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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第三十六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/01 18:56





あの晩より、幾度確かめたか知れない。
身体の内に、意識を向ける。
幼少の頃より、己を苛み続けてきたモノ。
我が身を喰い荒らし、蹂躙し続けてきたモノ。
それらの気配が、一切感じられない。

「……やっぱり、夢じゃ、なかった」

何度となく呟いた言葉を、飽きもせずに発するのは紫の乙女。
己の祖父がこの世より消え去った、あの夜。
生物が焼け焦げるタンパク臭漂う暗闇の中で意識を取り戻した時、ふと己の身体の違和感に気づいた。
だが、それは負の方向ではない。
むしろ、プラス方向のものだった。
祖父の手により、強引に彼女の身体に埋め込まれた刻印蟲。
彼女の身体に存在する魔術回路を制御改造し、祖父の望むモノへと肉体を造り替えていく外法の魔導生物。
それらの一切が、姿を消していたのだ。
数十ではきかないほどの数が巣食っていたにも拘らず、一匹残らず、綺麗さっぱりと。
調べずとも、解る。
あの嫌悪という言葉すら超越した感覚が、身体のどこにも、一片たりとも感じられないのだから。

「――――ッ」

我知らず、身体を捩り身悶える。
言い表せぬほどの感情のうねりが、彼女の身を焦がす。
だが、その表情に浮かんだ笑みは、歓喜と言うよりは自嘲に近いものであった。
蟲から解放され、祖父も既にこの世にない。
だが、この身は既に汚れきっている。
この家に来てより受けてきた、想像を絶するほどの凌辱と虐待。
それらが彼女に齎したものは、生半可なものではない。
その心の奥底には、いまだじくじくと夥しい血を流し続ける傷が残されたままなのだ。

「……けど」

しかし、その一方で腑に落ちない事もある。
自らの魔力が、以前に比べて格段に安定し、そして増加しているのだ。
いや、湧き上がってくると言ってもいいだろう。
自身の奥底からじわじわと熱く、緩やかに、身体の隅々までを循環し、満たしてくる。
まるで地下を対流する間欠泉かマグマが、自らの血潮となって身体を駆け巡っているような。
その灼熱の感触が、身体中に沈殿した瘧を悉く洗い流していく。

「…………ッ、あはっ」

これまで味わった事のない、爽快感。
煌々と輝く月明かりだけが照らし出す、彼女の部屋のベッドにおいて。
身を横たえたまま、艶然と薄く笑う彼女は一人、その感触に酔いしれていた。
スプリングがぎしぎしと音を立て、壁にまで長く伸びた人型の影が、彼女が身を震わす度ざわざわと忙しなく揺れる。

「――――……でも、あの人」

ひとしきり感情に身を委ねたところで呟いたのは、あの日見たモノに対する懐疑。
どこまでも黒く、黒く、どす黒く。
畏怖の対象であった祖父すら足元にも及ばない、およそ異端からすらかけ離れた異端。
それでいて、どこかしら無条件に安心感を感じさせる、その背中と声。
顔や姿は判然としない。確かめるには、あの地下は薄暗すぎた。
だが、己が目と耳が認識出来た輪郭と声音、そして質こそ正反対だがあの双眸は……。

「……先輩……ッ」

言葉に出して、次の瞬間にはすぐさまそれを否定する。
あれは自分が憧れを持つ、その人ではない。
あの人は、あんなに人を小馬鹿にしたような言動はしない。
あの人は、あんなに嬉々として凶器を振るったりはしない。
なにより、あの人は……あんなに全身に狂気を漲らせたりはしていない。

「…………」

それでも。
だが、それでも彼女の理性は訴え続ける。
あれは、己の知る彼のものであったと。
彼は、あの蟲倉の存在すら知らないはずだというのに。
矛盾しかない、その回答が頭の中で渦巻いている。
これはいったいなんだと言うのか。
いまださざ波のように揺れる感情をそのままに、彼女はほんの少しだけ考え込む。
そうして、出した答えは。

