Chapter8 Appointment with Death 第44話 散りゆく者2月9日 土曜日─────第一節 戦局の外では─────衛宮邸で士郎とアーチャーが激闘を繰り広げてから約半日。時刻は午前零時を過ぎ、街は闇に包まれていた。所々に設置された街灯が薄く闇夜に敷かれた道を照らすも、今宵も人々の安心を約束する光にはなりえない。ここ数日発生する異常。昏睡事件から始まり、深山町での殺人、穂群原学園の半壊及び生徒教員らの衰弱、そして集団失踪事件。特に最近になって発生し始めた集団失踪事件はこの地、冬木で10年前に発生した子供失踪事件を連想させる。10年目という節にあたる今年。慰霊碑の前に花束が添えられる一方で、最近の事件が街の住人を不安がらせていた。誰もいない街。深夜営業をしている筈の店は総じて最近の事件影響から営業時間を短縮し、深夜帰宅にならぬよう各会社は徹底して社員の早期退社を命じている。子供の塾や習い事も親からのキャンセルや、塾側からの提案により時間を早めに切り上げて子供らが安全に帰れる時間帯に終了している。24時間営業のコンビニやファストフード店はその特性上どうしても営業せざるを得ない。しかし来る客はこの非常事態に疎い酒飲みの中年や、怖いもの知らずの若者ばかりだ。そして総じて客足は少ないため、結果暗闇の街を照らす光源材料になっているだけである。一方の警察はこの不可解極まる連続事件の調査のため24時間体勢で各所を巡回しているのだが、これといって異常は見つからない。そのくせ夜が明ける時になって殺人現場と思われる場所が発見されるのだから、警察官らの心的疲労、肉体的疲労はかなりのものだ。捜査本部には常に各所の警官からの無線が飛び交っているが、これだけの網を張りながら事件の全貌の欠片すら掴めないことに上層部の腸はらわたは煮えくり返るばかりである。それを糧に番組を組み上げるマスコミが世間を煽り、無知の人々は警察の捜査が甘いのではないかという批判を言うばかり。正体不明の事件に怯えながら家の中に引き籠る人々なのだが、その中の一人に少し褐色肌の少女がいる。名を蒔寺 楓。鮮血神殿発動時、彼女は運良く─────と言っていいのかわからないが、病院にいたため被害を免れた。そして自分の退院と入れ替わる様に入院してくる学校の生徒達。それはもう当然のように驚くわけであり、一体何があったのかと駆けつけてみれば学校が半壊状態。そんな光景に唖然とする一方で、学校にいたであろう自分の友人らがどうなったのかが気になってすぐさま退院した病院へリターン。同じクラスメイトや同じ部員らの無事を確認していく。こうなってしまった以上は動ける自分がその役割をしていく他はないのである。部長である、というのもあるが。病院の中を短距離走で鍛えた脚で駆け回り、途中注意されながらも知り合いを探す。そうしてようやくその内の一人、三枝 由紀香と出会った。士郎と凛の活躍により鮮血神殿の効力はそう高まることはなかったため、彼女もまた軽い症状で済んでいた。病室に駆け込む楓を見て笑顔を見せる由紀香。そんな変わらぬ笑顔を見た楓は、涙をにじませながら大袈裟に由紀香へと跳び付いたのだった。学校で何があったのか、体の具合はどうなのか、これからどうなるのかなど話し合った楓はその場にいるべきもう一人の友人、氷室 鐘を探すべく、また病院内を探し回った。が、不思議な事に彼女の姿が見えない。由紀香が運び込まれてきたのだから、彼女もまた病院に来ているだろうと思っていたのだが、あの特徴的な灰色長髪姿がない。そこへ飛び込んでくる『氷室』という名前。ここだ! と勢いよく病室の戸を開けてみれば、そこには想像していた友人の姿はなく、女性一人とどこかで顔を見たことがある男性一人。それが鐘の父親であるということは、少し時間がかかったが思い出せた。