「諸君ッ! 決闘だッ!」
ヴェストリの広場にギーシュの宣言が響き渡った。
魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭であり西側に位置する広場なので日中は日が差さない。
決闘にはうってつけの場所であった。
騒ぎを聞きつけて集まった生徒たちはギーシュの決闘宣言に大いに沸きあがった。
誰もがケイツが勝利することなど期待していない。公開処刑を期待する血に飢えた興奮が周囲を支配している。そんな空気の中、ギーシュは観衆が送る声援にひとしきり陶酔すると、ようやくケイツの方へと向き直る。
「とりあえず、あれほど逃げ腰だったわりによく来たと褒めておこうじゃないか」
「来たかったわけではない」
ギーシュの得意げな挑発を受けてもケイツはやる気を見せなかった。願わくば、とっとと謝って帰りたいとさえ考えていた。
「さて、決闘には名乗りが必要だ。僕の名前は『青銅』のギーシュ。得意な魔法は錬金だ」
相変わらず芝居がかったようにギーシュは名乗りを上げた。薔薇の造花を得意げに構えている。
ケイツはハルケギニアに来て、かねてより疑問に思っていたことを思わず口にしてしまった。
「――待て、貴様。ずっと疑問だったのだが、"錬金を使うならなぜ脱がない?"」
一瞬、すべてをかき消すほどの喧騒に包まれていたヴェストリの広場が静まり返ったような気がした。
すぐにざわざわと活気が戻ってくる。だがそこには明らかに困惑の色が浮かんでいた。
「なっ!? 君は何を言っている。ま、まさかいくら僕が至高の美少年だからと言ってよもやそういう趣味があるのではあるまいね!?」
ギーシュが明らかに、自信過剰気味に動揺した。
「何を言うか。私は単に錬金を使う魔法使いとしてあるべき姿を提案しただけだ。貴様の裸など誰が見たいものか」
自分が知っている錬金大系の有名な台詞として"服など女子供の着るものだ"というものがある。
≪錬金大系≫は観測した対象とほかの部分を分ける≪境界≫に魔力を見出す。
故に魔法使いの身体の表面を服で覆うなど、魔法行使の邪魔でしかないのだ。
つまり≪錬金大系≫では服を着るなど戦士としてあるまじき行為、男も女も錬金大系魔導士ならば皆、裸というのが常識だ。
ハルケギニアの魔法使いたちを目にしているとケイツは全く理の異なる世界に身を置いているのだという事を強く確信させられることになった。
ケイツの問題発言で台無しになりそうな決闘の雰囲気をなんとかしようと、ギーシュはあらん限りの声を振り絞って吠えた。
「何を分けのわからない事を言っている! もういい、出でよっ! ワルキューレ!」
ギーシュが一言二言詠唱すると、彼が手にしている薔薇の造花から一枚の花弁が宙を舞い、人の丈ほどの青銅人形が姿を現した。
鎧に身を包み武器は持っていないが、ギーシュ・ド・グラモンが得意とするクリエイト・ゴーレムの魔法である。
ケイツは初めて対峙する未知の魔法大系に対して、まったくの警戒なく佇んでいる。
「ふふ、このワルキューレを前に戦意を無いか。謝れば許してやっても――」
自分の魔法に酔いしれているギーシュを他所にケイツはコートの内側から一本の剣を取り出した。
そしてその抜き身の剣を地面に突き立てる。
途端に地面に当然のように散在する土や石ころが爆発的に銀色の弦を伸ばした。まるでヴェストリの広場そのものが銀色に開花したかのようだった。
それまでただの石ころであった地面が突如、意志を得たかのように動き出す。コロコロとひとりでに転がり、詰みあがって盛り上がっていった。
結果、そこに出来上がったのは夥しい剣の山だ。ケイツが最初に地面に突き刺した抜き身の剣と一糸違わぬ姿の剣が立ち並んでいた。
それは≪概念魔術≫と呼ばれるものである。
魔法においても、現象は『原因』があって『結果』という当たり前の順序に従う。
だが高等な魔術は先に『結果』を押し付けてしまい、逆算で『原因』となる現象を生成させることが可能だ。
ケイツは自分が持つ剣と『相似である』ことを、地面に対して押し付けたのだ。
その結果がケイツが持つ抜き身の剣と『似ている』夥しい数の剣だ。
