ミス・ロングビルは図書館の閲覧許可書を書き終わった。
責任者にオールド・オスマン、保証人にルイズ、使用者の欄にあの少年の名前を入れれば終了である。サインは本人の物でなければいけないが、使用者の欄ぐらいはこちらで埋めてあげてもかまわないであろう。重要なのは、責任者と保証人なのだから。
それに今、彼がいるのは宝物庫である。“今後のため”なるべく足を運んでおきたかった。
第十二話 土くれのフーケ その1 事件
「これが、どのような道具なのかを知っているのかね、君は」
「は、はい、ですが」
「どうしたね、……ああ、心配は要らんよ。これが武器のたぐいであることは予測がついておる。重要なのは、むしろこの「破壊の杖」の背景じゃな」
「背景?」
「ウム、ざっと見ただけでも精密な加工品であることはわかる。滑らかな表面、細かい精密な文様、そして驚くべきは材質じゃ、とても軽い金属で出来ておってな、やったことは無いが水に浮かべれば浮いてしまいそうじゃ」
要は、アルミ合金なのだろう。いままで、多くの人に触れられたであろう「破壊の杖」は見た目はきれいなままである。
「このような細密な加工品を作ってしまう文明とは、一体どのようなものじゃろうなあ……と、いまだ見ぬ世界を想像してしまうのじゃ」
「……」
「どうかね、シンジ君。もしもこの『破壊の杖』について知っていることがあるのなら、この老い先短い哀れな老人に、その秘密の一端を明かしてはくれまいか」
シンジは迷った。
数少ない友人の一人がこの手の物にとても詳しく、シンジも良く聞かされていたのだ。
この、個人携帯用地対空ミサイルは、いまや役立たずのガラクタのはずである。
何年前に発掘したのかはわからないが、確かこの武器にはバッテリーが必要である。
そしてバッテリーの持続時間はとても短いはずだった。もう充電する手段は無いだろう。
「触ってみてもいいですか?」
「おお、もちろんかまわんよ、だが慎重にな」
別に何かの意図があったわけではない、それでも変な期待感があった。そしてシンジは『破壊の杖』に指先でそっと触れる。薄い皮手袋の下で、それとわかるほど左手の甲のルーンが光り始めた。
使用法が、内部構造が、そして現在の状態がシンジの頭の中に流れ込んでくる。
驚くことに、このミサイルランチャーは生きていた。さすがに、バッテリーの電力は切れていたものの、発射機構そのものは無事である。内部のミサイルまでも。
「生きてる!」
シンジも「ガンダールヴ」の説明は聞いていたものの、まさか近代兵器(古代兵器と言うべきか)までその作用の範囲内とは思わなかったのだ。
「“生きてる”じゃと、これはインテリジェンス・ウエポンなのかね? そうは見えんが」
「い、いえ、そういう意味ではありません。いまだ十分に稼動可能と言う意味です」
「ほうほう、なるほどのう」
「すいません、学院長。これ以上のことは主と相談してからでよろしいでしょうか」
「なんと、教えてはくれんのか」
「申し訳ありません。僕が彼女に提供出来そうなのは、この知識しかありませんので」
「いやいや、そんなことは無いじゃろう、……ふむう、ずいぶんとまたミス・ヴァリエールに恩義を感じておるんじゃな」
「ええ、ですが学院長一つだけ、あれは僕の“国”の武器でした。それは間違いありません」
「何と、君の国とな!? ふむ、はるか東方の国の優れた技術を垣間見た気分じゃ。いずれ、わしにも君の知識を語ってもらいたいものじゃ」
「はい、いずれは……ところで学院長、なぜあれが武器だと思われたのですか? それに武器だとわかっているのに「杖」と名づけられたのはなぜです」
「いやいや、何もわしが武器だと言ったわけではないんじゃ。ただ、「聖地」にて発見されるこの手のものは9割がた武器なのでな。それに、「聖地」は始祖ブリミルゆかりの土地でなあ。かの土地で見つかるものにはとりあえず、「何とかの杖(ワンド)」と名づけておるのじゃ。 あとは、まあ見た目と直感でな」
なるほど、とシンジは感心した。
本来の使い道を知識として知っているシンジには、これはミサイルの発射装置であるとわかるが、そうでなくとも、それなりに考察が可能なものである。