彼女の父親はこの冬木市の市長であり、楓も顔写真くらいは見たことがあったのと、鐘本人から父親は市長だと聞かされていたのだ。勢いよく戸を開けてしまった手前、視線が集中してしまい動くに動けなくなるのだが鐘の母親───鈴の声かけにより謎の束縛から解放される。ここに来た経緯などを伝えると、鈴から物凄く聞き捨てならない情報が舞い込んできた。『鐘なら衛宮くんって子の家で一緒にテスト勉強してるわ』聞いたときは自分の耳がおかしくなったのかと疑ったがどうもそうではないらしい。とりあえず両親の手前大人しくしていたのだが、病室から出た直後事実確認の為猛スピードで病院から飛び出した。が、ここで気づく。『衛宮の家ってどこだ?』以前炊飯器を直させたことがあるのだが、その時は彼を自宅に連れてきたため、士郎本人の家がどこかは知らない。居場所を聞き出すべく鐘本人に携帯へ電話をかけたのだが応答はなし。結局士郎の家の場所がわからないまま帰宅することになった。その翌日にまた電話をかけたのだが、その時はちょうど士郎と鐘がアインツベルン城へ拉致されていたため、やっぱり応答はなかった。学校はあの有様なのでしばらくは休校。当然部活もないわけで、病院と自宅を往復する日々がここ数日続いていた。そこに連日のように報道されるニュース特番。いい加減うんざりしてくる一方で、電話に出ない鐘が微妙に心配になってきたのだった。「遠坂の奴は携帯持ってないし、衛宮のクラスに電話番号知ってる奴っていないからなあ。居場所訊きだそうにも手がないし………」携帯電話につけたストラップを持って、ぶらぶらと垂らしながらニュースを眺めていた。そこで気づく。「あ、藤村先生に聞けばいいじゃん」士郎のクラスの担任は藤村大河。彼女も確か病院に入院していた。ならば明日病院に由紀香の見舞いに行くついでに尋ねればいいだろう。「よし、そうとなれば寝るか。………衛宮、覚悟しろよ………!」我、手段得たり と意味不明な笑いと共に眠りにつく楓。どうやら非日常だけではなく、日常の方でも騒がしくなりそうな予感である。─────第二節 死を届ける者─────老舗の呉服問屋の一室の明かりが消えた頃、その漆黒の街を駆ける疾風がいる。名をライダー。彼女の目的は今も昔もただ一つ。間桐桜の救出である。それが可能であるならば例え何者であろうとも排除する。ならば彼女が今明確に判っている取るべき行動は何か。………間桐臓硯の排除である。「サクラの位置はラインで確認できましたが………見当たりませんね」だが、その標的たる人物が見当たらないとどうしようもない。こうしている間にも桜は蝕まれていくだろう。一刻も早く間桐臓硯を排除する必要がある。「…………」見つけるには彼らが狙いそうな場所にいくしかない。だがそれはどこか。桜の近くにいるのか或いはこの街のどこかに潜伏しているのか。だが桜の体内に何かを仕込んでいる間桐臓硯が常に桜の傍にいるとは考えにくい。常時監視できるのだから近くにいる必要はない。となれば敵の情報を探るべく動いている可能性が高い。幸い敵はこちらを敵として認識していない。………無論、味方としても認識していないだろう。仮にライダーを味方として認識しているのであれば、裏をかくことなど容易だが。ともあれ、向かうべくは衛宮邸。間桐臓硯が敵として注意しているであろう人物が最も多くいる場所。そこにいけば見つかる可能性がある。逆に言えばここに張りこんで見つからないとなると、彼らが一体どこに潜伏しているかがわからない。その時は桜のもとへ戻るしかない。脚を衛宮邸へと走らせる、その道中に。「………!」目的の片割れがいた。アサシン。ライダーが空を跳ぶのなら、アサシンは地を這って移動している。その速度は無論並みではないのだが、ライダーには及ぶべくもない。ライダーとて知り得ぬ情報だが、アサシンは不完全である。佐々木小次郎の内部から発生したのだが、召喚の手続きが異常なため本来持つべき物が欠け落ちている。