【 Fate/Extra 】
繰り返される日常を捨てた。
終わらない昨日を捨てた。
偽りの自分を捨てようとした。
与えられた役割も、纏わり付く周囲も、全てが嘘だった。
だから真実を求めた。
繰り返される朝の始まりを破り、不変の学園を走りぬき、僅かな綻びを見つけて飛び込んだ。
真実を、ただ、偽りなき本当が欲しくて。
でも、それも終わり。
辿り着いた先、立ちはだかる試練に――敗れた。
襲い掛かる人形。
自分に与えられた人形を対峙させるが、届かなかった。
自分の人形は敵対する人形に崩され、己もまた人形のように討ち捨てられた。
襲い掛かる苦痛に耐え切れず、倒れる。
そして、倒れたからこそ気づいた。
――自分と同じく敗れた者達の残骸に。
苦悶の表情を浮かべ、色を失い、音を発することなく終わった者達。
あぁ――あれが、成れの果て。
自分もまたアレになるのか。
それが、たまらなく……
――恐い。
痛みが恐い。
感覚の損失が恐い。
倒れ伏す者達と、敗者と同じになることが恐い。
――そして。
――なによりも。
――無意味に消える、その事実が恐い。
立たないと。
恐いままでいい。
痛いままでいい。
そして、もう一度、もう一度考えなければ。
だって、この手は一度だって……
自分の意思で戦ってすらいないじゃないか――!
だから!
手を伸ばす。
この状況を打開するために。
そのための刃に手を伸ばす――!
そして、この手で掴んだのは……
-->【妖艶な半獣の女性】
「その魂ちょっと待ったー!」
届いた声はあまりに場違い。
明るさと可憐さで構成された女性の声。
この極限状況で与えられた言葉は、とても場違いだった。
あぁ、だけど。
確信する。
ここからが、始まりなのだと。
この声の主と共に歩む、戦いの始まりだと。
だから、まずは知らなければならない。
打ち捨てられた自分の声を拾ってくれた女性を。
痛みを堪え、恐怖を唾棄し、声の主を見上げる。
その姿は……
――金色の髪。
――獣の耳。
――まるで寸胴を体現したかのような体躯。
――そして、腐った魚を連想させるつぶらな瞳。
「にゃっふっふ。響き渡るSOSに答えてあげるがネコの道。しかもそれがイジリ甲斐のありそうな少年ならば答えずにはいられない!呼ばれて飛び出てジャジャジャ――」
――チェンジで。
【 Fate/Extra 】
繰り返される日常を捨てた。
終わらない昨日を捨てた。
偽りの自分を捨てようとした。
与えられた役割も、纏わり付く周囲も、全てが嘘だった。
――以下略。
手を伸ばす。
この状況を打開するために。
そのための刃に手を伸ばす――!
そして、この手で掴んだのは……
【おそらくネコ】
【ネコのような何か】
【形容しがたきネコ】
ちょっと待て。
選択肢がおかしい。
バグってるバグってるよ。
「にゃふー!きてやったのに速攻リセットとはやるにゃ少年」
くるなバグキャラ。
「しかし容赦なくタイトルからやり直すとか、もしや二週目?」
クネクネ体を動かすな。
寄るな来るな近寄るな。
「にゃ?そんなに小刻みに震えるなんてどうしたのかにゃ?歓喜のバイブレーション?」
そんなわけがあるか。
嗚咽に震える悲しみの表れだ。
「まるで生まれたばかりの小鹿。しかしそんな少年の震えはあたしが止めてあげるにゃー!」
飛び掛ってきたぁぁぁ!?
目を覚ます。
飛び込んできた光景は、なんの変哲もない天井と白いカーテン。
自分が寝ているそこが学校の保健室なのだとようやく気づく。
夢、だった。
恐ろしい夢だった。
あぁ、そうだ夢に違いない。
あれが現実のはずがない。
そうだ、戦いなどあるはずがない。
繰り返される日常?
日常サイコー。
終わらなくていいよ。マジで。
そうだ、自分のモットーはMOBよりもやや目立つ。
どんな部活にもいそうなキャラ。
女性にしたらクラスで3番目くらいにかわいい。
それが自分だった。
そうさ、戦いなんて物騒なものにかかわりがあるはずがない。
悪夢からさめ、ようやく自分という存在がはっきりしてきた。
あぁ、ここが保健室ならば、はやく教室に戻らなければ。
授業はまだ続いている。
自分は授業をサボるようなキャラじゃなかったはずだ。
カーテンに手をかけ、視界を広げる――
「うふふ~私の部屋でネコ缶を食い散らかした挙句、リンボーダンスで暴れまわるなんて――!」
「にゃー!なにこの子!影、影からなんかでてるにゃー!あとイカ臭い」
「なっ!誰がイカ臭いですかー!」
「いーやー!このままじゃニュルニュルプレイショクシュー祭り!全国の青少年があたしにロックオン!」
「三味線にしてあげますバケネコ――!」
「にゃー!助けてヘルプ!雷鳥2号!」
――まだ夢を見ているようだ寝よう。
「いやー危うく楽器にされるところだったにゃ」
そのまま楽器になればよかったのに。
「それにしてもあたしのピンチに二度寝に入る少年マジ放置プレイ上手」
そのまま放置したかったのに腹の上に飛び掛ってきやがって。
おかげでこの形容しがたき変なナマモノと一緒に影の国に招待されてしまった。
「戦争が始まる前に死にそうになるとかさすが少年」
やめて!影恐い影恐い!
