<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.43482の一覧
[0] ゆめ[Mio](2020/03/01 04:58)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[43482] ゆめ
Name: Mio◆d9415430 ID:b7976937
Date: 2020/03/01 04:58
少しだけ不思議な関係の話をしようと思う。ひとつ屋根の下で数ヶ月、静かに生活した話を。
事の始まりは大抵女の涙から始まる。弱くて、脆くて、ボロボロな女の子。最初は唯の善意だった。逃げ道がなくて、追い詰められて、昇ることも、降りることも出来ないそんな姿を見ているのがイヤで。特に考えもせず、偽善者で博愛主義を語る独りの男が手を差し伸べてしまった。

「落ち着くまで此処にいればいいよ?」

その時点で男は気付くべきだった。護りたいと思ってしまった。即ち、それがどういった意味合いを持つのかということを。それに気づきながらも、見て見ぬふりをして気持ちを最奥へとしまい込んだ。
何が問題だったのか。それは歳の差という他ない。そこが1番大きく、一緒に生活をしながらも男には手を出す勇気がなかった。勇気?違う。単純に怖かっただけなのだと思う。社会的にも…会社的にも…

そんな中、コイツになら託せる。託しても良いと思える奴がいた。今思えばかなりのハードルの高さだ。身分を証明できるものもなく、住所もなく。ある意味で浮浪者と変わらないその娘の面倒を押し付けられる。加えて、この娘も信頼を置いている男がいる。お互いの気持ちは透けて見えるかのように分かりきっている状況で。かつ全てがハッピーに終われる絶対条件を見つけてしまった。
だから、だから押し付けた。自分にできないことを。彼なら出来ると信じて押し付けた。いまでも思う。その選択は正しかったのかと。誤りではなかったのかと。自問自答を繰り返している。自分の幸せを放棄してまで委託して良かったのかと。

事の発端は至ってシンプルである。問題なんてものは大概痴情の縺れから始まる。いや、この際理由なんてのは関係なかったのだろう。単純に男の性格に難があっただけだ。泣いている女の子を放って置けなかっただけなのだから。

「帰りたくない」

甘美な言葉である。余程、頭の悪い男でなければ唆される誘惑の言葉であると言っても良い。彼氏と別れようとしていて、同居の家には居たくないと状況を知ってしまったならば尚更に。

「しゃぁなしか…」

男は単純に、額面通りにその言葉を受け取った。別れたい彼氏との同棲がどれ程までに辛いのかは分からないが、状況の推測はこれまでの話から出来ていた。放浪癖が再発したのもそれが原因なのだろう。下心があったかと言われたら無いと応えてしまうくらいに当時は無欲だった。それほどまでに独りでいる時間が長かったのだ。故に一人の妹として、一人の娘として。文字通りに【預かった】。

最初は三日間程で終わる話だと思い、それとは別で長引くなとも考えていた。常に悪い状況を想定して動くというのは便利である。だから最終的に彼女が家出をすると言う言葉を吐いた時、ノータイムで返答が出来たのだと思う。

「構わないよ。好きに使ってくれ」

職業柄、基本的に日中から朝方にかけて家にはいない。時間が噛み合うことはないのだから事故も事件起こらないとは思っていたし、現在においてもなにも変わっていない。逆にここまで問題にならないのも不思議な話である。問題の大きさから少し頭を抱える日もあったがここまで問題にならないのであれば特別意識する必要はないのだろう。時に話を聞いてもらう機会はあった。問題の大きさから処理するにはオーバーフロー過ぎたのだ。他者の意見を聞かなければ身が保てないほどに。だが幾人に聞いても返す言葉は同じだと思った。そして実際に幾人に聞いても同じ言葉が返ってきた。

《その関係は常軌を逸している》

男自身、そう思っているので特に思うこともない。その言葉が真実で、現状が事実であるのだから。それでも男である以上、女とひとつ屋根の下で生活をしていれば意識せざるを得なかった。例え、そこになにもなくとも…生まれることはあるのだから。それでもなにも起こらなかった。起こせなかった。起こしたくなかった。

