"キャトルミューティレーションされた牛"になったデュマ様は、すでに瀕死だった。
グッドマン人形 → 人 → 仔犬 → キャトルミューティレーションされた牛である。
虚ろな目で目の前のラリカを見据えるデュマは、かすれた声で話し出す。
「み・・・見るがいい。これが・・・我が第3の変身よ・・・。」
矢の刺さった仔犬の時のほうが、まだ元気そうだった。
これは明らかに失敗である。
「血・・・血が足りねぇ・・・」
呻くデュマを後目に、ラリカは一歩づつ距離を空けはじめる。
「あ、あの・・・。私用事があるのでこれで・・・。」
仔犬の時は逃げたら追って来そうだったが、この牛ならその心配はなさそうだ。
尻尾を動かす力も残ってない。
離れた位置でデュマが何か訴えているようだが、もうラリカには聞こえない。
茂みに入り、視界からデュマが消えたところでラリカは走り出した。
早くこの島から脱出しなくてはいけない。
流石にあの状態の牛に止めを刺すことは気が引けたが、あの男はあと2回ほど変身できるはずである。
うかうかしている暇はなかった。
これ以上、こんな奇怪な島、いやあの奇怪な生き物のいる島に留まることはできない。
ガッ!!
必死で走っていたために、地面の突起に気づかなかった。
勢い良く地面に倒れ混んでしまうラリカ。
幸運にも下は雑草に覆われていたため、怪我はしなかったものの、倒れこんだ衝撃で一瞬息が止まる。
「・・・うぅ。」
よろよろと立ち上がり、足を引っ掻けてしまった場所に目をやる。
「ッ!?」
目を疑った。
ありえないはずのモノがそこにいたのだ。
「血が足りねぇよぉぉ!」
相変わらずか細い声で呻いているものの、ラリカにとってソレは恐怖だった。
あの場所からは確かに離れたはずだった。
ここに、ヤツがいるわけがない。
あまりの衝撃に、その場にへたり込むラリカ。
「な・・・なんで!?」
「血が・・・。」
「血が足りねぇよぉ!!」
そう、そこにいたのは紛れもなく"キャトルミューティレーションされた牛"だった。
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「ハァハァ・・・。」
急に現れた"キャトルミューティレーションされた牛"から、離れること数分。
ラリカは浜辺へ向かってひたすら走っていた。
立ち止まらずに行くと、ようやく見慣れた浜辺が見えてきた。
このまま船に・・・。
安堵し、足を止めた時だった。
「・・・りねぇ」
「!?」
「血が足りねぇ・・・。」
間近で聞こえるあの声。
信じたくない。
信じたくないが・・・。
ラリカは声のする方、そう自分の足元を恐る恐る見やった。
「うああぁぁあ!!」
叫び声を上げ、ラリカは地面にへたり込む。
そう、彼女の足元にいたのは・・・。
"キャトルミューティレーションされた牛"
「血が足りねぇよぉ!!」
相変わらず生気のない声で繰り返してはいるが、それが恐怖である。
確かに逃げたはずだった。
離れるとき、確かに遠くにいたはずだった。
それなのに、なぜここに動けないはずの"キャトルミューティレーションされた牛"がいるのか。
「う・・・ぁああ。」
声にならない呻き声を上げ、へたり込んだまま後退るラリカ。
「血が・・・血がたりねぇよ!」
船まであとほんの少しなのに、恐怖で体が前に進まない。
「なんで・・・、なんでアナタがここに・・・。」
ようやく言葉を発したラリカに、"キャトルミューティレーションされた牛"が呻き声を止めた。
そして、ゆっくりと語り出した。
あの忌まわしい出来事を。
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ある日、一匹のモグラがいた。
モグラの名前は"スウィート・ダディ"。
モグラの中では良くある名前らしい。
スウィート・ダディ(略してSD)は、ふとした事から"海"という存在を知ることになった。
SDの縄張りは海岸沿いだったらしい。
それからSDの夢は"海"に行くことになった。
"海"がどんなモノなのかは仲の良い小鳥①が教えてくれた。
"海"の味は好敵手の小鳥②が教えてくれた。
だが、どれだけ話を聞こうと自らが体験しなくては満足できない。
SDの好奇心は高まる一方だった。
月日は経ち、立派な大人に成長したSDはついに決断する。
"海"に行く!と。
反対する仲間兄弟を押しきり、SDはひたすら掘り進む。
そう、SDは知っていたのだ。
自分の命があと僅かであること、そしてここで決断しなければ、恋い焦がれた"海"を感じることができないことを。
そこからSDの冒険は始まった。
縄張りの外は、もう興奮の連続だった。
出会ったことのない餌や触れたことのない土。
"海"に行ければそれで良かったSDの心は、いつの間にか"海"までの道のりを楽しむようになったのだ。
そう、結果ではなく過程を。
だが・・・
SDは決定的な間違いを犯していた。
まっすぐに"海"に進んでいたはずが、実は逆に進んでいたのだ。
気づいた時には、もう遅かった。
引き返すにはもう、SDに残された時間は足りなかったのだ。
SDはそこで決断した。
これ以上、生き恥を晒すわけにはいかない。
死すならば戦いの中で !!
SDが挑んだのは動物でも虫でもない。
真上に広がる死の空間(地面)、その先にある邪光。
そう、"太陽"である。
地中で勢いをつけ、その巨大な前足で"太陽"に向かって飛び出したのだ。
そして・・・
SD、いやスウィート・ダディは干からびて死んだ。
つづく
【知恵袋】
キャトルミューティレーションとは
アメリカにて、家畜の不可解な死亡報告が多発。
レーザーを使ったような鋭利な切断面があったり、血液が全て抜き取られているなどの異常性の他、
この前後に未確認飛行物体の目撃報告が複数あることもあり、人間ではなく、
宇宙人の仕業ではないかと騒がれたもの。
ググるとちょっと気持ち悪いので気を付けたほうが良いよ♪