ヨルムンガルドを倒せば両用艦隊は撤退するのかと思えばそうではなく、どう見ても依然数の上ではガリア側のほうが勝っていた。国境付近のロマリアの部隊があのヨルムンガルドに一掃されてしまったことでロマリア軍も疲弊しているのだ。更に言えば相手はガリアの精鋭部隊であり、ロマリアは些細な抵抗で彼らの荷物を駆逐したに過ぎなかったのである。「どういう事だよ!?あの化け物を倒せばあいつ等は降伏するんじゃないのか!?」マリコルヌが喚く。水精霊騎士隊の面々は現在、ルイズを連れて撤退中である。ギーシュやルイズは魔法を使った事で疲労が激しい。現在の部隊を指揮するのはレイナールとマリコルヌの二人だった。「あの化け物はあくまで一兵士でしかなかったって事だよ!ガリアは本気でロマリアに戦争を仕掛けてきたってことさ!」「まだ勝敗は分からないって事か・・・!クソ!」聖堂騎士の一人が歯軋りしながら空を見た。ガリアの艦隊にロマリアの艦隊は押され気味である。ロマリアの包囲もガリア艦隊にとっては壁にすらならないという事なのか?「聖戦か・・・ねえ、レイナール」「何だ?マリコルヌ」「聖戦で人間が得たものってこれまで何かあったかな・・・?」「いいや。歴史を紐解けば、損ばかりしてるよ」「じゃあ、何のために聖戦なんてするんだろう?」「さあ?そんなの知らないね。どちらかが全滅するまでやる戦いなんて正気とは思えないと僕は思うから、聖戦を発動する者の気持ちなんて僕が分かる筈もない」だが、聖戦は始まった。レイナールの言う正気とは思えない戦い。かつてハルケギニアの人類は聖戦で数多くのものを失ってきた。命、財産、家族に友人・・・失うものが多すぎたため、割に合わないとして長年聖戦はなかった。それが自分達が生きている時に行なわれるとは。「本当に割に合わないね、全く!」「文句をいう前に艦隊戦に巻き込まれないところまで退くぞ!」ルイズはロマリアの戦艦がガリアの両用艦隊によって撃沈される所を現実味がない感覚で見ていた。神の地といわれるロマリアの戦艦はガリアの錬度高き戦艦に落とされていった。何が神だ。何が奇跡だ。何が神に与えられし力なもんか。現実は自分はその神の力とやらを使ってヘロへロになってしまっているではないか。信仰心など戦場では何の意味もないではないか。何が聖戦だ。聖なる戦いとか響きはいいがやっている事は普通の戦争より性質が悪いじゃないか。相手もこちらが聖戦気分で来ている以上慈悲など向けないだろう。「どうして・・・私がこんな馬鹿馬鹿しいことに参加しなきゃならなかったんだろう」正直、エルフとの戦争なんて御免である。やりたいならロマリアの教皇だけでやれば良かったじゃないか。自分の魔法の属性が虚無であるばかりに聖女と祭り上げられて命を狙われ・・・。自分の特異な力は利用される運命であるのか?利用されるだけされて自分は道化のように死んでいくのか?「そんな馬鹿なこと・・・許せる訳ないじゃない」利用されるのは断じて許せない。私はラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ。私は利用する側に回ってやるのよ!だからこんな所でへたばっている場合じゃないのよ!ルイズは歯を食いしばり上空の艦隊を見上げた。そして杖を握り締めて、鼻息荒く呪文を唱え始めた。身体の中の力が抜けていく感覚がする気がした。「・・・!?ちょっと、ルイズ!君は休んでなきゃいけないって!」マリコルヌが慌てて言うがルイズは無視してガリア艦隊に向けて杖を振ろうとした。だが、その振り上げた手はギーシュによって阻止されていた。肩で息をする水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンはルイズを睨みつけながら言った。「そんなヘロヘロの身体で、君は何をしようとしていた?」「離してよ。もしかしたら戦艦一隻ぐらいは・・・」「戦艦を撃沈するほどの威力の魔法をその状態でぶっ放そうとしてたのかい、君は?命はもっと大事にすべきだね」「聖女なんて祭り上げられて、敵艦一隻落とせないようじゃ駄目だとは思わない?」