人に言われたことがある。

《貴方の幸せは何処にあるの?》

それが分かっていれば、男はここまで苦労はしてなかっただろう。男の幸せはきっと、自分の幸せ以外で見つけることにあるのだろうから。だから自分は幸せにはなれない。いや、ならない。《私》にとって、幸せとは《私》以外にあるのだから。




「おはよう」

「おやすみ」

「いってらっしゃい」

「いってきます」

「おかえり」

「ただいま」

一人暮らしを始めてそろそろ二桁になるだろうか。吐かれることの無かった数々の言葉が身に染みた。それだけ寂しさを抱えていたということなのだろう。使われることの無かった数々の言葉。それを使えることが凄く嬉しかった。とても当たり前の言葉なのに…有り触れた言葉なのに…言葉を発した瞬間。自分の心が揺れ動いた。私は強く意識した。人を愛することはあっても恋はしないと思っていたのに、私は、彼女…紅に恋をしたのだ。

前述したように、紅の背景は異様である。関西圏内から仕事で都内に来たが長くは続かず。身分を証明するものもなければ、特定の住所もない。これまでも彼氏の家に転がり込んで雨風を凌いでいたのだろうと私は思う。実に悪女に近い存在である。容姿も整っており、愛でたくなるような人懐っこい笑顔。甘えられたら間違いなく勘違いする男は多い事だろう。湊にそういった気持ちはなかったとしても、幾人から見てみればそれは同じ風景に写るに違いない。現に同じ風景になりつつあるなと、湊も思っている。それでも一線を超えないのは自分にルールがあり、紅に海という彼氏がいるからである。どちらの存在も、湊にとっては可愛い後輩なのである。

-カラン

グラスに注いだ酒もなくなり、氷が静かに音を奏でる。考えたところで結果など変わらないのだ。それでも【if】を考えずにはいられない。臆病だなと思う。いつだって踏み込んだ奴が欲しいものを手に入れるのだ。手に入れたのだ。踏み込まなかった奴に何かを手に入れる資格などない。グラスに酒を注ぎながら湊はひとり笑う。

「ちっちぇーなぁ」

きっとそれは臆病者の自分に向けた嘲笑だったのだろう。湊も同じ話を仲間から聞けば幾人と変わらず同じ言葉を紡いでいたに違いない。

「なんでやらないの?」

男と女が一緒に生活していれば必ずしも起き得る問題の一つといえば肉体関係だろう。それは当人も思い当たる1つの問題であると分かっている。だが、それは事情を知らない人間の上っ面の言葉なのだ。だから、幾人から何を言われても心には響かなかった。肉体関係を持ちたくなかった訳では無い。でも持っては行けないと心のどこかで思ってしまい、それが最優先事項に跳ね上がっていたのだ。つまるところ、やりたい…でもそれは許されないと…問題は自分で解決するしかなかったのだ。そして解決する手段など既に確立していた。というか《ソレ》以外にはないのだ。だから、その日を境に。男は、独りの兄であり、独りの父であろうと心に決めた。紅に恋をするのではなく、紅を唯唯愛そうと心に決めた。

人に恋をするのが怖くなったのだ。私には分からなかった。恋とはなんなのか?恋することと、愛すること。この境界が私には分からなくなっていた。今でなら分かるかもしれない。恋とは男であり、愛とは親であると。

何処から話をしたものか。なぜ私が他者とは違う考え方をするようになったのか。他者…と銘打ってはいるが…何故、私は普通ではなくなったのか。なにより…普通とはなんなのか。

