「おらあ!」
才人は、『サックコート』で足を鷹の爪に変え、アナンシの頭にに向かって右足で飛び回し蹴りを放つ。高速で放たれるそれを、アナンシは身を屈め、既のところで躱す。躱された才人は、すぐさま身をひねり、振り抜いた勢いのまま今度は左足で後ろ蹴りを放った。身を屈めたばかりで、咄嗟に動けないアナンシは、腕を盾にしてこれを防ぐ。身を襲う衝撃から、腕が折れたことを感じるも、すぐさま反撃に転じようとする。しかし、才人は左足の爪をアナンシの腕に食い込ませ、その足を軸に体を持ち上げてひねり、右足をアナンシの脳天に蹴り下ろす。不可避のそれを、もう片方の腕で防ぐが、今度は腕が砕けるだけにとどまらず、頭から引き裂かれる。そのまま才人は身を翻して後ろに周り、アナンシの背中に向けて止めの『炎弾』を放つ。
『炎弾』を受けたアナンシはたまらず吹き飛び、玉座の間の入口まで転がる。
「やったか!」
「いや、まだだ」
渾身の一激を見舞った才人が、手応えから叫ぶ。しかしアナンシの様子を見たカイムがそれを否定する。
その言葉を受けて、才人が倒れたアナンシをよく見ると、引き裂いた傷口から、ズルリと何かが這い出てくるのが見えた。
「なんだあれ……」
生理的嫌悪を起こす外見のソレを見て、才人はつぶやく。
「今壊したのは奴の外殻のトーチに過ぎねえ、アレが奴の本体だ」
カイムが才人に忠告する。
這い出てきたソレはゆっくりと起き上がる。
半魚人と呼ぶべき上半身と、蛸のような八本足の触手が腰から生えて体を支えている。そして、その全身が身体から出る液体で滑っていた。一言で言うならソレはスキュラであった。しかし、ソレはハルケギニアに住まうスキュラのように生易しいものではなかった。紛れもなく"紅世の王"である。
「いやー参った参った。お気に入りのトーチだったのに、よくも壊してくれたね。存在の割り込みは既に済ませていたとは言え、落ち込むよ」
おおよそ人とは思えぬ形をした者から、先程と変わらぬ明朗で快活な声が出ているのが、逆に不気味だった。
「それがてめえの本性の顕現か」
「そうだよ?私は『人化』はしない主義なんだ。姿が限られるからね。やはり物語の舞台に立つには、姿をいくつも持っている方が、"らしい"だろう?」
カイムの問いに自慢げにアナンシは返す。
「そうかい。そりゃよかった、なっ!」
未だ余裕の態度を崩さぬアナンシに、適当に相槌を打ちつつ才人は攻撃を仕掛ける。今度は腰から短剣を引き抜き、『サックコート』でそれを覆い、腕を鞭のようにしならせて伸ばし、アナンシを狙う。
「おおっと、危ない危ない」
しかしアナンシはそれを難なく躱す。
「づあっ!」
初撃を躱された才人は、それで攻撃の手を止めることなく、二撃三撃と腕を繰り、続けざまに放つ。
「おお、速い速い」
しかしそれらも躱されてしまう。
「どらあああ!」
才人はさらに勢いに乗せて腕を振るう。目にも止まらぬ連撃がアナンシを襲う。
しかしその全てをアナンシは躱す。まるで骨格など存在しないかのように体を畳み、伸ばし、反らして才人の猛攻から逃げ続ける。
「いい加減目も慣れてきたよ、っと」
そう言ってアナンシは触手の一本で才人の腕を掴む。
「そうらっ」
そして気合とともに才人を投げ飛ばす。
「くっ」
放り投げられた才人は、壁にぶつかる前に、空中で急制動を取り、なんとかとどまる。
「いやあ、流石、音に聞こえた『空裏の裂き手』、二代目とはいえお強いお強い」
それを見たアナンシは、大仰に賞賛の言葉を送る。
「だがそれももう飽きた。そろそろ幕引きといこうじゃあないかね」
「まずい!逃げろ!」
アナンシの言葉を聞いたカイムが、焦った声で叫ぶ。才人も、膨れ上がる"存在の力"を感じ取り、カイムの警告に従い、全速力で上に飛んだ。王宮の屋根を突き破り、上空へと向かう。
「『ハイタイド』」
