それはとある昼下がりでした。
学園で一番鬱蒼とした部屋。
男子寮の一番端にある、光の届かない暗いドア。
テオの部屋です。
そしてその部屋の前に、一人の少女がおりました。
それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという少女でした。
「ゼロのルイズ」と呼ばれ、テオ同様に学院の生徒たちに蔑称される少女です。
それというのも、彼女は幼少時から魔法に失敗し続けたため、魔法の才能が皆無であると皆に認識されていたからです。
彼女の魔法はなぜが爆発という結果以外を残さないのです。
そのルイズが今、テオの部屋の前に立っておりました。
そして彼女はドアを乱暴に数回叩きます。
すると扉が開き、中からエンチラーダが姿を現せました。
「之は…ヴァリエール様、いかが致しました?」
何時ものような変わらない表情と淡々とした口調でしたが、そのセリフにはすこしばかりの戸惑いが含まれていました。
普段テオの部屋を訪れるものはほとんどおりません。
事務的な理由で教師や他のメイドが現れる程度で、クラスメイトは稀にキュルケとタバサがやって来る程度です。
そこに突然ルイズという、テオと然程親しくもない女性が訪ねてきたので戸惑うのも無理はありません。
そんなエンチラーダの戸惑いをよそに、ルイズは口を開き高圧的にこう言いました。
「テオは居る?」
「ご主人様は今、おっきなサンドイッチを食べるのに夢中なので、要件がありましたら私が聞きますが」
「私はテオに話があるの、メイドは引っ込んでなさい」
そう言ってルイズはエンチラーダに退くよう手を振ります。
「はあ」
そう言ってエンチラーダは一歩下がりました。
本来であれば、不審な人間は部屋に入れるべきではありません。
エンチラーダは身を呈してでもルイズを引き止める必要が有るのですが、今回はそれをしませんでした。
ルイズの様子からして、押し問答の末にあまり好ましくない結果になることが予想できたからです。
ルイズはズカズカと部屋に入り込み、テオの隣に立つと彼の名を呼びました。
「テオ!話があるわ」
「旨い、さすが調理場にあるあらゆる具材を盛り込んだサンドウィッチ。別々に食べたほうが旨い気もするが、それにしても旨い」
「テオ!」
「ただ正直シチューを挟んだのは失敗だった気もする…美味しいけどなんかベタベタだ」
「こら!足なし!」
「いや、逆に考えるんだ、ベタベタになっちゃってもいいさってな」
ルイズの呼びかけに対してテオは一向に反応を示しません。
完全にサンドイッチに夢中です。
「ルイズ様、申し訳ありませんがご主人様は食べ物の事になると周りが見えなくなる方です、もしなにかご要があるのならば私が…」
エンチラーダがそう言いかけたとき…
大きな爆発音が響きました。
ルイズが、サンドイッチに魔法をかけたのです。
サンドイッチは無残にも飛び散り、テオの体はパンに挟まれていた具材まみれになってしまいました。
「……はじけるうまさにも程があるだろ…」
突然の目の前の惨事にさすがのテオも呆然とします。
「テオ、話があるんだけど?」
「あ?…お前は…ええっと…ええっと…」
「ルイズ様でございますよご主人様」
彼女の名前を思い出そうとして出来なかったテオに、エンチラーダが耳打ちします。
「そうだ、ルイ~ズだったな、なんだ、何どうした?、正直吾は今目の前で起きた怪奇現象の謎を解明するのでいそがしいのだ、どの具材の組み合わせが爆発につながったんだ?シチューか、シチューが原因か?まさかシチューをパンに挟むと爆発するとは、之は世紀の大発見だぞ?」
そう言いながらテオは飛び散ったサンドイッチの破片を拾い集めようとしますが、
「は、な・し・が・あ・る・の・よ」
そう言いながらルイズはテオの顔を引っ張り無理矢理に自分の方に向けさせます。
「…なんだ」
ルイズの問答無用の様子にテオも渋々と言った様子で聞き返します。
「魔法の事でちょっと聞きたいことがあるのよ」
「魔法?何の魔法だ?…いや、待て。話をするのにこうも落ち着かない状況もよろしくない。エンチラーダ、取り敢えず飲み物…そうだな、彼女には紅茶を、吾にはミルクに粉を溶かしたものを」
「かしこまりました」
テオの注文を受けると、エンチラーダはそのまま速やかに厨房へと向かいました。
「ミルクに粉を溶かした物?」
