ステラ・ララの場合 ―決闘の日の夜―
「ケティ、ミスタ・グラモンと仲直りしたんだってさ~ってほらステラ聞いてるの?そんな顔してないでこっちおいでよ」
日が落ちてから大分経った頃、女子寮のステラの部屋でララはドアを開けて立っているステラに、部屋の中から声を掛けた。
「・・・・なんで・・・」
別にララがいることになんも不思議はない。今日の夜は一緒にお酒を飲もうかと誘ってきたので、夕食後に自分の部屋に来てくれと言ったのは自分だ。
自分は兄の花壇の世話をしてから戻るといって部屋の鍵を渡したのは覚えている。だからララが部屋にいることになにも驚きはしない。
問題は…
「ほら~ステラ~早く飲みましょうよ~いいお酒入ったのよ~?」
そのララの隣の椅子に座っている、自分と同じ紅く長い髪を垂らしている姉がいることだ。
「なんでマーガレット姉様がここにいるのですか!?」
「いやさ?一人で飲むのも寂しいじゃない?だれかいないかなって思ったら教室でアンタが昼休みの決闘に乱入したって聞いたじゃない?それを今日のつまみにでもしようかな~って来たワケ」
そう言ってマーガレットは自分の横の床に置いてあった酒の瓶を次々とテーブルへと置いていった。
明らかに手では抱えきれないであろう量の酒瓶は、一本一本テーブルに置くごとに中の液体が波打った。マーガレットは嬉しそうに酒瓶を並べながら嬉しそうに言う。
「いろいろ持って来たんだから~。「タルブのしずく」でしょ~?「スヴェル」の赤の10年ものに~あ、あと「妻ごろし」なんてのも・・・」
「またこんなに買い込んだのですか姉様!!というかどれだけ飲む気なんですか!?」
半ばあきれた様な声で、ステラはマーガレットに詰め寄る。
どうやら既に飲んでるようで、ステラの大きな声も関係なしに上機嫌なマーガレットは隣に座っているララの肩に腕を回した。
「いいじゃないの~ステラ。あなたももう15歳。少しは徹夜で飲むということを覚えなきゃ!ララちゃんと一緒に今夜はみんなで飲み明かしましょ!!」
「あなたは毎日飲み明かしてるでしょうが!!ララ、一体いつ姉様が来たのですか?アナタと別れてからそれほど経ったとは思えませんが…」
ステラはララの方へ目を移した。ララは口の端を少し上げ、苦笑いを浮かべた。目の端ではマーガレットが「はじめはやっぱりワインから?それだとこれから・・・」などと言いながら悩んでいる。
「いんや~ステラ…私がワイン持ってアンタの部屋行ったらさ、マーガレットさん部屋の前に座っててさ…「アンロック」だと鍵壊れるからって一緒に入れてって…」
ステラはそれを聞いてフゥとため息をつくと、分かりましたと言ってララに手を差し伸ばした。
ララは既に制服から着替えた私服のポッケから部屋の鍵を取り出し、ステラへと返した。
鍵を受け取ったステラはそのままくるっと方向を変え、戸棚へと歩いていった。そんなステラの背中にケラケラと笑い声と共にマーガレットの声が聞こえてきた。
「優しいお姉さんで良かったわね~ステラ。そんな優すぃお姉さんにグラスを持ってきて?まずはこれから行きましょ。「メイドとの禁断の恋」から…」
ステラは戸棚から持ってきた3つのグラスをテーブルに置くと椅子へ腰掛けた。
ララが用意したのかテーブルにはいつの間にか白い皿が置かれており、上にはチーズやらハムが少し乱雑に盛られている。
「優しい姉が、妹にいかがわしい名前のお酒を出すとは思いませんが…全くどこから手に入れてくるのです?そんな銘柄のお酒」
マーガレットは相変わらずケラケラと笑いながら、「お酒を愛する私には自ずとやってくるのよ」と本気かどうか分からないようなことを言った後、栓を開けた。
「そりゃあアンタが悪いわ~純度100%。いくら友達だからって、男と女の話に他人が割り込んでも良くならないのよ~?」
ステラとララに決闘の事を聞いたマーガレットは、グラスに注がれたリンゴのお酒、シードルを飲み干した。
酒宴が始まって大分時間が経っているらしく、部屋には果実酒やワインの甘い香りが部屋を包んでおり、床には酒瓶がゴロゴロと転がっている。尤も、大半はマーガレットが飲んだものだが・・・
ステラは髪と同様に赤くなった顔を少ししかめてグラスを傾けた。
その隣から、顔を一番真っ赤に染めたララがいつもよりも大きな声でステラに詰め寄った。
「そうだよ~ステラァ~?アンタが杖抜いて広場に行っちゃった時はどぉ~しよ~って慌てたんだからね~?」