アナンシが宣言した瞬間。グラン・トロワのみならず、ヴェルサルテイル宮殿の殆どが、水に包まれる。そしてそれらを飲み込んだ水のドームが形成される。無事なのは、離れにあるプチ・トロワと、上空に逃れた才人のみであった。
「間一髪だったな」
「まったくな」
ヴェルサルテイル宮殿の上空で、才人とカイムは胸をなでおろす。そしてヴェルサルテイル宮殿を包み込む水の結界を見る。
「これが"狂瀾"アナンシの『ハイタイド』か」
「ああ、超ド級の水の牢獄。捕まれば最後、水の中で奴に嬲り殺される。そうでなくても、身動きの取れない水の中でじわじわと果てるだけだ」
「『滄波の振り手』みたいな奴だな」
「ふん。アレと比べればこっち方が幾分か御し易い、が」
「相性悪いことには変わんねえよな」
「ああ」
「こうなる前に速攻でケリをつけたかったんだけどな」
「奴の本領はこの『ハイタイド』だが、体術だけでも相当だったな。くそっ」
「おまけに奴の居場所もわかんねえ。気配もうまく感じ取れねえな」
「それも『ハイタイド』の効果だろうぜ。全体に奴の気配が充満してやがる」
「くそっ、せめて王宮の外にいれば目視で探せるのによ」
才人が悪態をつく。アナンシの居場所がわからない今、迂闊に特攻を仕掛ければ、捕らえられて殺されるだけである。千日手であった。
☆☆☆
「なんだい……あれは」
プチ・トロワの中で、慌ただしく指揮をとっていたイザベラは、窓の外から見える光景に愕然としていた。
「「「……ッ」」」
カステルモールを筆頭に、イザベラとシャルロット、対立する二人の王族の連名の呼び出しという、驚愕の事態にこの場に集まり、事情を説明された各花壇騎士団の騎士たちも、皆一様に絶句していた。
誰もが動きを止めていた。当然である。いきなりヴェルサルテイル宮殿の殆どが、謎の水の結界によって飲まれたのだから。
「……サイト!」
そんな中、タバサだけが動いていた。自分の使い魔の身を案じ、傍へ行くために駆け出した。
「ッ!!その子を止めなっ!」
それに気づいたイザベラが、タバサを止めるために騎士たちに命令する。
「邪魔っ!」
小柄なタバサは自分を捕まえようとする騎士たちの手をすり抜ける。騎士たちも、王族であるタバサに手荒な真似はできず、狼狽えるのみである。
「シャルロット様、失礼致します」
そんな中、カステルモールが杖を抜き放ち、『拘束』を唱えタバサを捕らえる。
不可視の風の縄で拘束されたタバサは、そこから逃れようともがくも、風のスクウェアであるカステルモールの魔法からは逃げられない。
「っ!離してっ!」
「シャルロット様、ご無礼お許し下さい」
「いいんだよ、カステルモール。今この状況で外に出ようなんて、魔法の使えないこの子にとっては自殺行為だ」
必死にもがくタバサを見て、申し訳なさそうにするカステルモールを、イザベラが宥める。
「いい?エレーヌ。今あなたが出て行ったところで、状況は変わらない。むしろあなたの使い魔の足を引っ張ることになる。わかったら、無茶な真似はよすんだ」
「……わかった」
イザベラに諭され、タバサはもがくのを止めた。大人しくなったタバサを見て、カステルモールも拘束を解いた。
「さて、そうは言っても、いつまでも状況がわからず、手をこまねいているわけにはいかないね。カステルモール、水の使い手を数人見繕って偵察に出しておくれ」
「かしこまりました」
イザベラの命令を受け、カステルモールが集まった花壇騎士の中から優秀な水の使い手を数人引き連れ、外へと出て行った。
「各騎士団長たちは私のところに来ておくれ。今後の方針を決めたい」
そう言ってイザベラは、集まった各騎士団の団長たちを呼び寄せ、今後の対応について詰めていく。
何もすることのないタバサは、窓の方へ寄り、展開されている水の結界を見て、使い魔の無事を祈った。
「嬢ちゃん、心配することねえさ。相棒は強い。今回も無事帰ってくるさ」
