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No.16701の一覧
[0] 今日も、この世界は平和だ (ゼロの使い魔 オリ主・転生)[石ころ](2018/07/27 01:05)
[1] 01 エピローグ(1)[石ころ](2018/07/27 00:38)
[2] 02 エルフと吸血鬼(1)[石ころ](2018/07/27 00:39)
[3] 03 エルフと吸血鬼(2)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[4] 04 エルフと吸血鬼(3)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[18] 05 エルフと吸血鬼(4)[石ころ](2018/07/27 01:38)
[19] 06 エルフと吸血鬼(5)[石ころ](2018/07/27 00:42)
[20] 07 微風の騎士(1)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[21] 08 微風の騎士(2)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[22] 09 微風の騎士(3)[石ころ](2018/07/27 00:44)
[23] 10 微風の騎士(4)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[24] 11 微風の騎士(5)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[25] 12 微風の騎士(6)[石ころ](2018/07/27 00:46)
[26] 13 微風の騎士(7)[石ころ](2018/07/27 00:47)
[27] 14 微風の騎士(8)[石ころ](2018/09/07 05:06)
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[16701] 07 微風の騎士(1)
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:6cc481ba 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/27 00:43

 ジャン・コルベールという男にとって、もっとも大きな人生の転換点と言えば、あの15年前のアングル地方ダングルテールでの出来事だろう。

 当時、まだ若輩ながらもコルベールはその実力を買われて、魔法研究所実験小隊の隊長に任ぜられていた。そしてあの日、ある村で発生した疫病の蔓延を防ぐために住人をすべて焼き討ちにせよという命令を受け、コルベールは隊を率いてアングル地方へと向かった。
 忌避感や罪悪感がなかったというわけではない。これまで数多くの汚い仕事をこなしてきたが、それでもまだ、コルベールは人の心を失ってはいなかった。
 だが、この任務はこなさなくてはならない。そうしなければ、疫病が広まってより多くの命が失われるのだ。
 そんなふうに自分を説得して、コルベールは村へと続く街道を闇夜の下、黙々と歩んでいた。

 しばらくして、村が見えてきた。
 時刻は、住人の寝静まった深夜である。灯りはほとんど見えない。だが、あと少しすればこの村は明るく照らされることになるだろう。焼き討ちによる、無情な炎の灯りによって。
 隊員に作戦の確認をしてから、任務を実行せんと村のほうへ歩みを進めて――

 人影が見えた。
 暗闇に紛れるかのような出で立ちだ。長い黒髪に漆黒のマント。
 もし相手がその気であったのならば、コルベールたちはこの者の気配を察知することすらできなかったであろう――そんな確信めいた思いが、なぜかあった。
 だが、いま、その吸い込まれそうな碧眼は強い意思の光を宿して、己の存在を知らしめるように、こちらを見つめている。

 風がそよいだ。
 そして、前方にいる人物は一歩こちらへ歩み寄った。

 コルベールは戦慄した。相手のその動作を理解するのに、数秒以上の時間がかかったからだ。
 相手の動向にはたしかに注意していたはずだ。しかし、その動きは微風そよかぜのように自然すぎて、捉えることができなかった。

「実験小隊の者たちだな?」

 やがて鈴のような美しい声が響いた。
 そこでコルベールは初めて気づいた。目前にいる人物は、どうやら女性らしい。しかも、目を凝らして顔立ちを見ると、かなり若い。20歳前後……コルベールと年齢があまり変わらないくらいだ。

