退屈な毎日だった。
ここ十数年の人生を振り返っても、そのような感想しか出てこない。
境目はあの日の出来事だった。アングル地方での、村の焼き討ち……それを愉しむはずだったメンヌヴィルは、突如として現れた女騎士によって任務の中止を宣告された。その不満から女騎士に攻撃を仕掛けたが、彼女の“風”によってメンヌヴィルは一蹴された。
あの屈辱は忘れていない。まだ若き日の頃だったとはいえ、自信のあった己の炎をたやすく掻き消されたのだ。そのうえ一撃で昏倒させられて……気づいた時には、トリスタニアへ撤退する道中だった。
アイツを焼き殺したい。
そんな復讐心を抱いたものの、実行することはできなかった。たかが一小隊の隊員という身分では、あの女騎士の足取りが掴めなかったからだ。
ほどなくして、実験小隊は解隊させられた。メンヌヴィルは、大手を振って人を焼くことができなくなった。そうなれば、王国の犬として甘んじる必要は何もなかった。傭兵となったメンヌヴィルは、戦争を渡り歩いて人間を燃やしつづけた。そして、いつの間にか傭兵団の頭となり、その名を畏怖によって轟かせた。
だが、その傭兵稼業もだんだんと厳しくなってきた。戦争がまったくないとは言えないが、どれも小規模なものばかり。人を殺すことによって稼げる金にも、限りが出てきた。メンヌヴィルも人間である。人を焼いても腹は膨れないし、食糧を手に入れる金が必要だった。
そうして手をつけたのが、人攫いだった。女子供は高く売れた。金は手に入ったが……メンヌヴィルの心は、満たされなかった。
人を焼きたい――いや、違う。
ようやく、メンヌヴィルは気づいた。傭兵として戦争に参加して、敵を炎で炙った時でさえ空腹は満たされなかったのだ。本心が求めているのは、ただ一つだった。
――あの女を焼きたい。
その想いは、時が経つにつれて強くなっていった。しかし、ただの傭兵となったメンヌヴィルにとって、もはや女騎士を探し出すことは不可能に近かった。
だからこそ。
あの時――トリスタニアの大通りで、ふと目を向けた喫茶店に忘れもしない顔を見つけたのは、果てしもない幸運だった。
奇妙なことに、あの女の容姿は十五年前とほとんど変わっていなかった。別人か、と目を疑ったものの、しかし否であるとすぐに確信できた。
それは――気配が同じだったからだ。常人のメイジでは遠く及ばない、どこかこの世のものではないような、そんなえも言われぬ気配を本能的に感じ取れたのだ。
一瞬、メンヌヴィルは復讐心を湧きあがらせ――すぐに抑え込んだ。
相手があの女だったからだ。並みのスクウェアを凌駕する風メイジ……そんな敵に対して殺気を放とうものなら、すぐに気づかれてしまう。ここで失敗すれば、もう二度と見つけることができないかもしれない。そんな思いが、メンヌヴィルに慎重をもたらした。
そうして思いついたのが、あの女の知り合いを利用することだった。喫茶店のテーブルで同席していた、ほかの二人の男女。あの女と相応の親しさを持っている人物ならば、どちらかを人質にでも使えないかと考えた。
そして選んだのは――長い金髪の娘のほうだった。栗色の髪の男のほうは、明らかにあの女と同類の匂いを放っていたからだ。おそらく相当な腕であろうメイジと、どう見ても素人な娘とを比べたら、後者を狙うのは当然のことだった。
結果的にいえば、人質を取るという作戦は成功だった。金髪の娘を攫う際に、予想外な邪魔が入ってきたものの、それも即座に昏倒させることができた。その後は、着用していたコートで娘を覆い隠し、フライの魔法で空中を移動。夜更けで外に出ている人間も少なかったおかげか、誰にも騒がれず、無事に郊外――都から少し離れた森へ辿りつけた。
