ラ・ロシェールのとある酒場の一室。
フーケは響いたノックの音に短く答える。
滞在しているこの部屋に尋ねてくる者なんて、あらためるまでもなかった。
扉を開けたのは白い仮面に黒マント、先日フーケを勧誘しにきた『レコン・キスタ』のメイジだ。
彼等の申し出と要求をのみ、フーケは『レコン・キスタ』へ与する事となった。
そして彼女の関わる初仕事の舞台がここ、ラ・ロシェールとかの白の国、アルビオンであった。
「こっちも言われた通り人手をかっちゃいるけど。そっちの首尾はどうなんだい」
「ああ。既に奴らは発った。こちらも一先ずの手は打ってある。お前に動いてもらうのはまだこれからだ」
仮面の男に続き、部屋に入ってきたのは先日見かけた女だった。室内だがフードは深く被ったまま。
女は男の肩を叩くとフーケを示した。
「ああ。紹介がまだだったな。マチルダ、こちらは……『ミス・シェフィールド』だ」
男に呼ばれ、女――シェフィールドは優雅に礼をした。
その頭から足先まで――フードつきのケープに膝丈のフープスカート。レースで縁取られたハイソックスと編み上げのブーツに至る――彼女の一切が黒で統一されていた。
パフスリーブの下から伸びるぴったりした長い袖の先はレースの手袋へと続いている。それもまた、黒一色だ。
唇に引かれた紅まで黒い。
素材の異なる黒をリボンとチュールレースの白でまとめたスタイルは、昨今の流行と比べてずいぶんとクラシカル。
かつ豪奢な装いだった。上質の良いものを惜しげもなく使っているのが傍目にもわかるほどに。
女官かなにか、と言うよりまるで貴族の令嬢のような出で立ちのシェフィールドを見て。
フーケは幼い時分によく遊んでいた娘人形を思い出した。
きらきらと華やかなドレスはもっと色鮮やかだったが、何となく。
真っ黒な――人形娘はぎょろりとフーケを見ると何やら口の中で呟くと。
手にした鞄から書簡を取り出し、何事かしたため始めた。
フードからちらりと覗く顔はよく見れば学院の生徒たちとそう変わらない年頃に見えた。
「随分とまあ……愛想のない子だね」
「彼女は『レコン・キスタ』のさる方に仕える女官だ。我々とは口も利かぬよ」
「それで。新入りの素行でもみてんのかい」
「まあそんなところだ。悪名高い怪盗『フーケ』、お前の働きには期待しているのだ。俺も、彼女も、皆がな」
そう言うと仮面の男はテーブルへと地図を広げ、今後の計画とそれぞれの動きについて話しはじめた。
「さて、ここまでは良いな。何、お前ほどの腕があれば容易いだろう」
「いや。ちょいとね、最近はそうでもないのさ」
長い髪を耳に掛けながら、フーケはため息を吐く。
最後にした
仕事は上手くいかなかった。それどころか、下手をすれば自身の命さえ危うかったかもしれない。
考えてみれば、あの一件でフーケの状況はこんな風に変わってしまったのだ。
もしも。
貴族相手の盗賊家業をいくつかこなし、まとまった金を手に早々に足を洗っていたら。
今頃、静かなあの村で、子供たちと和やかにテーブルを囲んでいたかもしれない。
こんな、得体のしれない連中相手ではなく。
そう思えば目の前の状況が少し嫌にもなる。
フーケは眉を寄せ男を見返した。
「美しいな」
「はあっ?」
物騒な話の合間、突然の男の言葉にフーケは自分の耳を疑った。
しかし、仮面の男は淡々とした様子でフーケへと顔を向ける。
「それだ。そう言ったアクセサリーは、近頃の流行りか」
そう言って仮面の男は自分の耳の辺りを指した。
続いて、あの人形娘へとその指先が向く。
つられるようにフーケもそちらを見る。
俯きがちにペンを動かしながら、邪魔そうに髪をはらうシェフィールドの耳にもイヤリングがあった。
フーケのそれは細い枠に雨垂れのように石が下がっているが。
彼女のものはボタンのように耳たぶにぴったりと収まっている。意匠もずいぶんと異なり、宝石の周りには植物を思わせる細かい細工が施されていた。
だが、共通する点もあるようだ。フーケは密かに視線を巡らせる。
嵌められた石はよく似た淡い緑。そして、対のような指輪が……あった。
手袋の上から、シェフィールドは耳にしたイヤリングとそっくりなデザインの指輪を確かに嵌めていた。
「さ、さあ。ちょいと貰ったもんだからね」
曖昧に笑い返しながら。
シェフィールドの手元を確かめたフーケは仮面の男には悟られないように呼吸を整える。
オスマンが、どこかから手に入れたと言っていたこの小さな魔法具には『伝声』の魔法が込められている。
『伝声』は名前の通り、離れたところへ声を届ける風系統の魔法だがそれも限りはある。距離に、精神力に左右される。
だが、『風石』を加工していると言うこの魔法具はその効果を飛躍的に高めているのだと聞いていた。
時間も、距離も障害にせずいつ何時も相手からのメッセージを受け取る事が出来る。
それは、とても便利なものだ。
伝令、情報はどんな場でも役に立つ。特に諜報活動にはおあつらえ向きだ。
さるお方、などと呼ばれるお偉いさんに仕える者が持つにはふさわしいだろう。四六時中、耳目で得たものを即座に伝え主の指示を仰ぐ事が出来るのだから。
だが。
新入りの、一介の小悪党がこんなものを持っていると知れたら。
別に持つだけならおかしくもない、だが間者や何やらと疑いの目を向けられたらどうすればいいだろう。
(そうなって、こいつらは……どう出る?)