聞きなれない言い回しに、ルイズが聞きます。
「ココアだ」
「なにアンタそんなモノ飲むの?子供ね」
「飲み物に大人も子供もありはせんよ。下らないプライドで飲みたいものが飲めないなんて不幸なことだろう、それとも君はココアを飲まないのかね?」
そう言ってテオはニヤニヤと笑いました。
これです。
この笑い方が、ルイズは嫌いでした。
まるで全てを馬鹿にしたような。嘲るような笑い方。
彼は誰からも馬鹿にされながら、それでいて、彼自身は全てを見下したような態度をするのです。
「というか、『ミルクに粉』であのメイドはココアって解ったわけ?」
「もちろんだ。吾とエンチラーダは心が通じ合っておる」
胸を張って自信満々にテオは答えました。
そこからは自分に仕えるメイドに完全なる信頼を置いているのが見て取れました。
「まあいい兎に角この部屋を片付けるとしよう。本来コレはエンチラーダの仕事なのだが、まあ彼女は今頃吾のためのココアをこしらえている頃だろうから、吾が掃除をしてしまおう…ルイズ君、少しばかり脇によってくれたまえ」
そう言ってテオが杖を振りながら何やらルーンを唱えると部屋に散らばっていたサンドイッチの破片は瞬く間に一箇所に固まり、そしてそのままゴミ箱の中に入って行きました。
それは憎らしいほどに鮮やかな手際でした。
レビテーションかフライか、傍またそれ以外の魔法なのか、ルイズにはわかりませんでしたが、兎に角如何なる魔法であっても、散っているゴミだけを固めて捨てるなんて芸当は、簡単なようで実に精巧な技術を要することです。
それを、さも簡単にやってのけるテオ。
彼が偉そうなのも、或いはこの実力があってのことなのかもしれません。
なるほど確かに彼は偉そうにするに値するだけの実力を持ちあわせています。
しかし、しかし、しかしです。
彼は足が無いのです。
この世界のおいて身体障害者は、貴族の屋敷で道化になるか、でなければ道端で物乞いでもしているのがふさわしい人種です。
そんな人間が、謙ること無く偉そうにしている。
それが、ルイズには特別に不愉快でした。
或いはその不快感は嫉妬だったのかもしれません。
なにせルイズは魔法が使えません。
ですから、学院で一番に魔法が上手いテオに対して、嫉妬を覚えているのも別に不思議なことでは無かったのです、
そんなルイズの心の中のドロドロとした心境をよそに、テオはそのまま風の魔法で部屋の換気も始めます。
そして部屋全体の空気を入れ替え終わる頃に、
「ご主人様…お持ちしました」
そう言って、エンチラーダがサルヴァーに飲み物を乗せてもどってきました。
そしてそのサルヴァーの上にはとても美しい琥珀色をした香りの良い紅茶が入ったカップと。
なにやらドロリとした真っ白な液体の入ったカップがありました。
予想外の存在にテオとルイズと視線がそのカップに釘付けになります。
「エンチラーダ…何だねこれは」
「ミルクに小麦粉を溶かしたものですが?」
さも当然のようにエンチラーダはそう答えました。
「それ具のないシチューじゃない」
「…」
ミルクに小麦粉を溶かしたもの。
ルイズの言うとおり、それはシチュー、もしくはホワイトソースと言われるものです。
流石にそんなものを紅茶の代わりに飲むほどテオは変人ではありません。
テオは一瞬エンチラーダを叱ろうかとも思いましたが、別にエンチラーダは彼の命令に違反したわけではありませんでした。
彼女の出したものはたしかに「ミルクに粉を溶かしたもの」であって、テオの要求通りのものを持ってきています。
責められるべきは明確な指示を出さなかったテオなのです。
「アンタ、全然心が通じ合ってないじゃない」
「ち…違う。本当はコレが飲みたかったんだ、急に飲みたくなったんだ。吾とエンチラーダは断固心が通じあっとる」
「下らないプライドのせいで飲みたいものが飲めなくなってない?」
「だまりゃっ!」
テオは声を荒らげました。
「いいからとっとと要件を言え、このチンチクリン」
「チンチク…!ちょっと、それ私のこと!?」
「お前の他にどこにチンチクリンが居るんだ、どう考えてもお前がこの部屋の中で一番身長が低…
待てよ……足が無いぶん吾のほうが背が低いではないか…なんということだ!!」
「ご主人様、ご主人様はたとえ身長が低くてもその心の大きさたるや、この世界の如何なる人間よりも大きいのです。見た目の大きさなどにこだわってはいけません」
