土蔵の扉を蹴破るように開けた。
もはや、四の五の言ってる暇はない。
あと、さっきの衝撃的な出会いのせいで、えらい勢いで尿の弁が緩くなってるけど、トイレより先にやらなければならないことがある。
そう、俺は聖杯戦争に参加する。
魔術師と召喚されたサーヴァントを駆逐し、聖杯を手に入れる。願うことはロリータハーレム。というか、はじるすの世界に転生し直したい。
……いや、別に原作通り壊してもいいんだけれども。
狙うルートは幻のイリヤルート。……は、先が見えなさすぎるんで、イリヤが無理なら凛GOOD END。セイバー&凛の両手に花でウハウハ倫敦生活を送るのだ!!
なんか金髪貴族なおぜうさまも出てくるらしいしね! 縦ロールばんざーい!!
話が逸れた。ともかく、俺は今からサーヴァントを召喚する。というか、はよ呼ばんと怒り狂ったバー作さんとイリヤたんが乗り込んで来かねない。
土蔵の中は大分放置していたせいか、やけに埃っぽく、空気が淀んでいた。初めてこっちに来た日に見た時のままに、それまでの衛宮士郎が積み上げてきたガラクタの山が放置されている。
ざっと見回した後、俺は大きく息を吸う。久しぶりだからこその緊張感がある。できれば、久しぶりと言わずにもう金輪際したくないけど、今はそうは言っていられない。
「トレース・オン」
呟く。そして、身体にラインが通るイメージが浮かぶのと同時に、痛みが走る。
しかし、これくらいなら堪えられる。投影とかは正直死ぬが、解析ぐらいならまだ堪えられるくらいの痛みなのだ。
そのまま土蔵を見回して、土蔵内の魔法陣を確認する。たぶんこれだよ。これで召喚できるんだよ。
トレース・オフ、と呟く。再び、埃の溜まった土蔵に視界が戻る。
もはや一刻の猶予もない。
今、こうしている内にも、
「死刑よ! 死刑! あの変態ごーかん魔をミンチにしてやるのよ!!」
「■■■■■■■■ーーーーーーッ!!」(←多分「はんばーーーーぐーーーーーーーーッ!!」とか言ってる)
と、こっちに向かってきてるかもしれない。
いやん、万事休す!!
いやん、じゃねえええええええええええ!!
本気でやばいじゃないの!! もし、セイバー呼ぶ前に向こうが到着したら、俺ミンチ確定じゃないの!!
絶 対 に 、 イ ヤ だ !!
ならば、来る前に呼ぶしかない。そう思い、魔法陣の上に立つ。
そして、俺は気付いた。根本的なところで、俺うんこちゃんだったことに。
「……召喚って、どうやるんだっけ?」
致命的だった。
「トレース・オン」
出ない。
「Anfang ― セット― 告げる。告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
出ない。
「うおおおおおおおおおお!! アブラカタブラァ!! 開けゴマァアアアアアアアアアアアアッ!!」
出ない。
「闇よりもなお暗き存在、夜よりもなお深き存在、混沌の海にたゆたいし、金色なりし闇の王――」
出ない。
「食っちゃ寝ニートで食いしん坊の神よ!! 出てきてちょーーーーーーーーーーーー!!」
出っっなぁあああああああああああああいい!!
必死にあれやこれや試してみるが、一向に出る気配がない。
やばいやばいやばい!! どうやったら出るかなんて知るか!! てか、原作だとよくわからんけど、あっさり出てたじゃないかっ!!
あれか! 魔術サボりすぎてて、もはや衛宮士郎じゃなくて、衛宮士郎(笑)だからかっ!!
なんでちゃんとオリ主しなかったんだよ、俺ーーーーーーーーー!!