「……あ、ああ。そうだ。それを知っているということは、アカデミーの関係者かね?」

 やっとの思いで、コルベールは口を開いた。気を抜くと、震えてしまいそうだった。それほどまでに、彼女の存在は気迫に溢れていた。

「そうだと言えばそうだが、今回は“国王の遣い”として参上した。――魔法研究所実験小隊に告ぐ。任務は中止だ。これは王命だ」

 突然のことで若干、頭が混乱しながらも、コルベールは女性に尋ねかえした。

「いったい、どういうことだ? それに……きみがその“国王の遣い”であるという証拠は?」

 コルベールがそう言うと、女性は懐から何かを取り出しながら近づいてきた。思わず身構えるが、彼女が手にしているのは一枚の文書のようだった。

「王の署名が入っていることを確認せよ。文面もよく読むように」

 文書を手渡されたコルベールは、空いた片手に杖を持って“ライト”の魔法で光を灯した。
 文頭から末尾までこぼさず目を通したが、なるほどたしかに、今回の任務は中止であるという内容で、最後に王宮から発行されたことを示す捺印がされている。
 コルベールはそれを確認しおえると、文書を女性に返却した。それと同時に、改めて彼女の姿を間近で見る。

 腰には剣拵えの杖。無駄な装飾はまったくなく、実用一辺倒のようだ。漆黒のマントは、ライトの魔法で照らされたおかげでようやく細部を確認できた。その意匠からすると、どうやら魔法衛士隊のものらしい。

 ――魔法衛士隊に所属する女騎士。

 数は少ないが、魔法衛士隊に女性がいないわけではない。女人禁制が解かれたのは、まだほんの15年前のことだ。
 当時、エスターシュ大公が謀反を企てるという事件があったのだが、それを解決したのは魔法衛士隊の隊員と、メイジの協力者たちだった。その協力者の中に、二人の女性がいた。彼女らは魔法衛士隊の隊員を凌ぐほどの実力を持ち、エスターシュ大公の事件でその強さを知ったかつての王フィリップ三世は、伝統であった魔法衛士隊の女人禁制を廃止してまで、二人を騎士に迎えたのだという。
 その二人こそ、騎士ならば誰もが知る人物。『烈風』の二つ名を持つカリーヌと、『微風』の二つ名を持つイヴェットである。

 いま、コルベールの目の前にいる女性――その存在感は、伝説的な騎士に劣らぬほどである。とはいえ……『烈風』や『微風』とは別人だろう。この女性騎士はどう見積もっても20歳そこらで、あの二人とは年齢が食い違うからだ。

 ……余計なことに思考を傾けすぎた、と反省しつつ、コルベールは口を開いた。

「……なるほど、あなたの言うとおりのようだ。しかし、我々はどうすれば?」
「トリスタニアに戻られよ。後日、また諸事に関する連絡がなされるだろう」
「……疫病については、このままでもよいのかね?」

 それが気になって、コルベールは女性に尋ねた。
 たしかに文書には、任務を中止するという旨が書かれている。しかしその理由については、いっさい触れていなかったのだ。もし疫病が蔓延したら、とんでもないことになってしまうはずだ。だからこそ、本来は何も言わずに命令に従ったところなのだが、こうして聞いてしまった。

 しかし女性の答えは、納得のいくものではなかった。

「それについては、答えられぬ。きみらは黙って戻りたまえ」
「……しかし――」
「隊長殿」

 コルベールが食い下がろうとした時、隊員の一人が前に歩み出てきた。それは……メンヌヴィルという、コルベールと同じような年頃の士官貴族だった。

「こんな女、信用できませんよ。どうせさっきの文書だって、偽物に決まっている」

 そう言って口元を歪めるメンヌヴィルを見て、コルベールは気分が悪くなった。どうにも、この男は好かない。任務で人を殺す時はいつも、楽しそうにしていたからだ。おそらく、いまこうして進言しているのも、焼き討ちをできなくなるのがつまらないだけなのだろう。

「きみは黙っていろ、メンヌヴィル」
「おいおい隊長殿、オレは真っ当なことを言っただけで――」

 ざわ、とコルベールは全身に鳥肌が立った。
 ……動けない。それは恐怖によるものだった。隣にいるメンヌヴィルも同様なのか、黙りこんで女性に目を向けたままだ。
 底冷えするような魔力。こんな強大なものを、はっきりと明確に感じたのは初めてだった。これと比べたら、自分など赤子と変わらない程度でしかないのではないか。それほどまでに、女性の発するメイジとしての覇気は圧倒的だった。