そんなタバサをデルフリンガーが慰めた。
数十分後、偵察を終えたカステルモールたちが帰ってきた。
「どうだった?」
イザベラが尋ねるも、カステルモールはフルフルと首を横に振って報告する。
「申し訳ございません。あの水は使い手たちの干渉を受け付けず、より大きな使い手の制御下にあるということぐらいしかわかりませんでした」
「スクウェアの干渉も受け付けないってか、まいったね」
「どうなさいますか」
嘆息するイザベラに、老齢の騎士団長が尋ねる。現東薔薇騎士団長だった。
「あの水の塊が、水の使い手でどうこうできるモノなら、そこから崩していこうと思ったんだけどねえ。仕方ない、次の手だ。打って出るよ。トレヴィル、アトス、ポルトス、アラミス、それぞれ騎士団を率いて付いてきな」
「「「「はっ」」」」
それぞれ東薔薇騎士団長、南薔薇騎士団長、南百合騎士団長、西百合騎士団長が応え、各々の騎士団に指示を出す。
「……イザベラ姉さま」
出立の準備をするイザベラにタバサが駆け寄る。
「私も行く」
杖とデルフリンガーを握りしめて言うタバサをちらりと見ると、イザベラは"地下水"を懐から取り出し、タバサに渡す。
「その長剣は背中に背負いな。それで、この"地下水"を貸してあげる。こいつを持ってれば魔法が使えるからそれで身を守るんだよ」
そう言ってイザベラはタバサの頭を撫でる。
「北花壇騎士団長として命じる。北花壇騎士七号、私に従い付いて来な」
「……はい」
タバサの返事を聞くと、イザベラはニヤリと笑って集まった騎士たちへ振り仰ぎ号令をかける。
「行くよ!私たちのガリアで好き放題してくれた偽王に目にもの見せてやれ!」
「「「「はっ!!」」」」
イザベラの号令にプチ・トロワに集まったすべての騎士たちが応じ、イザベラと各騎士団長たちに率いられ、出陣した。
☆☆☆
時は少し戻る。
ヴェルサルテイル宮殿上空で才人は悩んでいた。『ハイタイド』の突破口がわからないのである。『炎弾』を数発打ち込んでみるも、水に吸収されて終わった。
「やっぱダメか」
「ただ消されただけじゃねえな。"存在の力"を吸収しやがった」
「攻撃するだけ無駄ってことか……」
「それか大規模破壊系の自在法だな」
「こういうのは『儀装の駆り手』や『炎髪灼眼の討ち手』向きだよなあ……。特にあの魔神の腕なら、こんな水一発で蒸発出来そうだ」
「援軍が見込めねえ以上言うだけ無駄だ」
「そうだけどよ……どあっ!」
愚痴る才人に向けていきなり『ハイタイド』から水の触手が伸ばされる。
「なんだこれ!?」
間一髪で躱した才人が驚きを口にする。
「自在法の形はある程度変えられるみてえだな」
カイムが推測する。そうこうしているうちに、次々と水の触手や水弾が才人を襲う。
「っと、っは、ますますっ、厄介な自在法っ、だなっ」
それらを躱しながら才人が言う。
「くそっ、さっきの炎弾で居場所がバレたな。だが、それまで何の動きもなかったことを考えると、奴も俺たちの居場所を正確に把握しているわけじゃなさそうだ」
「じゃあ今のうちに移動を、っとなんだあれ?」
触手から逃れるために移動をしようとした才人の目に、プチ・トロワから出てくる集団が映った。
「小娘たちだな。後ろに大勢いるのはこの城のメイジたちか」
「危険だって言ったのに、何やってるんだあいつら!」
僅かにタバサたちへ気を取られた才人に、容赦なく水弾が襲いかかる。今度は躱せず、翼で打ち払う。途端、水が霧に変わり、才人の視界を塞ぐ。
「なんだと!」
「しまった!」
急いで飛び去ろうとするが、遅かった。水弾の後、隠れるように伸ばされた触手が、才人を捕えた。
そのまま水の触手は才人を覆い、『ハイタイド』の中へと引きずり込んだ。『サックコート』も引きずり込まれるのと同時に消えてしまう。
(まずい、捕まった!)
