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ぐつぐつぐつ
To be continued...
ちゃぶ台の上には瑞希が自分のマンションから持ってきたカセットコンロ。そしてその上には土鍋が乗っている。
「こっちもういいのか?」
「ダメよ、まだ入れたばかりなんだから。あ、あさひちゃん、取ったげるね?」
「あ、すみません」
「しらたきしらたき」
「こらっ、しらたきをそんなに入れるなっ! 白菜と春菊も入れなさいよっ!」
すっかり鍋奉行と化している瑞希を挟んで、俺とあさひは水炊きの鍋をつついていた。
「お、美味しい……」
あさひは嬉しそうに、瑞希が取り皿に取った野菜を食べている。
瑞希はこう見えても、昔から家事全般は得意だったんだよな。しかし……。
「おかしいな。こないだ家でやった水炊きじゃ、なんか、すかすかの味にしかならなかったのに」
「そうですよね、和樹さん」
「すかすかの味?」
瑞希は眉をひそめて、俺とあさひの顔を見比べた。
「それって、ちゃんと出汁取ったの?」
「だし?」
俺とあさひは顔を見合わせた。はぁ、とため息をつく瑞希。
「いいわ。あとであさひちゃんに教えてあげるから」
「あ、はい。お願いしますっ」
真剣な顔で頷くあさひ。
よし、今のうちに……。
「よっしゃ、鶏肉ゲットぉ!」
「あっ、ずるいです和樹さんっ!」
「許せあさひ。鍋というものは弱肉強食の世界。取った者勝ちなんだ」
そう言いながら、ポン酢に付けてはぐはぐと頬張る。うまうま。
「もうっ、和樹さんの意地悪〜」
「はいはい、熱い熱い」
あ、瑞希もいたんだった。
あさひもかぁっと赤くなって俯いてしまった。
「あ、あの、すみません」
「あっ、いいのいいの。あたしは気にしないで」
ぱたぱたと手を振ると、瑞希は俺に尋ねた。
「で、大志の奴と何を話してたのよ?」
「ああ、さっきのことか?」
俺は鶏肉を飲み込むと、説明した。
「いや、実は夏こみの申し込みの締め切りが今日だったんだ」
「ええーっ? それじゃ夏こみに申し込めなかったの?」
「いや、一応あいつのおかげで、それは何とかなった」
事情を説明すると、瑞希はほっと胸をなで下ろした。
「なんだ、よかったわね和樹」
「まぁな。これで申し込み遅れました、なんてことになったら、何しに戻って来たのかわからんものなぁ」
俺は苦笑した。
「でも、大丈夫なの? もう1年もペンを握ってないんでしょ?」
「まぁ、その辺りはおいおいと感を取り戻せると思うけど」
「ならいいんだけど……。あ、そっちの野菜、全部入れちゃって」
「は、はい」
ばらばらっと野菜を入れるあさひ。
「ああっ、そうじゃなくて、こっちから入れるのよ」
「ご、ごめんなさい」
瑞希に叱られて、しゅんとなるあさひ。
「おいおい、どっちから入れても同じじゃないか……」
「あんたは黙ってなさいっ!」
びしっと言われてしまった。
しかし、瑞希は家事全般をこなせるからなぁ。俺も何度か飯とか作ってもらったけど、そのたびに感心してたよなぁ。
「そういえば、瑞希はまだ恋人とか出来ないのか?」
「えっ?」
一瞬、瑞希の手が止った。
「な、なによ、いきなり……」
「いや、お前を引っかけるような物好きな男はいないのかなと思ってさ」
「あいにくとね」
鍋をかき回す瑞希。その手つきが何となく乱暴に見えるのは気のせいか?