「まあ確かにそれは反省してますあなたにもケティさんにも迷惑を…ってあなたは飲み過ぎですララ!!どんだけ飲んでるのですかあなたは!?」
「だぁぁぁッてぇぇ~マーガレットさんの持ってきたお酒美味しいんだよ~?飲まなきゃ損だよ~これ」
呂律の回らない下を動かしながら、ララはステラに抱きついた。
基より酒癖の悪い彼女だとはステラは知っているが、今夜はさらに人格が破壊されているララはニャハハと笑いながらさらにステラに絡んでくる。
「ええい!!離れないさいなララッ!!」
ステラは必死にララを引きはがそうとするが、すっかり酔っ払ったララはまるでタコのようにしがみついてくる。そんな2人を見ながらケラケラ笑うマーガレットは、さらにステラに言葉を続けた。
「アンタ昔っからこう!って思っちゃうと誰彼構わず噛みついてたからね~全くそういう凶暴なトコは母様に似ちゃったんだから~」
しかめた顔をしたステラの顔がガクッと下に倒れた。
そんなマーガレットの言葉にくるっとララは振り返ると、新しいおもちゃを貰った子供のような目を向けながらマーガレットに訊ねた。
「へえええぇぇぇ~ステラってお母さんに似てるんだ~。マーガレットさん、やっぱりお母さんもステラみたいにキッつい性格なんですか?」
「そうよ~「茨のナターリア」って呼ばれていてね~二つ名の通りキッつい人なのよ~♪ステラったら母様のキッついトコ丸々貰って来たような感じなのよ~」
それをきっかけにマーガレットは次々とステラのコトについて語り出した。
ララも身を乗り出して聞き入っているが、気付くとステラがテーブルに突っ伏して体を震わせていた。
耳が赤く染まっているが、どうやら酒のせいだけではないようだ。
グラスの中のシードルを飲み干し、マーガレットはステラの方に視線を向き、
「まあ今度からはもう少し考えて行動しなさいよ~?お姉さん来年には卒業して嫁ぐんだし~。心配なのよ~」
マーガレットの言葉に、うなだれていたステラは静かにコクリと首を縦に振った。
その隣ではララが、いつもとは違うしおらしい彼女を見ながらにやにやと顔を綻ばせグラスを傾けた。
どうやら飲んでいたリンゴ酒の瓶も、空になったようだ。
「まあ反省したんなら今日はパーっと飲みましょ!!こういう時は飲めばすぐハッピーな気分になるわ!!」
そう大きな声で叫んだマーガレットはドンッとテーブルに琥珀色の酒瓶を置いた。
先ほどまで飲んでいた酒とは異なり、瓶には銘柄が刻まれても書かれてもいない。
ステラとララがいぶかしげに見ていると、マーガレットはゆっくりと瓶を動かしながら
「私作、オリジナル酒のひとつよ…まだ試したことないんだけど~まあ出来はいいと思うから飲んでみましょ?」
何処となく曖昧な口調で話しながら、マーガレットは瓶の栓を開け、瓶の色と同じ琥珀色をした液体を3つのグラスへと注いでいった。
彼女が何か言っているように口を動かしていたが、それよりもステラは酒でぼやけた頭に一抹の不安を感じ、グラスの近くに顔を寄せて少し臭いを嗅いでみた。別に変な臭いはしてこない。
ララが上機嫌な顔をしながら、グラスを片手に、ステラの肩に手を掛けた。
「マーガレットさん作のお酒だってステラーー♪じゃあマーガレットさんいただきます♪」
そう言って一気にグラスの酒を飲み始めたララにつられて、ステラもクイッと口の中に琥珀色の酒を流しこんだ。
やはり酔っていたためか、グラスに注ぐ際にマーガレットが言っていたコトは、二人には聞こえていなかった。
「ジョルジュにあげたヤツよりも安全だと思うから大丈夫よ~そうね~名付けてし…」
夜が明け、朝の最初の授業が始まろうとしている三年生の教室でマーガレットは仲の良い学生の隣の席に座っていた。
そして彼女の前に置いてあるノートに、何かをメモしながらこう呟いた。
「ん~あの娘たちには強すぎたかな?それともマンドラゴラじゃなくて山蛇を使うべき・・・」
彼女が今、何を考えているか分からないが、機嫌良く笑う彼女の部屋から離れた2年生の教室では、授業前が行われようとしていた。
その時、目をぱっちりと開いた少女ケティが椅子から立ち上がった。
「ミスタ・ギトー…ミス・ドニエプルとミス・ロイテンタールが欠席です」
「何故だ?欠席の理由は聞いているかミス・ラ・ロッタ?」
「…なんでも二人とも「世界が回って立ち上がれない」と…」
「風邪か?全く自分の体調も管理できないとは…」
モンモランシーの場合 ―決闘から3日後―