「……きっと」

なにか、自らでは及びもつかないような異常事態が起こっているのだ。
そう結論づけるしかなかった。
そうでもなければ、あの祖父がああも簡単に存在を抹消される訳がない。
そうでなければ、この身から蟲の悉くが消え去る訳がない。
自らの周囲で繰り広げられている、七人の主従の殺し合いについて、彼女は知っている。
というよりは、彼女もある意味で根深く関っている関係者なのだ。知らない訳がない。
祖父は、この戦争の黒幕だった。
他はどうだか知らないが、少なくとも戦争については誰よりも熟知していたし、戦争当初からなんらかの目論見を持っていたようだった。
自ら姿を現さず、舞台を影から操り、己の恣(ほしいまま)に誘導する者は、当然自らが窮地に追い込まれぬよう、幾つもの安全策を張り巡らせておくもの。
しかし、それらすべてをあっさりと飛び越え、まるで道端の虫ケラでも踏み潰すかのように祖父は蹂躙され、消されてしまった。
つまり今、この戦争は祖父の思惑を超えた事態に陥っているのだ。
彼女の頭脳は、そのような論理立てを行っていた。
……そして。

「――――ッ!?」

突如として全身に走る、ざらつくような奇妙な感覚。
その感覚は、彼女の推論に裏打ちをするものであった。
ギシッ、と鳴り響く、一際大きなスプリングの音。
横になった身体が、弾かれたように跳ね起きた。

「い、今の……っ」

それは、彼女と繋がりを持つ者との、レイラインから伝わってきた。
今、そのラインは繋がりをこそ保っているが、死滅したように閉じている。
とある事情から、その必要性も、必然性もなくなってしまったからだ。
だが、良くも悪くも一度出来た縁というのは、なかなかに切れないもの。
未練がましく、結果的に今も尚繋がりを維持しているのは、果たして偶然なのか必然なのか。
その死んだようなレイラインから、異常な感触が届いた。
ラインが活きていた時でさえ、こんな事はなかった。
向こうが敗れ、消え去ったのならラインも諸共に消え去るはず。しかしラインは以前と変わらず、接続され続けている。
これはいったい、何を示しているのか。

「…………ッ!」

ザワリ、と心がざわめいた。
今度は焼けつくような焦燥が胸を焦がし、頭が徐々に俯きがちに沈んでいく。
無意識のうちに力が籠り、ベッドのシーツに深い皺が幾筋も走る。
鉛色の不安と緊張に押し潰されそうな心臓が、早鐘のように脈を打つ。

「――――――……っ、ふぅううううっ」

右手でそこを固く握り締め、深く、深く息を漏らした。

「……いかなくちゃ」

決然と、顔を上げる。
揺れる瞳で前を見据え、やおらベッドから立ち上がる。
レイラインは羅針盤。
その先端を辿る事で、自分が行くべき先を教えてくれる。
今、行かなければきっと後悔する。そんな予感が彼女を突き動かしていた。
それには明確な根拠などない。第六感だけで組み上げられた砂上の楼閣。
それでも、彼女は動かずにはいられなかった。
もはや、ただ座しているのは嫌なのだ。
たとえ、その先になにが待ち受けていようと。

「ライダー……!」

絞り出すような声でそう呟き、彼女……間桐桜は、駆け足に部屋のドアノブに手を掛けた。





――――始まりは、一方的であった。

「うわわわわわっ!?」
「ぐぅ……っ、は、速い!」
「やっぱり、伝承通りか……!」

頭上から、白い閃光が迸る。
空気を切り裂き、衝撃波を撒き散らしながら吶喊を図る有翼の神獣。
見る者に畏怖と尊崇の念を抱かせる、白無垢とでも形容すべき覇気と威容が、戦場の空気を支配する。
天馬『ペガサス』。
月も高々と昇った無人の新都。オフィスビル区画に足を踏み入れたその瞬間を、電光石火で天頂より飛来し急襲。
決戦と打って出たのび太達の出端を挫き、騎手が戦いの優勢をもぎ取った。

「く……網を張っているとは思っていましたが、まさかこうまで虎視耽々と待ち構えていたとは……」
「本命をこちら一本に絞っていたからこそだろうよ。それならばテリトリーに入ったのを捉えるのはさほど難しくはないからな。ライダー本人はともかく、マスターの小僧に対する執着……いや粘着は、病んだストーカー顔負けだ」

乱立するビル群を円状に高速旋回し、自らを贄とした、雷撃のような縦横無尽の特攻の雨をライダーは、次々繰り出していく。
のび太達は姿勢を低くしてその猛攻を潜り抜けていくが、ほとんどがギリギリの紙一重に近い。
そんな中においても、飄々と分析所見を口にするアーチャーの鷹の目は、天空を旋回する天馬を視界に収め続けている。
この中で、空中の敵と最も相性よく戦えるのは、飛び道具による遠距離攻撃を主体とするアーチャーだ。
いつの間にか手にした黒弓に矢を番え、いつでも射る事の出来るよう構えるその様は、西部劇のガンマンを想起させる。
だが、ついにその矢が放たれる事はなかった。
敵影が、高層ビルの陰にその身を隠してしまったからである。

