『世界の思想は統一されないし、紛争はたびたび起こっている。それでもある日突然訳の分からない内に世界が滅びる危険度は大幅に減った。もちろんそれは公表できるものではないが。後はあなたの知る通りだ。初期の目的を遂げた俺たちは資産を分割して解散。門倉甲と水無月空は残念ながら働き口の方向性がそっちしかないので、保護監査されている水無月真と共にフェンリルに入った。銃を置けばと思うが、一年で高校生活をぶっ飛ばして入れるようなのは、軍か傭兵かなんでも屋しかないが、残念ながらあの二人は金勘定が大雑把なのでとりあえずは鉄火場に身を置く決断をした。家業を継ぐために若旦那と嫁さんが入ったと思えば安泰とも言えるが。桐島レインは、家に戻った。戻った後は特に知らないが、まだ若いのだから平穏な暮らしをしてもらいところである。他の戦友、あなたにお世話になった奴らも世界中に消えていった。これから会うこともあるだろうが、二度と俺は彼らを使わない。そういうものだと考えている。さて俺はと言うと、分配金とは別に政府から報奨金をもらったので、ご存知の通り世界を巡っている。まあ自己満足の類だが、現実で紛争に介入したり色々やっている。ああ、もし俺が死んだら口座の金は姉であるあなたに行くようにしているから、その時は土に還ったと思ってくれ、何もなければくたばっていないと思ってくれればいい。ではまた。』私は弟から来た既に現代では珍しい手書きの手紙を読んで嘆息した。「まあ知っての通り、彼が死んでいないのは確かだが、見つけるのは困難だ。正直諦めて普通の生活に戻るべきではないかなと私も思う」「ノイさんの仰ることはもっともですが、私も女として決着を付けなければならないことがあるのです」「人格破綻者の私が言うのも何だが、彼は面倒くさい男だぞ」「そんなことは知っています。でも誰よりも大人だと思っているあの人がかわいいと母性本能が疼いたらこれはもうと思いませんか」最初から類だったのか、朱に染まったのかは知らないが、私の表情筋が仕事をしていたらひきつっているだろう。「正直、あのメンツでは君は良識派だと思っていたが・・・まあいい、それで君は私から何を聞きたいのだ。ああ弟の秘密は教えられないよ。これは私と甲君と弟が墓場まで持って行くべきものだ。それ以外ならまあ聞いてやらなくもない」さすがに、ある日突然人格が入れ替わったやら、未来予測ができていたやら何て言ったら狂人扱いだろう。「大尉、いえもう大尉ではありませんね。ジルベルトさんは今どの辺に居るのですか」「何故私がそれを知っていると思う」「女の勘とは言いませんが、強いて言うのであれば、あの人は意外と出不精です。確かに色々と回ったと思いますが、ホームになりそうなところを見つければそこに定住します」なるほど伊達に何年も副官として彼を見てきたと言うわけか。彼も十分苦労したが、人並みの幸せを手に入れても許されるだろうか。まあ義理とはいえ姉弟を宣言したのだ。それくらいは許してくれるだろう。「彼は今久利原直樹が暮らしていた地域で開拓をしている」「確かナノ汚染でダメになった土地でしたよね」「そうだ、アセンブラでナノ汚染を除去し、再び作物がとれる土地に再生するプロジェクトに参加している。態度こそひどいが、人を使うのは上手いからな。そういう理由で君のお父さんのスカウトは却下された。本人にその気があれば、将来的には軍なら中将、政界なら次官級ができそうな稀有の人材を遊ばせる余裕が極東にはないよ」再生プロジェクトの成功の道筋を立てるまでの数年間は遊ばせていても、その後は政府のお抱えだろう。確かに甲君や空君は極東で十指に入る天才シュミクラムユーザーかもしれないが、彼らの名声を支えていたのは、ジルベルト君の運用能力だ。軍からスカウトを受けたがそれはパイロットとしてだろう。