フーケは知っていて、たまたま気付いた。
しかし、あの少女がそうかはわからない。
「まあ、わたしならすぐにでも言うかね。厄介の芽は早めに摘むもんだ」
単に気付いていないだけか、そもそもフーケの考えすぎ。
魔法道具によく似た別物、なんてこともあるだろう。知らないものからみれば、ただの装飾品だ。
起きてもいない事に気をもんでいる場合ではない。
今はやるべき事に集中し、連中に取りいる時だ。
そんな風に、気をとりなおしたフーケの呟きに仮面の男が何事かと振り返る。
「流行りもいいけど女に物を贈る時には、よく考えなよ。色男さん」
「ああ、心配は無用だ。捧げるのは望むもの……飛び切り最上のものを、と決めている」
胸元を探るように手を当てながら、仮面の男は深く頷いた。
この男にもそんなあてがあったとは。
誤魔化しへの予想外の返事にフーケは思わず小さく吹き出した。
* * *
出発する時には昇ったばかりだった太陽はもうずいぶん高い所にさしかかっていた。
「もう半日近く走りっぱなしだ……どうなってるんだぁあ」
ギーシュが嘆いても前で馬を走らせる垣根から返事やこれと言った反応はない。
何度かそれとなく声を掛けてもあまり乗ってこなかった。
彼は馬上ですっかりだらけているようだった。
平民の暮らしでは乗馬自体慣れていないかもしれない。無理もない。
ギーシュだってここまで長時間馬に乗り続けるのは経験がなかった。
馬の揺れにあわせてこちらも姿勢を保ち維持して馬を走らせる。それ自体は経験をつめば難しくない。
速歩駈歩を交互に行い、時折腰を浮かせ反撞を抜いてやる。そうする事で人も馬も負担を減らす事が出来る。
だが、それも長々と繰り返していれば疲れも出てくる。
二十リーグも走れば駅に着く。そこで活きのいいものと替えるから、馬の方はまだ余裕があった。
しかし走り詰めのギーシュの方は馬を気遣う余裕はなく今やほとんど目の前の首に倒れかかるようにして乗っていた。
姿勢を立て直そうにもあちこち痛い。
二人より更に前を行き、先を急ぐ子爵はと言うと。
軍人は鍛え方もそもそも体も違うのか。ほとんど休みなくグリフォンを走らせていても疲れた顔を見せる様子がなかった。
ギーシュがたまに前をみると楽しそうにルイズとおしゃべりしているのが目に入る程だ。
この強行軍も、女の子と一緒に遠乗りしていると思えば疲れないものだろうか。
そもそも二人は婚約者らしいから、そりゃあ楽しいだろうなあ、なんてギーシュはぼんやり考える。
「――あれ、飛ばねえのかな」
「グリフォンかい? さあ、竜のように長い距離を飛べたかな」
垣根は前を行く子爵の姿を眺めてそんな事を呟いていた。
何気ない会話の糸口に、疲労困憊のギーシュもなんとか声をはりあげて応じた。
「ガタイの割に翼が頼りねえかなあ。竜も図体デカいしダラっと飛んでるみたいだけど、アイツは飛ぶより走った方がいいってのか? じゃあ何の為にあんな翼があんだよ」
いや、人の事言えねえけど、とよくわからない事を口にしている。おかしな独り言を言う程度には、どうやら彼も疲れているらしい。
それでも、おしゃべりはいい気分転換になるかもしれない。
そう考えてギーシュは垣根の近くまで馬を寄せた。
「君は幻獣が好きなのかい。いや、僕のヴェルダンデはね、空は飛べないが実にいい使い魔だよ! 僕がどこにいても音でわかるし、鼻がよく利くんだ。宝石が好きでね、土メイジの僕には最高のパートナーさ」
誰彼構わず自慢したくなるくらい、ギーシュは使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデをとてもとても気に入っていた。
毛並みは柔らかく美しいし、目は宝石のように愛らしい。
何よりギーシュを慕ってくれている。
モンモランシーと喧嘩した時だって、彼は寄り添ってずっとギーシュの話をきいていてくれた。
今回だって、任務につく事になったギーシュを案じてついてきてくれている。
そうして自分の力になってくれる使い魔を愛するのはメイジとして当然の事で、大切な事だとギーシュは思っている。
だが、ルイズの使い魔はそんなパートナーに対して随分な物言いで返してきた。
「なら宝石でも掘ってもらえば儲かるな」
「可愛いヴェルダンデにそんな真似はさせられない! ああ、させられないとも」
「声ひっくり返ってんぞ」
鋭いツッコミにもへこたれない。
グラモン家の男子たるもの、いかなる時も誇りを忘れてはならない。金がなくとも、腹が減っても。まあ、女性が絡むと事情は変わってくるが。
「つーかいつまで走るんだよ」
「確か、聞いた話ではラ・ロシェールまでは早馬でも二日かかるらしい」
どれくらい来たのか実際の距離はギーシュは今ひとつわかっていない。残りの行程を考えたくもないが、単に時間だけでみれば四分の一が良いところだろうか。
そんなギーシュの答えに垣根は頭を掻いた。
うんざりしたような仕草に、ギーシュも互いの状況を憂いた。