ケイツは全てが相似弦で繋がっている剣の中から最初の剣を引き抜いた。するとそれに沿うように他の剣もケイツが抜いた剣と『同じように』一人でに持ち上がりその身を空中で静止させていた。
ケイツが剣をギーシュの方へと向ける。
同様に百ほどもある剣の数々が『同じように』ギーシュへとその剣先を向けたのだ。
「な、なんだね。それは、き、君はメイジだったのか」
突然の出来事にギーシュは動揺する以外の何事もできなかった。
慌てふためいたギーシュに対して、ケイツが淡々と乾いた視線を向ける。
「これで分かっただろう。私と貴様では天と地ほどの開きがある。別に貴様をなぶろうとは思わない。早く降参しろ」
今ならこの尊大な物言いもこの男には似つかわしいのではないかとさえ思えるようだった。
数多の剣の軍勢をギーシュに突きつけているその様は歴戦の将軍のようだ。その矛先が全てギーシュへと向いている。
もやは杖を交えるまでも無く、ケイツの勝利だとすべての観衆が確信したときそれは起こった。
「――っ何!?」
ケイツが操るすべての剣が、橙色の炎に包まれて焼け落ちたのだ。
橙色の炎に包まれた夥しいほどの剣が重力に引かれて落下する様は、まるで焼け落ちた浮遊城の崩落にも似てひどく幻想的であった。
相似弦を新たに紡ぐことさえ出来なかった。ケイツにとってその炎は最も馴染みのある侮蔑と嫌悪と怒りの対象となるものだ。
「馬鹿なッ!! 魔炎だと? どうして今になって!?」
ケイツの疑問は悲鳴のように放たれた。
地獄では≪悪鬼≫の観測によって魔法は焼き払われる。≪悪鬼≫の五感に触れたありとあらゆる魔法は橙色の炎を上げる魔炎に焼かれ燃え尽きるのだ。
奇跡の技である魔法を焼く≪悪鬼≫達こそがケイツたち魔法使いが恐怖し、嫌悪し続けてきたものだ。
だが、この場の現象はそれでは説明がつかなかった。悪鬼の五感に触れた魔法はその場で焼け落ちる。つまり悪鬼がこの決闘を見ているのならばそもそもケイツは魔法を使えないのだ。
「……≪沈黙≫(サイレンス)かっ!?」
ケイツはその名前はあらん限りの嫌悪と共に吐き捨てた。
"意図的に魔法消去を切る事が出来る"近づかれた頃には魔法で抗うことが出来ないという≪沈黙する悪鬼≫は魔法使いにとっては最大級の恐怖だった。
そして、自分に因縁のある男の代名詞を前にして冷静になることなど出来ない。
「……一体なんなんだね」
当惑するギーシュを他所にケイツは群る観衆へと代わる代わる視線を飛ばしている。
「おのれ、どこだ。なぜ私の邪魔をする。サイレンスよ!」
だが、探せども探せども、≪武原 仁≫の姿は見当たらなかった。当然いるはずもなかった。
「き、君は一体何なんだ。ええい、行けワルキューレ!」
ギーシュは怯え、当惑していた。
ちょっとした憂さ晴らしのつもりであったのに、なぶり者にする予定であった目の前の男はあろう事か魔法を行使して見せた。
それも自分より遥かに高度なものを、杖もなしに。そしてその直後に起こった橙色の炎の嵐。
何もかもがギーシュの思慮の外にあった。だが名のある軍閥の子息としての嗅覚がとっさに身体を動かし、青銅のゴーレムをケイツにけしかける。
しかし、思慮の外という意味ではケイツも同様だ。
忘れもしない。≪地獄≫にいた魔導士ならば誰もが憎悪して止まぬ魔炎が"今ここ"で自分の魔法を焼く意味が分からなかった。
敵を見据えて一対一で行う決闘で、あろう事か二人が二人とも別のものを恐れていた。
けれど時間は平等に流れる。
呆然としたケイツに対して既にワルキューレは走っていた。
「――っ!?」
我に返ったケイツは咄嗟に身をひねることで迫り来るワルキューレの豪腕をかわした。
一体どういうことだ。なぜ、こちらだけ魔法消去を受けてお前らは平然と魔法を使えるのかと、ケイツは心中で悲鳴を上げる。
呆れるぐらい冗談みたいな光景であった。魔法使いと決闘しているのに、こっちが一方的に魔法が使えない。
ケイツの心を弱気が支配する。
「ふっ、ふふふ、どうした。さっきまでの威勢はどこに行ったのかね?」
目に見えてうろたえ出したケイツを見て、ギーシュは次第に平静を取り戻してきた。
戦いの興奮が恐怖心をかき消し、そして優位に事を進めた自信が集中力を高める。
