幕間話1 授業参観
「今のを見たかね、コルベット君」
「コルベールです。見ました。あれは風のエアシールド?でしょうか」
「たぶん違うな、ミス・ヴァリエールの爆発に、揺るぎもせんかった。エルフの『反射』とも違うようじゃ」
「オールド・オスマン、あなたのその膨大なる知識の中には、エルフの先住魔法までもが網羅されているのですか!」
「ある程度の年齢のメイジには、いやでも刻みこまれておるよ。別に自慢するほどの事でもないんじゃ」
とは、100才とも300才とも言われている、トリスティン魔法学院 学院長オールド・オスマンの言である。
・
・
・
・
ミスタ・コルベールはトリスティン魔法学院に奉職して20年、中堅の教師である。
彼は、先日の『春の使い魔召還の儀』の際に呼び出された少年とその両手に現れたルーンのことが気になっていた。ハルケギニアにおいては、珍しい黒目黒髪、そして珍しいルーン、ディテクトマジックのパターン・オレンジ……。
それで、昨日の夜から図書館にこもりっきりで、似たような事例が無いか調べていたのだ。
そして、その努力は一部報われた。彼は一冊の本の記述に目を留めた。その本の名は、『始祖ブリミルの使い魔たち』。教師のみが閲覧を許される『フェニキアのライブラリー』の中でも奥の奥にしまわれた書物である。
古書の一節と少年の両手に現れたルーンのスケッチを見比べる。
彼の目が大きく見開かれ、声にならないうめきを上げていた。
彼は、本を抱え込むと急いで学院長室に向かった。コルベールは学院長オスマン氏に事の次第を説明し、朝から2年生のいる教室を魔道具『遠見の鏡』で覗いていたのである。
それは、件の少年がディテクトマジックをかけられる場面からであった。
すわ、いじめかと思われたが、一応主人であるルイズは納得しているようではあった。
ディテクトマジックの結果もオール・レッド異常なしで、コルベールがいささか面目をつぶし。
授業中の場面では、彼の知識とその見識に驚いた。
「オールド・オスマン、錬金の本質についてはカリキュラム的には三年生でしたかな?」
「馬鹿を言っちゃいかんよ、アカデミーの初級職員ぐらいになって初めてわかるもんじゃ、それも、土系統ならライン以上、それ以外の系統ならトライアングル以上が精密なディテクトマジックを行使出来るようになってからじゃな」
ふむ、と学院長は白く長いあごひげを上下にしごく。
「それにしても、彼は『ガンダールヴ』と『ヴィンダールヴ』ではなかったのかね?今のやり取りだけで見れば、もう一人の使い魔『ミョズニトニルン』であったほうがしっくり来るが」
「はあ、その通りですな」
そして、ルイズの錬金の場面、冒頭のやり取りに戻る。
「エルフの先住魔法とは、その場の精霊と契約し始めて使えるもんじゃ。あんなふうにとっさに使えるもんではない。 とっさの対応についてはわしらの系統魔法のほうが上じゃろう」
さもなくば、先祖伝来のこの土地はとっくにエルフに蹂躙されておったじゃろうな。と続けた。
「オールド・オスマン!」
「なんじゃい、いきなり大声出して」
「さっそく、王室に報告して、指示を仰がないことには……」
「それには及ばん」
オスマンはその白いひげを揺らし、重々しく言った。
「なぜです?これは世紀の大発見ですよ!現代に蘇った『伝説の使い魔』!それも2つも」
「ミスタ・コルベール『ガンダールヴ』も『ヴィンダールヴ』もただの使い魔ではない」
「その通りです。始祖ブリミルの用いた。 その身を守る神の左手『ガンダールヴ』、その身を運ぶ神の右手『ヴィンダールヴ』」
「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった……。その強力な威力ゆえに。知っての通り、呪文詠唱中のメイジは無力じゃ、そんな無力な間、己の身を守るため用いた使い魔が『ガンダールヴ』じゃ。また同じように空に海にあるいは地中にすら始祖を運んだのが『ヴィンダールヴ』じゃ。どちらも同じく伝説にふさわしい力をもっとる」
コルベールは興奮したように先を続ける。
「その通りです。そして『ガンダールヴ』は一人で千人の軍隊を壊滅させ並のメイジでは歯が立たなかったとか」
「で、ミスタ・コルベール」
「はい」
「遠見の鏡、リバース、ああ、行き過ぎ行き過ぎ、チョイ戻って、はいそこ、拡大×2」
オスマンは遠見の鏡を操作し、先ほどのシンジの姿を映し出す。
「千人の軍隊を壊滅させるように見えるかの」
そう言われて、シンジを見れば、小柄な体、異邦人ではあるが優しげで気弱そうな顔つき。ちょいとおかしな敬語を使うが、まあ礼儀正しい。千人の軍隊を壊滅どころか、虫も殺せなさそうである。