「大将、その女は……?」
森林の浅いところに設けた傭兵団の野営地に戻った直後、仲間にそう聞かれて、メンヌヴィルは「追加商品だ」と事なげに答えた。
「ああ、それと急用ができた。明日の予定を少し変更する。よく覚えておけ」
翌朝には、攫った女たちを乗せた馬車とともにトリスタニアを発つことになっていたのだが、その前に“とある人物”と邂逅するということを、メンヌヴィルは仲間に伝えた。彼は不審な顔をしていたが、「その時になればわかる」というメンヌヴィルの強い言葉に圧され、しぶしぶ納得してほかの仲間にも連絡をしにいった。
仲間をだます形となったわけだが、メンヌヴィルに罪悪感はなかった。そもそも利害の一致から協力していただけの連中である。あの女を焼き殺すという目的が果たせれば、メンヌヴィルにとって彼らはどうでもよい存在だった。
そして……翌日。
金髪の娘が働いていた酒場に手紙を届けたあと、メンヌヴィルは立ち会い場所である森の中に移動していた。
メンヌヴィル以外、この場には傭兵仲間が一人と、人質である金髪の娘だけしかいない。仲間には、ここで待ち合わせ人と「交渉」をするのだと伝えていた。もちろん訝しまれたが、どうせ今回の目的がバレたら関係も終わりなのだ。だからこそ、なかば脅迫するような形で、無理やりこの仲間を付き添わせていた。
「大将、本当に交渉なんて大丈夫なんですか? 相手が誰だか知りませんが、もし衛士なんかを連れてこられたら……」
「オレに焼かれたくなかったら、黙っていろ」
愚痴る仲間に、メンヌヴィルは冷たく言い放った。仲間はそれで口を噤んだ。命令を聞かなければ、本当に殺されることを理解しているのだろう。
メンヌヴィルは、己の杖を握りしめた。得物は無骨なメイスだった。これで敵を殴り殺したこともあるが、やはりメインは炎の魔法である。メイジから平民まで、男から女子供まで、人間から亜人まで。どんな相手も平等に焼いてきたし、その回数は数えきれないほどだった。
そうして磨いてきた技術を、ここで最大限に発揮させる。そして、あの女を焼くのだ。焼き殺すのだ。復讐という名の炎で。
メンヌヴィルの心のうちで、激しい憎悪の感情が燃えていた。強い感情こそが、魔法の源である。かつてないほどの魔力が体に巡るのを覚えながら、メンヌヴィルは静かに立っていた。
ふいに、風がそよいだ。
メンヌヴィルは、ぶるりと震えた。それは歓喜だったのか、恐怖だったのか、それとも両方か。いずれにしても、一つだけ理解することができた。
――あの女が、来た。
風に乗って、忘れもしない匂いが鼻孔をつく。メンヌヴィルは口を笑いに歪めた。ようやく、念願が叶うのだ。
「レティシア、さん……」
手足を縛られている人質の娘が、そんな名前を呟いた。そうか、レティシアか。それが、あの女の名前か。
向こうから歩んでくる女騎士――レティシアの姿を見つめながら、メンヌヴィルはますます口元を歪ませた。
「た、大将ッ! あいつら、メイジじゃないですか!?」
隣にいた仲間が混乱した様子で叫ぶ。
たしかに、目的のレティシア以外にも、連れが二名いるようだった。そのどちらも杖を携えていることから、メイジであるとわかる。
メンヌヴィルは、その二人の顔に注視した。片方は、あの時の喫茶店にいた栗毛の青年。もう片方は――
その人物が誰なのかに気づいて、メンヌヴィルは眉をひそめた。それは昨夜、金髪の娘を拉致する際に、邪魔しに入ってきた銀髪の小娘だった。だが、あれは炎球の爆発で重傷を負わせたはずだ。それなのに、ああして顔に傷一つないというのは……水の秘薬か何かで、完治させて戻ってきたというのだろうか?