だが。
既にへとへとなギーシュとは違い、垣根の背筋はまだまっすぐ伸びていた。
その口から洩れるのも、疲れきり荒れた呼吸ではない。
退屈な状況に嫌気のさしたような――なんとも呑気な欠伸だった。
「馬に張り付いてなきゃいけねえ、ってのは抜きにしてもだ。さっきから景色も変わんねえし。ケツの下が高級車のいい感じのシートだとしたって、この長時間座りっぱなしっつうのはウザってえよ」
人通りもまばらな街道の左右を仰ぎ、垣根は何故か余裕の態度だ。
ギーシュがふと目を向けると。
そう愚痴る垣根の鞍は。
ギーシュの馬のそれとは違い白かった。
艶のある真っ白な鞍はどこか無骨な造りに見えた。鐙革の形も何だか少し違うように思えてギーシュは首を傾げる。
二人が途中借りた馬はどれも、どこも同じような装備だった、ような気がするし違ったかもしれない。
「実は君、どこかの貴族の家の生まれだなんて事はあるかい」
頭に浮かんだ疑問を違うもので塗り替えて。
ギーシュは尋ねる。
「なんでだよ」
「そう言う物言いも含めて君はやはりどこか平民らしくないからね。そう言われても余り驚かない気がする。何よりこの僕を負かした男だ、ただ者じゃないのはわかるけどね!」
「テメェらのその根拠のねえ自信はどっから来てんだよ中二まっさかりか」
呆れたようにギーシュを振り返り、垣根は傾げた首を鳴らした。
「君は、なんだその。意外とおしゃべりだな」
学院での垣根は愛想の悪い印象だった。
ルイズと、たまにキュルケと話しているところを目にするくらいだったし、そもそもギーシュとでは印象が悪いどころではないのだが。
話しかけて、まだこうして返事がかえってくるのが驚きだった。
「くっ……う、はぁ。暇なんだよ。マジで」
手綱を放し、大きく伸びをすると垣根は隠しもせず欠伸をした。
そのまま器用に脚を組む。馬に乗っているのではなく、まるで長椅子で寛ぐような格好だった。
どうやら疲れよりも退屈が堪えているらしい。へとへとなギーシュからすれば羨ましい限りだ。
「じゃあ俺ともお喋りしてくれよ相棒」
垣根の背中でそれまで大人しくしていた剣がやっと声を出した。
昨夜は散々な事を言っていたから気を遣っていたのかもしれない。
「愉快で素敵な煽り文句ならもう充分だ。よくもまああんなもんが思いつくもんだよな。三下メルヘン野郎ってなんだよ結構ムカついたぞ」
「ごめん相棒。あんときは俺も焦っててさ。ビビっときたからつい言っちまったんだよ。お願い許して鋳潰さないで」
ガチャガチャと騒がしく、デルフリンガーは繰り返し謝った。
それに対し垣根は観念したように頷き返す。
案外、やかましい謝罪のやり方にうんざりしたのかもしれないけど。
「んー、この際お前でもいいけど。伝説と戦闘はパスな」
「俺からそれを取ったら何が残るんだい」
「そんなの自分で考えろ……ってかお前普段どこで物考えてんの?」
黙って両者のやりとりを聞いていたギーシュはおや、と思った。
垣根には前から。随分な、貴族相手に馴れ馴れしい口を利くものだと思っていたが。
この剣相手にはいっそう砕けた様子で話しているようだった。
「多分、柄」
「ふーん。バラしたらなんか出てくんのかな。演算用プログラムでも組んだ集積回路か何か積んであんの。魔法だとルーンとかその辺が代用してんのか……こっちには何かねえのか、ってか相変わらず錆が邪魔だな」
肩から掛けていたベルトを外すと、鞘を掴んだ垣根はまじまじとインテリジェンスソードを眺めはじめた。
握った鞘を軽く振って、刀身を二十サントほど引き出すと柄には触れずに刃をじっとみつめている。
その視線に不穏なものでも感じたのか、デルフリンガーは急に早口になった。
「相棒ちょっと待とう。お前さん暇だからってなんか物騒な事考えてない? 俺も長い事喋る剣やってるけどね、流石に壊された経験はないからどうなるかわかんないよ。パズルじゃねえから」
「やっぱ壊れたらそれっきりか。仮に元通りに修復しても……お前の意思っつーのもなんだけど、その辺は」
「なくなっちまうかもねえ。わかんないけど」
それを聞いた垣根はしみじみと頷いた。
「良かったな。お前その性格で六千年だっけ。長い間、無事に済んでさ」
「ひどい! あれ、それともこれ喜んでいいの?」
「恐らく同情されてるんじゃないか。それは」
横槍を入れたギーシュに、デルフリンガーは何故か得意げな笑い声で返した。
「ふっふっふ。わかってねえなあ貴族の小僧っ子。お前さん、愛情の裏返しって何だか知ってるかい」
インテリジェンスアイテムのどうのこうの、は然程関心が無かったが。
愛、と言われるとギーシュにもがぜん興味が湧く。
「愛情の反対ってのは無関心だ。頭にくるだのなんだのはね、まだ気持ちがあるから湧いてくるもんだ。そんな気もねえんじゃね、こりゃもうお終いよ」
「なかなか言うね。ふむ、確かに怒られているくらいはまだいいが、無視されるようになるといよいよまずいのだろうね」