いやいや、そんなことしてる場合じゃない。こうしてる間にも、俺をミンチにする死の使いが迫ってきているのだ。
なんとかしないといけない。
しかし、粗方憶えてる呪文は唱えまくった。
あとは、パルプンテくらいしか残ってない。
いや、待てよ。
「トランス状態になったシャーマンは歌と踊りによって、精霊をその身に宿すと言う――」
歌と踊りとか正直、ハルヒとアイマスとソーラン節くらいしか知らんが、やらんよりマシだろう。
もはや、何が正しくて、何が間違ってるのかわからなくなってきた俺は、とりあえず魔法陣の上で構えた。
「なぞなぞぉおおおお! みたいにぃいいいいいい!!」
本当に、やけくそだった。
脳内ミュージックに合わせて、手を振り、ステップを踏む。
そうやって、声を張り上げてると、だんだん楽しくなってきた。
なんか、もう今が楽しけりゃどうでもいいや、とか思い始めるくらいに。
「ミラクルどこ来る? 待っているよりも、はじめてみましょ、ホップステップジャンプ☆」
そして、調子に乗ってジャンプしたら蔵のガラクタ蹴倒したとです。
で、現実に戻りました。本当にありがとうございました。
「うひぃいいいいいいいいいいいい!?」
ガラガラと山からガラクタが崩れ落ちる音にビビりあげる俺。
いや、なんか来たかと思ったんだって!!
というか、俺、今ライブで大ピンチだったはずだろ!!
なにがフレッフレッガンバレ、サイッコ♪だよ!!
俺が頑張れよ、マジで!!
と、そこまで考えて、股間の違和感に気付いた。
よっぽど怖かったんだろう。
それはそうだ。現代日本に住む人間がそうそう今すぐ殺されそうなんて状況がリアルに迫ってることなんて、まずありえない。
寧ろ、正気を保ってるだけでも大したものだと、俺はそう思ってる。
だから、うっかりビビっておしっこ漏らすぐらい仕方ないことだと思うんですよ。
しかも、ほら見て。この染みの色。
極度のストレスに晒されすぎて、血尿が出ちゃってるじゃない。
しかも、さっきからずっと我慢してたからか、えらい量が出てる。
あら、たいへん。魔法陣まで染みが付いちゃってるじゃない。
「――本当にかわいそうだと思うだろ、アンタも」
「――貴方の頭が、ですか?」
なんか隣りに立ってる人にも、そう話しかけてみたら、冷たい目でそう返された。えらく傷つくじゃない。
俺が本当はナイーブで、傷つきやすいガラスの十代だってことをもっと周りは知るべきだと思うんですよ。
そう言えば、憑依する前からそんな扱いだった気がする。朝起きると冷たい目で見られて、学校でも冷たい目で見られて、大学でグッバイできるかと思いきや、また冷たい目で見られて。
で、憑依してオリ主になっても冷たい目に晒される人生なのか。
こんな人生に絶望した! 死のう。うん、もう死ぬお!
「お母さん、先立つ不幸をお許し下さい」
「あん――じゃなくて、貴方、お母さんいないでしょうに」
そうでした。士郎は拾われっ子なんでした。ありがとう、隣りに立ってる人。いろいろ残念なことだけ思い出してしまったよ。
て、隣りに立ってる人?!
改めて見上げた俺の視界に、一人の少女の姿が映る。
それはまるで、切り取られた絵画のようだった。
朧げな月光が差し込む中に佇む、鎧に身を包んだ金髪の少女。
自分をその眼差しは凛々しく、固く結んだ唇はその少女の頑なな生き様を表していた。
「―――――問おう」
少女が告げる。
それは記憶にある1シーン。Fateというゲームを思い出した時、一番最初に浮かんでくるシーン。
少女の名前を俺は知っていた。
少女が何者であるかを俺は知っていた。
そして、少女が次に何を言うかも、俺は知っていた――。
「―――――貴方が私のマスターか」
少女の言葉に、俺は頷いた。
何か言おうにも、言葉が何も出てこなかった。
びっくりした。本当にびっくりしたんだ。
実際に見たセイバーは本当に、驚くほどキレイだった。
その姿も、心も、魂さえも、何もかもが美しく輝いていた。
そうやって見惚れてる俺に構わず、セイバーは土蔵の外に飛び出す。
そうだ、セイバーはそこで最初にランサーと戦い、その後凛と同盟を組むことに――って違う!!