「『聖地』ですか」
「興味があるかね、シンジ君」
「はい、学院長、機会があればぜひ行ってみたいです」
「はっはっは、そうじゃな。君ならいつかきっと行けるに違いない。……ととっと忘れておった。君は、ロバ・アル・カリイエの人間じゃったな。……いまは「聖地」には行けんのじゃ」
「ええ、なぜですか?」
「あー……つまりじゃな」
「学院長、閲覧許可書の作成が終わりました。彼の名前を教えて頂けますか」
「うわっと、なんじゃい、ミス・ロングビル脅かしおって」
いつの間に入ってきたのか、そこにいたのは彼の秘書だった。
「いつまでたっても帰ってこないんですもの、何をやっているのかと思いましたわ」
「うむ、この「破壊の杖」じゃがな、どうも彼の国のものであるらしい」
その発言に、ミス・ロングビルの眼が輝いた。
「まあ、本当ですか! すばらしいですわね」
「まったくのう、シンジ君、楽しみは取っておくとしよう。 期待しておるよ」
「はい、申し訳ありません」
学院長は、うむうむ、と頷いてミス・ロングビルに言った。
「ミス・ロングビル、彼の名前はシンジじゃ、ヴァリエール嬢の使い魔じゃから、シンジ・ヴァリエールじゃな」
「かしこまりました」
「えっと、よろしいんでしょうか?」
「何がかね」
「閲覧の許可書は、こちらの「破壊の杖」の情報と引き換えでは?」
「いやいや、これはついでに見てもらったにすぎんよ。どうも、誤解をさせてしまったようじゃな。……ミス・ロングビル許可書を貸したまえ」
そう言って、オールド・オスマンはそこに自分の名前をサインする。順番的には、保証人のサインが先のはずだがオスマン氏は詫びのつもりだった。
「さっ、これでよい。あとは君の主人のサインを貰って、それを明日にでも図書館の司書に見せれば終わりじゃ」
「ありがとうございます」
シンジは学院長とその秘書に礼を言い、本塔を後にした。
もどる道すがら考える。
あの宝物庫に合ったのは間違いなく、シンジが使徒戦争を戦っていた時より前の時代のものである。
(最低でも、7~8千年前の時代のものが、新品同様に存在する。か、いろいろと、謎が多いな……おまけになんなんだこの力)
シンジは自分の左手に刻まれたルーンを改めて見つめていた。
シンジは図書館の閲覧許可書を見せると、案の定ルイズに笑われた。
「あははははは、シンジ・ヴァリエールですって」
「そんなに笑わないでください。学院長がつけたんですから……、それよりルイズさんはそれでいいんですか?」
名門貴族の家名である、やすやすとつけていいものとも思えなかった。
「まあいいわ、あんたは私の使い魔だから私の所有物、これは「ヴァリエール家の使い魔シンジ」ぐらいの意味ね。だけど、名前ぐらい言えばよかったじゃない、神話の英雄と同じ名前ですって」
シンジとしては、だから言いそびれたのだが。
「ちょっと、本名を明かすタイミングをはずしましたね……、あ、そうそう学院長にお願いをされたんですが……」
ルイズに、先ほどの宝物庫でのやり取りを説明し、知っていることを漏らしてもいいのかどうかを聞きたかった。
「うーん、まあいいわ。その代わり私も同席させてもらうわ」
ルイズも、いまさらシンジが何を知っていてもそうそう驚きはしなかった。
「ふふふ、ねーえシンジ、今度この世の始まりがどうだったのか教えてね。よかったら空が青い理由も」
これは冗談、あるいはシンジをちょっと困らせてやるぐらいのつもりで言ったため、次のセリフは予想だにしなかった。
「はい、それでは夕ご飯のあとにでもお話します。うまく説明できるかどうかわかりませんが」
「え、冗談でしょ」
「え、なにがですか?」
シンジの表情を見るに、嘘をついているようにも、ルイズをからかっているようにも見えない。
「あんたって、あんたって……」
もはや、ルイズも呆れるほかなかった。
シンジにしてみれば空が青い理由であるレイリー反射も、宇宙の始まりであるビッグバン理論も、中学生はおろか、小学生でも知っているような話であると思っているが。
辺りはもはや薄暗く、西の空は紅く色づいている。