そのためアサシンはそれらを補充すべくサーヴァントの心臓を欲しているのだが、残念ながら入手には至っていない。「いましたね。………ルートからしてエミヤシロウの家に向かっているようですが………、何をさせる気もありません」ドッ! と天空より地を這う暗殺者へと強襲をかける。その速度はまさに疾風といっても過言ではない。たなびく長髪。上空より襲いかかる物体に気が付いたアサシンが上空を見上げるが─────「キ─────!?」ズン! とアスファルトの道路に小クレーターができあがる。流石に仕掛けた距離が遠かったために直撃はしなかった。だが………「ギ─────、キサ………マ!」直撃こそしなかったものの、疾風であるライダーの攻撃を、不完全体であるアサシンが回避しきれるハズもなし。咄嗟に右へ回避したアサシンの左脚に大きな怪我を負っていた。「………避けましたか。ですが、これでもう避けることは不可能ですね」アサシンは無言でライダーへと向き直り、雨のように短剣を撃ち出した。この者が敵だとは言われなかったが、相手は明確に敵であると言ってきた。ならば倒す。倒さなければやられるのは道理。投擲される剣はとてもではないが肉眼で追えるものではなかった。髑髏の面はその脚を引き摺りながら後退する。今の怪我の状態で接近戦は無理がある。せめて治癒してからでないとこの相手の裏を取る事など不可能。故に怪我の治癒が完了するその時までは敵が近づいてこないよう、容赦なく己が凶器を掃射する。─────だがそれは。「─────ヌ」その全てが回避されている。今の時刻は深夜。明かりは小さな街灯のみ。闇にまぎれて撃たれた幾条もの短剣は、しかし一本たりともライダーには当たっていない。「キ、サマ─────」その間にも近づいてくるライダー。治癒を急ぐアサシン。だがその間に投げる短剣は残り2となり、ストックがなくなった。その事実。自身の治癒が間に合わないほど連射せざるを得ない敵。それほどの連射をしながら、しかし時間稼ぎすらできないほど速い敵。………そんな相手にどう勝てようか。「グ………ヌ─────」脚の治癒がここにきて完了する。だが遅い。この相手にこの治癒速度は遅すぎた。セイバーには届かないかもしれないその実力も、確実にアサシンを上回っていた。近づく彼女の体が一際深く沈む。それが攻撃を行うものだと読み取った直後、残り2本の短剣とライダーの短剣が交錯した。「ッギ─────!」「─────」衝突し、互いに背を向けて地面に着地する。ライダーは無傷だが、アサシンの肩にはライダーの短剣が突き刺さっている。「ク─────抜ケ、ヌ─────!?」肩口に刺さった短剣を引き抜くべく、手を伸ばすアサシン。だが、それをさせるライダーではない。じゃらん、と鎖の音をたて、つながったアサシンごと鎖を振り回し始めた。「ガ、ギィィィィィィイ─────!」髑髏の面が苦悶をあげる。地面、壁、電柱。大よそぶつけれる場所全てに勢いよくアサシンを叩きつける。その光景はまるで鉄球。鎖に繋がれたアサシンは成す術なくライダーに振り回され、ぶつかる度に腕や足をあらぬ方向に曲げていく。「ガ、ガガ、ガ─────!」怪力や乱暴といった次元ではない。思う存分振り回した後、その遠心力そのままにブロック塀へと叩きつける。まさにハンマー投げである。ブロック塀に叩きつけられたアサシンは、しかしまだ動くことは何とかできた。が、戦闘は不可能。せいぜい逃げることしかできない。「ギ─────」勝てない。故に逃げる。全身が粉々になったような感覚だが、しかしそれでも脚だけは辛うじて動く。だがこれでは確実に逃げ切れない。故に。「………気配遮断………!」姿を消すと共に気配を断った。アサシンの隠密性はサーヴァント随一。攻撃することを考えず、ただひたすら逃げる事だけに徹した暗殺者を追うのは難しい。