序章 永遠の切り札
2005年 冬 世界は滅亡の危機に陥っていた。
黒い異形、ダークローチと呼ばれる謎の怪物が日本列島を蹂躙していた。
個々のとしてはそこまでの脅威ではなかったが、それらは文字どおり無尽蔵の数で破壊の波を広げていたのだ。
そしてその波はこの冬木町にも届いていた。
その町の豪邸に住む、虚ろな目をした少女、桜は呆然とテレビを眺めていた。家の者が避難を促し騒いでいる。しかしその声は桜には届かない。それだけテレビの映像は彼女にとって興味深いものだった。
黒い化け物は、人も建物も動物も何もかも平等に破壊していた。そのことに桜は惹かれていたのかもしれない。
やがてその桜も家の者に手を引かれ、避難所に向かった。通りに出るとそこは避難している人でごった返していた。車は渋滞でだめだといわれ徒歩で避難するしかなかった。少女は外で迫りくる無数の黒い異形を見た。後ろから確実に迫っていた。
「………っ!!」
桜は転び、使用人も手を放してしまう。しかし、人の波にのまれどんどん距離が開いていく。周りにはすでに襲われている人もいる。
「あ、ああ…」
黒い怪物が迫る、しかし桜は恐怖を感じていなかった。
(そうか、これはいつもと同じなんだ…)
そう、いつもと同じように、これまでのように、無数の蟲たちに蹂躙されていくだけなのだ。抗って何になるのか。抗えない定めなのだから。
桜はそう思いもう動かなかった。
しかし、運命は切り札によって変わった。
化け物の毒牙が少女に達しそうになる時…
「その子に手を出すな!」
力強い声が耳に届くのだった。
怪物との間に入ったのは、鎧に身を包んだ黒い異形だった。
「ハアアーッ!!」
異形は、叫びその手に持つ弓のような形をした刃をふるった。切り裂かれると化け物は一瞬で塵になった。
「逃げろ…ウッ、グ…」
緑の化け物は桜に背を向けたまま距離を取り言った。しきりに頭を押さえている。しかし、すでに生きる意志を失った桜は動かない。
「早く行け…俺が、俺でいられるうちに…」
それでも動かない桜。
(どうして私を助けるの?)
彼が何者なのかは知らないが赤の他人であるはずだ。なのに何故?
それに化け物の波が迫っている、一人で食い止めようとしているなら無謀にもほどがある。
「すまない。だが…どうか生きてくれ」
異形は静かに言った。
桜には分からなかった。
「どうか、笑っていてくれ」
その胸に湧き出た熱の意味が。
迫りくる怪物の群れに異形は何も言わず静かに刃を構え、
「走れ!振り向くな!」
と怒鳴った。
「…!」
その声に恐怖を感じたのか、胸に沸いた奇妙な熱のせいなのかはわからない。だが今度は足が動いた。桜は走った。生きるために。
途中振り返ろうとしたが後ろからくる風のせいで振り向けなかった。
ただ一つはわかるのは怪物が追ってこないということだけである。
とある林の中、2人の青年が立っていた。
―俺は運命と戦う。そして、勝って見せるー
ーそれが、お前の答えか…-
―俺たちはもう、交わることもない、触れ合うこともない。それでいいんだー
-…っ!剣崎―
-始、お前は人間たちの中で生き続けろ!-
ここに一つの運命が終結した。