あのあとも、シンジはルイズにいろいろ質問され、食事に向かうのが遅くなってしまった。結果、ルイズもシンジも食事を終えた頃は食堂に数人しかいなくなってしまっていた。シンジはいつも通り、ルイズを迎えに食堂の入り口で待っていた。
それを、怪しい人影が中庭の植え込みから覗いていたのだ。
「あら、やっと来たわね。よく見てて頂戴よ」
怪しい人影は呪文を詠唱し始めた。長い長い詠唱だった。詠唱が完成すると地面に向けて杖を振る。
音を立て、地面が盛り上がる。土系統の魔法「ゴーレム錬成」が、その本領を発揮したのだ。
突如現れた巨大なゴーレムが壁を殴り破壊し、穴の空いた宝物庫へフードを被った人影が侵入していく。
「盗賊だ!」
誰かが叫んでいた。シンジは素早く食堂に入ると、ルイズを見つけ、手を掴んだ。
「キャッ!?ど、どうしたの!?この振動は何? 何が起こっているの?」
「盗賊です!とにかくここは危ないですから一緒に非難してください」
シンジは食堂内を見渡し、いまだ残っていた数人の生徒に大声で注意を促した。
「そっちは危ないです!正面玄関のほうから出てください!」
シンジとルイズが外に出ると、巨大なゴーレムは2体になっていた。新しいゴーレムの肩には、ミセス・シュヴルーズが乗っている。彼女は食堂から出てきた生徒たちを見つけると叫んだ。
「みなさん、早く!早くお逃げなさい!!」
彼女はどうやら、ここで盗賊の相手をするつもりのようだ。だが、少々及び腰である。
無理も無い、宝物庫の壁はスクエアメイジ数人がかりで「固定化」をかけ、あらゆる呪文に対抗できるよう設計されている。それを、数撃で破壊したこの盗賊のレベルはおそらく『オーバースクエア』であろう。と、ミセス・シュヴルーズは考えている。
(まともにぶつかってもまず勝てない、だが、時間を稼げればそれで良い)
そう、ここは魔法学院、生徒にも数人、先生方はほぼ全部がトライアングル以上である。
全力で、敵ゴーレムを押さえつけ応援を待てばいいのだ。
「盗賊!学院一の土魔法使い、この「赤土のシュヴルーズ」が当直であったことを地獄で後悔するがいい!!」
恥ずかしいぐらいのセリフと大声で自分を鼓舞し、感情を高め、精神力を底上げする。
系統魔法を使い、戦う時の常套手段である。挑発することで盗賊を逃がさない目的もある。
だが、敵ゴーレムは大きくのびをしたかと思うと後ろ向きに逃げ出した。いや、もともとこのゴーレムには後ろ前の区別など無かったが、ミセス・シュヴルーズに相対した側に顔の模様を作っていたため、勝手にこちらが前であると勘違いをしたのだ。
「お、おまちなさい」
慌てて盗賊のゴーレムを追いかけるがもう少しのところで捕まらない。
結局、黒ローブをまとったメイジを肩の乗せたまま、魔法学院の城壁を一跨ぎで乗り越えると、地響きを立てながら、草原を歩いていく。ミセス・シュヴルーズのゴーレムも追いかけるが、引き離されるばかりだ。
盗賊は確かにゴーレム操作に関しては彼女より上のようだった。
ままよ、彼女はゴーレムの維持と操作を一時止めて、新たな魔法を展開する。盗賊ゴーレムの足元に巨大な「アースハンド」を生成した。これで、ゴーレムの片足をつかむ。
しかし、盗賊のゴーレムはそんなものは無いかのように、あっさりと「アースハンド」を引きちぎり、先ほどのように草原を進んでいった。
これで、ミセス・シュヴルーズの残りの精神力ではもうあの大きさのゴーレムを作ることは出来ない。
ただ、行き先を見逃さないよう「フライ」で追いかけるのみである。
気が付くと盗賊のゴーレムの上空を、何匹もの飛翔系の生き物が飛んでいた。
おそらく、学院の生徒たちの使い魔であろうそれは、あるものは爪で、またあるものは口ばしでゴーレムの肩に乗るメイジを攻撃し始めた。しかし、そんなものは意に介さないように、ゴーレムの歩みは止まらなかった。
何かおかしい。
ミセス・シュヴルーズがそう感じ始めたとき、一匹の大きな鷲がメイジの黒いローブを剥ぎ取った。
そこに見たのは、人型の土人形だった。ここに至り、このゴーレムがおとりだったことを知った。
ローブを剥ぎ取られたゴーレムは、それが合図でもあったかのように崩れ落ち、大きな土の山になった。
……翌朝。