もちろん簡易的な士官教育を受けているからできなくもないが、教導役には基本向いていない。「レイン君、ジルベルト君は現地の人間と共同作業をするときは、基本的にジルベルト君が現地の人間と組んで、甲君には精鋭を率いらせただろう」「確かにそうですね。あの時はそれぞれ別の方がやりやすいと思っていたのですが」「彼の最たる能力は人材のリソース振り分けに無駄がないことだ。能力と感情をパラメーター化して最適解を出せる。そういう環境だとプロジェクトは進みやすい。橘社長は彼を姪と結婚させて跡継ぎにしたいと言っていた。それぐらい重宝しているわけだ」まあ話半分だったと思うが、あの橘聖良がそこまで評価するのは彼ぐらいだろう。西野亜季は天才だが、残念ながら経営能力がない。まあ橘聖良自身も経営方面は実家から引き連れてきている幹部任せのところがあるのでどっこいかもしれないが人を見る目は確かだ。モテモテだな我が義弟は。「まあアレは慣れてしまえば優良物件だ。だから早めに捕まえておけ」そして私はカードを一枚彼女に放り投げる。「これを見せればフリーパスだ。ただし絶対に無くさないように」何せ、極東政府における特務用のIDだ。軍事以外のC級以下の施設ならほぼ入れる。私(ノインツェーンのむすめ)でしか対処できないことというのは残念ながらそれなりにあるのだ。まあ餞としてはちょうど良いだろう。「アレは頭のいい女が好きだが、完璧すぎる女もダメという嗜好的には常識の範囲内だから芽は十分にある」上には受けがいいが、突発的な問題に対して守りが必要だ。彼女ならそれを任せられるという思惑は理解しているからこそだが。さて、会わないとはいったが、家族として結婚式に呼んでくれるといいが。レイン Rain「済まない俺も専門家ではないが、専門家希望が俺より理論に弱いというのは。そばにいたのにあいつらから技術を少しでも奪おうとする気概はなかったのか」自分は基本的に使う側で運用能力は周囲からも太鼓判を押されたが、教育には向いていない。ワンランク上げることは可能だが、一から育てるのには向いていない。「そ、それは…」「いいか、若草菜ノ葉、お前が亡き両親と、志半ばで散った師の思いを少しでも形にしたいと聞いた。正確には門倉からの推薦があったから、うちに入れたんだ。やる気があるのは分かるのだが、実績が伴わなければ、このままだと研究所の食堂のかわいい姉ちゃんポジで終わるぞ。まあ科学者系には備わっていない家事能力がほぼ完ぺきだからここでいい男を拾って結婚するという選択肢というか、夫を支えて間接的に目的を達成するというのは現実的だからありと言えばありだろう」短い付き合いだが、基本的に家庭的な女性なのだから、結婚は多分できる。仕事に生きたいという失恋した女性にありがちな思考からの脱却と、経歴的なロンダリングさえできれば。経歴的なロンダリングにしても彼女が何かをしていたわけではない。被害者として振る舞えばなんとでもなる。実際のところ、彼らの研究の一端でも覚えてくれればいいなとは思っていたが。その機転が利くのであれば農業科には入らなかっただろう。結論としては、この女は研究職に向いていない。この手のタイプは、自分の世界を少しずつ広げることはできても、無から有を作るデザインのセンスが皆無なのだ。見知った中では西野亜季がこの分野に関する天才である。あとあいつもその類か。「水無月、今は門倉だが、あの女が最初から門倉甲を好いていたかは俺も知らんし、門倉がどんな思いだったのか俺にはわからん」何せ、灰色のクリスマス以前に「俺」が門倉甲に会ったのは、渚千夏とあいつが逢引していた時と、学園祭だけだったからだ。元水無月にしても一回である。「知識」としても若草菜ノ葉に対する知識は殆どなかった。「だが結果として門倉の一番は両方門倉だったな面倒くさい空だ。