「命令だ、隊長。いますぐ、トリスタニアに戻られよ」
「…………あ、ああ。わかった。そうしよう」

 もはや逆らう気力すらなかった。どうしようもなく、彼女の言葉に頷くしかなかった。
 だが……メンヌヴィルは、そうではなかったらしい。よほど不満と反発が強かったのか、これほどの相手を前にしても、敵意を剥き出しにする。

「納得いかないな! 帰るのはお前だよ、女!」
「……命令に逆らうのかね? それは王国に対する反逆となるが」
「――上等だ!」

 淡々と述べる女性の様子に怒りが沸点に達したのか、メンヌヴィルは杖を抜いてルーンを唱えた。
 まずい、と思った時にはすでに、メンヌヴィルは詠唱を終えて杖を振っていた。さすがこの部隊に所属しているだけあって、メイジとしての技量は一流だった。こうなってしまっては、完成した魔法はもはや止められない。

 膨れ上がった火球が、女性に飛翔する。
 そして、そのまま彼女の身体を燃やし尽くす――直前、火球は突如として掻き消された。

 炎が霧散して姿を現したのは、杖を振り払った格好の女性だった。
 ……動きが見えなかった。ルーンの詠唱も聞こえなかった。どれほどの手練で杖を振り、どれだけの技巧でルーンを詠唱したのだろうか。まさに驚異の早業だった。

「……牙を向けるか、よかろう。では――きみに私の風を披露しよう」

 その物言いに余計に怒り狂ったのか、メンヌヴィルはさらなる魔法を唱えはじめた。そして杖を振るう――前に、メンヌヴィルの身体は吹き飛んでいた。
 吹き付ける強烈な風の余波にたじろぎながらも、コルベールは自分の目と耳を疑っていた。なぜなら、いま彼女が使った魔法は……風の初歩の初歩、“ウィンド”のスペルだったのだ。それは、微弱な風を吹かすだけの魔法だったはずだ。しかし彼女の手にかかれば、人をも簡単に吹き飛ばすような暴風を起こす、強力な攻撃魔法となるようだ。
 改めて、コルベールはこの騎士を恐ろしいと感じた。

「……今回の件は、不問にしておこう。気絶した彼は、誰かに運ばせてやるとよい」
「…………」

 コルベールは黙って頷いた。すぐに後方の隊員たちに、撤退命令をかける。そして、倒れているメンヌヴィルを運搬する人員を指名してから、最後に女性のほうを向きなおった。

「それでは……私は、これで――」
「待ちたまえ、コルベール隊長」

 背を向けようとしたコルベールに、女性が声をかける。再度、彼女のほうに身体を向けると、女性は一瞬だけ何かを考え込むように目を閉じたのち、コルベールに問いかけた。

「きみは、いまの立場に満足しているか?」
「…………」

 どう答えるべきか、コルベールは迷った。たしかに、この汚れ役をすべて受け入れているとは言いがたい。しかし、なぜ女性がこのような質問をしたのかも疑問だった。
 コルベールは言葉を見つけられず、黙り込んだ。女性は、しばらくして口を開いた。

「きみに見せたいものがある。隊はそのまま帰して、きみは残ってほしい。頼めるか?」

 女性の意図が見えない。だが、“見せたいもの”が気になった。この任務に対して思うところが大きかっただけに、何か少しでも真実が見えるのなら、試してみたかった。
 コルベールは頷き、先に帰還するよう小隊に命じた。

 その場に残るのは、コルベールと女性だけとなった。お互いに、まだ言葉はない。ただ夜風が、静かにそよいでいた。

「――来たか」

 そう呟き、女性は村の東方の草原に目を向けた。

「ついてくるがいい、コルベール隊長」

 女性は早足で移動しはじめた。慌てて、その後を追う。

「いったい、何があるというんだね?」
「ロマリアに買収された下郎が遣わした犬どもだ。本来は、きみの部隊がその“犬”だったのだが――それが阻止されたのを知って、代替品を雇ったのだろう」
「なんだって……?」