トリスティン魔法学院では、蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。何せ、国の秘宝たる『破壊の杖』が盗まれたのだから。それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった大胆な方法で。
宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て、口をあんぐりとあけていた。
壁には、土くれのフーケの犯行声明が刻まれている。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
教師たちは、口々に好き勝手なことを喚いている。
「土くれのフーケ! 我々貴族の財宝を荒らしまくっていると言う盗賊か! 魔法学院にまで手を出しおって! 随分と嘗められたもんじゃないか!!」
「衛兵はいったい何をしていたんだね?」
「衛兵などあてにはならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の先生は誰だったんだね!」
「ミセス・シュヴルーズは、盗賊にしてやられたショックと、おそらくは限界まで魔法を使われたのでしょう。 精神力が切れ、ただいま自室で眠っておられます」
「たかが盗賊一匹にしてやられるとは、情けないにもほどがある!」
教師の一人がそう言って、声を荒げた。どうやら、責任を当直だったミセス・シュヴルーズ一人に押し付けるつもりのようである。
そこにオールド・オスマンが現れ、集まっている教師たちを、ギラリと睨んだ。
「諸君、ここで何をしておるのかね?」
「それはもちろん、この盗難事件の責任が誰にあるのかを話し合っておりました」
「ほう、で、誰の責任かね?」
「それはもちろん、当直であるミセス・シュヴルーズですな。 立ち向かったとは言え、結果が伴わなければ意味はありません」
「……今、宝物庫の壁を調べてきたところじゃ。あまりにキレイに丸く穴が開いているので気になってな」
教師たちは、学院長がいきなり何を言い出すのかと、いぶかしく思った。
「ふん、穴のふちに沿って固定化が解けておる。土メイジのスクエアが十人がかりでも一晩では不可能な計算じゃ。 ましてやたった一人のスクエアではな!」
ハルケギニアにおけるメイジのランクは、下から「ドット」、「ライン」、「トライアングル」、「スクエア」となっている。もちろん、下に行くほど数が多く上に行くほど数が少ない。
メイジの多くは「ドット」か「ライン」であり、このレベルが過半数を占め、「トライアングル」となれば百人に二人、いるかどうかである。
ちなみに、才能のみで上がれるのは「ライン」までと言われ、そこに血のにじむほどの努力をしたものだけが「トライアングル」になると言われる。
まして「スクエア」クラスとなると、国単位でも両手の指に届くかどうかの数しか居ないと言われている。
土系統のスクエア十人となれば、下手をすれば、ハルケギニア中のすべてのスクエア・クラスを集めても揃わないかもしれない。
「……土くれのフーケが、土系統のスクエアクラスと仮定しよう。 そいつの持っている精神力のすべてで「壁」に錬金をかけ固定化に干渉する。 すると手のひらほどの面積の固定化を解除できる。それを延々と二十日ほど続けたのじゃ。 おそらくは夜にな」
多少なりとも察しの良い教師は、この時点でオスマン氏がなにを言いたいのかわかった。
「さて、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」
オスマン氏は、教師たちを見渡した。
教師たちはお互い顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せた。
もし、自分はまじめにやったなどと申告すれば、それは盗賊の跳梁に気が付かなかったと言うことである。
「どうやら、阿呆は一人もおらんようじゃな。怠け者ぞろいであってもな!……さて、これが現実じゃ。責任があるとすれば、わしを含めたここにいる全員であり、けして盗賊に一人立ち向かったミセス・シュヴルーズではない!