が、ここで逃がす訳にはいかない。空へ跳び周囲を見渡す。あの怪我ならばどう足掻いても遠くへは逃げられない。ならば見つけることは先ほどよりも容易いと─────「─────よう。取り込み中悪いんだがよ、俺の相手してくれや」「─────!!」ぶん! とロクな確認もせずに背後へ回し蹴りを放つ。長い脚は、その力と速度によって凄まじい破壊力を得るのだが、しかしその攻撃も彼の前では遅すぎた。「っと、あぶねぇな。確認もせずにいきなり蹴ってくるか」「ランサー………」相対する二人のサーヴァント。槍兵と騎乗兵。「が、蹴ってきたってことは戦闘していいってことだよな。………ならこれ以上の確認はいらねぇな、ライダー」「………またいつぞやの様に戦闘を行うだけ行って、どこかへ去るのではないのですか、ランサー」「ハ。残念ながら今回はそれはねぇよ。いけ好かねぇマスターからの命令でね。………てめぇを倒せとのことだ」「…………」ランサーの言葉に身構えるライダー。対するランサーも槍を構える。距離は約10メーター弱。二歩程度の距離だ。「ま、考えなんてわからねぇが今回初めての本気の戦闘だ。いい加減暇だったんでな。ここいらで一つ、派手に暴れようじゃねぇか」つまらない小競り合いにはもう飽きた。そろそろ赤い血が飲みたいと、その槍も疼きを鳴動として主に伝える。「………退きなさい、ランサー。今は貴方に構っている暇など無いのです」「………おいおい、そりゃねぇぜ。折角戦えんだから、俺が退くわけねぇだろ。俺を退けたいならば実力でやってみせな、ライダー」ジャラという音と共に短剣が空を跳ぶ。全力での投擲をしつつライダーは己も全速でランサーへと肉薄する。投げ狙い撃たれた剣へとランサーは穂先を合わせ、得物同士の先端が合った瞬間、槍を微妙にずらして、弾き上げる。最小限の動きで剣を往なした槍兵は、次いで迫っていたライダーの攻撃を槍一本で防いでみせる。「ハッ、こんなもんか? 少し俺のことを甘く見すぎなんじゃねぇか?」「…………」鍔迫り合いの状態から大きく跳び退き、再び対峙する。今はアサシンの撃破が優先。────だがこの男が逃がすとも思えない。速度的には大差がない故に、背中を見せる訳にもいかない。かといって宝具を使って距離をとっても無駄。命令された上でやってくるのであれば、仮にどのような方法で逃げたとしてもまた邪魔をされるだけである。ならばとるべき道は一つ。ダン! と二つの地面が爆ぜる。ぶつかり合う二つの影。一つは超高速で地面を駆け、地表上空、前後左右から目まぐるしく標的へ襲いかかるライダー。長髪をたなびかせて走り抜ける姿は、美しい流れ星のようですらある。一つは同じく超高速で地面を駆け、空を跳ね、機敏に動いてするどく攻撃を繰り出すランサー。その青い姿で高速に動き回る姿は、宇宙そらを駆ける彗星のようだ。だが、互いの速度に大きな差がない以上は互いの隙を突く、というのは難しい。ならばこういう時にこそ、力が役に立つ。ライダーのスキルには『怪力』というものがある。魔物・魔獣が保有する能力であり、一時的に筋力が増幅する。互いに決定打を見いだせないのであれば、力押しで隙を作り出すほかない。そしてライダーのスキルにより増幅された力は一時的にではあっても、ランサーを上回る。ならばこの戦いはライダーが有利の筈なのだが………。「────く!」「ハッ────!」ギィン!! と弾く音だけが闇夜の街に響き渡る。増幅された筋力は、しかしランサーを押すことができていない。無論そう上手くとは考えてはいなかったが、しかしあまりにも“堪えていなさすぎる”。「…………っ!やりますね、ランサー」一際大きく後ろへ跳び退き、一瞬のうちに十メートルの間合いを作り出すがこの距離などこの二人にはあってないようなものだ。ライダーの強化。確かに筋力の問題で言えばライダーは一時的に拮抗状態から優位状態へと立ち位置を変えている。