 きな臭い話に眉をひそめるコルベールに、女性は足を進めつつ詳しく説明した。

 伝染病はまったくの出鱈目で、新教徒の多い目障りな地方の村を焼き払うための口実であったこと。それにはロマリア宗教庁の圧力があり、とくにトリステイン高等法院長のリッシュモンはロマリアから多額の賄賂を受け、みずからが中心となって村の焼き討ち計画を立案したこと。しかし事の真相を知ったトリステイン王は、これを回避するために任務を中止とし、いまコルベールの目前にいる女性をこの地へ送り込んだこと。そして――さらにそれを察したリッシュモンは、独自に傭兵たちを雇ってここへ送り込んだであろうということ。

「それでは……私は……」

 コルベールは顔を青くした。一歩間違えれば、まったく無実の人間を大勢、焼き殺すことになっていたのだ。そのことの恐怖で震えそうになるが、同時に、こんな任務を立案したリッシュモンに怒りの炎が湧き上がる。

「……我々の部隊の代わりが来るということは、フライの魔法でも使って急いだほうがいいのではないかね?」

 早足ではあるものの、女性の移動速度は緊急事態と言うにはあまりにも遅すぎる。そのことにコルベールは焦燥を抱き、女性に問うた。
 だが、この騎士に限ってそのような心配は無用であるということを、コルベールはすぐに思い知った。

「さて、片はすぐにつくか」

 女性は唐突にそんなことを言った。なんのことか、と訝しむコルベールに、女性は進路の先を顎で示した。
 そちらをよく目を凝らして見る。暗闇の中……かすかながら、人影が見えた。数は多い。10、20……いや、少なくとも30はいる。しばらく進むと、さらにはっきりと様子がわかるようになった。どうやら、戦闘がもう始まっているようだ。片方は、女性の言うようにリッシュモンの送ってきた部隊なのだろう。それでは、その部隊を相手取っているのは……?

 ――風だ。

 草原の夜風と同化して駆ける“彼女”は、近づく者を容易に跳ね除け、逃げる者を容赦なく打ち倒す。
 敵は、剣や弓で武装した平民から、杖を持ったメイジまでいる。だが、振るわれる剣は“彼女”の持つ杖によって防ぎいなされ、飛来する矢や魔法は“彼女”の風で吹き飛ばされる。

 一方的だった。圧倒的だった。
 敵の数など、“彼女”にとってはなんの障害にもならない。どれだけの数を持ってこようが、“彼女”には指一本触れることすら叶わず、風に呑まれるだけであろう。

「終わりだ」

 コルベールの“目前にいるほうの彼女”は、そう呟いた。
 その言葉どおり、“向こうの彼女”の放った風の槌は、最後の敵をねじ伏せた。雇われた傭兵であろう男たちが倒れ伏す様は、まさに死屍累々といったところだろうか。そんな中で、戦闘を終えた“彼女”はこちらのほうへ歩いてきた。

「コルベール隊長か」

 お互いの顔がよくわかる位置にまで来た時、“彼女”はそう口を開いた。コルベールは若干の緊張を抱きながら頷いた。

 そこには、まったく姿形の同一な女性が二人いた。
 双子、というわけではないだろう。彼女は風の使い手で、それも並大抵のスクウェアをも凌駕する実力を持つメイジである。とすれば、答えに至るのは簡単だ。

 ――遍在。分身とも言うべき存在を作りだす、風の高位魔法。
 実際に見るのはこれが初めてだが、コルベールははっきりとその脅威を認識した。彼女の遍在が、一人であれだけの力を発揮できるのならば、それが複数人となったらどうなるのか。コルベールがこれまで見てきた優秀なメイジたちがどれだけ集まっても、それを打倒する光景は思い浮かばなかった。