コンコンとドアをノックした後、ガチャッとドアを開くと広い部屋のベッドの隣に、椅子に腰掛けたルイズが最初に目に入ってきた。
テーブルには薬を入れるガラス瓶が数本立っており、一本は横に倒れている。中は治癒の薬であっただろう中身はすでに空である。
モンモランシーはランプの明かりが照る部屋に入り、ルイズに近寄って行った。
あまり寝てないのか、近づいたルイズの目には少し隈が目立ち、桃色の髪はクシャクシャになっていた。
「ルイズ、アナタも少し休んだら?もう峠は越したんでしょアンタの使い魔?」
モンモランシーはベッドへと視線を移した。
本来ルイズが使っている、高級なベッドにはルイズの使い魔である少年、サイトが横たわっていた。
上半身は服が脱がされており、体のアチコチには包帯が巻かれている。
見ていても痛々しいが、決闘の当日から比べると顔のハレも引き、包帯の量も大分減っていた。
額に、水でぬらした布をのせたサイトの口からは静かに寝息が聞こえてくる。
ルイズはモンモランシーの方を少し見て、その後ベッドの方へまた目を向けた。
「だいぶ治癒の薬を使ったのねルイズ。そんなに買ってアンタお金は大丈夫だったの?」
「フン…私はメイジよモンモランシー。使い魔の治療は責任もって見るわよ…お金がいくらかかろうとも、使い魔が治るまでかけるわよ」
そう強く答えたルイズの目には隈がつき、明らかに疲れていたが瞳には力が宿っている。
そんなルイズを見ながらモンモランシーはクスッと笑みを浮かべた。
ルイズはベッドに横たわるサイトを見ながら、まるで独り言のように呟き始めた。
「コイツね…私がギーシュに謝ろうとしたら止めてきたの。もうボロボロなのにね…『自分のケンカは自分で決着付ける!!』って叫んで・・・使い魔になることも拒んでギャーギャー叫んでたのに、私が謝れば済むことだったのに…」
そこまで言った時にフワッと、ルイズの頭の上に手が置かれた。小さいが暖かい手である。
モンモランシーはルイズの頭に乗せた手を動かし、少し乱れた桃色の髪を梳きながら、
「私は決闘見ていなかったら分かんないけどさ、アナタの使い魔は結果的にはアンタを守ってくれたんじゃない?アンタが謝ればそれで済んだかもしれないけど…」
モンモランシーは一旦ルイズから手を離し、テーブルから椅子を持ってくるとルイズの後ろにガタっと椅子を置いた。
「そのまま前向いてなさい。髪梳いてあげるから」と言ってルイズの後ろに座ると、何処からか櫛を取り出してルイズの髪を梳き始めた。
髪を梳かれるのが大分心地いいのか、ルイズは気持ちよさそうに目を細めた。
「これは私の考えだけどね...ルイズが頭を下げたらアンタも、そして使い魔の彼も大切なものを失ってたわ。彼は自分がギーシュから受けた戦いでルイズに助けられてたら、きっと立ち直れなかったでしょうし、アンタも学校で笑いの的にされてたわよ?ヴァリエール家の娘が大勢の前で土下座したって…」
「別にいいじゃない!!使い魔が目の前で倒れそうなのに、黙って見ているなんてメイジのすることじゃないわ!!」
モンモランシーの言葉にルイズは振り向いて大きな声を出した。モンモランシーは黙ってルイズの顔に両手をあて、くるっと顔の向きを元に直した。
「そっち向いてなさい。別にアンタの行動を咎めてるわけじゃないんだから」
モンモランシーは再びルイズの髪を梳かし始めた。
ルイズはムーっと唸りながら黙っているが、その目は心配そうにサイトの方を見続けている。
モンモランシーはそんなルイズを見て、
「ルイズひょっとして…この平民のこと好きになっちゃったとか?」
「なななんあななぁ!!?なに言ってるのよモンモランシー!!こんな勝手にケケケガしてくる奴なんて…」
顔を赤くして大声を出しながら立ち上がるルイズの肩に手を掛け、モンモランシーはルイズを座らせた。
そして「もう少しだからじっとしてなさいって」とルイズに言うと櫛をせっせと動かした。
「冗談よ冗談。ま、何にしても彼はギーシュとの決闘を自分で決着付けたんだから、治ったら少しは今みたいに優しく接してあげたら?あなたの使い魔の教育に口は出すつもりはないけど…っと終わり。女の子なんだから少しは外見に気にしなさいって」
モンモランシーは椅子から立ち上がって櫛を自分の制服のポケットに入れた。
それと入れ替えに、青と赤の色がついた2本の瓶をポケットから取り出し、ルイズの膝に置いた。
モンモランシーは前に出てる縦ロールを、手で整えて、