だが、そもそもの問題としてライダーとランサーでは相性が悪い。ランサーはその実、魔物の類との戦闘が得意。相手が自分よりも力を持った敵など、怪物退治を行ってきたランサーにとっては日常茶飯事なのである。故に魔性を持つライダーとは基本的にランサーが有利。そこに微量の強化を施したところでこの相性は変わらない。「そりゃどうも。………で? 体力温存しててめぇは何がしたい?」ライダーには目的がある。間桐臓硯とアサシンを打倒し、桜を救出すること。だがこの二人とは別にもう一人、気になる人物がいる。ライダーはその名前を知ることはないのだが、その男は一度桜と合っている。名をギルガメッシュ。遠くで観察していた時に桜の前に現れた男。そして躊躇なく桜を殺そうとした男。結果的に桜は死ぬことは無かったが、次も狙ってくることは明白。そして同じ過ちは繰り返さないだろう。つまりは徹底的に殺しにくる。そうなったとき、桜が危ない。ならばあの男からも桜を助けなければならないのだが、桜からそう多くの魔力を得ることは避けたい状況。桜に昼間起きた変調。体内の刻印虫が魔力を奪っていく。そこに追撃を加えるようなことは避けたい。故に魔力の消費が大きい宝具はそう簡単に使いたくはなかった。「どこまでも舐めきってんのな、てめぇは。………ならいいぜ。てめぇが本気を出そうが出さまいが、ここで終いだ」腰を低く落とし、槍を構える。同時に放たれる気迫は先ほどの比ではない。先ほどまでの戦闘はただの小手調べ。そして同時に増幅する魔力。「………!」それが宝具の前兆であるということが一目でわかった。宝具には大きく分けて二種類ある。一つは真名を宣言すると共に、一撃必殺を狙う宝具。もう一つは持つ武器そのものがすでに宝具としての性質を帯びる宝具。そして目の前にいる槍兵の宝具。彼の発する魔力。それらが容易に前者であるということを理解させた。この距離では詰め寄るのに最低二歩が必要。その間に回避、或いは迎撃する手段を講じなければならない。そして先ほども言った通り、桜になるべくの負担はかけたくはない。ならば、出来得る限り最小の力で、最大の威力を誇る方法で相手を止めればいい。「………いいでしょう。ならば私も貴方を倒します」同時に眼帯に手をかける。その仕草と同時にランサーが距離を一瞬で詰めてくる。だが彼女にはこの目がある。たとえどのような宝具だとしても、それを放つ前に止めてしまえば一撃必殺は放たれない。慎二がマスターであったときよりも魔眼の効力は強い。ランサー程度ならば即座に石化、とまではいかなくともほぼ確実に動きを止められる。相手の動きが鈍ったならば、後は首を刎ねるだけ。「いいぜ。気の強い女は好きだぜ。………ただ、やられてやるつもりは微塵もねぇが………なっ!!」ドン! とアスファルトが割れる。たった一歩で間合いを詰めてくるランサーを、しかしライダーはしっかりと見定めて迎撃する。「これで終わりです、ランサー」眼帯が外され、その瞳が露わになる。その瞳は石化を及ぼす目。その瞳が空間を見るだけでその空間に居る者を石化させる最高レベルの魔眼。故に相手は停止を余儀なくされる………はずだった。「─────!?」だが止まらない。一つの負荷も受けることなく、全く同じ速度でランサーは─────「刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク!!」─────必殺の一撃を放っていた。─────第三節 胎動する闇─────ドシュッ! と。ランサーの放ったゲイ・ボルクが赤い花を夜に咲かせる。かつて怪物として恐れられたメドゥーサを討ち斃す英雄の一槍。「な──ぜ………」その槍は放てば必ず心臓を貫くとされる槍。よほどの幸運の持ち主でない限り、その呪いからは逃れられない。「わりぃな、ライダー。学校での一戦、観察させてもらってたぜ?」