……まさかこの魔法学院が賊に襲われるなぞ、夢にも思っていなかった。なにせ、ここにいるのはほとんどがメイジじゃ。だれが好き好んで竜の巣に入るものかよとな。しかし、それは間違いじゃったようじゃな」
オールド・オスマンは、壁に大きくあいた穴を見つめた。
「これこの通り、賊は大胆かつ繊細な計画をもって、この学院に忍び込み、まんまと『破壊の杖』を奪っていきおった。責任を問うのなら、我ら全員というわけじゃ」
「……」
「で、犯行の現場を見ていたものは、ミセス・シュヴルーズ以外では誰かおるかね?」
オールド・オスマンが尋ねた。夕食の後ということで、結構な人数が目撃していそうではあるが、実際は学生のほとんどは日が落ちると部屋に引っ込んでしまう。したがって、目撃者は意外なほど少なかった。
「この三人と、……例の使い魔の少年です」
コルベールが進み出て、自分の後ろに控えていた三人ともう一人を指差した。ルイズにキュルケにタバサ、そして使い魔のシンジの四人である。
「ふむう、君たちか……」
オールド・オスマンは興味深そうに、四人を見つめた。
「詳しく説明したまえ」
ルイズが進み出た。
「あの、最初から見ていたのはシンジだけなんです。シンジに説明させますがよろしいでしょうか」
「無論じゃ、貴族の平民のと、言っておる場合ではない」
シンジはおずおずと前に出た。
「あの、大きなゴーレムが現われて、ここの壁を殴って壊したんです。肩に乗ってた黒いローブをかぶった何者かがこの宝物庫に侵入したのを見ました。……そのあとは、食堂に入って主を探していたので詳しいことは……。そして、外に出ると大きなゴーレムは二体になっていました。僕が見たのは、片方が逃げ出して、もう片方がそれを追いかけるところまでです」
「そのあとは、私たちが説明しますわ学院長」
そう言って前に出たのは、キュルケとタバサだった。タバサは休日には珍しく、シルフィードと空中散歩をしていて騒ぎを聞きつけ、キュルケは遅い夕食を終えたあと、もどる途中でゴーレムに気づいたのだった。
「……というわけで、最後には崩れて土になっちゃいました」
それらを聞いていたオスマン氏は長く伸びたあごひげを撫でた。
「ふむ……後を追おうにも手がかりは無し、と言うわけか……」
それから、オスマン氏は気づいたようにコルベールに尋ねた。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたかね?」
「そういえば姿が見えませんな」
「この非常時に、何処に行ったのじゃ」
そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現われた。
「ミス・ロングビル!何処に行っていたのですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」
興奮した調子でコルベールがまくし立てる。しかし、ミス・ロングビルは落ち着き払った態度で、オスマン氏に告げた。
「申し訳ありません。夕べからフーケを尾行しておりましたので」
「「「尾行?」」」
「そうですわ、夕べあの怪盗が現われた時に、わたくしも近くにおりましたの。あまりにもやり口が派手でしたので、こちらは囮に違いないと思いまして、ゴーレムが立ち去った後、茂みに隠れていた黒ずくめのローブをかぶった不審者を見つけまして。後は見つからないようにそっと後をつけておりました」
「……うむ、よくやってくれたミス・ロングビル」
コルベールが慌てた調子で促した。
「して、ご成果のほどは?」
「はい、今現在フーケが潜伏していると思わしき隠れ家まで後をつけ、それからすぐ帰ってきましたので、急げばまだ間に合うかと」
「そこは近いのかね?」
「はい、徒歩で5時間、馬で2時間弱といったところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
コルベールは叫ぶ。しかし、オールド・オスマンはそれを聞くと、首を横に振る。
「王室に報告するのは当然じゃが、衛士隊が来るのを待っていてはフーケに逃げられてしまうじゃろう。これは、わが魔法学院の問題じゃ。貴族の誇りにかけ、我らで解決する」