「ちっ」

微かな苛立ちの混じった、アーチャーの舌打ち。
弓に限らず、飛び道具というのは基本的に直進するもの。
故に、標的が障害物の向こうに隠れてしまえば、それだけで致命的なのだ。
まして、通常の矢ではまず効果がない。
自らの眼で見て確信した。あれは生半可なモノでは通用しないと。
たとえその身を捉えたとしても、纏う濃密な神秘で弾き飛ばしてしまうだろうと。

「士郎、いた?」
「いや、見つからない……のび太君?」
「うぅ~……ダメです。フー子は?」
「…………だめ。おんなじ」

一方、士郎、凛、のび太、フー子の四人は、身を縮めながらも目を皿のようにして、周囲を見渡していた。
探し物は言わずもがな。
天馬を使役するライダーを、さらに使役する者だ。

「この近くにいるのは間違いないと思うんだけど……!」
「ライダーと違って、マスターは気配がないからな……っつうわっ、ぐぅ!?」
「うひぃいいいい!?」

ビル群を縫って再度、神速の吶喊を仕掛けてきたライダーを、地面にへばりつくようにしながらなんとかやり過ごす。
が、次いでやってきた衝撃波が身体を薙ぎ、悉くが堪らず吹き飛ばされかけた。
金属バットで殴られるよりも確実に凄まじいだろうそれは、人間にはかなりの消耗を強いる。
“たずね人ステッキ”を使う暇すら、与えてはくれない。

「ぬっ……!」
「む……たったこれだけでここまでの影響が出るか……」

おまけにこれは神秘を纏っているので、英霊二人も無傷では済まない。
傷こそ負っていないものの、セイバー、アーチャー両名共に鎧の下の筋肉や関節が軋みを上げていた。
マフーガの時のように“バリヤーポイント”を用いていれば問題はなかったのだろうが、今回は使用していない。
万一、現在取っている密集隊形がバラけてしまった場合、バリアを張ったままでは合流にタイムラグが生じてしまうからだ。
各人がひとつずつ持つにせよ、誰かが代表して持つにせよ、“バリヤーポイント”には『その頭文字を呼べば、頭文字が該当する対象物を範囲内に入れられる』という、この状況下ではある意味、実に七面倒くさいシステムが存在する。
スイッチを切るのもひとつの手だが、そもそもブツはピンポン玉より小さいのだから、焦っているとそれすらおぼつかず、取り落してしまうのが関の山。
下手すれば各個撃破の憂き目に遭うのは、想像に難くない。
それに、天馬の吶喊に効果がないと解れば、相手はおそらく撤退も視野に入れるだろう。ここで決着をつける腹積もりで来たのに、それは流石にまずい。
ならばいっそ使わない方がいいとの、両刃の剣の決断だった。ダメージ覚悟で物陰に引っ込まずに、通りに姿を晒しているのもそのため。
アインツベルン組は今回も留守番だが、掠ってもいないのにこれでは、留守番で正解と言えるだろう。

「のびた、だいじょうぶ?」
「う、うん……なんとか。フー子は平気そうだね」
「ばーさーかー、ごっど・はんど。ボク、へいき」

唯一の例外はフー子。彼女は、バーサーカーの宝具である『十二の試練(ゴッド・ハンド)』を所持している。
『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の効果のひとつは、Bランク以下の攻撃の無効化。
この程度の衝撃波など、そよ風とたいして変わりはない。
ただし、本体の吶喊の直撃だけは話が別で、途端に自前の紙装甲と化してしまう点は見逃せないのだが。

『はははははっ、あーーーーっははははあはははっ! いいぞライダー! もっとだ、もっと甚振ってやれ!!』

四方八方から木霊する、ライダーの主たる慎二の声。
狂気に染まった声音が、ビルに反響して尚更耳障りに響き渡る。
どうやらこのビル街のあちらこちらにスピーカーを幾つも仕込んでいるようで、野外コンサートのステレオサウンドのように発生源の違う同じ音声が共鳴を起こしている。
そのおかげで、声を頼りに姿を隠した慎二を探す事が事実上不可能となっている。
同じ御三家でも、遠坂のように年中火の車という訳でもなく、むしろアインツベルン寄りでそれなりに資産があり、機械に苦手意識のない間桐だからこそ出来得た事だろう。
機材を用意するだけでかなりの金額が必要なのだから。
もっとも、ライダーを使って適当な店舗から強奪してきた可能性もあるが。

