ミックスジュースは混ざると元に戻せないわけだが、混ざった電子体というのはどうなのだろうか。「要素としては理解してるんですけどね。劣化コピーというか人形を作ることができるならオリジナルが存在しても問題ない」佐藤弘光の見解からすると不可能なのだが、理論としては可能だった。もっとも抽出するというのがかなりイメージ的であるという問題はあるので、より具体的に知る人を用意すればいい。「それで、私が被験者になるわけか」「NPCの制作ができるのであれば概念的にもできるはずですし、『彼』も理論的にはできるといいました」不可逆的なものを再生するというのは困難なのだが、バルドル内における佐藤弘光は本来持つ特化した処理能力のサポートもあってフルにこなすことができる。彼に関してはまあ「意見交換」を行ってみれば何てことない知的生命体である。その辺の軸が他者とは違う自分としては使えるなら問題ないのだ。「では、検証を開始します。初めてあったのは」「8歳の頃だ」「その時の印象は・・・」「君はそれを聞くのかね。ここには橘社長も居るんだぞ」「あら、別に他人の惚気なんて八重さんと永二さんで聞き飽きたわ。そうそう、私の甥もの甲さんも最近は」「すみません、イメージに余計なの混じるんで」シスコンかつ甥をバカ可愛がりする橘社長を抑えながらデータを再構築していく。ちなみに人物というのは主観と客観的評価によって異なり、今回は客観的評価によって電子体を再構築するという前代未聞の実験をしている。もっとも俺がやっているのは桐島エイダという欠片が埋まっている砂場に桐島勲という磁石を垂らしてかき集めていることである。電子体の定義については脳内チップという核によって構築されていたというのが定説だったのだが、現代では、脳内チップが焼き切れてもすぐに死ぬことはないとされている。極論で述べれば、ネット上に電子体が散逸しない方法さえ確立してしまえばいいというのが、研究者の見解であり、橘社長の提案する方舟計画の骨子でもあった。「八重さんは無理なのよね?」「彼女の場合は自分の意志で消去しています。残念ですが不可能です」門倉八重という人物は、世界いや自分大切な人を救うために自分の電子体を消滅させた。見えない形で保管されているのと、消滅させたのでは意味合いが違うことは権威者である彼女が分からないはずがない。結局サルベージできたのは彼女の最後の記憶だけで、これは後々門倉家に渡すことになるのだろう。「・・・エイダ」レインがもう少し大きくなればこんな感じになるであろう女性、年の頃は30代前半だろうか。「あなた?」電子体の再生は亡くなった時点だったので、多少年の差はあるものの、似合いと言えば似合いだろう。ただいい歳した大人達が長時間見つめ合うのは時間の無駄なので話を進めることにした。「すみません、桐島エイダさんで間違いありませんか」「多分、そうだと思います。えっとあなたは? 私はドミニオンに捕まって・・・」「ジルベルトです。お嬢さんとはそれなりに親しくさせてもらっています」「あのレインがあなたくらいの人と親しいということは5年以上経過したのね・・・レインはちゃんと育ってるのかしら。あの子ニンジンが苦手なの。克服できてるといいんだけど」克服というか、つい最近まで料理がある意味壊滅的でした、というのは少なくとも俺の役目ではないので、夫であり父親である桐島准将に目で訴えると逸らしやがった。「ま、まあ、色々聞きたいことはあるのですが、今から全員をここから専用の区画に移動します。橘社長」橘社長は頷き、彼女を凍結した状態でアークで構築中の仮想都市に転送した。「へえ・・・流石はアークインダストリーが制作中の仮想都市。ここまで感覚がリアルだと現実と大差ないな」「そうね・・・エイダさんは、こちらで用意した屋敷で暮らしてもらいます。そこで色々チェックをして・・・こっちは三ヶ月程度を予定しているけど、勲さんの方は?」「ジルベルト君からの提案ということで4ヶ月で回ってくる。その後、リハビリとかあるので日常生活を送れるのは一年後だな」宇宙ステーションとアセンブラ研究ほどではないが、電子体と肉体の因果関係を知るという点ではこの計画も貴重であった。といっても俺が関わるのは卒業くらいまでだが。「あとはご夫妻で決めて下さい。リアルで会いますか? ネットで先に会いますか?」誰にとは言わない。これは佐藤弘光から頑張り屋の彼女へ対するプレゼント代わりだ。「なるべく早く出られるようにがんばるわ。レインだってそれくらい待ってくれると思うし」「そうですか? なら、この一件はお嬢さんに知られないように気を付けてください」サプライズすぎて腰抜かさなきゃいいなとその時は思ったのだが・・・某宗教の創始者だって3日で生き返ったぽいし多目に見てくれるだろう。そう思ったとき、脳裏に危険な考えが浮かんだのだが、敢えて無視した。プログラマーがプログラムに干渉するように上位存在は下位存在に干渉できる。