ギーシュは何となく、自分の身に照らして考えてみて納得してしまった。
長年過ごしていると自称するものの言葉は含蓄があるような気がする。
「あとね。貴族の娘っ子もそうだけど、相棒もね素直じゃねえからさ。外に出すと気持ちがちょいとひねくれっちまうのよ」
「調子こくな」
「いたたた! だからこれも照れ隠しなんだよ」
ガキン! と勢いよく鞘に押し込められたデルフリンガーはなんだか嬉しそうにまとめた。
そんなやり取りをしている垣根達に、ギーシュは目を丸くした。
「なんだ。君も意外と面白いヤツじゃないか。前あった時とは別人みたいだよ」
「まぁ、テメェみたいにわかりやすく頭の中身垂れ流してねえからな」
剣を背に戻すと、続いてギーシュに目を向けて。
垣根は不思議そうに眉を上げた。
「テメェもなぁ。刺すか刺されるか、っつうのをいっぺんやりあった奴と呑気にダベってんだから大したタマだよ」
呆れたような垣根の言葉にはいつかのような険はない。と、思いたかった。
以前、学院の中庭で対峙した時の事を思い出すと未だにギーシュは肝が冷える。
「君相手に僕じゃ敵いっこないからね。構えても仕方ないだろう」
「じゃあ、精々俺の気に障らねえよう気をつけんだな。テメェはただの同行者だ。これから先、何かあっても余計な期待はすんなよ」
そこからは。
疲れはするが、道中の気分は随分ましだった。
途中、食事や休憩を挟んだおかげでギーシュも元気になっていた。
休まず行くつもりだったと言うワルドの言葉に。
そのペースに付き合っていたルイズの調子が心配になって尋ねたら何故か驚かれてしまった。
もちろん、ルイズはただのクラスメイトだ。
顔は可愛いと思うが、クラスメイトだ。
特別な相手でなくとも女の子と居るときは、相手が退屈したり喉が渇いたり疲れてないか。それなりに気にするものだとギーシュは思っていたのだが。
どうやら違うらしい。
ルイズもルイズで。
学院での様子とは別人、何でかはわからないがまるで借りてきた猫のように大人しかったからその辺はワルドもわかりづらかったのかもしれない。
ルイズは垣根の事を気にしてはいるようだったが、特に話しかけたりはしていなかった。
そんな風にして駅での一息を挟みながら再び一行はラ・ロシェールに向けて出発した。
やっぱりと言うか当然と言うか、ルイズはワルドのグリフォンに乗っていた。
「あっ、キスした」
グリフォンの方を向き、大袈裟にギーシュは呟いてみた。
垣根をからかってみようと吐いた嘘だが、ギーシュの期待に反して垣根の反応は薄い。
「ふーん」
「君は二人が気にならないのかい」
「何が。フィアンセなんてのはそれくらいすんじゃねえの? あれ、こっちじゃキスって挨拶がわりじゃないのか」
口にしつつ首をひねる垣根の言葉に。ギーシュは思わず身を乗り出した。
「どどどどこだい! そんなうらやましい所があるのかい?!」
「えらく食いつくな。勝手に盛り上がってる所悪いが、他人に声掛ける度にそんな事するような地域はそうそうねえと思うぞ。多分」
下手すりゃ犯罪だろ、と付け足して垣根は肩をほぐすように軽く腕を回した。
「ま、アイツがどこで誰と何しようと。俺には関係ねえ」
「主人と恋人は別かもしれないが。じゃあ、君はそう言った――」
「だから。他人の事どうこう言ってる暇があったら、自分の世話焼いてろよ。確か前の女、二人いたろ。あれは?」
「くっ、君のその余裕……厄介以上に憎らしいね」
ぎぎぎ、と歯噛みしてギーシュは垣根を睨んだ。
正直なところ。
ギーシュは垣根が気になっていた。
決闘で負けたのもある。むしろ、そのおかげでとんでもなくおっかない奴だと思っている。
だが、それ以上に。
垣根は学院の女子にそこそこ人気があった。
かつての自分に比べたらまあ、とギーシュは思うところだが。
決闘騒ぎはもちろん、ルイズの使い魔やフーケあれこれで目立ったのもある。
平民だが。顔は良くて強いとなるとそれだけで女子の注目を集める。
そして、あのキュルケが狙っていると言うのも有名だった。
あのツェルプストーが果敢に挑み、未だ落とせていない男、となるとそりゃもう女子ならずとも男も気にするものだ。
男子の間では、裏じゃああの生意気な使い魔は主人からゲルマニア女まで……なんて噂もまことしやかに囁かれたくらいだ。
そんな男をライバル視、いや気にするなと言うのはギーシュには難しかった。
本当のところはどうなのか、とか興味も湧く。
「テメェもその面なら女には困らないだろ。違うの?」
「き、君だって故郷ではさぞモテたんだろうね!」
返事の代わりに一拍空いた間に、垣根の方を見たギーシュは慌てて目をそらした。
訝しむように目を細めて垣根はこちらを見ていた。鋭い視線につい身が竦みそうになる。
「いつだかルイズが言ってたのさ。君は何でも東方の異国生まれらしいじゃないか。おっかない顔しないでくれ」