「くそ、このままじゃ……」
「焦るな、未熟者。この程度ならば、まだ想定の範囲内だろう」

早くも焦燥感を露わにする士郎に、アーチャーが即座に喝を入れる。
この場のアドバンテージは向こうにあるが、手がない訳ではない。
というよりは、勝算も対抗手段もなしに挑むのは、自暴自棄になった愚者のやり口である。

「では、行こうか。まずは、私がカードを切る。凛、令呪でブーストを頼む」
「ッ! ……了解。ワードは?」
「命中よりも出力に焦点を当ててくれ」
「え……パワー重視でいいの?」
「ああ。今から放つのは、当てる事に関して特化したモノだからな」

言うや否や、アーチャーの右手にはいつの間にか矢が握られていた。
だが、その矢はただの矢ではない。
過去に使用した『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』と同じように、矢にしては歪んだ形をしており、まるで矢以外の物体を無理矢理変形させて矢にしたような印象を抱かせる。
明らかに空力やらなにやらを無視したような外観だが、そこから滲み出ている存在感は尋常ではない。

「それは……」
「詮索などしている場合ではないぞ、小僧」

流れるような動作でアーチャーはその鈍く黒光りする矢を黒弓に番え、一気に引き絞る。
次いで、凛が己の顔の前に令呪の宿る腕を構えた。

『はははははは! 何をする気か知らないが、何をやっても無駄だよ、無駄!』
「……それは貴様が決める事ではない。凛!」
「ええ。令呪を以て命ずる! 『次の一撃に、全身全霊を込めよ』!!」

凛の掲げた腕から、令呪の一角が掻き消える。
それと同時に、アーチャーの身体より魔力の紫電が勢いよく迸った。

「――――『赤原猟犬(フルンディング)』!!」

誰にも聞き取れないような小声で、だが力強くアーチャーが吼える。
次の瞬間、弓弦より紅の稲妻が射出された。

「うわっ!」
「くっ!」

衝撃と閃光に、のび太と士郎が目を覆う。
大気を切り裂き、天馬目掛けて流星のように疾駆する矢。
乱立するビル群の陰から出たタイミングを見計らって、一直線に放たれたその矢は、見事に直撃コースに乗っている。
……相手が硬直していれば、の話だが。

「…………!」

一瞬だけ、ライダーの表情が動くが如何せん一瞬。
すぐさま天馬を御し、再度手近なビルの陰へ猛スピードで身を隠す。
紙一重で躱されたそれは、役目を果たす事なく夜空の彼方へ消え去っていく。

「躱したか……――――だが、ここからだ」

アーチャーに、狩猟者のような獰猛な笑みが浮かぶ。
まさしく、狙い通りだと言わんばかりに。

「は……?」
「え?」

外したというのに、衰えぬ自信を漲らせている弓兵に、士郎とのび太はつい顔を見合わせ、互いに首を傾げてしまう。
しかし、それも束の間。
空の彼方で起こったあり得ざる現象に、彼らは目を剥いて絶句した。

「「……!?」」

拳銃やライフルの弾は、推進力を受けてただ直進するのみ。
それらよりも原始的な武器である弓矢も、重力の影響を強く受ける点を除けば同じ事。
その普遍の法則を、アーチャーの矢は根本から覆した。

「――――まっ、曲がった!?」

驚愕に彩られた、のび太の端的な言葉が事象のすべてを物語っていた。
外れたはずの矢が突如軌道を変え、ビル陰に逃れた天馬の後背を追尾し始めたのだ。
その名の通り、野を駆ける猟犬のように。

「――――――!?」

驚愕に染まったのは、騎乗兵も同じ。
眼帯の下の瞳は、きっとこれでもかとばかりに見開かれているだろう。
しかも、それは生半なシロモノではない。
令呪による後押しによって膨大な魔力の気炎を噴き上げ、怒れる雷神のように荒れ狂う紅い凶弾だ。
喰らえば、いかに天馬とて相応の痛手を覚悟しなければならない。
判断後のライダーは、迅速に事を運ぶ。

「ク……ライダーよ。それは対象を捉えるまで、たとえ地の果てに行方を晦まそうとも喰らいついていく。果たして逃げ切れるかな」

螺旋を描くようにビルをグルグルと旋回し、壁沿いに急降下したかと思えば急上昇。
右に左に、不意を突いて直角に近い角度でカーブ。その刹那に、見ているだけで酔いを覚えるような強烈なバレルロール。
天衣無縫に幾筋もの軌跡を織り交ぜながら、ライダーはあらゆる手段で追っ手を振り切ろうとする。
だが、振りきれない。
ピタリと沿うように、寸分の狂いもなく矢は天馬の軌跡をなぞっていく。