「思わないね。聖女様を敵前にさらすほど馬鹿な行為は紳士たる僕らは嫌う事さ。聖女の君は後ろで応援したりしてればいいのさ・・・」「お生憎さまね、私はそのような真似はしないわ。皆で戦って、皆で勝ちたい・・・だから・・・私も戦うのよ」ルイズはギーシュの手を振り解いた。そのまま杖を振り下ろすかに思えたが、彼女はそうはしなかった。「でも、命を大事にするってのは同感よギーシュ。今は無駄な力を使う前に回復を図るべきだったわね」悔しいが今の自分では戦況を一変させるほどの能力はない。「神の力か・・・戦ってるのは人間なのにね」教皇は虚無の力を神が与えた力だと言った。それを行使できる自分達は神の使いとでもいうつもりなのか?確かにあの教皇は美男子だし何処か神々しい。だが自分とティファニアに神々しさなどあるのか?確かに申し訳ないがこの美少女っぷりは神レベルかもしれない。ティファニアの胸部は神の悪戯としか思えない代物である。しかし、それは虚無のおかげだと言うのか?ルイズは空を見上げる。聖戦はまだ始まったばかりである。ド・オルエニールの達也の屋敷。エレオノールの帰りを待つ事を理由にカリーヌ達はこの屋敷に居座っている。だがこの屋敷にいるのはシエスタと真琴のみである。この二人はカリーヌ及びカトレアに含むものなど何もない。シエスタは現在、カトレアの看病(?)をしている。エレオノールの幸せを願わぬ妹は血を吐いて現在療養中であるのだ。従って現在カリーヌは達也の妹である真琴を観察中である。一方の真琴は別にカリーヌを接客する必要はないので自由に振舞っていた。具体的にはカリーヌに食べてもらおうとシエスタが出したクッキーを普通に食べてしまっていた。その食べる姿は小動物のようだったためカリーヌはクッキーを食べられた事よりその光景に和んでしまっていた。この辺はルイズの母親であるといわざるを得ないが密かに毒見をさせるつもりで真琴を利用していたのは流石彼女と言える。その結果クッキーは全て真琴に食べられてしまい、カリーヌは内心悲嘆に暮れていた。「流石は婿殿の妹と言うべきか・・・!」彼女の中で達也はどんな存在になっているのであろうか。その達也の妹は現在鍵の束を持って何処かに行こうとしていた。一体来客を置いて何処に行こうというのだろうか?カリーヌは興味を持って真琴が向かう場所・・・屋敷の地下に向かった。真琴は兄のお屋敷の地下を見つけて以来、来るたびに探検に勤しんでいた。この屋敷は何だか探検するには十分なほどの広さがあり、更に何故か謎解き要素もあり、彼女の好奇心を刺激しているのである。「えっと、ここはこの前開けたから、今度はこっちに行ってみようっと!」おおよそ慎重などという単語を知らぬが如く真琴は先へ進んでいく。その速度は密かに周囲を警戒しながら進むカリーヌが見失ってしまうほどの速さであった。それは一体どういうことだろうか?そう、カリーヌは見知らぬ屋敷の地下で迷ってしまったというわけである。「さ、流石は婿殿の妹・・・!この私を煙に巻くとは・・・!しかし迂闊でした・・・尾行に夢中で帰り道が分かりませんよ、参ったなー(笑)」長い廊下を歩きながらカリーヌは頭を掻く。おおよそ公爵夫人の行動ではないが彼女の実家は貧乏貴族である。たまには素が出てこんな行動をしても仕方ないな。多分。「質素に見えたのは見掛けだけというわけですか。内部はこのような構造になっているとは・・・」全く彼といい彼の屋敷といい自分を驚かせてくれる。彼の住む世界には彼のような面白い人物だらけというのだろうか?ルイズは彼を本気で故郷に帰す気でいるようだ。彼には恋人がいるから・・・彼には彼の生活があるから・・・。その気持ちは分からんでもないが、彼がここの生活を選ぶ事もあるのではないのか?彼はここで様々な縁を得た筈だ。それを全て捨ててまで彼は自分の故郷に帰ると言うのか?カリーヌはカリーヌで達也が元の世界に帰ることを考えている。個人的にはエレオノールかカトレアをどうにかして欲しいと親心に思うのだが、彼には既に恋人がいるそうだ。