「……まぁ、モテたって言えば、ある意味モテたな」
そう言って、納得したのか垣根はなんだか懐かしむように遠くを眺める。
「もしや国に恋人でも居たとか…悪いことを聞いたかい」
「別に。決まった相手は――何だ、テメェと一緒にすんなよ? でもある意味、貴族様共と似た所はあんのか。なら少しはわかるかもしれねえが、そう言うの作るとな。面倒なんだよ」
「……女子がよりどりみどりで困るだなんて言わないだろうね」
うんざりした様子で語る垣根の背中を見ていたギーシュの眉間に、力がこもった。
「そうじゃねえよ。テメェらは、家がどうとか跡継ぎとか色々あるんじゃねえのか? 俺の場合、個人でそう言うのが付いて回るんだよ。金、利権、そこにおまけで枷なんてついてみやがれ。おちおち遊んでもいられねえ」
意外にも、気乗りしない返事が返ってきた。
楽しげな様子のない垣根の言葉に。
ひそかに華々しい自慢話を期待していたギーシュも虚を突かれた。
「そんなことを気にしてたら大変そうだな」
「そう言うの狙いで寄ってくる連中もいたしな」
わからない、とギーシュが首を傾げると垣根はほんの少し考えてから続けた。
「派閥、家柄狙いの貴族からいらねえ見合い話がわんさか来る、って言うと伝わるか? 実際もうちょいキツいんだけど。DNAマップ狙いのブローカー、交渉人なんて昔はガチでヤバいストーカーみてえだったしな。真贋以前に手に入れても活用出来んのかってとこから怪しいんだけど。俺の場合他で似たようなサンプル確保出来ねえだろうから当然値も上がるんだろ、必死になるのも無理ねえんだろうが」
半分も理解出来ない言葉が続くが考えたってわからないのでギーシュは流した。
相手の話にとりあえずうなづいておいても問題ないだろう。
無闇に質問などして彼の話の腰を折るのも、何だかおっかない気がしていた。
「それで? 君はしつこい誘い話をどうしたんだね」
「俺は自分の面倒くらい自分でみれる。始末はこっちでつけたに決まってんだろ。余計な保護も管理も必要ねえ。まぁ、どっかのお嬢様連中は厳重管理下でヘアスタイル一つ変えるのにも苦労するんだと。どっちがいいのかはわかんねえけど」
「何というか僕らなんかよりよっぽど自立してるんだなあ君は」
「別に。普通だろ」
彼の語る普通、がすでに一般的な。
ギーシュ達の思うそれとは違っていることはわかった気がしていた。
感心したのか、それとも余計になんだかつかめなくなったのか。
ギーシュがルイズの使い魔の印象を深めていると。
ふと、それまで前を眺めていた垣根が振り返った。
「そうだ。テメェ確か土メイジだったな。わざわざ凝ったゴーレム作るくらいだから、『錬金』なんかは得意だろ」
「まあ自信はあるけど……何故そんな事を聞くのさ」
「テメェに活躍の場を与えてやってもいいって話。どうだ」
折角の任務。願ってもない、今後恵まれるかもわからない晴れ舞台だ。
ギーシュだって手柄の一つもあげたい。
しかし、この少年の提案を聞いても大丈夫だろうか、とつい嫌な方にギーシュの頭は働いてしまう。
きっと、ギーシュが思っている以上に彼は賢く、力もある。
だが。
その垣根の笑顔が、何か企んでいると言わんばかりに裏のありそうなものに見えていた。
「どうせ、何か条件があるんだろうね」
尋ね返した声は少し掠れていた。
疲労とおかしな緊張で喉の奥がヒリついているようだった。
「ドット相手にそんな難しい要求はしねえ、俺の言うようやればいい。まぁ、余計な真似はすんなよ。で、テメェ他には何が出来んの」
垣根はにやりと笑みを深める。
ギーシュ達の両肩にかかるのは国の為の任務の筈だと言うのに。
その顔はなんだか悪事の片棒を担がせようとしているように見えた。
「小僧っ子ずりぃなあ。相棒相棒、俺はなんかないの」
他に聞く者もいないがひそひそと、意味もなく声を落としながら話し合う二人の話の合間。
つまらなそうにデルフリンガーは愚痴をこぼした。
「お前は別に……ああ、あったな」
「何?!」
「暫く黙ってろ」
持ち主になんとも邪険に扱われ、嘆く剣はひと騒動ありゃいいのに……なんて物騒な一言を残して静かになった。
* * *
街道から少し外れた草原で垣根達は地面を見下ろし、頭を悩ませていた。
足元、土の上に転がるのは十数名の男達だった。
ラ・ロシェールまでの道中で行き交う、旅人、商人、そんなものに混じっていたこの一団に襲われたのはつい先ほどの事。
それも、前からやってきたおかしな――荷の代わりに武器を手にした男ばかり乗せた――馬車達にデルフリンガーがいち早く気付いたおかげで対処が間に合った。
彼等の獲物はナイフ、剣、棍棒とどれも冴えない。
街道沿いに巣食う野盗一派といったところだった。
こちらにはメイジが二人、そのうち一人がスクウェアともなれば迎撃するのは容易い事だった。
垣根がした事と言えば、一応ルイズの様子を伺い、魔法でやられた男たちを逃がさないよう少し動いたくらいだ。