それを聞きミス・ロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのようである。
オールド・オスマンは咳払いを一つすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思わんものは杖を掲げよ」
教師たちは誰も杖を挙げない。困ったように顔を見合すだけだ。
ある意味、無理も無い結果である。
ここは学院であり、軍隊ではない。
彼らは教師であり、軍人ではない。
ハルケギニアにおいては、メイジは平民を守り戦うものと言う認識がある。
しかし、教師たちは、レベルこそ高く修行もこなしてはいるが、実戦に赴いた者は少ないであろう。実はメイジにも戦闘に特化したメイジもいれば、そうでないメイジも数多くいるのだ。
無論戦争になれば、いやもおうも無く行かなければならないが。
また盗賊とは言え、他人を傷つける、あるいは殺す覚悟は胆力が要るものである。それを考えると、昨夜フーケに立ち向かったミセス・シュヴルーズの勇気は称賛されるべきものである。
「おらんのか、おや?どうした!フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」
オールド・オスマンは、しょうがないとばかりにコルベールの顔をちらりとのぞいた。
その時だった。
「ミス・ヴァリエール!何をしているのですか!」
教師の一人が、驚いた声を上げた。皆が、こぞってルイズを見る。彼女は杖を顔の前に掲げていた。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。貴族がその要請に従い、杖を掲げる事の意味をわかっているのかね。冗談でした、では済まされないのじゃよ」
オールド・オスマンはいつに無く厳しい顔つきになっていた。
「私もラ・ヴァリエールの名を持つものとして、その意味は誰よりも理解しているつもりです。それに、どなたも杖を掲げないじゃありませんか!」
ルイズはキッと唇を強く結んで言い放った。
そして、ルイズがそのように杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を顔の前に持っていった。今度はコルベールが驚いた声を上げた。
「ミス・ツェルプストー! やめてくれ、君は生徒じゃないか!」
キュルケはつまらなそうに言った。
「ふん。ヴァリエールにのみ名を成さしめさせるわけには参りませんわ」
キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。
「タバサ、あんたはいいのよ。これはツェルプストー家とヴァリエール家の問題なんだから」
キュルケがそう言うと、タバサは短く答えた。
「心配」
ルイズとキュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめ二人とも唇をかみ締めて、お礼を言った。
「「ありがとう、タバサ」」
そんな、三人の様子を見て、オールド・オスマンは笑った。
「そうか、では頼むとしようか」
「オールド・オスマン! 私は反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」
「もう、杖は掲げられた。これを覆すことは彼女らに対する侮辱であり、その決意に唾を吐く行為である。……彼女たちは敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュバリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
タバサは返事もせず、表情も変えない。
教師たちは驚いたようにタバサを見つめた。
「本当なの?タバサ」
キュルケもルイズも驚いている。王室から与えられる爵位としては最下級の称号だが、タバサの歳でそれを与えられるというのが驚きである。
そして、他の爵位と違うのは、純粋に業績、功績に対して与えられる実力の称号なのだ。