「熱冷ましと痛み止め。私が調合した薬だけど効果は十分あるはずだから良かったら使って。ステラのコトは私がジョルジュに言っておくわ。あのコもあれから寝込んじゃってるそうよ...じゃね。アンタも今日はもう寝なさい」
そう言ってモンモランシーは部屋のドアまでいき外へ出ようとした。
その時ルイズがモンモランシーに、小さいながらもはっきりと言った。
「モンモランシー…アリガト」
モンモランシーは少しほほ笑むと、「オヤスミ」と声を掛けて後ろ手でドアを閉めた。
―そうですか。なんだかんだ言ってルイズ様は使い魔に愛情を持っているのですね―
「まあね。あのコああ見えて責任感の塊のようなコだしってルーナ…アンタなんで私の部屋の前にいるのよ?」
モンモランシーは部屋の前の、飾った覚えのない観葉植物に声を掛けた。
実際は植物は植物でも、見知った使い魔ルーナであるが。
ルーナは頭にある大きな葉を揺らしながらモンモランシーに近づいてペコっとお辞儀をした。
それと同時にポロポロと種がこぼれたが、モンモランシーは言葉を続けた。
「あんた種零れてるわよ…というかホントになんでこんな時間にルーナが?私のトコ来ても肥料なんてないわよ」
ルーナは顔を上げてモンモランシーに向き直った。
ルーナは薄緑の顔を少しほほ笑ませながら、モンモランシーに部屋の前にいた理由を伝えた。
―すみませんモンモランシー様。ですが肥料は大丈夫です。先ほどマスターの魔力が近づいてきたのを感じましたのでお知らせしようかと待っていたのですが…ってか今着きましたわ―
「ジョルジュが帰ってきたの?それホント!?」
―私を甘く見ないでください。マスターの使い魔となって日は浅いですが、マスターがどこにいるかは感知していますからちなみに今寮の方へと歩いていますね―
それだけを聞くと、「ありがと!!」と言ってモンモランシーは急いで階段を下り、寮の外へと出た。
後ろからはルーナが走ってきているが、モンモランシーは外へ出るなりフライを唱えて男子寮の方へと飛んでいったので、それを見たルーナは面倒くさくなり、そのまま花壇の方へ駆けて行った。
モンモランシーが飛んだ男子寮塔の前には、グリフォンから荷物を降ろして入ろうとしているジョルジュの姿が見えた。
「ジョルジュ!!!」
モンモランシーは空中でそう叫ぶと、ジョルジュはクルッと向いて「モンちゃん!?」と声をだした。
モンモランシーは地面に降りると、ズカズカとジョルジュへと近づいた。
「モンちゃんどうしたんだあこんな夜に?アッ!これモンちゃんにお土産。黒トカゲのヘブシッ!!」
ジョルジュが喋っている途中だったが、モンモランシーは構わず彼の脳天めがけてチョップを振り下ろした。
変な声を漏らしたジョルジュは、頭を押さえながら半分涙目になりながらモンモランシーへ顔を向けた。
「いきなりなんだよモンちゃぁん!?お土産が気に入らなかったんだか?うちの領内だと結構有名なんだよ黒トカゲの…」
「お土産はいいのよジョルジュ!!!ルーナから聞いてやってきたけど、なんで言ってくれないのよ!あんたが急に居なくなったから心配したじゃない」
そう言うとモンモランシーは再びジョルジュの脳天を割ろうと腕を振り上げた。
ジョルジュは慌ててモンモランシーの腕を取ると、少しひきつった声を出しながら
「ご、ゴメンだよモンちゃん…夜中に急に帰ってこいってきてさぁ~。オラ急いで行っちゃったからモンちゃんに言いそびれただよ…」
そう言ってジョルジュは苦笑いをモンモランシーに浮かべた。
モンモランシーは振り上げた腕を下ろすと、ジョルジュの方を射殺すような目つきで睨んだが、やがてハァァと息を吐くと額に手を当てながら、
「まあいいわ。無事戻ってきて私もホッとしたし…それよりジョルジュ、アナタ私に何かい言い忘れてない?」
ジョルジュは少しおびえていたが、モンモランシーの機嫌が直ったとみると、ニッと笑って彼女の目を見ながら言った。
「ただいまだよモンちゃん」
「おかえり」
そんな2人をひっそりと見つめているのは月でも太陽でもなく、花壇に戻ったはずの大きな葉を頭に生やしたジョルジュの使い魔であった。
―…マスターが心配だったので見に来れば二人とも何ともピュアなことを…人間はやっぱりドロドロの恋愛劇の方が見る甲斐がある・・・―
幸い、ルーナの心の声を聞く者は今ここにいなかった。
「ところでジョルジュ?アナタせっかくあげた香水落していかなかった?」
「なな何をいい言うだよモモモモモンちゃんてばって・・・・・・・すいませんでした」