「リッシュモンの思惑は潰えた。今後、やつの罪状を暴いていけば地位の剥奪は免れぬだろう。それともう一つ――今回の件で、実験小隊の解隊が決定された」

 突然の宣告に、コルベールは面食らった。それにかまわず、彼女は説明を続ける。

「解隊の理由は、一部の人間に私利目的で利用されることを防ぐためだ。その代わりに……再度、管轄を調整して新しい部隊を再編成する予定になっている。さて――」

 そこで彼女はいったん言葉を切り、コルベールを見つめた。その瞳に宿る強い光は、これから発する言葉の重要性を示していた。

「きみはどうするのだ? きみが望めば、ふたたび再編された部隊のリーダーとして働けるだろう。だが……それ以外の道もある」
「……それ以外の道?」

 自分が持っているものなど、メイジとしての能力くらいなものだ。それを生かすとなると、進む道は軍しかない。
 だがそうは思っているものの、やはり抵抗感は残っていた。またどこかで一歩でも踏み誤れば、今回のような任務を知らずのうちに遂行してしまうかもしれない。
 そうなったときに、自分の心は正気を保てるのだろうか。
 それを考えると、どこか薄ら寒く、恐怖が込み上げてくる。

「ああ、そうだ。おそらく、きみの天職となるであろう道がある」
「それは……?」
「――教師だよ、ミスタ・コルベール」

 とんでもない回答を口にして、彼女は初めて僅かながらも笑った。平時なら、その美しい容貌と相まって思わず魅了されてしまいそうだったが、それよりも彼女の呈した“天職”が余りにも意外すぎて困惑してしまった。
 教師? 自分が?

「本日をもって、私は魔法衛士隊を引退するつもりでね。代わりに、トリステイン魔法学院の教師として着任することになっている。そのついで、と言ってはなんだが……きみも雇ってもらえばよかろう。私も学院長とは多少の縁があるので、それくらいは通せるはずだ」
「……私の魔法は、燃やすことしかできない。破壊の炎を子供たちに教えて、なんになると言うんだ?」
「そうでもなかろう。火は生活の灯りであり、料理の基礎であり、製鉄の要である。その利用方法は、“風”などよりよっぽど多彩だ。そして、きみにはそれを教える能力が備わっているはずだ」

 確信めいた口振りだった。なぜそこまで言いきれるのだろうか。
 ……だが、内心ではそこまで反発はなかった。
 教師。ただ殺しの技術だけが求められる軍とは、まさに対極の職業だ。それでも惹かれるものがあるのは、心のどこかで殺しを厭っているからなのかもしれない。

 この申し出を受け入れれば、まだ自分は普通の人間に戻れるかもしれない。
 そう思った時には、もう口は動いていた。

「本当に、よいのなら……ぜひとも、お願いしたい」
「もちろん、歓迎しよう。……ああ、そういえば、まだ私の名は教えていなかったな。私は――」

 一瞬、彼女は何かを言いかけたが、すぐに思い出したかのように言い直す。

「騎士としての名はやめておこう。……私の名前は、レティシアだ。よろしく頼む」

 そう言って、彼女――レティシアは、繊手を差し出した。
 ……果たして自分は、正しく道を歩み直せるのだろうか。不安と期待を抱きながらも、コルベールはレティシアと強い握手を交わした。










 ――それが、15年前のこと。

 あれから年月は過ぎ、気づけばコルベールはもう40手前の歳になっていた。とくに女性との縁もなく、教職一筋でずいぶんと長くやってきた。あの小隊で行なってきたことと比べると、嘘のように静穏で平凡な毎日だ。
 それでも、つまらない日常ではない。貴族の子弟を相手に、教育をどのようにすべきか悩むことも多いが、“火”の利便性やその使い方を教えたり、自分でさらなる研究を重ねたりするのは面白くて仕方がないほどだ。
 あの時、レティシアがコルベールの天職は教師であると言っていたが、こうして見ればまさにそのとおりだ。彼女には感謝してもしきれない。

「む……もうこんな時間か」

 いつの間にやら時計の針が進んでいたことに気づき、コルベールは研究の手を休めた。窓の外を覗くと、そろそろ陽も沈みそうな頃合いだ。
 今日の学院の見回り当直はコルベールだった。早めに切り上げて、その準備をしなくてはならない。
 コルベールは鍵を手に取り、研究小屋を出た。そして施錠していると、背後に何者かの気配を感じた。慌てて振り返ってみると、そこには授業を終えてきたと思われるレティシアの姿があった。

