ラ・ロシェールにたむろしていた傭兵という傭兵が、束になってかかってきたようだ。
魔法の射程外から扉や窓に狙いをさだめ、少しでも顔をのぞかせようものなら雨あられと矢を打ち込んでくる。
他の貴族の客たちは、カウンターの下で震えている。でっぷりと太った店の主人は流れ矢をうけて床にうずくまり、うめいている。
やがて壁や屋根がミシミシと軋みだした。外にいる巨大ゴーレムが、建物に手をかけているようだ。
「いいか諸君」
ワルドが低い声で言った。
「このような任務は、半数が目的地にたどりつければ、成功とされる」
こんな時でも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方をむいた。自分とキュルケと、ギーシュを杖で指して、「囮」とつぶやいた。
それからタバサは、ワルドとルイズと禅師を指して「桟橋へ」とつぶやいた。
「時間は?」ワルドがタバサに尋ねる。
「いますぐ」とタバサはつぶやいた。
「聞いてのとおりだ。裏口へ回るぞ」
「え?え?ええ?!」
ルイズは驚いた声をあげた。
「今からここで彼女たちが敵を引きつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋にむかう。以上だ」
「で、でも・・・・」
ルイズは納得がいかない。ついさきほど自分を死ぬほどビックリさせ、ワルドをひとひねりにねじふせたカンドーマたち。
彼女たち、自分と禅師を守るために未来から送り込まれたと自称していなかったか?
さっそくピンチに陥っているというのに、彼女たちはどこへいったのか?
ワルドは、カンドーマたちがいきなり姿を消したと言っていたけど、どんな状況だったのか?
ワルドは、もの問いたげな視線を向けてくるルイズの様子を見て、何を尋ねたがっているのか察して、言った。
「あてにできないものにすがろうとするのは無意味だ」
キュルケは、ルイズが自分たちを囮にすることをためらっていると思ったのか、魅力的な髪をかきあげ、つまらなそうに唇を尖らせて言った。
「ま、しかたないかなって。あたしたち、あなたたちが何しにアルビオンに行くのかすらしらないもんね」
ギーシュは薔薇の造花を確かめはじめた。
「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな。死んだら、姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうな・・・・・・」
タバサは禅師に向かってうなずいた。
「行って・・・・・・」
キュルケはルイズにむかって続ける。
「ねえ、ルイズ。勘違いしないでね?あんたのために囮になるんじゃないんだからね」
「わ、わかってるわよ」
ルイズはキュルケたちにぺこりと頭をさげると、身をひるがえした。
ルイズ、禅師、ワルドの三人は、酒場から厨房に出て、通用口から夜のラ・ロシェールの街に躍り出た。
ほぼ同時に、『女神の杵』亭から派手な爆発音がおこり、火柱があがる。
「・・・・・・はじまったみたいね」
「桟橋はこっちだ」
ワルドの先導で、3人は駆け出した。
※ ※
ワルドは走りながら自問自答する。
さきほど、カンドーマの妙な武器に貫かれたとき、精神力が根こそぎ奪われた。
その後、その武器を抜き取る時、カンドーマはかなりの程度を回復してくれたが、いまひとつ体調がすぐれない。
この先に待ち伏せさせている白仮面は、体調が万全の時に分離した元気いっぱいの偏在だ。
真っ向から戦えば、下手をすると遅れを取りかねない。
赤いカンドーマは、ワルドと二人っきりになったとき、「我らはルイズと禅師を守るためにのみ遣(つか)わされた」と言っていた。
自分が危険に陥っても、放置されるだろう。
自分の偏在に倒されては、しゃれにならない・・・・・・。
※ ※
長い長い階段をのぼりきり、丘の頂上にでると、いきなり山ほどもある巨木が目に飛び込んできた。
巨大な枝々には、大きな何かがぶらさがっている。
巨木に近づくにつれ、禅師は息を呑んだ。
ぶら下がっているものひとつひとつが、それなりに大きな船であった。
この巨木は、どれほどの大きさがあるのか・・・・・・。
巨木の幹の内部は大きくうがたれ、その根元は巨大なビルの吹き抜けのホールのようになっていた。
各枝にむけて、それぞれの階段が伸びている。
三人は幹の中に駆け込むと、ワルドが導くまま、階段のひとつをのぼり始めた。
踊り場で、後ろから追いすがる足音に気がついた。禅師が振り向くと、黒い影がさっとひるがえり、禅師の頭上を飛び越えてルイズの背後に立った。
黒装束を見にまとった白仮面の男である。
禅師はドルジェ(金剛杵,こんごうしょ)をたもとから取り出すと同時に叫んだ。
「ルイズ!」
ルイズが振り向く。一瞬で白仮面はルイズを抱え上げた。
「きゃあ!」
ルイズは悲鳴をあげた。禅師がドルジェを構えると、70サントあまりの長さの輝く刃が5本、ゆっくりと伸びる。
(このまま振り下ろしたところで、ルイズを傷つけずに白仮面にだけ当てることができるだろうか?いや、できる!)
一瞬の自問自答ののち、禅師が白仮面に殺到しようとした瞬間、ドルジェが声をあげた。
「構えろ!相棒!」
禅師がドルジェを構えたとたん、空気が震えた。ぱちん!とはじけ、白仮面の周辺から、稲妻が伸びて禅師を襲った。
稲妻は、ドルジェから伸びる5本の刃に触れると、すべて跡形もなく吸収されて消滅した。
白仮面が動揺の様子をみせる。
禅師は、ルイズごと、白仮面をドルジェの5本の刃でなぎはらった。ばふん!と激しい音がして白仮面の男は消滅した。
ルイズは1メイルほど落下して、尻をはげしく地面に打ち付けた。
「いたたた・・・・」
ワルドは、加勢する隙をうかがいながら禅師の戦いぶりをながめていたが、勝負が決着すると身構えを解き、興味深そうに禅師にたずねた。
「インテリジェンス・アイテムですか?」
「ええ」
このドルジェは、まだ地球にいた今年3月の中旬、禅師がチベットを脱出する際、変装のため、護衛の下級兵士サムテンから借りた法具である。古いようだが、何か特別な機能などあるはずもなかった。
ところが半月ほどまえ、このドルジェが突然しゃべりだしたのである。
禅師とルイズは仰天した。
ドルジェはみずからを「デルフリンガー」となのり、馴れ馴れしい態度で禅師を「相棒」、ルイズを「娘ッ子」と呼ぶようになっていた。
3人は、桟橋をのぼりきった先に停泊していた『マリー・ガラント号』にのりこみ、船長をむりやり説得して、その晩のうちに、出航させた。