「ちっ!」

上空で響く、舌打ちの音。
無論、下の敵には聞こえてなどいないが、標的から決して離れぬ弓兵の鷹の目ならば、視認くらいは出来たであろう。
相手が勝利条件を満たさない限り、このいたちごっこはどこまでも続く。

「――――!」

騎乗兵の口元がキッと引き締まる。
ならば、とライダーの採った予期せぬ行動に、矢の張本人であるアーチャーまでもが目を疑った。

「……まさか」
「ちょ、おいおいおいおい! なんだあれ!?」
「なんてメチャクチャ……!」

なんと、ライダーは錐揉みしながら、猛スピードでその身をビルに突っ込ませたのだ。
堅牢な鉄筋コンクリートで覆われたオフィスビル外壁を突き破り、内部の壁から柱や防火シャッター、強化ガラス、備品に至るまで、溢れる神秘で以て根こそぎ粉砕し、そのまま反対方向から一気にぶち抜き、易々と貫通する。
己自身をライフル弾とするかのように、ビルのどてっ腹にぽっかりと風通しの良さそうな大穴を開けた。
かろうじて倒壊こそしないだろうが、その中は建て直しでもした方がいいくらいに滅茶苦茶である。
中からビルの守衛等が出てこないところを見ると、どうもライダー側がこの辺りに人払いの魔術を仕掛けていたらしい。
マスターがやったか、サーヴァントがやったのかは判然としないが、それはどうでもいい事だ。
異常とも言えるライダーの行動に、当然ながらなんの反応も示す事なく、『赤原猟犬(フルンディング)』はそのまま猛追を続行する。
だが、そこに破壊の副産物である瓦礫の山が立ち塞がった。

「ぬ……っ!」

崩落しながら、前方を覆い隠す大量の大小の瓦礫を物ともせずに余波で吹き飛ばしながら、『赤原猟犬(フルンディング)』がビルの貫通口を駆け抜けていく。
しかし、如何せん瓦礫の質量が多すぎた。
サーヴァントや宝具等といった神秘の存在に、神秘と関わりのない者が干渉する事は難事だが、人や生物でない物体ならば、条件次第だがそれはある程度、緩和される。
でなければ、天馬がビルをぶち抜くなどという荒業は出来ないのだから。
続けざまに二棟、三棟とビルに吶喊を仕掛けて巨大な風穴を開けていくライダー。
当然、それを追いかける矢も開いてすぐの風穴にふたつ目、みっつ目と飛び込んでいく。
次々降りかかる残骸の雨と、目前に堆(うずたか)く盛られた人工物の土塁を、紫電を吹き散らしながら弾く、穿つ、突き崩す。
鉄とコンクリートが擦れ合う、耳を劈(つんざ)くような異音が各ビル内にぐわんぐわんと木霊し、断末魔の如く反響する。
それと反比例するように、矢から放たれる輝きと紫電が徐々に弱くなっていった。

「――――シッ!」

そこを天馬が急反転、そして一気にトップスピードに乗る。
迸る神秘と、弓兵の矢に勝るとも劣らない速度にあかせた天馬の吶喊は、今まさに四棟目のビルを突き抜けてきた『赤原猟犬(フルンディング)』を、木っ端微塵に粉砕した。

「あーっ! 矢が!?」
「……まさかあんな手法で矢の威力を削ぎ落とすとは……なんとも豪胆な」
「マスターはともかく、サーヴァントはバカではないという事だろう。あの程度の機転も利かせられなければ、英霊とは成り得んよ」
「……とりあえず、揉み消し工作担当の綺礼には同情しておこうかしら」
「というか、揉み消せるのか、これ……?」

ビルを利用して、『赤原猟犬(フルンディング)』に込められた過剰とも言える魔力を削ったライダーの奇策。
召喚さえしてしまえば、あとは神秘をある程度自ら生み出せる天馬と、使用者を介して送り込まれなければ魔力を維持出来ない『赤原猟犬(フルンディング)』の差が顕著に出た形だ。
ライダーは穂群原で天馬を召喚し、脱出した後、天馬をそのまま空の上に待機させていた。
送還してまた呼び出すのに大量の魔力を喰うのは下策だからだ。
召喚されてからこっち、時計の長針が半周はするだろう時間をずっと存在し続けていた点を鑑みれば、力の節約を抜きにしても秘められた神秘の桁が違うのは一目瞭然。
最高クラスの『幻想種』は、伊達ではない。