順番に話をしよう。どうしてこうなったのか。湊自身も整理する必要があった。だからこうして筆を…いやこの場合スマホを手に取り書き留めようと思ったのだ。いま、こうして紅とともに生活をしている一年前に、一人の女の子を好きになった。本当に好きで、護りたくて。女の子、澪が好きで。でも澪には他に好きな人がいた。やっぱり湊の知っている人間で、というか同じ職場で働いてる人間で。その関係性が歪で狂っていて、やっぱり助けたいという偽善の心が働いて…そして思いを告げた。アイツと居るくらいなら私と居た方が良いと。

「私と一緒にいてほしい…」

数十年生きてきてそんな言葉を吐けるとは思わなかったと今では思う。でも、人に伝えるならばそれくらいシンプルな方がいい。そんな言葉で護りたいものが護れるのであれば安い言葉だと。それでも上手くはいかなかった。それは湊の落ち度なのかは今でも分からない。でも一ついえるのは…澪が湊に対して特別な感情をもてなかったからだと思う。思いたい。結果だけを述べるのならば、湊は振られた。そして奪われた。いや奪おうとしたのに奪われたという表現はおかしな話だ。差し伸べた手は当たり前のように振り払われ、その手を握られることは無かった。兎にも角にも私にとって一つの恋が幕を下ろしたのだ。

今思えばこれが湊にとっての分岐点だったのだろう。澪に恋をしていて愛したかった。肉体関係を持ちたいと思える程に彼女に恋をしていた。だが知らぬ間に愛へと変わっていた。それに感づいたのか。澪が湊の手を取ることはなかった。そして湊は改めて…学生時代も色々あったが改めて…一方的な恋は辛いけれど、一方的な愛は肉親のそれに近いのだなと自己完結してしまった。
湊が博愛主義を語り始めたのはこの恋が終わったあとからだが…いま思うと博愛主義とはよく言ったものだ。全ての人間に対し愛を振りまく。だが…それが個人に切り替わってしまったのならば、それはきっと恋にしかならないのだ。恋は辛い。行き場を失った恋は自分を苦しめるだけなのだ。傷付くのはもう嫌だと、一人で泣いて勝手に博愛主義者を語るようになった。傷つくのが怖くて恋ではなく愛を語ろうと思った。


それでも…
愛を貫くには、湊は若すぎたのかもしれない。容易く恋は産まれる。意図せずとも意識せずとも恋は産まれ零れ落ちる。シングルベッドで二人で触れ合いながら睡眠を貪る。
紅にとって私は何なのか。
私にとって紅は何なのか。
理解ができないことがある。それは湊にとって不思議な現象だったに違いない。なぜ二人で一緒に居られるのだろうか。

「おかえりぃ」

甘ったるい声で帰宅した湊を迎える。寝ていた為か寝ぼけた声で、普段人には見せないであろう甘えた表情で。そんな紅をみながら静かに、ただいま、と言葉を告げる。うにゅうにゅ言ってる彼女の頭を撫でながら、何をしてるのかと疑問に抱きつつ心を落ち着かせる。非日常が日常に移り変わりつつある。それが良いのか悪いのか。本人にも図りかねる問題ではある。歳の差、と書いたが流石にひと回りも離れていたら考えることもある。例え彼女がどれだけ可愛く愛情があっても考えることがある。まだまだ未来があり夢がある。そんな彼女の楽しみを奪って良いのだろうか。考えすぎと言われればそれまでだが考えずにはいられない。それが湊にとって当たり前の事なのだから。30歳を迎えた湊にとって彼女と言うよりも嫁、といった感覚に陥る。それを紅が望んでなってくれたなら話は別ではあるがそうではあるまい。遊ぶのは構わないが先を見据えている湊がいた。欲しいと思ってしまった以上、そばにいてほしいと。一緒にいたいと願ってしまった。

「うにゃ…」

愛らしい。幾人の男が見れば護りたくなるだろう寝顔。魔性の女とはこういうのを指すのだろうと思いながらも彼女の頭から手が離れない。改めて寝息を立てるまで優しく丁寧に頭を撫でる。この幸せな時間が崩れなければ良いのにと願いながら。それでもいつか終わりは来るのだからと、1人決意している。そう…終わりは来るのだ。それも遠くない日に。