――まあ、どうでもいいことだ。
メンヌヴィルは小さく首を振った。どうせ実力は大したことのなかった小物だ。いくら回復してきたって、また燃やせばよいだけである。
「大将、どうするんで――」
「黙れ」
メンヌヴィルは、喚く仲間に杖を突きつけた。
「人質がいるだろう。お前はそいつにしっかり剣を宛がっておけ。その間に、俺がアイツらを一匹ずつ焼いてやろう」
苦渋の表情を浮かべる仲間だったが、この状況ではそれしか方法がないと理解したのか、メンヌヴィルの言うとおりに小剣を金髪の娘の首に擬した。
メンヌヴィルは改めて、レティシアのほうに向きなおった。
「久しぶりだな。逢いたかったぞ……お前に」
「きみは、メンヌヴィルだな?」
ほぼ確信した声色で名前を言い当てられて、メンヌヴィルは一瞬ながら驚きを顔に出した。あれから十五年経って、外見もかなり変わっていたはずである。それでも判別できたというのは、我ながらに意外なことだった。
「覚えていてくれたのか? 嬉しいじゃないか」
「アニエスを解放してもらおうか」
メンヌヴィルのことなど興味ないとばかりに、レティシアは言い放った。あの金髪の娘がアニエスという名前なのだろう。
自分を軽視するような態度に鼻を鳴らしてから、メンヌヴィルは言葉を続けた。
「そう焦るな。手紙にも書いてやっただろう? ――オレと決闘をしろ」
「ふむ、よかろう」
顔色一つ変えずに答えるレティシアに、メンヌヴィルはさらなる憎悪を募らせた。そうして余裕ぶっていられるのも、今のうちだ。すぐに焼き殺してやる……。
心中で暗い炎を滾らせているメンヌヴィルを余所に、レティシアはいつもと変わらぬ涼しい顔で声を上げる。
「では、観戦者は一歩引いていただこうか」
「……ああ、そうだな。おい、下がっていろ」
メンヌヴィルの言葉の後半は、仲間に向けたものだった。二人以外の者たちは邪魔にならぬよう、それぞれ後方に退いた。
その場に残った双方は、十メイルほどの距離で対峙し、杖を構えた。いよいよ、待ちに待った、決闘という名の復讐の始まりである。
「こいつが地面に着いたら、決闘開始だ」
メンヌヴィルはエキュー硬貨を一枚取り出した。それを両者の中央へ向けて、指で空高く弾く。
木漏れ日に当たって煌めく金貨。昂揚した精神のおかげか、それの落下する映像がひどくスローモーションに見えた。
その一瞬間に、メンヌヴィルはレティシアの表情を覗いた。そこには、恐怖も焦燥も軫憂も見当たらなかった。ただ一つ、勝利の確信だけが表れていた。
金貨が着地する。
と同時に、メンヌヴィルは速やかにルーンを唱え、杖を振った。
詠唱が短いだけに、魔法は初歩的な火球の投擲だった。だがそれでも、憎悪の籠った炎は並々ならぬ威力を内包していた。
撃ちだされた火球がレティシアを呑みこむ直前――
暴風が唸りを上げた。
木の葉が吹き散るなか、メンヌヴィルは歯ぎしりをした。視線の先には、何事もなかったように立つレティシアがいた。
届かない。
あの程度の火力では、ヤツの風を打ち破れない。
もっと強力な炎を……もっと熾烈な炎を!
さらなる感情の昂りとともに、ふたたびルーンを唱える。
今度は球状の炎ではない。蛇のように地面を這い、敵の呑みこむ高熱の白炎だ。
メンヌヴィルの杖から放たれた炎の蛇は、弧を描きながらレティシアの側面へと襲いかかる。
だが――
「――強い炎だ。これほどの『火』の使い手を見るのは、久しぶりだな」
「オレも、お前を褒めてやるよ。お前のような『風』使いは、ほかにいない」
レティシアの“エア・シールド”の魔法によって、メンヌヴィルの魔法は完全にいなされていた。コントロールを失った炎の蛇は、レティシアの後方の木々に衝突し、周囲を派手に燃え上がらせる。
メンヌヴィルは薄く笑いを浮かべた。
「悪いな。山火事になりそうだ」
「……そうだな。大事になる前に、早く片をつけよう」
そう言ってから、レティシアは口元をわずかに動かした。ルーンを口ずさんでいるのだ。今度は防御ではなく、攻撃の魔法――こちらも対処しなければならない。
レティシアが杖を振ると同時に、メンヌヴィルは姿勢を低く構えた。飛来する風の音――速いッ!