「それもそうか、じゃあ気にしない、吾は小さいことを気にするような小人では無いのでな」
「それでこそご主人様でございます」
チンチクリンと言われ怒りかけたルイズでしたが、目の前のテオとエンチラーダのやり取りを聞くうちに、もう何だかどうでも良くなってしまいました。
「…話を続けていいかしら?アンタこの前、火の魔法の授業で木を爆発させていたでしょ」
このままではいつまで経っても話が進まないと思ったルイズは、割りこむようにして話を始めます。
「…ええっと…ああ、一昨日の授業か、確かに爆発させていたな、アレだ、吾は芸術は爆発であるという信念に基づき、爆発彫刻なるものを考えてだな。まあ結果はオガクズが出来るだけだったんだが」
「いえ、アレはご主人様の諸行無常を表現した素晴らしい芸術であったと認識しております」
「うむ、そうだな、カタチあるものはいずれ壊れる、その当然の摂理の中に一種の芸術性が存在しておるのだ」
「ご主人様ほどの芸術家は世界広しといえども二人として居はしませんとも」
「ふむ、見え透いたお世辞ではあるが、言われて悪い気はせん」
「お世辞ではございません、そのようなこと私の口から出るはずが無いのです、ご主人様に関する私の賛辞は全てが例外なく事実でございます」
「私の話を聞きなさいよ!」
ルイズは声を荒らげました。
テオとの会話は大抵独り言か、エンチラーダとのやり取りへと発展します。
まるで、話し相手が最初からいないように。
眼の前の人間など眼中に無いように、自分の世界へ入り込んでしまうのです。
テオと話をするのはルイズにとって一苦労でした。
「兎に角!私が聞きたいのは!どうしてアンタの魔法が爆発したのかよ!」
そう。
それこそがルイズがこの部屋に来た理由でした。
ルイズの失敗魔法はことごとく『爆発』するのです。
この世に失敗魔法は数あれど、爆発する失敗魔法は前例が無いことでした。
無論「爆炎」の魔法のようにルイズの爆発に似たような魔法は無いわけではありませんが、あくまで「爆炎」の魔法は爆炎であって「爆発」とは違います。
ルイズの爆発と同じ現象を起こす魔法は他に存在せず、ルイズがなぜ魔法を失敗するのか知るものも判るものもおりません。
ルイズ自身もいかなる理由で自分の魔法が爆発するのか全くわからないまま今日まで魔法が成功することはありませんでした。
しかし、一昨日。
ルイズはテオが自分の失敗魔法とそっくりの「爆発」を起こすのを目にします。
ですのでテオのその爆発の理屈をしれば、自分の失敗の理由のヒントを得られるのではないかと、こうしてテオの部屋にやってきたのです。
しかし、ルイズのその思いをよそに、テオは頓珍漢な答えをします。
「どうしてって…また君はずいぶんと哲学的な質問をするのだな?」
「哲学的!?」
別に哲学的な質問をしたつもりのないルイズはその言葉に戸惑います。
「何故に爆発が起きたのか、それは吾がそれを望んだからだ、しかしなぜ吾はそれを望んだのか。なるほど、衝動的感情だと思うのだが、それは吾の人格そのものも関係していると言えるだろう。
何故に吾はそれを求め、そしてそれを実行したのか。ふむ、深く考えるほどに思考の袋小路にはまっていくようだ」
「だから!私が聞きたいのは!アレがどんな魔法かってことなのよ!」
ルイズはもう、コレ以上無いというくらい大きな声で叫びます。
その気迫有るルイズの様子に、テオも流石に真面目に答えることにしました。
「爆発か…」
そう言って彼は杖をゴミ箱に向け、小さく何かを唱えると、次の瞬間ゴミ箱の中が爆発をしました。
「な!な!」
突然の爆発音と衝撃にルイズは驚きの声を出します。
「爆発はトライアングルの魔法だ。火火土、あるいは火火水だな、火土水や火土風でも出来るか、ただな、共通しているのはどれもトライアングルであるということだ。頑張ればラインでできないこともないが。まあラインでそれが出来るだけの才能が有るような奴ならば、すでにトライアングル以上になっているだろうな。
ちなみに先日及び今の爆発は火火水だ」
「トライアングル?」
「ああ、そうだ、トライアングル。3以上の魔法を組み合わせられる程度の能力を有しているメイジの総称だ」
「じゃあ、なに?私の魔法はトライアングルの魔法だって言うの?」
「少なくとも爆発が使える奴はまず大抵がトライアングルのメイジだな」