帰ることが1つの楽しみになった。帰ることで誰かが迎えてくれて、おかえり、と言ってくれる環境。子供の頃は当たり前だったのに、いつの頃から当たり前では無くなったのか。それが進化したといえばそうなのだろうが、個人的に思えばそれは退化に等しいものなのだろう。帰ってきても暗い部屋。夏は暑く冬は寒い部屋。それが当然だったのに今ではそれが当然ではなくなった。

-ただいま。

そんな言葉がいつまで吐けるのか分からないなと思いながら言葉を紡ぐ。湊はまだその言葉を吐けている。それでも目の前にいる彼女は当たり前のように…蜃気楼のように消えていくのだろう。だから消えないように…失せないように…その手を…その身体を…その頭を離さないようにしたかった。そんな想いを抱いていても…紅は消えていくのだろう。澪も同じだった。掴んで、その場に一緒に…側に置いておきたかった。でも…それはできなかった。

「だって…私に彼女を幸せにする権利なんてないのだから…」

愚痴のように詞が吐かれる。吐かれた詞は静かに呑み込まれ、誰にも届かない。思いは…想いは…重いだけなのだ。吐いたところで、静かに地中に…個人の胸の内に落ちていく。何度…何度経験しようとも、この気持ちに慣れることはない。ただ、唯唯…辛いだけなのだ。

「なんで私は、わたしなのか…」

言葉が重くのしかかる。
女は愛嬌…男は度胸…そんな言葉を呟いた友人がいる。湊には度胸が無かったのだろう。女を幸せにするという度胸が。だから手放した…自分可愛さに手放した。それはただの逃げの一手なのに。幸せを逃がす一手なのに。なんども悩む。幸せとはなんなのか?



ある日、紅が住居を決めたと報告してくれた。嬉嬉として話してくれる彼女に嬉しく思いながらも今の生活が終わるのだと悲しくもなった。紅の中で湊の存在はどれだけのものなのか。湊の中で紅の存在はどれだけのものなのか。考えれば考えるほど辛く、悲しくなった。ハッピーエンドを望みながらバッドエンドを望んでいる自分に吐き気を憶えながらハッピーエンドで終わることを表面上で喜んだ。心の内は…誰にも判らない。悟らせないと。静かに彼女の言葉を喜んだ。
3ヶ月…決して長い時間ではない。同様に短い時間でもない。戯れで同棲をしていたが、いつしか戯れでは無くなっていたのだろう。だからこそ今悩んでいる。結果的に悩んでいる。君の選択は正しかったのかと。酒を片手に悩んでいる。呑めば呑むほど悩みは肥大化していく。何故と。どうしてと。私は私であることが悩ましいと。
澪に吐いた言葉が湊に返ってくる。

『欲しいと望んだならば叫び続けないといけない。後に悔やむと書いて後悔と言うのだ。』

その時、澪は何を思ったのだろうか。虚言と思っただろうか。真意と勘づいただろうか。他者の気持ちまで湊に理解することは出来ないが想像は出来る。あらゆるパターンを想定し分岐することが出来る。出来てしまう。経験不足な人間が経験豊富な人間に追いつくには創造でしかないのだ。常にあらゆる場面を想定し、結果に結びつける。だからこそ湊は『人に追いつくことが出来る』のだ。

自分の思いを言葉にできればどれだけ幸せなのだろうか。口にすることが出来る君たちが羨ましい。結果を想像出来ず、創造出来ない…故に真っ直ぐ前に進んでいける君たちが心の底から羨ましいと湊は思う。言葉とは魔法なのだ。人が使える唯一無二の魔法なのだ。人を縛り自分を縛り世界を縛る。縛り付けて思考が止まる。これで良いのだと湊は意思を停滞させた。得られるものなどなにもないのだと手放した。放たれる言葉など何も無いのだ。深く深く更なる深奥へその思いを閉じ込める。