「……たしかに凌ぎはした。が、さて、どう出る?」

しかし、彼らの表情に落胆はない。
アーチャーの一矢がどうにかされる事は、想定の内。
彼らにとって肝心なのは、攻撃そのものではなく、むしろ攻撃の後。
『赤原猟犬(フルンディング)』は、間違いなく本気の攻撃ではあったが、それは所謂ボクシングの軽いジャブと価値は同じであった。
要は様子見、そして誘いだ。
この戦闘での本命は、アーチャーではない。
奇策により、一歩及ばず届かなかったとはいえ、今のでこちら側に対してそれなりの脅威は感じたはず。
そして、敵マスターはこちらの状況を具(つぶさ)に観察し、把握している。
ライダーが躊躇なく、ランダムにビルをぶち抜いていった辺り、おそらく、ビルにはいないのだろう。
適度な、言い換えれば中途半端な威力の威嚇は、敵を誘導する極上の誘い水となる。
特に、相手の思慮に杜撰な面が目立つのなら尚更。
アーチャーが、唇を軽く舐めた。





油断と、そして脅威。
戒めを緩めたつもりはなかったが、制空権を取ったからといって、決して気を抜いていい相手ではなかった。
ライダーは、思考を広げて己が状況を俯瞰する。
天馬を御する手綱を、思考と切り離しつつも制御する事など彼女にとっては造作もない。
高度、速度、飛翔ルート。それらを並列処理どころか無意識に計算し、即時に把握、判断する事もまた同じ。
眼下で一塊となっている敵集団を見下ろし、微かに背筋に走る悪寒を意図的に捻じ伏せた。

(躊躇いなく令呪を使った……ただの矢でないとはいえ、たったの一矢に)

令呪はマスターの切り札である。
それ故、三画あるうち通常使用するのは二画まで、というのがマスターの間での常識となっている。
最後の一画を使ってしまえば、サーヴァントを縛るものは何もなくなるのだ。
サーヴァントが忠義の徒か、さもなくば余程の信頼関係を築けていない限りは、掌返しで殺される可能性もある。
だからこそ、使用を二画までに収めて余裕を持たせておく必要があるのだ。
その貴重な二画のうち一画を、こうもあっさりと使用してきた。
それはつまり、敵がここで完全に決着をつけるつもりだという証拠。

(撤退するのも選択肢のひとつ……)

しかし、それでは己がマスターは納得しないだろう。
頭に血が上り、怨嗟と狂熱に浮かされた状態で、既に取り返しがつかないところまで来ているのだ。
これを鎮火させるには、それこそ本人の目の前に他陣営からの横槍が直接入るなど、予想すら遥かに超えた想定外の出来事でもなければ無理だろう。
そうだとして、自分が、そして主が己に採らせるだろう手段は、おおよそ限られてくる。

『はっ……ははははははは! れ、令呪まで使ってあの程度か!? そんなモンが、ライダーに通用するかよ! もういい、ライダー! 遊びは終わりだ!!』

今まで繰り出してきた甚振るための強襲ではなく、仕留めるため本命の一撃を叩き込む。
どうやら、今の矢はマスターの警戒心と慢心を引き上げたようだ。
嘲笑の中に僅かな怯えが、虚勢の中に微かな優越感が混じっていた。
それを誘発する事こそが、まさしく敵の狙いそのものなのだが、神ならぬライダーの思慮はそこまでは及ばなかった。
いずれにせよ、今は主命に従うのみである。
先程の一矢には驚いたが、あれだけで終わりとは到底考えられない。
敵に隠し玉があるにせよなきにせよ、全力を発揮される前に叩き潰すのは戦術の常道なのだから、その点から見ても否やはなかった。

「…………!」

手綱を引き絞り、天馬に道を示す。
彼女の駆る天馬は、正確には彼女の宝具ではない。
ではいったい何かと問われれば、実は彼女の握る天馬を御する手綱こそが宝具なのだ。
手綱には、騎乗可能ならば幻想種すら御せる能力と共に、その野性を解放する力がある。
神話の印象からも読めるように、天馬の性格は普段は比較的穏やかで、平穏を好み争いを嫌う。
しかし、手綱を以てすれば、その理性を振り切って秘められた力を全開にする事が可能になるのだ。
加えて、彼女が駆るのが高位の『幻想種』の天馬である以上、今まで以上の速度と神秘を操る事が出来る。
堅牢な神秘と、常識外れの最高速度。
まさに、戦略レベルの最終兵器。それが彼女の最後の宝具の正体なのである。