横に跳んだのは、ほぼ反射的な行為だった。一刹那遅れて、先程までメンヌヴィルがいた地点を死の風が駆け抜ける。そして聞こえるのは、槌が樹木をへし折る轟音。――“エア・ハンマー”だ。それも異様に疾く、強力な。
だが、呑気に驚愕している暇はない。メンヌヴィルは地面を転がりながら詠唱し、立ち上がりながら杖を振った。
炎は真っ直ぐに進み、狙いどおりに目標を焼き払った。
「……なんのつもりだ?」
レティシアが冷めた口調でそう尋ねた。その視線の先には――メンヌヴィルがたったいま炎上させた木々があった。
「おっと、許してくれよ。手が滑ったんだ。わざとじゃない」
メンヌヴィルはおどけた仕草をしながら嘯いた。
そう、魔法を放ったのはすぐ傍らにある木に対してだ。炎の塊は幹に当たると同時に拡散し、隣接する木々にも引火する。
燃え広がる炎を横目に見ながら、メンヌヴィルさらに言葉を続けた。
「お前ほどのメイジなら、よく理解しているはずだ。戦いにおいて勝敗を決めるのは、それぞれの持つ魔法の技量や魔力の強さだけではない。たとえば――」
「地形や状況にも大きく影響を受ける、ということだろう?」
「……そうだ、言うまでもないことだったな」
雨が降っていれば、水メイジはすぐさま水を集めることができる。土壌が柔らかければ、土メイジは造作もなく土を操ることができる。風通しがよいところであれば、風メイジは自在に風を吹かすことができる。そして――
「火メイジのオレにとって、近くに炎があることは最高の条件だ」
そう、だからこの場を選んだのだ。可燃物が大量にある「森」というフィールドは、火メイジにとって非常に都合がよい。一度、火をつければ勝手に燃え広がってくれる。そうして得られる炎を利用すれば、大した精神力を要せず強力な攻撃を加えることができるのだ。
「悪く思うなよ。地形をどう活かすかということも、実力のうちだろう。――それとも、騎士さまはこういう戦法はお嫌いかい?」
茶化すように、メンヌヴィルは言葉を投げかける。だが、これも一つの戦略だ。会話を長引かせれば、それだけ火事は大きくなる。それはすなわち、メンヌヴィルにとってさらに有利に傾くということでもある。
「いいや、気にしないさ。私もきみの意見に同感だ。地の利をどれだけ活かせるかも重要だろう」
レティシアは相も変わらず、涼しい顔で返答する。この状況でも、焦った様子は少しも見当たらない。本当に余裕なのか、それともただの虚勢なのか――
……いいや。
メンヌヴィルは後者の考えを否定した。
虚勢などではない。十五年前も、そして今この時も、この女は変わらない。自らの力に絶対の自信を持っている顔をしているのだ。
――ああ、本当に腹の立つやつだぜ。その顔面を焼き焦がしてやりたい。
黒い感情が湧きあがる。それは純粋な憎悪だった。かつて抱いたことのないほどの、昏く燃え盛る憎悪。そして、それは――強力な炎となる。
「……ふざけるなよ」
メンヌヴィルは杖を掲げた。周囲の火炎を取り込みながら、巨大な火の球が形成される。当たれば一瞬で全身が炭化するような、凶悪な業火だ。もはや直撃せずとも、掠っただけで致命傷を負わせられるレベルだろう。
勝てる。この炎ならば、この女の風を打ち破れる。その確信があった。
「――もう命乞いもできんぞ」
「命乞いではないが、一つ質問がある」
唐突に、レティシアはそんなことを言いだした。一瞬、メンヌヴィルは面食らってしまう。誰がこの炎を前にして、質問などというものをしてくると思えようか。
メンヌヴィルが言葉を考えているうちに、レティシアは勝手にその質問とやらを口にした。
「――お前は、どれだけの人を殺してきた?」
……予想外だった。そんな間抜けなことを、どうして聞いてくるのか。それを知ったところで、どうなるわけでもないというのに。
――だが、まあ。
答えて構わないだろう。メンヌヴィルはそう判断した。質問への回答、それが冥途の土産だ。
メンヌヴィルは、にいっと口を歪ませた。
「――数えきれないほど、だ。人間も、亜人も、貴族も、平民も、男も、女も、大人も、子供も……多すぎて覚えちゃいないさ。オレにとって、人を焼くのは狐狩りをするのと同じことだ。狩った狐の数を正確に思い出すのはむずかしいな。……そんな答えで満足か?」