「おぉう。見事にトラウマ取得。いたいけな少年の心に踏み込むとかマジ悪女にゃー。そこんところどうよ保健室の主」
「えぇ!?私のせいですか!?そもそも貴女が……」
「いやーこれでも少年はマスターなわけで、サポート枠が参加者潰すってどうにゃの?」
「うぅ……こ、このままじゃ保健室の可愛い後輩ロールが壊れちゃいます……」
「ぷすー!ロールって言ってる時点で終わってるニャー!」
「黙れバケネコ――!」
「「影入りウネウネプレイはヤメテごめんなさい」」
「わかればいいんです……って、どうして貴方も謝ってるのですか」
あ、つい。
「ともに罰を受けたあたしと少年はもはや一心同体。つまりあたしの罪は少年の罪。ところで罪と罰ってそこはかとない背徳なかほりがしない?」
悪いがそんな属性はない。
「にゃんて平凡。しかしそれはそれで開発していく楽しみが……」
やめろナマモノ。
そもそもお前は誰だ。
「にゃ?少年が呼んだ素敵サーヴァントにゃ。従属なんて!あたしの体が目当てなのねこのケダモノ!」
ここは、保健室だよな。
なんで俺はここにいるんだっけ。
「貴方は聖杯戦争の予選に勝ち残ったんですよ。憶えていませんか?」
「ありゃ、スルー?それはそれで寂しさと共にこみ上げる快感は甲乙つけがたいものがあるけど、もっとこっちを構ってくれていいのよ?主従的に」
聖杯、戦争?
戦争なんて、また物騒な。
「あの、大丈夫ですか?」
「にゃー!構えー!ウリウリあたしの肉球パンチに酔いしれるがいいにゃー!」
大丈夫、かな?うざい。
いや、ちょっと混乱してるかも。うざい。
聖杯戦争のことも、よくわからないよ。うざい。
「そんな……予選通過時に記憶は返還されるはずなんですが……」
「少年のスルースキルぱねーにゃ」
ごめん、詳しいこと教えてくれないか。
自分のことも良くわからないんだ。
「はい、私でよければ」
「あれ、それあたしのセリフー。そこはマスターとサーヴァントの最初の触れ合い、重要なイベントじゃにゃいの?」
「まず聖杯とは、から簡単に説明しますね」
「にゃー!イベント盗られたこの泥棒ネコー!」
「ちょっと黙っててくださいね?」
「にゃ!?影の国に連れて行かれる助けて少年ー!」
聖杯、戦争。
それはどこかで聞いたような、しかし身に覚えの無い言葉。
だけど、己のおかれた状況が良いものではない、それだけは理解できた。
「モノローグで流さにゃいでーーー!」
つまり、何でも願いを叶えてくれる聖杯っていうのを手に入れるための戦争、それに自分も参加しているということか。
「はい。貴方は聖杯、ムーンセルを求めて戦いに身を投じた魔術師の1人です」
聖杯、魔術師、ムーンセル。
どれもなじみが無い。
自分のおかれた現状に現実感が無い。
いや、そもそも……
自分という存在が、わからない。
「……大丈夫ですか?」
聖杯戦争を教えてくれた少女が顔を覗きこんでくる。
彼女はこの戦いをサポートするNPCらしいが、その心配そうな表情もこちらを伺う瞳も普通の人にしか見えない。
「にゃー!そいつ普通とかこのウネウネを見てから言ってみろにゃー!」
あぁ、この可憐な少女が人あらざるモノだなんて信じられない。
「きゃっ、可憐だなんてそんな……」
そうだ、この異常な状況に置かれて未だ冷静でいられるのは目の前の少女のおかげである。
それだけは確かな現実。
だから……
――ありがとう。
精一杯の笑顔で貴女に感謝を。
「いえ、私は皆さんをサポートするのが役目ですから」
それでも、助けてくれたことに自分は感謝をしたい。
「そうですか……ふふっ、保健室の初めてのお客さんが貴方でよかった」
お互いに笑顔で見つめあう。
「にゃー!フラグ立ててにゃいで助けてマイボス!こっちは死亡フラグがビンビンにゃー!ウネウネがウネウネがー!」
――背景の異界を無視して。
さて、聖杯戦争の概要は大体理解した。
しかし、これからどうすべきか。
「あの……」
声を掛けられたので再度少女へと向き直る。
「その、できれば名前で呼んで欲しいな~なんて」
そういえば、目の前の彼女の名前をまだ知らない。
いろいろと助けてもらった彼女を何時までも名無しのままにするのは確かにいただけないだろう。
「私は間桐桜です。聖杯戦争の間、マスターの皆さんをサポートします。よろしくお願いしますね」
きっと聖杯戦争の間も彼女、間桐のお世話になるはずだ。
しっかりと名前を覚えておこう。
「桜、と呼んでください。それで……貴方のお名前は?」
名前。
自分の名前は……
――わからない。
「え?」
自分の名前が、わからない。
過去も記憶も……名前すらもわからない。
自分は誰だ。
己は何処だ。
自分を立証するものが何一つないなんて――!