「驚かせたか? すまない」
「ああいや、気にしていませんよ。それより、研究小屋に何か用事でも……?」
「そうではないが、先にきみに伝えておこうと思ったことがあってね」

 何か急な言伝だろうか。そんなことを考えながら、レティシアの顔を見る。

 ――その顔は、いまだに若やかな美女の相貌だ。
 年齢にすれば、20半ばに達するかどうかといったところか。コルベールが初めて出会った時、彼女は少し年下に見えた程度だったが、今では歴然とした差がついてしまった。
 学院長のオールド・オスマンも15年前からほとんど変わってないように見えるが、レティシアの場合はもとが若いだけに、歳の取らなさがさらに目立った。実際にいま何歳なのかをはっきりと聞いたことはないが、これまでのレティシアの話から察すると、どうやら40歳はとうに超えているようだ。何も知らない者からすれば、彼女がコルベールより年上だとは到底思いつかないだろう。
 いったい、どのような方法で若さを保っているのか。さすがに気になって尋ねてみたこともあったが、「知り合いに腕のよい水メイジがいるのでね」と答えられるだけだった。最近、頭が薄くなってきたコルベールにとっては、ぜひとも紹介してもらいたいばかりである。

 そんな個人的なことを思い浮かべていたせいで、コルベールは彼女の言葉への反応が遅れてしまった。

「明日から一週間ほど、私はトリスタニアに滞在する。その間、きみの研究を手伝うことはできないので、連絡をしにきたというわけだ」

 ……一週間? ずいぶんと長いものだ。それほど費やす予定とは、どんなものなのだろうか。それに、その間の授業も通常どおりあるはずだが、どうするのか。
 そんな疑問がお見通しだったのか、コルベールが口を開く前に、レティシアはつらつらと言葉を続けた。

「授業の代理はギトーくんに頼んである。さすがに、遍在で代任するというわけにもいかんのでな。なに、彼は若いが知識と実力は十分にあるから大丈夫だ。まあしかし、もし何か困りそうだったら、きみが彼を助けてやってくれると助かる」

 ギトーとは、今年に着任したばかりの新人の教師だ。ほんの数年前まで、ギトーはトリステイン魔法学院の生徒だっただけに、コルベールも彼に対する印象は多く残っている。
 知識と実力は十分にある、というレティシアの言葉は間違いないだろう。ギトーは、学生時代にすでにトライアングルに達しており、現在ではスクウェアにまで至っている。性格面にしても、むかしはひたすら風の系統を信奉していたものの、ある日、レティシアの知り合いである土メイジの青年に模擬試合で圧倒されたことから、今ではその考えも改められたようだ。レティシアの言うとおり、経験の少なさ以外は、十分に信頼に値する人物である。

「……なるほど、ミスタ・ギトーのことは了解しました。何かあれば、私も力になりましょう。ところで……よろしければ、トリスタニアへは何をしに?」
「研究の件で、少しアカデミーのほうと連絡を取りたくてね。それと、知人にも会う約束を」

 研究――おそらく、風石に関することだろう。風石の発する各効果や、地中に形成される過程、あるいは各地の埋蔵量予想などについて、レティシアは研究を重ねていた。アカデミーの研究者とも交流があるらしく、連携して取り組んでもいるようだ。
 そして知人、というのも気にならないわけではない。レティシアの知り合いというと真っ先に思い浮かぶのが、やはりあの土メイジの青年だ。驚異的な身体能力に、恐ろしいほどの判断能力、そして卓越した魔法の使い方。レティシアに並び立てる彼の姿を見て、当時のコルベールは、なんと自分は微力なことかと思い知らされた。

 湧き上がる興味を抑えきれずに、コルベールはレティシアに尋ねた。

「知人、とは……」

 レティシアは、どこか楽しそうな声色で答えた。



「アベル――私の親友だ」


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