ケイツは総身が震えた。地獄よりこの地に招かれて以来、多少なりと穏やかな心持ちになれた気がしていた。
だが自らの魔法を橙色に燃やし尽くす地獄の残り火に追いすがられたようで苦い思いが胸いっぱいに広がる。
どこにいるかも分からない悪鬼に怯えながら迫り来るワルキューレの拳を必死に回避することしか出来なかった。
「どうしたのかね? さっきの魔法はもう使わないのかね? 最初は油断したがもう君の魔法は通用しないよ」
戦況を有利に進めているギーシュが得意げに嘯いた。
だが、恥じも外聞もなく逃げ回るのケイツを相手に青銅の拳は空を切るだけであった。
戦況を見ればお互いまだ無傷だ。
それでも攻め続けているという事実がギーシュに自信を与える。
「……分からん。わけが分からんぞッ!!」
ケイツは恐怖する。ギーシュが操る青銅の拳に、ではない。
どこからとも知れずに照射されている魔法消去の脅威が不気味でたまらなかったのだ。
今のケイツはただの人だ。
秩序が最も安定する世界を目指した偉大なる旅人、≪放浪者≫とて原住民が放ったただの槍に刺し殺された。
いかに不老不死を誇る高位魔法使いと言えど、魔法消去下においては神話の主などではないのだ。
幸か不幸か、ケイツは長い地獄での逃亡生活のおかげで体術の嗜みがあった。
襲い来る青銅人形の直線的で単純な豪腕を回避するだけならば造作もない。
しかし、魔法消去に晒されているという不安、そしてなによりも相手がその影響を全く受けていないという事実がケイツを焦燥に駆り立て、平静を保つことができないでいた。
「どうしてだ、なぜ貴様は魔法を使っていられる!?」
「何を言っているのかね。そんなの僕が貴族だからに決まっているじゃないか!」
口元を愉悦に歪ませて語るギーシュは話にならなかった。
だが明らかに今の状況はギーシュが意図して作り出したものではないと、ケイツは理解する。
元凶を探るべくせわしなく動かしているケイツの目が桃色の髪をした少女の姿を捉えた。
胸元で両手を握りこみ不安そうな顔でケイツを見つめていた。
だが、ケイツはそんな彼女に目を留めておくわけにはいかない。
こうしている今でさえ銅の豪腕は風切り音を震わせ、ケイツへと迫っているのだ。
「くっ!」
大きくバックステップすることでケイツは窮地を脱した。だが相変わらず魔法は使えない。
大きく後退し、間合いが開けたことでその隙に一呼吸付く余裕ができた。
肩で息をするケイツを見据えるギーシュが薔薇の造花をキザに構えて宣言する。
「なかなか、しぶといね。だが遊びは終わりだ。全力でお相手させていただこうじゃないか」
ギーシュの杖から薔薇の花びらが六枚舞散った。そこから顕現する六体のワルキューレ。
最初の一体と合わせて七体のワルキューレがケイツの目の前に展開された。
「君は妙にすばしっこい。だから数で包囲させてもらうよ」
既にギーシュは勝った気でいた。相手に死を告げるが如く薔薇の造花を掲げ振り下ろそうとした。
「――待ちなさい!」
しかし、ギーシュの命令がワルキューレへと下されることはなかった。
声を張り上げ、決闘中の二人の方へと歩み寄ってきたものがいたからだ。
「……なんだい? ルイズ、まだ勝負は付いていない。邪魔をしないでくれたまえ。退いていてくれないか」
「邪魔ですって……?」
ルイズは目尻に力を込めてギーシュを睨む。
「こんな決闘は卑怯よ! ケイツが凄い魔法を使ってあんたが負けそうになった途端に妨害が入ったことは明白でしょ! あんたの腕じゃあんな炎だせるわけないものね。正々堂々と戦いなさいよ!」
決闘に立ち会っている観衆のうち、少数派の意見をルイズが代弁した。
あの長身の枯れ木みたいな男が魔法を使ったのは驚きだったが、その大魔法を前にギーシュには勝ち目が無いだろうと、勝負の行方を見据えたものが何人かいた。
それだけに、その後の展開には不信感を抱かずにはいられないのだ。
ギーシュに視線が集まる。だが、決闘の熱で興奮した呼吸を整えながら、平然として言った。
「馬鹿な事は言わないでくれたまえ。グラモン家の名にかけてそのような不正はするはずない!」