「まぁ、人間顔じゃないがの」
「ううう、いや、しかしですね」
ミスタ・コルベールは食い下がる。
「それにの、かのミス・ヴァリエールが何回も何回も失敗して、ようやく呼び出したんじゃろ。あの使い魔君を」
「え、ええ、まあ」
「ミス・ヴァリエールに関してはわしも憂慮しちょった、なんでもかんでも爆発させ、未だにフライも使えんのじゃろ。そのくせ座学に関しては学院一。そして、努力家でもある」
「そ、その通りです!」
「だが残念じゃが、彼女はここトリスティン魔法学院においては無能者の烙印を押されておる。そんなメイジが、謎の少年を呼び出し、契約をすれば『伝説のルーン』を2つも刻んだ」
「……」
「授業中のミス・ヴァリエールの顔を見たかね、ずいぶんと仲良くやっとるじゃないか?ミスタ・コルベール彼女のあんな顔を入学以来見たことがあったかね」
「い、いえ残念ながら」
「それをお前さん、仲良くやってるおふたりさんを引っぺがして、片方をアカデミーのマッドメイジ共の生贄に差し出し。もう片方を使い魔なしの半端メイジにしたいと、こう言うんじゃな。 研究熱心なことじゃ」
「わわわ、私は何もそんなことは……」
「ほう、つまり『使い魔のお着替え』かね、事故でも寿命でも無いのに。 わしの目の黒いうちにそんなことをこの学院で許すとでも」
静かに、だが重々しい声でオールド・オスマンは言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『使い魔のお着替え』とは、メイジのレベルが上がるたび、今居る使い魔を殺し、新たな使い魔を召還することである。
各地で行われる『春の使い魔召還の儀』においても、ドットよりはラインが、そしてそれよりもトライアングルがよりレベルの高い使い魔を召還している。
そして、やはり一番人気はドラゴンであり、最初にドラゴンを呼んだものは一生涯をそのドラゴンと共にすることが多いが、そうでない生き物の場合は、メイジのレベルが上がるたび『使い魔のお着替え』となることも少なくない。
もっとも、レベルの高い幻獣を呼んだ場合、その能力はすでに呼んだ時点で頭打ちであり成長することはまれであるが(幻獣の寿命は長く、メイジが生きている間にはなかなか成長しないのもその一因である)
犬やネコあるいはねずみなどの場合でも、ドットクラスの時に呼んだ生き物がメイジの成長と共に新たな能力を付加され、成長していくことは、まれではない。
したがって、どちらがいいかは一概に言えないが、少なくともこのハルケギニアにおいては道義的によくないこととされており、かかる名誉あるメイジの諸君にはお勧めしない。
ランカ・リー書院 サイトーン・シュバリエ・ド・ヒリガル著「間違えない使い魔選び」より抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「学院長!私は、私は!」
「わかっとる、わかっとる、言いたいことはな、じゃがおぬしはもう教育者なのじゃろう?
それともまさか、誰とも知れぬ平民の子なぞどうなっても良いと申すのか!?」
「い、いいえ、申し訳ありませんでした。私はまた……間違いを犯すところだったようです」
「わかればよろしい、きついことを言ってスマンの。
もうひとつ理由があるのじゃ。今、王宮のボンクラどもに『伝説の使い魔』とその主人を渡したら、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて、暇をもてあましとる連中はまったく戦が好きじゃからな」
「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」
「この件は、私が預かる、他言は無用じゃ、よいなミスタ・コルベール」
「は、はい!かしこまりました!」
オールド・オスマンは杖を握ると窓際に向かった。遠い歴史の彼方に思いをはせる。
「伝説の使い魔『ガンダールヴ』と『ヴィンダールヴ』か、どんな姿をしておったんじゃろうのう?」
「海も空も地下まで始祖を運んだ『ヴィンダールヴ』はわかりませんが、『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなし、敵と対峙した、とありますから」
「ふむ」
「とりあえず、手と腕はあったんでしょうなぁ」
「ところで、ミスタ・コルベール『ガンダールヴ』の二つ名は『神の左手』ともうひとつあるんじゃが、覚えておるかね?」
ミスタ・コルベールは、はっとしたように顔を上げた。
「か、『神の盾』……」
オールド・オスマンはまた、重々しく頷いた。