「じゃあ何で私は他の魔法が使えないのよ!」
「…?」
「……?」
ルイズの言葉にテオとエンチラーダがキョトンとした顔をします。
「え…?アレわざとじゃなかったの?」
「はあ!?」
テオの言葉にルイズがマヌケな声を出してしまいました。
「てっきり無能のふりしてるんだとおもっていた」
「ええ、私もてっきり壮大な悪ふざけなんだと思っていました」
そう言いながらテオとエンチラーダは顔を見合わせます。
それは冗談ではなく、本当にそう思っている様子でした。
「なな、何で私がワザと魔法を失敗しなきゃいけないのよ!」
「魔法が使えないふりをして、自分を馬鹿にする奴をあぶり出して、社会に出た後に抹殺するんだと思っていたんだが?」
「信用できる人材を発掘し、今後の社交界を有利に生き抜く心づもりなのだと思っておりましたが?」
確かにテオとエンチラーダの考えは理にかなっていました。
無能のふりをして、周りを観察することは賢者の常套手段の一つです。
魔法が使えないふりをして、それを馬鹿にする物、それを馬鹿にしないもの、見ぬくもの、見抜けないもの、差別するもの、しないもの。そういった人間を観察する。
伏魔殿の如き社交界を生き抜くのには兎に角、人間関係は何よりも大切です。そしてその上で、信用できる人間と、信用出来ない人間を選別することは非常に重要なことなのです。
ですからテオとエンチラーダの勘違いは必ずしも荒唐無稽とは言い切れない物でした。
しかし。残念ながらルイズの魔法が失敗するのは、そんな計算された道化的行動ではなくて、本当に失敗しているに過ぎなかったのです。
「違うわよ!わ、私がそんな姑息な手段を取るはずが無いでしょう!」
「失敗でトライアングル魔法を連発なんて大したジョークだと感心していたんだが」
「ええ、私もさすが座学の学年二位は、やることも奇抜ながら理にかなっていると感心しておりました」
「違うわよ!…あれ?でもアレよね!爆発がトライアングルスペルだと言うのなら、私は実は凄い才能があるのじゃない!?すごすぎてまだ技術が追いついていないとか!?」
ふと、ルイズは自分が実はすごい才能を持っていて、そのために魔法が暴走しているのではないかと言う仮説を立てます。
しかし、テオはそんなルイズの仮設をあっさりと否定しました。
「それはないな。魔力の制御が出来ずに暴走しているとしたら、爆発が起きるはずがない。爆発は実はアレで結構繊細な魔法だ。かなりの技術力を必要とする。ただ馬鹿みたいに魔力が有れば良いというわけではない。むしろ、少量の魔力で効率よく攻撃力を出すための魔法だ」
そう言ってテオはため息を付きます。
彼の言うとおり、爆発の魔法は一見、力で持ってねじ伏せるタイプの魔法に見えますが、複数の系統を絶妙なバランスで組み合わせなければ発生しないので、かなり繊細な魔力操作を必要とする魔法です。暴走で発生するのはオカシイのです。
「じゃあ!なによ、なんで私の魔法は爆発するのよ!」
「さあな、努力が足りんのか、才能が無いか…その両方かもな」
テオはそう切り捨てます。
「じゃあ私はどうしたら魔法が使えるようになるのよ!」
「せいぜい頑張るんだな、努力が報われれば万々歳だ」
そう言って彼は手をフラフラと振りながら答えます。
それは実に興味なさげで、ルイズの魔法に関してはどうでも良いといった様子でした。
事実テオは、ルイズの魔法がなぜ爆発するかなんて微塵も興味がなかったのです。
「天才の貴方には解らないでしょうね!私の気持ちは!」
そのテオの様子に、ルイズは皮肉を込めた言葉を投げますが、テオの様子は全く変わりません。
「まったくだ、凡夫の事なんぞ解る気もない。解ったところで得も無い」
「!!」
ルイズに対して、凡夫と言い放つテオに、当のルイズは言葉を失いながらも刺殺さんばかりの視線を投げつけます。
しかし、テオはその視線に対してもさしたる反応は示さず、むしろそれでルイズに対する興味を完全に失った様子でした。
「エンチラーダ、ルイズ女史がお帰りだ、ご案内してやってくれ」
そう言ってテオは扉の方を指さします。
「ルイズ様、そろそろお帰りになるべきかと思います」
そう言いながらエンチラーダがルイズの肩に手をかけます。
エンチラーダはゆっくりと、それでいてシッカリとルイズの体を押して、部屋の外へと彼女を誘いました。