俺、ランサーに追われてないじゃん!!
てことは、アレか。もしかして、バーサーカーかっ!!
となると、セイバー1人じゃまずい!! アイツの真名はヘラクレス。ギリシャ神話が誇る大英雄だ。
その桁違いの性能は、セイバーとアーチャーの2人をもってしても苦戦するほどだったはず。
「―――ち、くしょう!!」
今なら原作で無意味に前に立ちたがった士郎の気持ちが少しはわかる。
確かにあんなキレイな女の子が傷つく姿なんて見たくない。
だから俺は、恐怖で震える身体に活を入れて、彼女の後を追う。
最悪、令呪を使ってでも、彼女を助け出す。
大丈夫。あの彼女は最良のサーヴァントと呼ばれるセイバーのサーヴァント。
ブリテンにその名を刻む騎士王――アーサー・ペンドラゴンその人だ。
逃げることだけなら、たとえバーサーカー相手でも可能だろう。彼女は嫌がるだろうが、それでも背に腹は変えられない。
そして、俺は彼女が開け放った扉を潜り、彼女の戦場へと脚を踏み入れた。
正直にぶっちゃけるとそこは戦場じゃなかった。
なんかよくわからんがバーサーカーは来てなかったみたいで、古き良き武家屋敷の庭は先ほど見たままの姿で俺の目に映っている。
で、そこの周りをちょろちょろ走り回っているセイバー。いや、気配とか感じたんじゃないの、あなた。そんな植木の中に、バーサーカー隠れられる訳ないってば。
その綺麗な金髪のところどころに植木の葉っぱを付けたまま、セイバーは「うがー」と唸りを上げたまま、今度を塀を飛び越えた。
あ、やっぱサーヴァントなんだよね、と初めて認識できた瞬間だった。
でも、なんか、おかしい。
セイバーってあんなんだっけ。いや、違うよね。セイバーもっと凛々しいよね。
少なくとも食卓以外であんな姿晒さないよね。
そう思いながら、俺も走って外に出る。
家の前の道路に出ると、その先でセイバーがきょろきょろしながら地団太を踏んでいた。
そんでその後、orzな感じで崩れ落ちる。
その姿はあまりにも哀れで、なんか声かけるのを憚られた。
あー、えーと、その、とかける言葉を迷っていると、涙目のセイバーがこっちに顔を向ける。
……やばい。泣きそうなセイバーたん、萌え。
「いや、何してるのかなと思って」
「そんなの決まってるじゃない!!」
しゅたっと立ち上がるセイバーさん。
そして、どこかで見たことがあるRoutesの皐月ばりの下目遣い。
ああ、そうか。と納得した。
どおりで、最初にかわした言葉に違和感がないと思った。
物心ついた時からずっと交わしてた言葉のやり取り。
記憶の最後にあるあの時だって、同じように話しながら、こんな風に冷たい目で見られていたんだった。
そして、続く彼女の予想通りな言葉に、俺は思いっきり溜息を吐きながら返すことになった。
「私の、アーチャー様を探してるに決まってるじゃないの!!」
「お前、相変わらずアホすぎるだろ――――遥香」
在りし日に、セイバーたんの素晴らしさを語った腐れ縁の悪友の名前を、久しぶりに俺は呼んだのだった。
【あとがき】
ようやく、もう一人トリッパーを出すところまできました。
これでやっと聖杯戦争に突入+容赦のない批判にテンションが上がったので、チラ裏から出て、型月板に行こうと思います。
あと、召喚方法ですが、なんかあの魔法陣って召還用じゃないみたいですね。地脈がどうとかって話をぽろっと見たんですが、なんかよくわからなかったので友人に相談したら、「ランサーにやられた時に出た血が媒介になって」とか聞いたのでそのまま採用しました。
なんで、血尿です。たぶん、その前に久方ぶりにパス通しまくってるんで魔力に満ちた血尿です。
こんなんでいかがでしょう。