一度も抜かれる事無く、背中で剣が泣いていた。
「よくまあ、荷台にいたのがあんな連中だなんてわかったね君は。ただの剣じゃなかったのか」
驚きを通り越し、ため息交じりにギーシュは首を振った。
ここに居たほとんどが、デルフリンガーの事を「お喋りな剣」だと思っていたから余計だ。
最初、警告した時も垣根以外はまともに取り合おうとしなかったくらいだった。
「俺は知性のある武器だぜ。持ち主に何かありゃあ、対処できるようにできてんのさ。襲われる前に敵がいねえか調べるくらい楽勝よ」
褒められて少しは気分を持ち直したのか。
襲撃の最中放っておかれて沈んでいたデルフリンガーは嬉しそうに返事をする。
「デルフリンガー、と言ったか。どれくらいの事がわかるんだ」
ワルドは腕組みをすると値踏みするように垣根の背を睨んだ。
「平民とメイジ、人形と人間の違いは何となしにわかるけどよお。それ以外となると難しいねえ。例えば、外からじゃ区別がつかないのもいるぜ。ある程度の精神力の流れがあって、それを自分で扱える連中とかなあ」
「それでは、例えば水魔法で操られた者が居て何か起こしたとして。区別はつくのか」
「細かい事まではねえ。操られてやったのかどうか、ってんならわかんねえだろうなあ。心ん中がとんでもなくおかしくなってんなら、俺を握ってもらえば何かわかるかもしんないけど。そうでなくても魔法を掛けたメイジの腕がよけりゃ違和感なんて薄くなっちまうもんだ」
「その仕組みは『探知魔法』か。しかしわれわれのものとは精度が違うな」
みすぼらしい朽ちかけの剣、と言う外観を裏切る予想外の性能に感心したのか。
自嘲めいた呟きでワルドは笑って見せる。
「おう。一切合切あたりのもんを判別出来るようになってる。おっと、四六時中そんな事やってるわけじゃないぜ? ま。人間と違って俺みたいな物は疲れないし考える事も少ない。だから入ってくるあれこれ感じたもんを判断するのが面倒だなって思うくらいだけど、おんなじ事を人にやらせたらしんどくて頭が痛くなるだろうね」
「どれくらいわかるの? たとえば、ここに居る誰かがはぐれちゃったりしたら探せる?」
「一番遠くて一番ぼんやりするのが四百メイルくれえかな。確か、敵の矢が届く範囲は用意してりゃわかるんだった。『使い手』に怪我でもされちゃ困るんで。でも的がこいつだ、ってはっきりしてりゃそれでも十分よ。たとえば相棒や娘っ子はよく知ってるし目立つかんね、そう見失わねえさ」
「僕はどうだい」
「小僧っこは……うーん。ピンとこねえなあ。どっかで迷子になんないように気ぃつけな」
笑ってそう返されたギーシュはなんとも情けない顔でしょげ返る。
「六千年間過ごしてりゃ、色んな事は経験すっからよぉ。別に大したもんじゃねえよ」
「その話は初耳だけどな」
不満げに洩らした垣根に、慌てた様子でデルフリンガーはまくしたてた。
「今思い出した! だからこうやって話してんのさ。ね、相棒!」
いつもの調子で騒ぐのを横目に、ルイズはふっと笑みを浮かべる。
「あんたがこいつにあれこれ話してるの。てっきり大袈裟な作り話かと思ってたわ。ほんとの話だったのね」
「おうよ。俺様はデルフリンガー、『ガンダールヴ』の相棒もつとめた由緒正しいインテリジェンスソードよ」
珍しく注目を集め、役立ったことに機嫌を良くしたのか。
デルフリンガーは浮かれきった様子でそう答える。
依然、鋭い視線のままワルドはおかしな剣とその持ち主を眺めていた。
さて。
捕らえたものの、こいつらをどうするか。
男ばかり面つきあわせてそんな話をする事になった。
「貴族に喧嘩売る馬鹿ってのがゴロゴロ居るんなら気にしねえけど。そうじゃねえだろ?」
単に、物盗りなら放っておいてもいいかもしれないが、それだけではない。
幻獣に乗った、あからさまに貴族然とした男が居て。
十や二十数がいても。平民が敵うと思いかかってくるかどうか、は難しいところだった。
一先ず仔細を聞き出す、と言う事でワルド達はまとまった。
そう言う事ならプロに任せるべきだ、とギーシュの意見で真っ先にワルドにその役が振られたが。
これもまた経験だ、君たち少しやってみたまえ。
と、辞退されてしまった。
「俺、尋問とかした事ねえんだよなあ。必要なかったし」
拘束され、転がされるように座らされた男達を見回すと。
億劫そうに垣根は首を鳴らした。
「相棒も意外と平和主義かい。じゃあどうやってこう言う連中からあれこれ聞き出すのさ」
デルフリンガーの疑問に垣根は得意気に腕を組む。
「人間、一人くらい隠し事が出来ねえ相手や何でも話せるオトモダチってのがいるもんだ。そこを突けば後は勝手に口を割る。中には大事な奴にこそ本当の所は明かさないって言うタイプもいるらしいが。逆に何の関わりも興味もねえ他人にはつい零しちまう、なんて事もある。まぁ、実際何をどうするかってのはちょっとした企業秘密だけど……そう言う役がいなくなんのも案外不便なもんだな」