ルイズは怒り心頭でしたが、兎に角テオと離れたいと思っていたこともあって、素直にその動きに従いました。
「腹立つ、腹立つ、ハラタツ~!何よあいつ、ちょっと才能があるからって、お高く止まっちゃって。努力する人間の気持ちが理解出来ないんだわ、そうに違いないわ!」
部屋から出た途端、喚くようにルイズはそう言いました。
「ルイズ様、ご主人様は確かに才能豊かな方ですが、努力を知らないわけではありません」
エンチラーダがそう言いますが、ルイズは全く信じません。
「嘘よ、アイツが努力しているところなんて一度足りとも見たことはないわ!」
「アノお方は努力を他人に見せない方ですので」
「努力しない人間ほど『自分は頑張っている』って宣うのよ!」
「…」
エンチラーダはその言葉に反論しようかとも思いましたが、興奮したルイズに対しては何を言っても無駄であると判断し、何も言い返すことは有りませんでした。
結局ルイズはイライラとした様子でそのまま自分の部屋へと戻っていくのでした。
◇◆◇◆
「ルイズは帰ったかね」
部屋に戻ってきたエンチラーダにテオはそう問いました。
「はい、たいそうご立腹の様子でした」
「そうか、まあ、そうだろうな。思ったより沸点の低い女性のようだ」
「そうですね」
「反応が楽しい使用人、馴れ馴れしいキュルケ、騒がしいルイズ、此処は退屈しないな」
そう言いながらテオは笑いました。
塔に幽閉されていらい、常に孤独であった彼は、この騒がしい魔法学園での生活を結構楽しいと感じていました。
「ご主人様が楽しめていらっしゃられるのでしたら何よりです」
エンチラーダも楽しげな主人の様子を見て嬉しくなりました。
自分の主人の幸せこそが、エンチラーダにとっての幸せなのです。
「皆それぞれ全力で人生を生きている。必死とすら言える。誰も自分の人生に疑問を持たずにただ真っ直ぐだ。吾が求め、吾が望んだ人生を、さも当然のように生きている」
「御主人様、御主人様の人生もそのように生きられますよ。それを邪魔する者はおりません」
「そうかな」
そういうと、テオは芝居めかした動きでもって右手を上げ何処か遠くを見るようにこう言いました。
「嗚呼、人生は舞台だ。誰もが役者だ。おのおのが自分の役を演じる」
それはまるで舞台役者が観客に向かってしゃべるような、如何にも演劇臭い喋り方でした。
淡々と、誰もいない場所に向かって、それでいて誰かに語りかけるようにテオはセリフを続けます。
エンチラーダもただそれを無表情な視線で見続けます。
「人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ。
出場の時だけ舞台の上で、見栄をきったりわめいたり、そしてあとは消えてなくなる
白痴のしゃべる物語だ。
わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。」
そう言い終わると彼は体の力を抜き、気だるそうに椅子に背をもたれます。
「ははは、さて、吾という哀れな役者はどのように見栄をきるべきか、すこし楽しみでもあるな」
そう言って、微笑を浮かべながらテオは優雅にカップに口を付けるのでした。
そして。
次の瞬間。
テオは口からホワイトシチューを吹き出しました。
◆◆◆◆用語解説
・おっきなサンドイッチ
特注品、調理場にあったありったけの食材を挟み込んだサンドイッチ。
・はじけるうまさ
かなりの新食感だが、危険過ぎる。
口の中で弾けなかったのは幸い。
・ルイ~ズ
緑の人気者と同じようなイントネーションで。
・サルヴァー
1・小型のお盆 salver
2・海難救助船 salvor
何方の意味で取るかは読者にお任せします。
・だまりゃ!
一応テオは貴族なので怒りかたも高貴なのでおじゃる。
・火火水
全体反応型の水蒸気爆発、水分を高温で気化することで爆発を起こす。身近な例では噴火やヤリドヴィッヒがある。
・人生は舞台だ。誰もが役者だ。おのおの~
シェイクスピアの言葉。『お気に召すまま』参照。
・人生はただ歩き回る影法師~
こちらもシェイクスピア。『マクベス』参照
・白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。
ええ、まさにこの話のことです。
・ホワイトシチューを吹き出す
カッコ付けたのにカッコつかない。そんな人間、テオフラストゥス。