夕方から夜に変わる境目の繁華街。その雑踏の主役は買い物をする母親や学生から仕事帰りの社会人へとシフトしていく。学生服に身を包みながら特に目的もなくただ歩いていた。生まれた時から自分は異物だと思っていた。知識としては適応してはいるが、精神構造が適応するのはとても難しい。良い意味でも悪い意味でも子どもは環境の影響を受ける。世界にどれだけ前世の記憶を持っている人物がいるかは分からないが、価値観に染まらないというのはさぞ不幸なことだろう。「だからと言っていい大人が若者に突っかかるのもな」そう、とても偉そうな少年に絡まれて、大人げない対応をしてしまった。確か名前はケンタッキー君だったろうか。彼のことを思い出すと、ケン●ッキーフライドチキンのフライドチキンが食べたくなる。残念ながらこの世界にはケンタッキーが存在していなかった。ちなみにマク●ナルドは存在する。というよりあそこの企業のウィルスは、ポテトとかハンバーガーをモチーフにしていてとてもシュールだ。若いだけあってエネルギー消費の激しい我が身の欲望に応えるべく、ファーストフード店に向かおうとしたところ、何故か彼女が目に入ってしまった。年の頃はミドルティーンくらいだろうか。どちらかと言うと顔は整っていると思うが、まだあどけなさが抜けていないと思う。「お嬢さん、こんな時間に一人歩きするのは感心しないな。よろしければ自宅まで送っていくよ」別に気にする必要は無かったのだがつい気になってしまい声を掛けてしまった。「それは私をいかがわしい場所に連れて行く意思表示なのかね。後、こう見えても私は立派な大人だボーヤ」そして返ってきた返事はそのあどけない容姿とは裏腹に、初初しさよりどこか擦れている返事に、15年という人生の中で久しぶりに呆気にとられたのは後から考えればいい思い出だ。鳳翔に入って早々その空気に馴染むのを放棄した俺と、年齢不詳、自称大人の彼女が出会ったのはそんな5月のある夜だった。「まあ、俺が世間一般でボーヤと呼ばれる年齢なのは認めますけど、その身なりで大人は無いでしょう」佐藤弘光から通算して30年以上生きていると認識してもこの身は、長身なのを除けば未だ15歳。だが、目の前の少女はどう考えても13、4ぐらい、頑張っても俺と同い年くらいだ。「君はまだ学生だろう。私は君が新入生なら6歳は年上のはずだ」彼女は身分証明書を提示する。Neu(ノイ)という名前と生年月日を確認すると信じられない事だが、確かに俺より6つ年上だった。「人工知能友愛協会・・・ああ、これは偽造のしようがないからなあ」人工知能友愛協会といえば先端企業のお偉いさんとか天才科学者だとかが参加するAI派の超エリート集団の事だ。確か最年少の学会員は13歳と認められたとか言っていたのが3、4年前なのをニュースで見たことがある。そこの会員証は技術のムダ使いと呼ばれていて偽造はほぼ不可能。偽造に成功したら会員になれると噂にあるが、目の前の人物が身分証明の為にそれを偽造するメリットはおそらくない。「世間的にはエリート集団かもしれないが、実質は変人の集まりだよ」と親しくなってからノイ先生は答えたものだが、当時の自分は目の前の人物もまた天才かと嘆息した。考えてみればバチェラだって天才少女だけど成長しなかったからなあと無意識に納得しようとしていたのだが。「確かに年齢を間違えたのは謝りますけど、それでも治安が良いとはいえ、あなたのような身なりの方が一人でいるのはどうかと思いますよ」「君も変わっているなあ。まあいい、そういうなら食事に付き合いたまえ。少年、名は?」「ジルベール・ジルベルトです。しかし、俺おごる金ありませんよ」「見た目は子どもだが、きちんと定職には就いている。素直にお姉さんにおごられたまえ少年」背伸びをして指で額を小突く姿は却って子どもっぽかったのだが、人それぞれだと思い俺は了解することにした。「ではご相伴に預かりましょうレディ」まさか、ドラマか物語の中でしか言わないセリフを言うとは思わなかったのだが、ラテン系の人間が発していると思えばそれほど違和感もない。「まあ、誘ったのは私だし好きなものを頼んで良いとは言ったが、何故ハンバーガーとフライドチキンなのだろうか」「いえ、この間絡んで来た名前がケンタッキーという名前でして、思い出したらとてもフライドチキンが食べたくなったんです」ここはファーストフードより少しレベルが上の手作りハンバーガーの店で、目の前には具材たっぷりのハンバーガーに揚げたてのフライドチキンとポテトというとてもアメリカ的なメニューがならんでいた。