緊張感のかけた垣根の態度に、ワルドは苛ついた様子で声を掛ける。
「それで。君はそいつらが話したくなるのをのんびり待っているつもりか?」
「いや。面倒だし、手っ取り早く痛い目みてもらうか。ベタな所だとさ、やっぱ最初は指か? 爪に針、剥いだら指折って、順に落とすとかそんな感じか。まぁ、適当にやるけどこんだけいるなら何人かしくじっても大丈夫だよな」
気軽に発せられた言葉に情けない声を上げて何人かの男がもがいた。
後ろ手にされ、更に親指同士をきつく縛られている為。既に鬱血し指先が気味の悪い色に変わっている者もいる。
それを手づから行ったのは、他でもない垣根だ。
ギーシュは嫌そうに彼らから視線を外している。
「お前、ポリグラフみてえな機能はねえの。嘘を見破るとかさ」
「握られた相手の心の震えがわかるって言っても、そんな繊細な真似はできねえなあ。それに今からおっかねえ目にあうって連中相手じゃあ『恐い』ってのでみんな一緒くたになってそうだしよお」
俺を持たすんじゃ、腕を解かなきゃだめじゃねえの? と、デルフリンガーが尤もな指摘をした。
「やっぱり俺がやるしかねえのか。まぁ、さっさと吐いてくれると俺も助かるぜ。一人ひとり楽にしてやるような親切さは期待するなよ」
いたって明るい調子で。
垣根は男達にそう告げた。
しかし。
その表情がふと変わる。
うんざりと、面倒そうに息を吐いてから。垣根は後ろを振り返った。
ずんずんと、髪を振り乱したルイズが奇妙な一団に近づいて来ていた。
「何しに来やがったんですかね。御主人様」
「あんた達こそどうするの? そいつらはもう捕まえたんでしょ」
馬を留めた所にいたルイズは、待ちきれなくなったのか三人を追って来たらしい。
任務の真っ最中だ。余計な油を売っているなと、急かしに来たようでもある。
水を差された垣根はルイズを睨むと。
背中から剣を下ろした。
「こっちもいろいろあんだよ。丁度いい、お前デルフと一緒にあっちで残りが居ねえか見張ってこい」
「なによそれ! って言うか主人に命令しないでよね」
「よーし残党狩りだな! 娘っ子、行こうぜ!! 俺を連れてってくれるかい」
垣根に言われ、ワルドにも離れているよう言われて。
ルイズは、浮かれた様子のデルフリンガーを渋々抱えていった。
ルイズの姿が充分男達から離れるとワルドは垣根に尋ねた。
真剣な面持ちだった。
「まだこいつらの仲間がいるのか?」
「いいや。それはデルフの奴が一番わかってる筈だ。それに、たまには気も利くぜ」
先ほど披露した索敵、探知能力はもちろん。
持ち主である垣根の思惑も、ある程度汲める頭はあるようだった。
「では何故ルイズを一人で行かせた?」
ワルドは不満そうだった。
任務の事を考えれば、関わりがあるかもしれないこの連中は放っておけない。
しかし、婚約者を危険な目に合わせるのではと思うならそちらも放っておけないだろう。
苛立つのも無理ない事だ。
「こっから先はガキには刺激的、っつう予定だからな。騒がれると邪魔だし。何かあればあの剣が知らせるが、心配ならあんたがついてりゃいい」
「なら僕も失礼して……」
これからはじまる愉快そうな催しに、早くもげんなりしていたギーシュはそそくさと離れようとしていた。
「ミスタ・グラモン。あなたには残っていただかないと、丸腰の俺一人じゃ心許ないじゃないですかー」
「うっ、嘘だ! 僕に何をさせる気だい」
これっぽっちも隠す気のない棒読みで、垣根は笑顔を浮かべて近寄ってくる。
たまに使い魔が怖いとルイズが以前こぼしていた事が、この頃わかりそうな気がしているギーシュだった。
「よしよし。物分かりのいい馬鹿は嫌いじゃないぜ? まずはこれから言う通りに『錬金』してくれりゃあいい。後は教えたように、だ」
そう言って、ウインク一つしても様になる少年は。
地面に転がった男たちと、何とも楽しそうに話し始めた。
「あ、アルビオンに向かう奴を狙ってた。それだけだ」
「次」
横這いにされ、手を踏みにじられた男が叫んだ。
「あんたらが金持ってそうだから襲っただけだよ本当だ!」
「はいはいつぎー」
ゴキン! と嫌な音を立てて両肩の骨を痛めつけられた者は。顎を砕く程の勢いで歯を食いしばり呻いている。
「嘘吐いてねえよなあ? 本当の事を言えば、テメェの命は見逃してやってもいいぜ」
「嘘はいわねえ……ここを通る貴族を狙うのが仕事だったんだよ!! 俺は言われてやっただけだ」
必死の形相で叫んだ男は腹を蹴られ咳き込む。呻く事すらままならない。
最初の三人はだんまり。仲間が散々な目に合わされたのを目の当たりにして、やっと口を開き始めたと思ったが、そこから四人続けても成果はさっぱりだった。
そんな様子に首を振ると、垣根は男達の前で見せつけるようにポケットから片手を抜いた。
ジャラジャラと、開いた掌からは金属で出来た楔のようなものが落ちる。