あの二人はお互いの良さを引き出せる組み合わせだった。空が料理ができないという欠点があるが、それは水無月妹が必死にやっているから置いておくとして。お前と西野亜季は、過去の門倉甲を見ていたそれが敗因だ」「じゃあどうすればよかったんですか」「知らん、未来は築くことができるが原則的に過去は取り戻せない。その上で聞きたいのだが、お前は過去に縛られて生きていくのか、それとも自分の未来を良い方向にするために生きていくのか。若干イリーガルだがコネのあるフェンリルで働くと言う選択肢を蹴ってこっちに来た意味を今一度自分に問いかけろ」結局自分の運命は自分で決めるしかないのである。ムードメーカーとしては置いておいた方がメリットがあるが、本人の才能と志向が一致しなければ苦痛でしかないだろう。部屋を出るとよく見知った顔があった。この数年間の中で一番会話をした相手だ。「久しぶりだな少尉、ではないな。改めて久しぶりだ桐島。こちらへは仕事か私事か」少尉とは言っているが、あのあと今も現役でドンパチしている門倉夫妻と共に全員一階級昇進したみなされ、俺は少佐待遇、彼女は中尉待遇を受けている。ちなみに現在のポストは非公式だが中佐待遇での出向扱い。「あまり驚いていませんね」俺の知る限り一番の美人は彼女だ。私服のセンスはちょっとまあアレだが。それでも水無月姉のおかげで良くなったのだ。「義姉から連絡があったからな。何事かは教えてもらえなかったが、仕事にせよ私事にせよ君が俺の目の前にいるなら俺が理由だろう。そして俺は基本的に君の訪問を拒否しないよ」「私今無職なんです」「いわゆる高等遊民というやつだな。古来女性は花嫁修業の名目でいけたらしいが、俺なんかもう働きたくないし一人で生きるぐらいの金はあるなと思いつつ働かされているわけだが、職が欲しいのか。まあお父上が許可したのなら君を秘書として雇うのはやぶさかではないが」「そちらのお仕事も受けたいと思いますが、オプションを付けて下さい」彼女の瞳を見て、軽口を言うべきではないことは理解した。「君が俺に抱いている感情を知りながら今まではぐらかしてきたのは謝る。君は美人で、女性としての魅力もたくさんある。好きか嫌いかでいえば好きだよ。それでも私は自分のプライベートスペースに人が入るのは好きではない」結果的に一番信用しているのが門倉甲であるというのは笑えない。次は空だろう。彼女は絶対必要ラインから踏み込んでこない。「知っています。あなたは人間嫌いのきらいはあっても女性嫌いではありませんし、普通に女性に欲情する。私からすればそれで充分です。昔は部下を連れて娼館に行っているあなたに対して組織の運用側としては有用性は理解できても感情的にイラつくこともありましたが、一個人同士ならそれは許容されますよね」自分に問えば、なぜあの男はノイを好いたのか。救ってくれたからだ。まあ性質的に相性が良かったのだろう。さて自分と桐島レインの関係を考える。救ったのもかもしれない。あれを救ったとカウントすればだが。共通項を考えれば俺も彼女も学校では異質で家族と仲がよろしくない。俺は親近感を持たないというか意識して避けていた。彼女が見ているのを知らぬふりをした。「どうかしましたか」「いや、俺の知っている『君』は今いる君より魅力的なのか。正直面倒だと思ったこともある。同じ顔で思考が似てることもあれば異なっていることもある。いい意味で変わっていないのは空だけだ。渚千夏が一番ひどかった」彼女にしてみれば何を言われているかわからないだろう。これは俺と門倉だけの感傷なのだ。ああ認めよう。嫌悪しながらも俺はあの世界が嫌いではなかった。やろうと踏み出せば可能性はあったのだ。だが俺は俺でしたかないのだ。「レイン」多分、初めて彼女の名を呼んだ。考えてみれば『あの男』がお嬢さんから名前呼びしたのも結構後だったな。