ちなみにUSAという国は既に無いが北米は現在でも国際政治の中心部である。中国というか極東側は例の事件(リヴァイアサン問題)でトップがかなり飛ばされたおかげで主導権を握れなかったようだ。まあ、体制が崩壊しようが中華料理が健在ならば俺的には問題が無かったりする。「しかし、君もその若さで人生に疲れているような顔をしているが、鳳翔に入ったが学業について行けなかったとか?」「別にそう言うわけではありませんよ。ただ、一応親のレールに沿って歩いていたつもりですが、この生き方でいいのかなって思うことがありまして。思春期にかかる麻疹みたいなみたいなものです。ほら、俺みたいな凡人は環境に恵まれただけで自慢できる同輩をどう扱っていいやら分からない訳でして」「デザイナーズチャイルドの基本思考は自分の好ましい生き物を作るという発想そのものだからな。そんなことできるのは基本的に金持ちということだ」「つまりエリート主義の延長なんですよね。凡人の自分としては大して努力しなくてもできるというのは精神衛生上良くないといいますか」何せ前世はしがないごくごく普通の会社員だ。気がついたら文明がとんでもなく発展していたなんて浦島太郎もこんな気分だったのだろうか。「ふむ、私は心の病は専門家ではないが、デザイナーズチャイルドの先輩から一つアドバイスをしよう。生まれは選べないし、育つ環境も選べないが、生き方は自分次第だ。君ほど客観的に物事を判断できるならどこでも働いて生きていける」それは何度も使い古された言葉であるが、却って理解しやすかった。「極論から言えば真に自由に生きたいなら自然を相手に生きることしかできないが、既に未開の土地なんて地上にはないから少なからず社会と関わり合いが必要になる。だが、人間至る所に青山ありだ。君が家族や学校と相性が悪いなら出ていけばいい。君ほどの能力があれば働きながら学校に通えるだろう。だから・・・って何拍手しているのかね」俺は知らず知らずにうちに彼女の演説に拍手をしていた。「いえ、ジルベール・ジルベルトとして15年生きてきましたが、蒙がひらけました」そう、どんな世界で生まれようとも結局人は死んでしまう。ならば好き勝手に生きていくのも悪くない。「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。私の連絡先を教えておくので、何か困ったことがあったら訪ねたまえ。世界の裏側から肉体的快楽まである程度相談に乗ろう」ニヤリとした表情はどう考えても見た目とは違う何かだ。だから俺は、『年上らしく』忠告をしたのだ。「先生も若い内からおばさんっぽい話題ばっかりしていると老けますよ」うん、人間はどこまでいっても人間なのだから、それ相応に頑張ればいいのだ。とりあえず、夏までに資金を調達して家を出よう。その前に区切りも良いことだしあいさつをしておこう。よろしくジルベール・ジルベルトと彼をとりまくSF世界。憑依なり、転生なり、異世界召喚なり色々とありますが、つまるところ浦島太郎状態である。人間は環境に依存する生き物で、言語学的には1歳、遅くても2歳前後くらいまでに自分のメイン言語が決まるらしい。それはまっさらなパソコンにインストールするみたいなものだから容易になっていくわけですが、さてwindowsを入れようとしているのにlinuxのOSが入っていたらどうなるんでしょうか当然エラーが発生します。その矛盾をどう解決するかというのが転生物の面白さだと思います。もし神様がいるとするならば前世の記憶なんて余計なエラーを起こさないように配慮してくれて感謝してますが、魂って何回ぐらい書き換え対応可能なのでしょうか。前世の記憶が蘇るとかどう考えても劣化エラーですとまあ、その辺は神秘学とかの人に任せるとしまして・・・今回はただのジルベルトの物語でした。ここから彼のセカンドライフが始まります。この後、チャットがあったり色々あるわけです。あと、ケンタッキー君は人間になれるのでしょうか。当初はキュリオを出そうと思いましたが、どう考えてもあの店が100年以上は続かないと想定してボツになりました。順番的にはどこでも良いんですが、ジルベルトワールド3が終わった場所が移動するかもしれません。いや、決してノイ先生分が足りなかったから書いたわけではないと思うんですよ?ボチボチ3の後の温泉編で混浴とかやってもいいのかなとか考えつつ。