宗教の奇跡って基本的にテコ入れであることが容易に想像できた。特に海を割る奇跡とかやらかした話はマッチポンプもいいとこだし。まあ、世界が神の夢であっても全然構わないのであるが、なるべく死んだ後に目覚めて欲しいところだ。「あなた、キレイな顔なのに眉間にシワを寄せる癖は良くないわよ」「気をつけます」間違いなく美人の彼女にドキマギしつつ当たり障りのない返答を返す。まあ、正統派美人というのはいいものでだと思うし、桐島さんってこんな美人さんが幼なじみとかどれだけ当たりだよと突っ込みたくなる。俺にとって家族は遺伝子の提供者に過ぎなかったのだが、ああいうのを見ると家族というのもいいように思えた。「エイダさんには、父娘ともども色々と話してもらいたいですね」「あなたが私たち家族にとってどんな存在なのかも聞きたいわ」「俺なんか通行者あるいは学生Aでいいですよ」レインに関してはこれ以上俺に依存されても困るし、失敗しないようにがんばってもらいたいところである。「最近、父の様子が変なんです」学校帰りに駅前で待ち合わせすっかり馴染みとなったラ・ヴィータでマロンパフェと紅茶を頼んだ私は、ティラミスとエスプレッソを頼んだ真さんと注文が届くのを待ちながら相談を始めた。「そうなんですか?」職業柄仕事で仮想に没入するならともかく、休みごとに仮想に没入している父というのはイメージにない。「それで、ジルベルトさんにも話を聞いたのですが、知っているのか知らないのかも曖昧で」「ネット上で佐藤さんが隠し事をしているなら私たちが知ることはほぼ不可能です。でも、色々重荷が取れたみたいだし、好きな人でもできたんじゃないですか?」「す、好きな人ってお父様が恋ですか? あの堅物なお父様が?」「完全に堅物ならレインさんは今、居ないと思いますけど」電脳症の抑制に成功した真さんは、以前よりパワフルというか、リアルでも年相応の一面を私たちに覗かせています。もっともジルベルトさん曰く「知らなかったとはいえ、ここまでネット内弁慶の人間も珍しい」という意見なのですが。「そういえば、真さんがたまに口にする佐藤さんってジルベルトさんのあだ名か何かなのですか?」「端的に言えばそうなのですが、関係者の地位の問題とかありますのでなるべく触れないでいただけると」ノイ先生にも聞いてみたのですが「好きな人間の事を知りたいと思うのは真理だが、秘密は秘密のままであればいい」という意見を返された。ついでに言うと、ノイ先生と真さんの知っている佐藤さんの意味合いは違うみたいですし・・・。そういえば、私は以前から気になっていた疑問を真さんにぶつけてみることにする。「もしかして真さんってsinさんなんじゃ」今の真さんともう一年近く前に見た、メールの内容に一致する点があってつい聞いてしまったのですが、顔が蒼白になってしまいました。「お願いします、お姉ちゃんには言わないでください。仮想ならともかくリアルではどうあがいてもお姉ちゃんには勝てません」そういえば、真さんのお姉さんは最近完全に失恋したそうです。そんな状態の人間には近づきたくないですし、そもそも私自身、ノイ先生に付けられたアドバンテージをどう覆すのかという問題が発生している最中。ついでに卒業して星修系の大学に進学したクリス先輩は、恋愛というイメージは全くないものの以前のノイ先生ポジションに落ち着いている気がしますし。そう考えるとジルベルトさんの男の方の友人というと、星修の門倉さんくらい? 「いえ、昨年の夏頃にジルベルトさんに送ったメールを見せてもらっただけで・・・そういえば、実はその時ジルベルトさんと仲のいいsinさんに嫉妬したんです」「ジルベルトさんは好きですが、男女の仲というより友人としての好きなので何とも。もちろん向こうから迫ってくるなら吝かでもないですけど。それに恋愛は第三者の視点で見るのが一番です」真さんにとってジルベルトさんはちょっと変わっているけど頼りがいのあるお兄ちゃんという所なのでしょうか。お二人に関しては出会った段階からそんなイメージあったのですが、私はまだ諦めていません。アフター2はじめました。佐藤さんのチートのやばさはこっち側の分野です。戦闘に関するチートは万全なサポートの元、凄腕を1個連隊くらい投入できればなんとかなります。レインとまこちゃんの会話は再構築から半年ぐらい経過していて、順番的にはアフター3が空白の期間に入るのですが最終的には時系列にそってアフターでまとめちゃってもいいのかなとも思ってますが反応次第かな。ちなみにレインだけは詳しいことを知りません、ノイ先生は当事者ですし、まこちゃんはバルドルの関係者で一通り説明を受けていますが、彼女はあくまで一般人なので。あと、空さんが完全に失恋した原因もアフター3になります。以降愚痴的な予定表仕事が忙しくて投稿ペースというか、リゾートのまとまりが見えない・・・。まあ出来た方から上げていっても問題はないと思ってこっちを先に。