それでも紅には会わざるを得なかった。当然だろう。同じ職場で働いているのだから。会わないわけがないのだ。意志とは容易くぶれて壊れていく。紅の無邪気な笑顔を見る度に心が満たされていた。そしてその裏に見える顔を知る度に後悔もしていた。3ヶ月という同棲の期間はお互いの有り様を変えてしまったのだ。2人のその様を見て、未だに周りから何も言われないことに首を傾げたくなるくらい不思議だった。その理由も想像はつくのだが。端的に言えば、湊のありようがおかしいのだ。湊の周りの人間との関わり方を鑑みれば疑問はあれども不思議ではないのだ。特定の人間を除けばあまりに距離感が近すぎるのだ。故に紅との距離感、誰よりも近くにいるのに誰とも変わらぬ距離にいると誤解されている。勿論。スケープゴートがいるが故の結果でもあるのだが。海という存在があるが故に湊という存在が許されている。ただそれだけなのだ。人を騙すのであれば徹底的に。そんな考え方の湊からしてみれば海と紅の付き合い方など行動からして公開しているようなものであった。そのおかげで湊と紅の闇も表には立たないのだから感謝の言葉しかない。それでも破綻する時は簡単に破綻する。

「この思いを告げてしまったら全てが破綻する。面白いけれどやってしまったら私は私を軽蔑することしかできないよ…何処まで行っても私は私なのか」

過去の行動と照らし合わせ皮肉混じりに自分を嘲笑する。最低だ。クズだ。カスだ、と。澪の顔を思い浮かべては消して、紅の顔を思い浮かべる。きっと事実を知った澪は湊を軽蔑していることだろう。湊も立場が逆ならば軽蔑しているに違いない。それでも面白がって、嬉嬉として応援はすると思うけれど。そこまで考え、人とは違うのだなと思い改める。人に対する価値観が違いすぎるのだ。正しいと思うことには正しいと言い、正しくないと思うことには正しいと言う。湊はそういう捻じ曲がった考え方の持ち主なのだ。十人十色。思想、思惑、思考。全てにおいてそれぞれの考え方があって、正しいと思ったからこその答えなのだ。君たちは間違っていない、と。全てを肯定するのが湊なのだ。選んだ行動に責任を持つのは聞き手ではない。話し手が全ての責任を持つのだ。君たちが正しいと思ったならば貫き通せば良い。



泣いていた。
泣いていたのだ。
泣きじゃくっていたのだ。
その瞳から零れているものに対して理解が出来ず、拭うことも出来ず、止めることも出来なかった。
事実として…。
真実として…。
現実として…。
泣いていたのだ…。

私の手は何のために付いているのだろうか…と思わずにはいられなかった。相互理解など不可能に近い。それでも近づくことはできると思っていた。2人ならできると信じていた。誰が悪いのかなど判らない。それでも結果として…

「彼女が泣いていたのに私はなにをしていたのか…」

もう泣くことはないと。
もう傷つくことはないと。
もう後悔することはないと。

心が揺れ動いてしまった。

メトロノームのように。
永久機関のように。
時計のように。

抑えていた気持ちが化学反応を起こしてしまった。堰き止めていた想いが溢れていく。

―あの娘が欲しい

純粋で純情で純潔な想いが、全てを飲み込むようにして雪崩を起こした。
止まることは無い…止めることも出来ない…溢れた想いが、重く爆発を始めた。もう止まることはない想いが。