才人は、水から出ようともがくも、腕は水を切るばかりで、身体は進まなかった。
「無駄だよ、いくら超人的な膂力を持つ君たちフレイムヘイズといえども、水の中ではろくに身動きも取れないだろう。ましてや、この私の『ハイタイド』の中ではなおさらだ」
いつの間にか目の前へと来ていたアナンシが、もがく才人に向かって言う。
(この野郎!)
才人は再び『サックコート』を纏い反撃しようとするも、発動した瞬間、かき消された。
「だから無駄だと言っただろう。君は存外に馬鹿だな。『ハイタイド』の中では、自在法は"存在の力"に変換されて私の力になる。君が抵抗すればするほど、君は消耗し、私は力を増す。そうやって君はじわじわと死んでいくんだ」
心底楽しそうに、アナンシは自分を睨みつける才人を見る。
「こんな状況になってもまだ諦めない強情さは評価するよ。すぐに止めを刺そうと思ったが、止めだ。このまま君が果てるのを、ここで眺めさせてもらうよ。ふふ、死が近づき、自分の無力さに打ちのめされた時、君がどんな顔をするのか、楽しみだよ」
そう言ってアナンシは、才人の前に陣取り、言葉通り見物を始めた。どうやら本当に、このまま才人が死ぬまで手を出さないつもりらしい。
(ちくしょう)
(おい間抜け!こんなところで終わるんじゃねえ!)
力を奪われ弱っていく才人を、カイムが叱咤する。しかし、どうしようもなかった。消滅は時間の問題であった。
☆☆☆
「どうだいカステルモール。何が見える?」
『ハイタイド』の内部を『遠見』の魔法で偵察していたカステルモールに、イザベラが尋ねる。
「はっ!グラン・トロワ上空に、スキュラのような生物と少年の姿が確認されます」
「なんだって?」
報告を聞いたイザベラは、自身も『遠見』を使い、言われた場所を見る。確かにそこには、スキュラのような怪物と、タバサの使い魔である才人が見えた。怪物の方は初めて見るが、おそらくあれが、今まで父に化けていた"紅世の徒"なのだということを、イザベラは理解した。
「捕まってるみたいだね。これはまずいね」
「早く助けないと」
イザベラの言葉を聞いたタバサが焦る。
「言われなくても。トレヴィルッ!土の使い手たちにゴーレムを造らせな!精度は問わない、なるべく巨大なのを複数作るんだ!」
「はっ!」
指示を受けた東薔薇騎士団長が駆けていく。
「アトス!風の使い手たちにゴーレムの動きを補助させな!他の使い手はそのサポートを!アラミスとボルトスはその指揮を取りな!」
「「「はっ!」」」
各花壇騎士団長たちも指示に従い散っていく。
花壇騎士団の土の使い手たちが力を合わせ、瞬く間に100メイルに届こうかという巨大なゴーレムを完成させた。風の使い手たちがそれに『ライトネス』を掛け、他の使い手たちはゴーレムに『固定化』を掛けて補強していく。それをしばらく繰り返し、計五体の巨大ゴーレムが完成した。
イザベラは、完成したゴーレムを見て頷くと、『ハイタイド』へと向き直り、号令をかけた。
「突撃!」
イザベラの号令とともに、五体のゴーレムたちが一斉に『ハイタイド』へと突撃した。
☆☆☆
アナンシは、突然、『ハイタイド』の中に巨大な異物が入り込んだのを感じ、振り返った。
見ると、プチ・トロワの方角から、巨大なゴーレムが五体、こちらへ向かってくるのがわかった。
「なんだあれは!」
慌てて"存在の力"を吸収しようとするも、魔法の産物であるゴーレムには効果がなかった。
「くそっ」
苛立たしげに吐き捨てると、アナンシはゴーレムたちへ向かって猛スピードで突進していく。
勢いのまま一体のゴーレムへと突撃するが、水の中であるため、多少ぐらついたものの、倒れるまでには至らなかった。
「愚鈍な土人形め!」
アナンシは、そのままゴーレムへと攻撃を加えていく。しかし、『固定化』されたゴーレムは、なかなか崩れなかった。