針のように細いものから小さな子どもの指と変わらない程の太さのものまで大小さまざまだ。
「時間かけたいんならお好きにどうぞ。お互いの為を考えんなら、空気読めよ?」
飽き飽きしたように言い捨ててから。
垣根はにっこりと笑顔を作った。
地面に転がったまま首を縦に振っている男の前に近づくと、その前にしゃがみ込む。
「じゃあ次、テメェだ。他の奴が言ってねえ事があったら吐け。その分長生き出来るかもな」
そう吹きこまれ、男は震えながら口を開いた。
「頼んできた奴の顔はしらねえ。仮面の男だ。グリフォンと馬二頭、それを襲えとしか聞いてねえ。首尾よく金が奪えりゃいいって話だった。あんたらを殺せとも、俺達は言われてねえ」
だから殺さないでくれ、と言いたげに顔をぐしゃぐしゃにしながら男は頷き続けている。
その顔を、目を細めて垣根は覗く。
「俺達は、か……他にもいるんだ?」
「そうらしいってのは聞いた! あとはしらねえ、もうしらねえよ! 助けてくれ、いいだろ。俺は助けてくれよ!! こんなしけた仕事で死ぬのはごめんだ!」
無様な姿に。
やれやれと息を吐いた垣根が手を二回叩くと、地面から生えた『アースハンド』が男の顎を捉えた。
強烈な一撃を食らい男は俯せの姿勢から仰向けに、勢い良く後ろに倒れる。白目をむいて崩れ落ちたらそれきり。
起き上がるなんて様子はないようだった。
「これだけやって代わり映えもねえ、他に立候補してくる様な奴もいないんじゃこんな所が精々か? まぁ、まだ後が控えてんならこの先退屈せずには済みそうだけど」
それからまた二人ほどの男と交渉しても。
これと言って特筆するような事は聞き出せず垣根は街道を振り返った。
馬を待たせた辺りでは、デルフリンガーを横に置いたルイズが座り込んでいる。
どちらにしろ潮時だろうと見切りをつけて、垣根は上着を整えた。
野盗連中をそのまま置いて、ワルドと垣根はきた道を戻っていた。
途中、ワルドが男達を窺うように振り返った。
「いいのかい使い魔くん、連中をそのままにして」
「あれでやり返してくる気があるんなら大したもんだ。それに俺が面倒見てやらなくたって依頼した奴ってのがちゃんと
片づけるだろ。しくじった奴を慰めてやる依頼主ってのもいねえだろうし」
俺ならそうする、と大して興味もなさそうに答える。
その垣根の言葉通りかは定かではないが。
ボロボロになった彼等が逃げる様子はまだなかった。
「それとも、これ以上無駄な時間割いていいのか? 俺たち急いでるんだよな」
とは言うものの、捕らえた男達を縛り上げて尋問し終えるまでに費やしたのは大した時間ではない。
少し馬を休めるには丁度よかったくらいだ。
「ああ。その通りだ。だが結局、ろくな情報がなかったな」
「まぁ、期待通りだったけど。こう言うのは少しくらい予想を裏切って欲しいもんなんだな」
残念そうに垣根は肩を竦める。
首を傾げ、ワルドは垣根の言い分を促した、
「知らねえ事まで吐かせるのは無理だろ。あの連中、雇われたにしても貴族狙いにしちゃ軽装すぎだ。脅すにしろ仕留めるにしろ、銃くらいねえとメイジ相手に使えねえ。それを準備させてねえっつう事は。話を持ってきた奴ってのは最初から、あいつらが上手くやるなんざ思ってなかったんだろうな。そんな捨て駒にあれこれ話しておく方が珍しい」
後は、あいつらも雇い主もどっちも考えの足りねえ馬鹿だったのかもな、と垣根は笑う。
その答えに、何とも興味ぶかそうにワルドは腕を組んだ。
視線が鋭いものになっていた。
「ふむ。使い魔くんはどう見ているんだい。本当に、あいつらの仲間がこの先も襲ってくると思うかな。あんな連中が貴族派だとも思えんが」
「さあな。だがあんたらは周りに気を配って損はねえ筈だ。相手がどいつでも、そのつもりがあるなら気付かれる前に襲うだろ。それなら遠距離から狙撃ってのが一番だ。手も汚れねえしな。銃、弓、魔法。ここの飛び道具がどれくらいかは知らねえけど」
「悪くない読みだが、それが君の流儀かい。腕のいい剣士だと聞いていたが暗殺者の才能もあるのかな」
出来のいい子どもをほめるように。感心した様子でワルドに尋ねられて垣根は首を振った。
「そんなのも出来なくはねえけど、向いてるかは別問題だな。ほら、俺って目立つし」
振り返ると、一足先に戻っていたギーシュが何やらルイズに怒鳴りつけられている。
ワルドと垣根は、何事もなかったような顔をしてそちらへ足を進めた。
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名前は女子だけど僕って言ってるからヴェルダンデはオスなんでしょうか。それとも僕っ娘とかなんですか
垣根にはムシャクシャしてやらせた。正直反省してない
今後の戦闘含め垣根の動かし方でだいぶ悩んでたんですが、方向性はひとまず定まりました。
がんばれギーシュ、あとワルドさんも。
シェフィさんもコンニチハ。
今度は右手のタイミングをはかりかねていたり