ったんだね」「だ、大丈夫です」「ここの片付けは私がしておくから着替えて早く行ってきなさい」「でも、お父様お仕事は?」「それぐらいの時間はある」わかりましたとレインは着替えを終えて家から出て行った。脂汗が止まらない。あんなものを出したら多分、友達とは溝が開いてしまうだろう。「ああ、私だ。申し訳ないのだが車を回してくれないか・・・いや、ちょっと病院を手配してもらいたいのだ。違う、ただの食中りだ」私は部下が駆けつけるまで意識を保っていた。部屋の片づけと部署に対する対応を命令して気絶した。1日の入院。娘にはきちんと料理ができるようにしないと嫁がせられないと思いながらも男親も大変だなとため息をつくことになった。まさかの夏のファンディスクですが公式的にまこちゃん人気無いんだろうか。彼女メイン話がありませんよ。あと、学園物は空がヒロインになるよね? レイン無双とか起きないよね?俺つばも夏だし、パソコン買い替えないと。あと、CG見て一言、聖良おばさん自重して下さい。とまあ、楽しみにしております。後はアレです。ちゃっちゃと夏までに完結させないとネタかぶりが怖いです。特に彼女たちの律動。ジルベルトは被りよう無いですからのんびりですかね。追伸 おまけは本来2があるはずでしたが・・・ニラが病みすぎてお蔵入りしました。現段階ではここまで逝かないはずだ。本当に怖いのは秋以降だということで。