「は、はい」「1年間はお試しで頼む。それで問題がなさそうなら」自殺をしない以上、これからも生き続けなければならないが、人生は長い。一人ぐらい巻き添えもとい、歩む者がいても悪くない。幸い考える時間はたっぷりとある。「ええ、喜んで」死後の世界があるかはわからないが、あるのであれば、そっちで見ているがいい久利原直樹。お前がしたかったことは俺がやってやる。そして話をしよう、愚か者たちか紡ぐ、それでも前に進む物語を。DIVEXはこれにて完結です。数年間の放置してしまい申し訳ありません。個人的にジルベルトワールドで一番救われたのは千夏ですが、史実に近いこっちではあんまり良くないというか空生きてるし、結構みじめな感じだったと思われます。菜ノ葉の扱いは、しょうがないというか、本当に成長していないのは彼女だけだから本当に食堂のお姉さんポジというか、この1年後くらいに普通に結婚して普通に子供生んで幸せに。真は贖罪じゃないけど、さすがに自分の料理が原因で未亡人になるのを阻止しなくちゃという使命感でフェンリルの料理担当兼フリーター傭兵をしながら姉に徹底的に仕込んでいます。姉は今回は勝ち組だからしょうがない。本当にしょうがない。えっと西野亜季さん? いや基本的にジルベルトが上位互換になると出番がね。ジルベルトシリーズの総括でも。二人の違いは何かというと、ジルベルトは課題解決型で佐藤さんは芸術家型なのです。佐藤さんは結構自分から課題(トラブル)を作っては解決しているよねとお考えの方もいると思います。ジルベルトは最終的な目標の設定がきちんとしていて、それを解決するために最適なルートを構築するタイプ。それに対して佐藤さんはやりたいことがあるから取り合えずやってみて、成功したら良かった、失敗したらじゃあ反省しつつ次のことをやってみようというトライ&エラータイプ。このタイプは抜群に能力は高いですが、秘書的な人物が調整しないと破綻します。そういうわけで白鳥さんことクリス先輩が、その辺の面倒をいやいや見ているわけです。その点ジルベルトは自分のできること、できないことはもちろん、周囲の人間のできることも想定して動かすので、組織的には欲しい人材です。あと普通にジルベルトはモテます。容姿も貫禄もあるので。佐藤さんは変人の美人か、年齢が二回り離れているおっさん、おばさんしか寄ってきません。でジルベルトと相性がいいのって実は空じゃないか。四六時中ケンカしてても最後はしょうがないなあで協力する相棒。レインはスペックが高すぎるのが難点というか理性的な間柄だから一度こじれると面倒。お互いに限界まで我慢する組み合わせ。候補じゃないけど亜季ねえさんはというとお互いが好きなことをしつつ、適度にくっつく時間を持つ。鴛鴦夫婦ではないけど、仕事と私事がうまく噛み合っている組み合わせで、彼らの娘は考えたくねえ。佐藤さんの相性は言うまでもなくノイてんてーが一番、次は本編にほぼ絡まない亜季ねえさん。割と構いたがりかつ趣味人なので相性がいい。レインは多分だめ。彼女はどんなにはっちゃけてもムラムラしてきたからやりたいとか言わない。空とは微妙。ジルベルトが家事をして空が働くという組み合わせの場合のみ可。彼女は舌はいいのだ。調理における計算ができないだけである。昔はジルベルト(佐藤さん)がバルドルからログアウトできないから、ノイ先生一緒に自分の世界を見つけるまでいろんな世界を放浪する話も考えていたのですけど、二次創作のオリキャラを別世界にぶん投げて他の世界を蹂躙するのはやばい(参照えせ救世主物語)ということでやめました。以降はハーメルンで転載して、新作の場合もあっちに投稿すると思います。ご興味があれば、「水城悠理」または「こんな分岐は嫌だ」で検索していただければ幸いです。