「ああ困った。私は、君のことが本当に好きだったんだな」

自覚した思いは誰の耳に届くこともなく。静かに胸の内に響き渡った。反響し、増幅し、逃げ道のない想いが湊を傷つけ、海を傷つける。

「ぎゅっ、として欲しい」

その言葉の真相は判らない。でも吐かれた言葉に逆らえることもなく湊は静かに紅を抱きしめた。お前のいる場所はここだ、と言い聞かせるように。どんな結果になろうとも。紅を護りたいと思ってしまった。思いが止まらない。堰を切ったように溢れて零れていく。掬われることのない想いはどこへ消えていくのだろうか。独り掻き集め、また零していく。終わることのない無限ループ。その作業に独り虚しく空を仰ぐ。一度産まれた感情は消えることなく揺蕩うのだ。頭を抱え、顔を覆う。

―無能で有りたかった
―馬鹿で有りたかった
―独りで有りたかった…と

繰り返される自己自答。
終わりの無い自己嫌悪。
望んだ夢への自己犠牲。

繰り返しては零れ、掻き集めていく。
私は…誰と闘えば良い?

独り泣いても答えは出ない。出ることは無い。既に終わりも結果も真実も…
あらゆる盤面で答えは出ているのにも関わらず…一人もがき苦しみ憔悴している。

私の手は何を掴めば良いのだろうか…

答えなどない。
探す気もない。
本当に頭が痛い…
澪の時以上に頭が痛い。
誰かを傷付けてもよかった。
誰をも傷付けたくなかった。
傲慢な意見であると言わずにはいられない。その手は容易く傷付け、容易く守る。人間であるということは…即ち傲慢でしかないのだ。澪と紅に差などないのだ。一人の人間を愛し、一人の人間を壊す。過程に差はあれど結果に差などない。自己の幸せを掬えば…他己の幸せが零れる。それが嫌で誰とも関わりたくなくて、独りすまし顔で…俗世間とは違うと見栄を張った。貼り続けた。仮面を被り、自己を偽った。詐り続けるしかなかった。



湊はどんな顔をして海に会うのだろうか。自分のことなのに分かっていない。理解が及ばない。その行動は…彼に対する裏切りなのだ。裏切りでしかない。誰よりも苦しんでいるのは、きっと彼なのに。手の差し伸べ方が分からない。差し出して良いのかも分からない。それほどまでに湊は憔悴している。自己の行動によって誰かを貶めるという行為こそが愚の骨頂だというのに…止まることはなかった。止めることが出来なかった。湊がどれほど想いを乗せても、実ることの無い行動。既に終幕を迎えるだけのこの想い。

―私は、どんな顔で彼に会えば良いのだろうか?

状況を楽しむ為に試行錯誤はしているが、果たしてそれが正しいのか。正しかったのか。


時が経てば自然と解決する問題でもなく、無意味に無作為に無価値に、無為に無駄に無様に時は流れていった。自己の思いなど当に理解しており彼女に対して隠すことを諦めた思い。紅が泊まりに来る度に静かに抱きしめた。関係を持った訳では無い。それでも彼女が横で寝る度に静かに、一方的に抱きしめた。紅がなにを思うかは湊にも分かっていないが想像くらいはきっとついている事だろう。怖いのだ…この関係が真っ白になってしまう事が。だから思いを口にすることが出来ない。臆病者は結果が見えないと行動に移せないのだ。だから独りで震えている。前にも後にも進むことの出来ないこの状況に震えが止まらない。

どうするべきなのか。

これはただの嫉妬なのだろう。誰、と言われれば即ち彼女に対しての嫉妬に他ならない。紅に対する嫉妬なのだ。安いものである。ゆらゆら朝霧のように揺らめく嫉妬の心。行く宛の無い、晴れることの無い嫉妬。それは心に巣食い晴れることの無い霧となって覆っていく。

知るべきである。

同じように…

知らないべきである。

錯綜する二つの思いが重く伸し掛る。掲げた手は誰にも掴まれることなく虚空を無意味に撫でる。変わりたいと思う気持ちに相反するように変わりたくないと嘆く。嘆いたところで誰にも聞こえない。聞かせられない。


もう止まることは無い。




感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.052593946456909