「まあ、恋人がいようがそんな事はどうでもいいんですが」要は世継ぎを作るだけでも全く構わんのだ。既に結婚適齢期をブッちぎった長女とブッちぎりそうな次女が心配なのだ。貴族の娘はその性質上、世継ぎも造らなければ屑のような扱いである。それはあんまりではないか。自分とは違い戦場で大暴れできるようなタマではないし・・・。ルイズのように女王陛下とのコネがあるわけでもなく。確かに自分は女王の母親のマリアンヌとはそこそこ仲はいいので、歳も近いルイズは運が良かったと言わざるを得ない。「貧乏貴族同士で結婚していたらこうはいかなかったでしょうね」虚無の力がルイズに現れたのもラ・ヴァリエール家が王家に縁ある一族だからである。自分はただの貧乏貴族出身の女だからな・・・。家の力が彼女達を悪意から守っているのだ。それについては幸運であるといえる。だが、それ故にルイズは虚無などという訳の分からない力に振り回される事になったのだ。それはもしかしたら不幸ではないのか?虚無などに目覚めなければ、せめて普通の属性の魔法に目覚めていれば、普通に健やかに生きていけたのかもしれない。そんな親らしい事を考えてはいるが、依然カリンちゃんは迷い道をクネクネしている状態だった。扉を開け、階段を降りて、穴に落ちて、水路を抜け、また扉を開けて・・・。そんな事を続けていたら、カリーヌは何故か屋内の筈なのに花が咲き乱れている場所に出た。その場所の中央には墓石が一つあった。「何々・・・?『根無しとしとその妻、此処に眠る』?墓ですか・・・元々この墓の主が作ったのでしょうか?」カリーヌはもっとこの墓を調べてみようかと思い、墓石に触れてみた。「!?」すると墓石が突然輝き始め、突然その空間は夜中になったかのように暗くなり、咲き乱れる花からは小さな光が出てきていた。「何かの仕掛け?」警戒するカリーヌ。目の前の墓石の上からぼんやりと何かが映り始めた。それは人の形を作る。茶髪で長い髭を持った男だ。その男は椅子に座った状態で口を開いた。カリーヌはその男に触れられないかと手を伸ばしてみたが、触れられない。幽霊のようだと思ったが、そんな不気味さは感じない。『ご先祖の墓参りに来てくれた殊勝な子孫たちへ。私の姿を見れているという事は私の血を受け継ぐ者たちが私と愛妻の墓石に触れたという事だろう。先祖を供養するというその気持ちは立派である。私は『根無し』のニュング。人は俺を何かニュング・フォン・ド・マイヤールとか呼んでるがそりゃ息子に冗談で言った名前だ。俺はただの根無しだ。だが、その根無しのご先祖の墓参りに来てくれたのは大変嬉しく思う。褒美を取らせたいところだが、俺の魔法は少々特殊でな。ブリミルの開発した魔法を使う奴には効果はないそうなんだ。まあ、一応贈り物はしてやるが、大抵何も起こらないから期待するなよ?』おい、ちょっと待て。今この幽霊映像は何と言った?先祖?子孫?一体何のことだ?『何年後か知らないがこの俺の贈り物を最大限に贈られる幸運な子孫に有難いお言葉を言ってやろう』ニュングは優しい目をしながら語る。『我が子孫よ。その力は決してゼロ等という無粋なものではない。俺は思うのだ。その力を使うのは人間。ならばその力を虚無とせんとするのもまた人間であると。お前のその力は何かをゼロにしてしまう力を秘めているやもしれん。それほどの力かもしれない。だが、俺はそんなのは認めない。人の可能性は無限大である。分かり合えないといわれた異種族間の関係など俺にとっては訳がないものだった。その力を神から貰ったものとして神を気取り虚無と為すか、その力を人の力として可能性を追求し無限と為すかは使うお前次第だ。人の可能性、俺はそれが破壊だとは断じて思えない。創造こそ人の可能性を育むものだと私は信じている。お前がその力に可能性を求めるならば、俺はその力を未来の為に使うことを望んでいる。人を助けるは人の力である。それを忘れるな・・・』ニュングの映像は光の粒子となって消えた。同時に辺りも明るくなった。「・・・今のは一体・・・?」