『さあ、見ろ衛宮、遠坂! これが、これが間桐の系譜たる、僕の力だ!』
「…………」

ビル街の各所に仕掛けられたスピーカーからの奇声じみた音声に、彼女は内心で複雑な思いを抱く。
間桐慎二は、ある意味では魔道の被害者とも言えた。
魔道を志す者は、基本的に血筋や才覚、能力で判断される。
魔術師の在する世界とは、身も蓋もない言い方をすれば、差別と偏見が随所に入り乱れた、歪みに歪んだ超実力社会だ。
力なき者、歴史なき者は容赦なく貶められ、淘汰される。
慎二は前者にカテゴライズされる落伍者。歴史ある家系の出でありながら、魔術師の前提条件たる魔術回路が備わっていなかった。
それは、彼にとって生まれたその瞬間に己がすべてを否定されたに等しいものだ。
加えて、彼の祖父は良くも悪くも、魔道の探究者としてほぼ完璧に近い存在であった。
決定的なのが、自分とは違う、妹の存在だ。嗚呼、これで歪まずにいられようか。

(……揃いも揃って、無慈悲な運命に狂わされた存在、か)

因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
己の出自、間桐の闇。それらが複雑に絡み合い、あやふやながらも、一本の線で結ばれている。
奇縁、宿縁とも言えるかもしれない。だからこその、『自分(メドゥーサ)』という存在なのだろう。
元々、彼は暗愚ではない。だが、たったひとつボタンを掛け違えただけで、こうも醜悪に変貌する。
それ故の人間という存在か、とそこまで考えたところで、彼女はこのとりとめのない思考を打ち切った。

『やれ、ライダー!』

“虚構”とはいえ、仮にも今は主従だ。
ならば期待には応えねばならない。
手綱に魔力を籠め、力を解放する。

「――――――――!!」

天馬が低く嘶き、その瞳から理性の輝きが拭い去られる。
元々、騎乗生物の思考をある程度制御する宝具である。解放するのにそこまでの魔力は必要ない。
燃費が悪いのは、偏に天馬の召喚に魔力を喰いすぎるからである。

「はあっ!」

一旦ビル街を大きく旋回し距離を取り、次いで上空高く舞い上がる。
徐々に速度を上げ、夜空の彗星を思わせるほどに神々しく光り輝いていく。
予定高度まで達し、眼下に敵の姿を映す。
かろうじて見える豆粒のような人塊は、一人のみが前に突出し、その他はその後背に控えるといった陣形を布いている。
前衛は、銀と青の騎士、セイバーだ。
身体が淡く発光しているところを見ると、どうやら魔力を高めているらしい。
根を下ろすように大地を踏みしめ、腰だめに剣を構えるような前傾姿勢。
彼女の眉が疑問を示すように顰められたその時、赤胴色の髪の少年が手の甲を顔の前に翳したかと思うと、一瞬だけ、そこから光が奔った。

(令呪――――そこまで!)

背筋に戦慄が奔る。
これで、敵側のマスター陣が消費した令呪は都合二画。この場における、必殺の執念を垣間見た。
紫電纏う魔力の燐光に金砂の髪を揺らめかせ、こちらに勝るとも劣らない威圧感を漲らせながら、剣の英霊が天空を睨み据えている。

(これが本命か!?)

してやられた、と事ここに至って痛感した。
弓兵の矢は、脅威をちらつかせてこちらを望む状態に誘導するための布石。
まんまとのせられてしまった事に、舌打ちを漏らしたくなったが、ぐっと堪える。
そんな余裕があるのなら、なけなしの魔力を手綱にくべ続けなければならない。
ここまで来たら、あとは伸るか反るかの真っ向勝負しかありえない。

「『騎英の(ベルレ)――――」

神秘と速度を限界まで引き上げ、嵐中の落雷の如く敵目掛けて疾駆する。
黄金色の火花を放ち始めた不可視の剣を八双に持ち上げ、いざ迎え討たんとしているセイバーが、軽く口元に笑みを形作っている。
溢れる自信を隠しもせず、大胆不敵なまでにこちらを誘っている。
……ならば。ならば、それを喰い破ろう。
それだけが、自らが選択し得る活路なのだから。
肺腑を一息に膨張させ、勇の一切を振り絞るように力強く彼女は吼えた。

「――――手綱(フォーン)』!!」

紡ぎ出された、最後の真名。
天馬が身体の内に封じ込められていた、そのすべてが解き放たれた。
天から大地を切り裂くような、白光の流星が仇名す敵を蒸発させんと迫る。
対する剣士の獲物からは、暁の太陽に匹敵するような輝きが迸り、ビル街を煌々と照らし出す。
急速に縮まる彼我の距離。接触まで、もはや数秒の猶予もない。
勝負は一瞬。負けたら、などとは考えない。

(決める――――!!)