家名をかけて宣言する重みを、貴族社会に属する衆人達は知っていた。
だが、それでも桃色の髪の少女は納得がいかない。
「あんたね、そんなこと言ったって実際にケイツの魔法は邪魔されてるじゃない! ケイツが何かしようとするたびに橙色の炎が邪魔するのを見てないとは言わせないわよ!」
「ああ、見ていないとは言わない。だが事実として僕は関与していない。そもそもだね、僕は彼が魔法を使うなんて事は知りもしなかったのだよ? 事前に何かを仕込んでおくなんて出来るわけがないじゃないか」
「それは……」
ルイズは言葉に詰まった。確かにギーシュの言うとおりだった。
ギーシュは今、平民を甚振るため決闘の体裁を整えたと言った。事実そうだとルイズは思う。
だから彼がケイツが魔法を使うことを前提でそれを妨害するような備えが出来るわけがない。
押し黙ったルイズを見下すようにギーシュは笑う。
「ふん、僕には分かるさ。実際のところ、その男が身の丈に合わない大きな魔法を使おうとして暴走し、精神力が尽きたのだろう。魔法を使うならペース配分を考えるのも実力のうちだよルイズ。彼は自らの自惚れによって追い詰められているんだ」
淡々と自論を展開するギーシュの言葉に観衆たちは妙な説得力を感じた。
人は自分が信じたいものを信じる傾向にある。仮にこの男がメイジだとしても、こんな貧相な男が高位のメイジであるはずが無いと考えるのが最も符合するのだ。高位のメイジは華やかでなければならなかった。
ルイズは唇を噛みしめ、ケイツの方へと顔を向ける。
「で、どうなのよ?」
小声で囁くようにルイズはケイツに尋ねた。
「……悪鬼(デーモン)だ」
「悪鬼(デーモン)……ですって?」
ルイズは絞られたように紡がれるケイツ呟きに目を丸くした。
悪鬼と言われて、御伽噺に出てくるような角の生えた頭に尖った牙、強烈な暴力性を予感させる筋骨隆々の大きな身体の悪魔を想像する。
だが、そんなものはこの決闘場にいない。
「……沈黙する悪鬼(サイレンス)がこの場に潜んでいる。やつらは観測しただけで魔法を破壊する。≪沈黙≫は"意図的に魔法消去をしないことを選択できる"魔法使いにとって死神のようなものだ」
ルイズは息を呑んだ。ケイツの説明に、先ほど思い浮かべた悪魔のイメージの恐ろしさを五割増しさせる。
「だから、そんな魔物みたいなのここにはいないじゃない」
「何を想像しているかは知らんが、悪鬼の姿は我々と変わらん。人の姿をしている」
ケイツはルイズに説明してる今でさえ、≪沈黙する悪鬼≫の居場所を突き止めようと周囲に気を配っている。≪沈黙する悪鬼≫の意図が全く不明であった。
「それで、どうするんだい? 変なことになったが、別に僕は弱いものいじめをしたいわけではない。膝をついて謝り、許しを請えば水に流そうじゃないか。貴族にたてついてごめんなさいってね」
口元に薔薇の造花を構えて、ギーシュがあくまでもキザに笑う。
今では観衆たちもギーシュを後押しするかのように沸き上がった。
ケイツは正直謝ってこの場を逃れたかった。ギーシュ自体に対する恐怖はそれほどない。
ただ全く姿を表さない≪沈黙する悪鬼≫が無明の闇の底からケイツの首に魔の手を伸ばして来そうで、恐ろしくて堪らなかった。
無意識のうちにケイツの膝が折れ始める。
……謝罪してこの場を離れよう。恥なら散々重ねた、今更なぜ躊躇おうか、とケイツの弱気が加速する。
だが、ケイツの膝が地に着く事はなかった。
小さな柔手がケイツのコートを掴んでいたからだ。
その手の主の表情は、うつむいていて読めない。だが彼女はケイツにだけ聞こえるように小さくはっきりと言った。
「お願い。……勝って」
その瞬間にケイツの灰色の砂漠に、一滴の涙が潤ったような気がした。
長身のケイツは小さな少女を見下ろす。
ケイツのコートを掴むその手が震えている理由は分からない。
顔を伏せ前髪に隠れているため、彼女の表情は分からなかった。
「……分かった」
けれどケイツは前へと進んだ。行くべきだと胸の内から湧き上がる何かが告げていた。
そして、広場の片隅に落ちている一本の剣を拾った。
魔法で作った剣は魔炎で焼かれたが、参照元に使ったオリジナルの一本は消えなかったのだ。