「ああ、十分だ」
レティシアは短く口にして頷いた。そして、
「――お前は変わらないんだな、メンヌヴィル」
その言葉の意味がわからなかった。
……変わらない? まるで、以前から自分のことをよく知っているような口振りだった。だが、それはおかしい。かつてレティシアと会ったのは、十五年前のあの一件の時だけのはずだ。あそこでは、彼女に反抗した事実はあっても、メンヌヴィルの殺人を愉しむ性向の露呈はなかったはずだ。
ならば、これまでにレティシアはメンヌヴィルのことを調べていた? だが、その可能性は低すぎる。各国を渡り歩く傭兵団の一員を、わざわざトリステインの騎士がピンポイントでマークしていたとは思えない。
「……どういうことだ」
睨みを利かせるメンヌヴィルに、レティシアは肩をすくめるだけだった。時間稼ぎの戯れ言か、それともこちらを混乱させるための出鱈目か。いずれにしても、無駄な足掻きには違いない。
――さっさと、終わらせてやろう。
メンヌヴィルの杖の先には、もはや球と呼びがたいほどに膨れ上がった炎の塊があった。これを敵に向けて振り下ろせば、炎はその巨体を広げて目標に突進するだろう。仮に対象が避けようとしても、この魔法には強力な誘導性が備わっている。さらに対象近くで爆発して炎を撒き散らすようになっているので、直撃せずとも爆風と爆炎で即死させることが可能だ。
いかにあの女騎士といえども、これを防ぐことはできまい。
「――きみは忘れているようだが」
不意に、レティシアはそんなことを口走った。メンヌヴィルが意識を向けた時、彼女はすでにルーンを唱えて杖を振るっていた――恐ろしい速度で。
「火の魔法を扱えるのは、火のメイジだけではない」
レティシアの杖の先に、炎が集まっていた。
その手法はメンヌヴィルとまったく同じだった。付近の燃え盛る炎を利用しているのだ。
――ばかな。
レティシアの言ったことは正しい。自分の系統以外の魔法も扱えるのは、基本中の基本だ。メンヌヴィルも、「火」とは正反対の「水」でさえ、初歩的な魔法なら行使することができる。
だが。
だが――こんな、ばかなことがあっていいのか。
メンヌヴィルの視線の先には、風メイジが造りだしたとは思えないほどの強力な炎の塊があった。
「お前は……風の系統じゃなかったのか!?」
動揺を隠しきれなかった。別系統のメイジが、本職の自分と同等――あるいはそれ以上の練度で火を操ったのだ。それは常識から外れた行為だった。
両者にランクの差があったのなら、まだ理解できる。だが、メンヌヴィル自身がトライアングル――それもスクウェアに迫るクラスのメイジなのだ。いくら女騎士が並外れたスクウェアメイジであろうと、メンヌヴィル以上の火の操作は至難のはずだった。
「そうだ。私の系統は風だ。だから――」
レティシアは杖を横に振った。
その瞬間、森が騒めいた。強い風が吹き荒れたのだ。
「火だけではなく、風も使わせてもらおう」
その言葉を発した時には、すでにレティシアの前には巨大な炎の渦ができあがっていた。尋常ではない魔法の形成速度だった。どれだけの魔力と精神力があれば、このレベルに達することができるというのか。メンヌヴィルは、この女騎士を既存のメイジの型にはめて考えていたことを後悔した。
「く、そッ!」
焦燥と恐怖。それらに支配されながら、メンウヴィルは自らの杖を振り下ろした。
撃ちだされる炎塊。本来ならば、それが向かう先にはレティシアがいるはずだった。
だが、いま、メンヌヴィルとレティシアの間にあるのは――
炎を宿した、巨大な竜巻だった。
並みのスクウェアスペルを凌駕すると形容しても過言ではないほどの、そびえ立つ灼熱の竜巻。
その強大な壁に、メンヌヴィルが造りあげた炎が激突する。
結果は――
「そんな……」
呑みこまれた。
メンヌヴィルの炎は、レティシアの風に引き裂かれ、彼女の炎に食い消されてしまった。
「そんな、ばかな……」
憮然と呟く。もはやその時には、避けようがないほど竜巻が接近していた。
風が身体を切り裂き、炎が血肉を焼き焦がす。
死の顕現に蹂躙されるなかで、最期にメンヌヴィルは彼女の声を耳にした。
「炎に焼かれて死ぬがよい、『白炎』よ」