ギリッ、と鈍い音と共に奥歯が軋み、騎乗兵の網膜が光で埋め尽くされる。
視覚も、聴覚も、嗅覚も、すべてが塗り潰されていく。
知覚出来るのは、自らが座し御する天馬の体温と、その手に掴む手綱の感触のみ。
伝わってくる純白の神秘の波動、身体の隅々まで全能感に満たされる。
そこには、恐怖も迷いもない。
ただ、勝利を目指して己が全霊で突き穿つのみ。
……だが。



――――――おっとぉ、そこまで。『チン・カラ・ホイ』っと。



突如、脳裏に響く声。
訝しむ暇も与えられず、次の瞬間には、騎乗兵の身体が天馬諸共、光となって蒸発した。





『――――……え……は?』

“唖然呆然”。
まさしくそのような表現がピタリと当てはまる。
スピーカーから垂れ流される間抜けそのものの音声が、騎乗兵の主の心境を如実に物語っていた。

「…………」

一方、セイバーは不発に終わった『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を解除し、虚空に散らばる騎乗兵の残滓をじっと見据えていた。
その表情は、厳しく引き締められたまま。
後背に佇む五人も、驚きこそすれ動揺などは感じさせない。
むしろ、脳裏には皆共通の思いがあった。
すなわち、『嫌な予感が的中した』。

「まさか、このタイミングでとは……どうも、作為的なものを感じるな」
「……そうね。けど、今は」
「警戒を密にするのが最優先です」
「ああ」

無駄に終わり、そのまま身体の中から抜けていく令呪の魔力に欠片も関心を示す事なく、セイバーは再度剣を構え直す。
時を同じくして、アーチャーの両の手には黒弓に代わり、武骨な黒白の双剣が握り締められていた。
それを合図に、凛は右手の指にいくつかの宝石を挟み込み、士郎は魔術回路を起動させ、のび太は“ショックガン”を“スペアポケット”から抜き放つ。
そしてフー子は、“竜の因子”を操り己の魔力を静かに高めていた。

「……来る!」

セイバーの眼光が鋭さを増し、剣を握る手に力が籠る。
場所は地上、彼我の距離にして二十メートルほどの位置。
空中にばら撒かれた光の粒子が、そこに渦を巻くように集束を始め、眩く輝く金色の塊となってゆく。
マフーガの時のように、天空が暗雲に閉ざされる事もなければ暴風が吹き荒れる事もない。
さらさらと、さながら砂時計の砂が零れ落ちるように、光の粒子は静かに、実に静かに人の姿を形作った。
光の珠から両腕が生じ、両脚が現れ、胴体が形を成し、そして、最後に頭部が。
視覚を制限していた光のヴェールが取り払われると、そこには一体の人型がいた。
その、刹那。

「……え?」

それは彼をして、心臓を銃で撃ち抜かれたかのような衝撃を齎すものであった。
まさかそんな事はあり得ないだろうと、心のどこかで無意識に否定していた事が、今まさに、まざまざと突きつけられている。

「あ、ああ……!?」
「……のび太?」
「君は……知っているのか。あの少女を」

そう、知っている。
忘れようもない。
今、のび太達をじっと見据えている“彼女”の姿は、彼にとっては忘れようにも忘れられない。
背中まで伸びたレッドピンクの髪に、水晶のように無機質で透き通るような瞳。
ティーンエイジ中盤、彼らの中ではセイバーと同じくらいの歳頃の秀麗な様相に、のび太よりも頭一つ分高い上背。
冷たいような、けれども柔らかいような、そんな相反する印象を抱かせる雰囲気を纏うその少女を、どうして記憶から消し去れようか。
“悪”などでは決してない。かつて自らを滅ぼしてまで、救いを齎した。
その『鋼の天使』の姿が、そこにあった。

「リ……ル――――!」

ふらふらと、のび太が一歩踏み出しかけたその瞬間。



――――『鏡面世界(リバーサル・ワールド)』



彼女の瞳が光を発し、ぐるりと世界が『反転』した。






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