その前に貴女は早く上に戻る方法を考えるべきなのでは?その現象は突然起こった。正気を疑われるかもしれないが右目と左目で見ている光景が違うのです。俺は立ちくらみのような猛烈な不快感に襲われた。右目はフィオ達を映しているのに左目は無数の艦隊を映している。だが瞬きを何回かやったら元に戻った。「どうしました?達也君」「今、左目に無数の艦隊が見えたんだが・・・」「思春期特有の悪い病気の患者だったんですね、達也君」「中二病扱いするんじゃねえ!?」「タツヤ、もうここには敵はいないようだしそろそろ戻る?艦隊と戦うルイズたちも気になるわ」「戦車は対空能力はあんま期待できないんだがな・・・」「・・・ふむ。話を聞いていれば要は空を飛べればいいんですね?その塊が」「・・・は?」「むっふっふっふ。伊達に長くは生きていませんよ達也君。私の熟成された術に感動して惚れ直すがいいです!」「惚れる?誰が?」「あっはっは、いやですねぇ~女の私から言わせちゃうんですか?」「そうか、フィオ。知らなかったよ」俺がそう言うと、フィオは照れた様に顔を赤らめた。「ようやく理解できたのですね!」そう言って両手を広げるフィオ。「お前、相当のナルシストだな。自分に惚れ直すとか」「分かってて言ってるでしょう!?分かってて言っているでしょう!!!??」地団太を踏むフィオは半泣きである。ゴメン、ちょっとイラっとしたからついやっちゃったんだ!俺はキュルケたちに向き直って言った。「そんじゃあ、戻るか。どうなってるかは知らんが」キュルケたちは頷く。俺はTK-Xに乗り込み、ハッチを閉めようとした。が、その瞬間どうやったのかフィオが滑り込んできた。定員3名の戦車に5名を乗せるとか窮屈ってレベルじゃねぇ!!「フハハハハハ!私がいなければこの戦車は空中戦ができないのですよ、達也君!そしてこの狭い空間・・・あとはわかるなって痛い!?」俺は修道服を着た耄碌ババアに愛の鉄拳をお見舞いした。「うえ~ん、この人こんなか弱い女をぶちましたよ皆さん!?」「アンタのようなか弱い女は存在しないわ」キュルケが冷徹に吐き捨てるが、フィオは意に返さぬように言った。「いるじゃないですか。私が」「お前のその自信は何処から来るんだ」「今の私は夢と希望と愛の塊です。正に至福の化身といっても過言ではないでしょう」「厄介ごとの化身ですよね、お前」「素敵です、達也君。私と苦労を分かち合うと言うのですね」「耳までおかしいのかテメエ!?」ぎゅうぎゅう詰めのTK-Xはひとまず戦場へと戻っていく。もう戦闘が終わっていたらこの馬鹿を縛り上げて湖に沈めようと俺は密かに思うのだった。ルイズは自分の体力が段々戻っていくのを感じていた。息切れもしない、呼吸も正常である。誰かが水魔法をずっとかけていてくれたせいか?いや、水魔法では魔力は回復しない。まあ、これでひとまず爆発の一撃は与えられるかもしれない。ギーシュは未だぐったりしているし、ロマリア側もまだ劣勢である。嫌がらせ程度に一発ぶっ放すのもいいんじゃないか?やっぱり。そう思ったルイズは杖を上空の艦隊に向けた。「ルイズ・・・君は同じ事を・・・」「大丈夫よ、ギーシュ。死にはしないから」「え?」「ロマリアはどうでもいいけど、私を狙うなんていい度胸ね!舐めんじゃないわよ!」そう言ってルイズは杖を振り下ろした。その瞬間、ルイズの視界に映っていたおおよそ三十隻のガリアのフネの目の前で爆発が次々と起こった。その光景を唖然として見るルイズ達。墜落していくガリアのフネ。それに動揺したのか艦隊の隊列が乱れていく。「・・・だ、大惨事じゃない?」「こ、これは一体・・・」「見ろ!我が艦隊が押し始めたぞ!」「奇跡だ!やはり貴女は聖女だったんだ!」「・・・ふ、ふふん。やはり私は土壇場で力を発揮する女だったわね。自分の才能が怖いわ」「そういうのはピンチになる前に発揮してくれないかい?」ギーシュの正論にルイズは渇いた笑いを出して誤魔化した。混乱の最中、撤退を始めるガリアの艦隊。達也達が戻った時にはロマリア軍が勝ち鬨をあげている時だった。(続く)