教師たちがざわめいた。オールド・オスマンはそれからキュルケを見つめた。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く排出した家系の出で、彼女自身も火のトライアングルであると聞いておる」
キュルケは得意げに、髪をかきあげた。
それから、ルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張った。
「ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを排出したヴァリエール公爵家の息女で、学院一の学識を誇っており、将来有望なメイジと聞いておる。 おまけに、その使い魔は! 平民ながら……」
「まってください!」
いままで、俯いて黙っていたシンジが声を荒げた。
「皆さん、何を考えているんですか! 女生徒だけ三人で!それもスクエアとか言うほとんどモンスターみたいなメイジを捕まえろなんて、本気で言っているんですか!!」
シンジのセリフを聞いて、そこに集まっていた者達の間に白けた空気が流れた。
「黙んなさい!シンジ!」
「黙ってなんかいられない!何ですか!黙って聞いていれば、大人がこんなにいるのに……」
シンジが全部を言い切る前に、彼の頬が高い音を立てて鳴っていた。
ルイズにはたかれたのだ。シンジは、頬をはたかれたショックで黙ってしまった。
ルイズは口を引き結び、覚悟を決めて言った。
「今までちょっと甘い顔をしすぎたみたいね。使い魔の躾がなってなかったわ。いくら頭が良くても、どんなにすばやく動けても、あんたは平民よ、それが良くわかったわ。いままで、あんたにはいろいろ教えてもらったわ。今度はあんたに貴族ってもんを教えてあげる。
言葉ではなく行動でね!
そうそう、一つだけ、杖を掲げるのは貴族の誓いの印。なんであれ、杖に誓った約束は命がけで果たすのが貴族よ。もし約束をたがえれば、その貴族は名誉を失うことになる。どんなに爵位が高くても、どんなに魔法が使えても、名誉の無い貴族は貴族じゃない!そんなものはあたしが貴族と認めない!あんたは、私をそんな名誉の無い貴族にしたいって言うの!」
シンジは頬を押さえ、ルイズからの厳しい目線をはずすことなく答えた。
「わかりました。ルイズさん」
ルイズは、その表情からは、意外なくらいあっさり引き下がったシンジに違和感を抱いたが・・・。
「そう、わかったのならおとなしく……」
「ルイズさんの代わりに、僕が行きます。主を守るのも使い魔の仕事。ですよね」
ルイズは開いた口がふさがらなかった。
「同じく、キュルケさんもタバサさんも来ないでください。 ただお二人の使い魔をお貸しください。……これで、三人の「貴族の名誉」は守られますよね、学院長」
「うむ……あー、いやいや、うーむ、……こう言う場合ちょっと解釈が難しいの」
「何が問題なんです。 主を守るため使い魔がいると、ルイズさんに聞いています。ならば、死地に向かう主人の代わりに、使い魔が赴いてもおかしいところは無いでしょう。
……そして、使い魔の手柄は主人の手柄、そうですよね」
それを聞いていたオールド・オスマンは、ちょっと感動していた。たしか、以前確認した時には、彼にはサモン・サーヴァントが利いていないはずだった。
だが、そんなことには関係なく、彼はどんな貴族よりも貴族らしいではないか。王宮で権力争いにキュウキュウとしている貴族たちに、爪の垢でも煎じて飲ませたくなってしまった。
「認めよう。ミス・ヴァリエールの使い魔シンジよ、捜索隊に加わり学院の名誉を守れ」
「はい、主人の名にかけて」
ルイズは激昂し、杖を振り回しながら、わめき始めた。
「かかか、勝手なこといってんじゃないわよ!私もいく、絶対行くんだから!シンジ、命令よ!うぷぷぷぷ」
ルイズが命令を下す寸前、キュルケがその口を押さえた。
「ちょっと待っててね、今フレイムを呼び出すわ」
「ありがとうございます。キュルケさん」
タバサも口笛を吹き、シルフィードを呼び寄せる。
「いいの?」
「ええ、ただルイズさんをお願いします」
タバサは、小さくうなずき了承の意を伝えた。
詳しい方、シンジの名前の所突っ込んでください。