そして剣を掴んだ瞬間に、ケイツ全身に力がみなぎるのを感じた。体が軽い。どこまでも駆けていけそうな気さえした。
「まずは褒めておこうか。てっきり逃げると考えていたのだが、まさかここに至って戦意を残しているとは、君への評価あらためよう」
そんなケイツの変化など知りもせずギーシュは朗々と宣言する。
ケイツはそんなギーシュを見ていて湧き上がる感情を抑え切れなかった。
「……ふん、結構だ。いい加減に侮られるのも辟易としてきた。私の力どれほどのものなのか、ここで誇示しておくのも悪くない」
何もかもに疲れ果てたような男の目に闘志が灯った。ケイツは思い出す。
昔の自分は戦ってきたはずだ。敗北し、地べたを這いつくばりながらも戦っていた。
私利私欲のために、円環の少女に戦いを挑んだときの闘志がケイツの身を支配する。
「いいだろう。では参る!」
ギーシュが活力を得たケイツを前に杖を振るった。今度こそギーシュの命を受け七体の戦乙女が走る。
金属音を響かせて波のように押し寄せてくるワルキューレたちは人を圧倒する迫力があった。
だが、ケイツはそれをゆっくりと見つめ、見切り、そして切った。
同じような事を七回繰り返すだけだった。
決着はすぐについた。
今、ケイツは剣先をギーシュに向けて突きつけている。
「続けるか? 『青銅』とやら」
ギーシュは目の前で起きた事実を呆然としながら、自らに突きつけられている刃の意味を悟る。
「ま、参った……」
ギーシュの口からその言葉が搾り出され、地面へとへたり込んだのを合図に広場は歓声に包まれた。
ケイツはぼんやりと剣を見つめた、この力は一体何なのか分からなかった。魔法によるものなのだろうかと考えていると左手の文字が淡く発光していることに気がついた。
「やったじゃない。ケイツ! あんた剣も使えたの!?」
ルイズがケイツの方へと駆け寄ってきた。その顔は安堵と歓喜に満ちている。
「嗜みがある程度だ」
ケイツが胸をなでおろして答える。
ケイツの安堵とルイズのそれとが『似ている』と認識される。
相似弦が伸びかけ、しかしすぐにまた橙色の炎が上がった。
「くそッ!」
ケイツは冷や水をかけられた心地に襲われる。弛緩しかけた身体が直に緊張が戻る。
そして未だ≪沈黙する悪鬼≫に睨まれているという事実を思い出しこの場から離れたくなった。
「それよりもここを離れる。いくぞッ!」
「あ、ちょっと! 待ちなさいってば」
剣をコートにしまい。未だ収まらぬ熱狂に包まれた観衆の海を割って、ケイツは足早に立ち去っていった。
◆
ルイズの部屋に着く。
逃げるように走ってきたためケイツもルイズも息は荒かった。
決闘の熱が溜まった肺から熱い息を吐き出しながら、ケイツは手ごろなものに相似弦を観測する。
銀の架け橋は普段どおりに架かった。
ケイツが訪れた世界が地獄に変わってしまったわけではないのだと分かり、今度こそ心から安堵した。
≪沈黙する悪鬼≫の監視下から逃れたことで思わず腰が抜け地面に座り込んだケイツを見て、ルイズが情けなさそうに言う。
「あんたってかっこいいのかかっこ悪いのか分かんないわ」
「迷う程度にはカッコいいと思ったのだな」
ケイツは思わずそんなことを口にした。それはおそらく本来ならありえぬ変化だった。
「ば、ばか! か、勘違いしないでよね。私は別にあんたのことなんてなんとも思ってないんだから」
「勘違いなどしていない。私とて、そのようなことは気にしてない」
「な、なんですって! 気にしなさいよ。ばかぁ!」
「……どっちなのだ。面倒な娘だな。お前は」
頬を膨らませそっぽを向くルイズ。その頬は朱に染まっていた。
ケイツは思う。微笑ましいというのはこういうことなのだろうか。
全てを恨むことでケイツは生きながらえてきた。
恨んでさえいればよかった。怒りさえあればよかった。自分以外のすべてのせいにすれば生きてこられた。
だがそうやって身体は生きてこられたが、心は磨り減った。
世界は色あせ、すべてが灰色に染まった。灰色の怒りだけを抱いて全てから目を背けた。
だが今、微笑ましいと感じることが出来たのはケイツの心にルイズが潤いを与えたおかげかもしれなかった。