「何者だ!!」
掲げられたカンテラの光が、戦士の影を岩壁に揺らした。
ややあって、低く、威圧するような女の声が反響する。
「リッシュモンだな?」
不規則に照らされるその姿は、奇怪なものだった。
甲冑をまとい、剣を握る女だった。
眉を露出させた異様な頭髪は、決意の証ということだろうか。
あるいはただ、眼の邪魔を嫌ってのことかもしれない。
いずれにせよ、見るものを威圧する覇気を放っている。
「その姿……。貴様、知っているぞ。確か銃士隊の者だな?」
女は動かない。
「平民風情が、忠に酔って死のうというのか?」
「ダングルテール」
少女の若々しい唇から、故郷の名が告げられる。
リッシュモンの頬が、まがまがしく歪んだ。
「ふん、貴様は生き残りというわけか」
取り巻きのメイジ達が笑った。
いやらしい笑い方だった。
「だが無駄なまねはよせ。我々はもう詠唱を終えている。
それこそ殺すと決めるだけで、お前は死ぬのだぞ。銃と剣を置け。両手を挙げろ」
アニエスは一呼吸の間をあけ、表情を変えることなく腰の武装帯を外す。
そしておもむろに両手をかかげ、刹那、袈裟切りの型でデルフリンガーを飛ばした。
「ぬあっ?!」
早業だった。
しかしその抗いは、ただリッシュモンの頭部を掠め去ってゆく。
「フ、フハ……お、驚いたぞ……」
「……」
「やはり貴様は死ね!!」
「やれ!!デルフ!!」
「おうよ!!」
アニエスとデルフリンガーの叫びを追うように、魔法の煌きが数度洞窟を走る。
至近距離からの魔法に抗う術もないまま、ラインのツララに胸を貫かれるリッシュモンへ、アニエスは歩を進める。
「な、なぜ……」
膝をつくリッシュモンが振り返って見たものは、崩れ落ちるメイジたちと、
モヒカンのカツラをかぶった一人が、今まさに自決を遂行する姿であった。
「それはインテリジェンス・カツラのデルフリンガー。かぶった者を自在に操る能力を持つ」
「バカな……平民が……貴族……を……」
赤い水面が広がる。
アニエスは、吐血で溺れる言葉を踏みしめるよう行く。
「死して歴史に汚名を刻め、リッシュモン」
貴族式に振りかぶられた軍刀が小気味良い風切り音をたてる。
返り血に溶けゆく涙は、ぬぐわれぬままいつまでも滴り続けた。
微動だにせぬ仇を眺めていると、
アニエスの中で泣き続けていた少女が、笑顔で何かをつぶやいた。
『ああ、そうか』と思う。
今ならハシバミ草も大丈夫かもしれないな。
かつての少女は自らにそう微笑みかけると、闇に背を向け歩み始めた。
~ミシェルの日誌より~