「落ち着いてください!そんな!?アバターがぶれている!?いけません!このままでは電子の海に溶けちゃいます!」
あぁ、己がいない。
自分がない。
死の恐怖を乗り越えてもその先に自分がいないのなら、立つことすら――
「にゃかうじゃにゃいのか?」
背後から声がした。
「にゃかうじゃにゃいのか?」
その声は確かめるように何度も紡がれる。
にゃかう――なかう?
なかう……それが自分の名前……なのだろうか。
たぶん、いや絶対違う。
「あぁ、ナカオさんですね!よろしくお願いします!」
しかし、桜にナカオさん認定されてしまった。
おそらく、自分はナカオさんではない。
でも……
誰かに呼んでもらえらる。
それだけでしっかりと立っていられる。
いつか自分を思い出すまで、ナカオでいよう。
……一応、名をくれたあいつに、感謝を言おう。
ありが――
「昼飯はにゃかうじゃにゃいのか?」
――ネコ缶食ってやがッた。
「にゃー!ほどいてー!あたしが悪かったにゃー!」
一瞬でもアレに感謝した『俺』が悪かった。
あぁ、そうだ。
あんなナマモノは簀巻きにして天井から吊るして日干しするのが一番だ。
「にぼしは好きだけど日干しにはにゃりたくねー!ほーどーけー!」
『俺』はアイツに容赦しない。
そう決めた。
「ふふっ」
何故笑ってらっしゃるのだろうか桜さん。
「いえ、さっきよりもすごく生き生きとしてるなって」
そうだろうか。
よく分からないが、一応名前ができたせいか、自分、いや俺という存在を少し確立できた気がする。
「さて、ナカオさん、まずはこの学園を見て回っては?」
学園を?
「えぇ。ここは戦いの舞台にもなりますから周囲の情報収集も大切ですよ」
そうか、そうだな。
戦い――俺は、戦場にいるのだ。
生き残るために行動を起こさなければならない。
しかし……戦いとはどうやって進めるのだろうか。
「あ、そうですね、もう少し説明しましょうか」
頼む。
聖杯戦争、その戦いがどのように進むのか桜から説明を受けた。
頭上で干からび始めた何かを視界から外して。
つまり、マスターとサーヴァントの二人一組で、直接戦闘はサーヴァントが行うわけか。
「はい。サーヴァントは過去、英雄と呼ばれた者たちがなりますので、魔術師とはいえマスターが介入する余地はありませんから」
なるほど。
過去の偉人、英雄を呼び出して戦うわけか。
しかし……英雄か。
「にゃー。このネコ缶マジウメーにゃー。まっしぐらだにゃー」
英、雄?
「あはは……なんでしょうね、あれ……」
俺が一番知りたい。
「にゃっふっふ。あたしを知りたいと?また1人魔性の美貌に落とされた子羊ができちまうとは罪ぶけーあたし」
あれはバケネコの類だろう。
「ですよね……」
「にゃ!?誰がバケネコにゃ!あたしは立派なネコソルジャーにゃ!」
どっちにしろ英雄じゃないだろそれ。
「ま、まずはアレの能力を見てみては?」
能力を見る?
どういうことだろうか。
「マスターにはサーヴァントの能力を見る機能が付与されます。敵対サーヴァントはある程度情報を集めないと見えませんが、アレは一応ナカオさんのサーヴァントですので見えるはずですよ」
なるほど。
アレが英雄であれなんであれ、この戦いを生き残るためにはアレと協力しなければいけない。
そのためにも……じっと目を凝らす。
「にゃ?少年の鋭い瞳があたしを穿つ。にゃに、この気持ち……視姦プレイ?」
人聞きの悪いことを抜かすな。
じっと見つめていると頭にデータが浮かび上がってきた。
やはり、こいつの出自はともかく、俺のサーヴァントということなのだろう。
こいつがサーヴァント、その事実に大きな不安しか感じない。
いや、絶望するにはまだ早い。
もしかしたらこいつは、有名なバケネコですごく強いのかもしれない。
わずかな期待を込めてデータを読み込む。
クラス:ネコ?
筋力:デブネコ程度。
耐久:17個に分割されてもリンボーダンスができる程度。
敏捷:お魚咥えたドラネコ程度。
魔力:20歳を迎えたネコ程度。
幸運:お散歩してたら殺人貴に襲われる程度。
――オワタ。