学校での一戦。ライダーが結界を発動した時の戦い。その時にライダーは士郎を捉えるべく、この眼帯を解放していた。「その目は確かに厄介だ。見ただけで石化させちまうんだからな。その事を何も知らないで戦っていきなり使われたら危なかった。………が、ルーンを使う俺には効きはしねェよ」ズチャ、と肉から槍を引き抜く音と共に、貫かれたライダーは一歩、よろりと後退する。もはや自分の体重すらも支えられないほど、意識が希薄になっていく。決着はついた。桜のことを思い、闇夜をかけていたライダーは結局、その目的を果たすことなく倒された。周囲は住宅地。ここでライダーの宝具を使おうものならば周囲への被害は甚大だ。加えてその際の魔力負担が桜へとのしかかる。彼女は優しすぎた。その結果が、悲劇の結果である。「これで終いだな。もうじき消える。ゆっくり休んでるんだな、ライダー」どう足掻いても致命傷。この呪いを治癒できるものなどそうそうない。ならば後は消滅するのみである。倒れたライダーを背に、ランサーは夜の街へと消える。戦いは終わった。戦いとは弱肉強食である。ライダーよりもランサーが強かった。たったこれだけである。戦闘が終わったその場所で倒れているライダー。まだ辛うじて現界しているが、終わりは近い。「こ………こで、─────消える、ワケ………には」どんどん力が抜けていくが、このまま消えては何も残らない。まだ桜すら救えていない。その意志だけで、彼女はゆっくりと、震える脚で歩き出す。―Interlude In―ふと、目が覚めた。誰かに呼ばれたような気がしたのだ。ゆっくりと目を開けて、上半身を起こす。自室ではない、大きめの部屋で寝ていた。隣には氷室がいる。手を握って眠っている。その姿を見て、ドキリとしたけれど、同時に心配してたんだなって判った。声が聞こえた。誰かの寝言じゃない、言葉。今にも消え入りそうな声で、誰かが呼んでいる。そう思って、ゆっくりと起き上った。けど、やっぱりっていうべきだろうか。俺の手を握っていた氷室も起きてしまった。「………衛宮?」眠たいであろうその姿を見て、やっぱりドキリとなってしまうのだけど、今はさっきの声の方が先。そこにいる確証なんてどこにもなかったけれど、俺はゆっくりと廊下へと向かった。「………どこに、いくの?」廊下に出た俺に付き添う様に、氷室が小声で話しかけてきた。眠いだろうに。氷室には何も言わず、視線だけで行く先を示した。なんで、とか。何の為に、とか聞かれたって答えられない。自分でも判らないのだから。その場所へ行くのだが、まだダメージは体に残ってるみたいで、ところどころフラついてしまう。それを氷室が支えてくれて、それに感謝して、廊下を歩いていく。玄関で靴も履かずに、玄関戸を開ける。その先は門があって、さらにその先は道路がある。その道路に。「エミヤ─────シロウ」いつか見た、ライダーの姿があった。胸から血が流れていて、それが致命傷だっていうのは何となく理解できた。その傷はライダー自身も判っているみたいで………「サクラは………森の中に、います。………どうか、サクラを………」お願いします、と。声は聞こえなかったけれど、はっきりとそう言っていた。自然と、驚きはなかった。なぜだかはわからない。けれど、一つだけ判ったことがある。それは、ライダーが本気で桜を助けてほしいと言ったことだ。そんなの、頼まれなくたってやってやる。頷いた。俺の反応を見て、ライダーは小さく笑っていた。「─────」けど、その次の光景にはまた別の意味で声が出なかった。ライダーが薄らと笑って、瞳を瞑ろうとした時に現れた黒い人物。─────キャスターだ「ライ─────」咄嗟に、届かない手を伸ばした。けれど、届かないのは当たり前で。─────俺と氷室の目の前で、ライダーはキャスターと共に消え去った―Interlude Out―