そうこうしているうちに、他の三体のゴーレムたちが、アナンシの左右後方を囲んだ。そしてアナンシを逃がさぬよう、包囲の輪を縮めていく。
「小癪な!」
アナンシは自身の周りに激流を発生させた。周りのゴーレムたちは激流に耐え切れず、徐々に崩れていく。数分もしないうちに、アナンシを取り囲んでいたゴーレムたちは崩れ去った。
「ふん」
崩れたゴーレムを眺め、鼻で笑ったところで、アナンシは、崩れたゴーレムの数が、最初のゴーレムの数と合わないことに気づく。そして感覚を走らせ、残りの一体を見つけた。
残っていたゴーレムは、囲まれていたアナンシを無視し、グラン・トロワの傍まで来ていた。そしてグラン・トロワを崩さんとするかのように、腕を引いていた。
「一体何を……ッ!」
はじめ、ゴーレムの意図がわからず、疑問に思ったアナンシであったが、ゴーレムの向かう先に才人がいることに気づいた。
「止めろ!」
急いで止めようとするも、遅かった。ゴーレムが突き出した掌で、才人が『ハイタイド』の外へと押し出された。
「おのれ、人間風情が!」
せっかく捕えた獲物を逃がされたアナンシは、激昂して『ハイタイド』の外にいるイザベラたちへと水弾を放つ。
外の騎士たちは、その攻撃に対応しようとするも、殆どの者が魔力切れで動けずにいた。
「ッ!」
咄嗟にイザベラが杖を引き抜くも、それよりも早くタバサが前に躍り出る。
「『アイス・ウォール』」
"地下水"を構えて呪文を唱え、巨大な氷の壁を出現させる。
水弾は氷の壁に当たり、少し壁を穿つも、突き破れずに弾けて散った。
「お見事!」
タバサの手に握られた"地下水"が快哉を上げる。他の騎士たちも、タバサの勇姿に歓声を上げた。
「イザベラ姉さま、大丈夫?」
タバサは振り返り、イザベラの身を案じた。イザベラは、無表情の中に心配の色を滲ませたタバサを見ると、そのまま駆け寄って抱きしめた。
「っ!」
「エレーヌ!無事でよかった!」
イザベラは、タバサが自分の前へと躍り出た一瞬、生きた心地がしなかった。魔法が失敗して従妹が大怪我をしたらと思うと、気が気ではなかったのだ。普段、タバサを危険な任務に投じる際には、他の北花壇騎士にこっそりと後を付けさせるほど、イザベラは過保護であった。
抱き合う二人の王女を見て、周りの騎士たちは、未来のガリアの平和を確信し、喝采を上げた。
☆☆☆
「生きてるか、間抜け」
外へと解放された才人に、カイムが声をかける。
「なんとかな」
才人は、外に押し出されてすぐに意識を取り戻し、『飛翔』の自在法で宙にとどまっていた。
「あの小娘たちに助けられたな」
「ああ、それに、アナンシも引きずり出せた」
そう言うと才人は、全身に"存在の力"を漲らせ始める。
「みたいだな。逃すんじゃねえぞ」
「ああ、一撃でカタを付ける」
そう言って力の衣を展開して纏う。しかし今度は『サックコート』ではなかった。より大きく、より鋭く、力を纏う。空色の衣が才人の全身を包み、一頭の大鷹へと変える。その大きさ約5m、人が乗っても余りある大きさである。
そして、未だこちらに気づかず、タバサたちへ追撃を加えようとするアナンシを捉える。
「捕捉完了。いくぜ」
「ああ」
合図の後、アナンシめがけて突撃する。
その瞬間、音速を超え、衝撃波が生まれた。
超音速の大鷹は、『ハイタイド』を突き破り、中にいたアナンシを貫いた。
「ッッ!?ッッッ!」
アナンシは自身に起きたことさえ分からずに、引き裂かれ、消滅した。
勢いのまま才人は反対側まで突き抜けた。『ハイタイド』の外に出たところで急制動をかけ、自在法を解く。
「やったな」
「ああ」
『ラプター』。大鷹への変身と超音速の突撃を持って敵を引き裂く、才人が編み出した一撃必殺の自在法である。因縁の仲である『極光の射手』の"ゾリャー"を参考にし、それを超えんと磨き上げた当代『空裏の裂き手』の切り札であった。
「"狂瀾"アナンシ。討滅完了」
そう言って才人は、空に向かって拳を高く付き上げた。