「ほら、さっさと食べなさいよ。鍋空けておじやにするんだからっ」
そう言いながら、煮えた野菜をぼちゃぼちゃと俺の取り皿に山盛りにする瑞希。
「待てっ、そんなに一気に食えるかっ!」
「いいから、食べなさいっ!」
昔と変わらず豪快な奴だ。
とりあえずその後のおじやも平らげて、俺は床にひっくり返っていた。
「大丈夫ですか、和樹さん?」
あさひが心配そうにのぞき込む。
「あんなに無理して食べなくても……」
「……げぷ」
そこに、タオルで手を拭きながら瑞希が台所から出てくる。
「食器は全部洗っといたから」
「あ、すみません、何から何まで……」
「いいのいいの」
軽く手を振ると、瑞希はぽつりと呟いた。
「これが最後だしね……」
「ん?」
「あ、なんでもないって。それじゃあたしは帰るから」
そう言って、瑞希はバッグを肩に掛けた。そして靴を履くと、振り返る。
「二人きりだからって、あんまりいちゃいちゃしちゃダメよ」
「ばっ、バカ野郎っ!」
「あははっ、お休みっ!」
バタン
瑞希は、ドアを閉めて出ていった。俺は肩をすくめて、あさひに言った。
「すまんな、がちゃがちゃした奴でさ」
「いいえ、とってもいい人ですね」
「あいつがか?」
俺は驚いた。瑞希を「いい人」なんて評したのは初めて聞いたぞ。
「和樹さん、判ってないから……」
「何だよ、それ?」
「えっ、あっと、えっと、あ、そうだっ! みらいちゃん、ちゃんと寝てるかな〜」
そう言って、あさひはベッドの方にぱたぱたと走っていった。なんか誤魔化されたようにしか見えないな、こりゃ。
「こらっ、あさひ〜、何を隠してる〜?」
「な、何も隠してませんよ〜。ね〜、みらいちゃん?」
「ほぉ。ならば……」
「えっ? な、なにをするんですか? や、やだっ、みらいちゃんが起きちゃいますよっ」
「……ですよ、起きてください」
「う〜、眠い」
「もう、ねぼすけさんなんだから……」
ほっぺたをつんつんとつつかれて、俺は目を開けた。
ぼんやりとした視界の中に、黒髪の少女が映る。
「あさ……ひ、か」
「はい」
微笑む少女を、俺は抱き寄せた。
「きゃっ」
ぱさりと黒髪が俺の顔に被さる。
「か、和樹さん?」
「あさひ、おはよう」
ちゅっとほっぺたにキスすると、あさひは赤くなって照れてしまう。
「も、もうっ、和樹さん……」
「あさひ……」
そのままくるっと体を回転させると、小柄なあさひは俺の体の下に入ってしまう。
「や、やだっ、こんな朝から、なんて、そのっ」
「そう言いながらも、もうこっちは……」
ドンドンドン
いきなりドアが叩かれた。俺とあさひは同時に跳ね起きた。
「な、なんだっ?」
思わずドアの方を見る俺。と、外で声が聞こえた。
「ちょぉむかつくぅっ!」
あの声、まさか……。
「さっさとここを開けなさいっ! あたしが、ちょぉ天才マンガ家、大庭詠美と知ってのろーぜきぃ!?」
大庭詠美? ってあの大庭詠美かっ?
「大庭センセイ?」
あさひはびっくりした顔をしている。まぁ、あさひは詠美の表の顔しか知らないからなぁ。
「ちょぉむかむかぁっ! あ、それともまさか朝からやらしいことしてるとか……、ふっ不潔よぉっ!!」
「だぁーっ!」
俺は慌てて怒鳴った。
「すぐ開けるから外で変なことを想像して喚くんじゃねぇっ!!」
「きゃぁっ! 和樹さんっ、パジャマのままですっ!」
「そういえばそうだけど、どうせ相手は詠美だし……」
「ど、どうしようっ。お化粧しなくっちゃ」
……あの、あさひさん?
「えっと、あっどうしよう、もっといい服持ってくればよかった……」
「だぁっ、あさひもおたついてるんじゃねぇっ! 詠美なんてたかが詠美だろうがっ!」
「ちょぉむかぁっ! 黙って聞いてれば世界にはばたく詠美様になんてこと言うのよっ!」
「黙ってろっ!」
ドアの外で地団駄踏んで叫んでいる詠美に怒鳴ると、俺はドアを開けた。
「たく、さっさと開けなさいよねっ!」
そう言いながら、ずかずかと入ってくる詠美。
「わっ、大庭センセイ! お、お、お久しぶりですっ!」
あさひがぺこりと頭を下げる。
「で、その大庭センセイが何の用だ?」
「何の用って、それは、その……」
なんだ? いきなり困ってるぞ。
「えっと、その、そ、そうよっ! 戻ってきたっていうのにこのあたしに挨拶もしに来ないから、こっちから来てやったのよっ!」
そう言って胸を張る詠美。
「すっ、すみませんっ」
慌てて謝るあさひ。
「昨日着いたばっかりだったものですからっ」
「……和樹、ところでこの娘誰よ?」
詠美はあさひに視線を向けた。それから小首を傾げる。
「うーん、どっかで見たよーな?」
「あっ、あのっ、あたしは、その、えっと、か……」
「か?」
「か、和樹さんの……」
あさひはそこまで言いかけて、赤くなって俯いてしまった。
「何よ、はっきり言いなさいよっ! マンガ界のクイーン大庭詠美様が聞いているのよっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
「こらこら、詠美。あさひをいじめるんじゃない」
俺が割って入ると、詠美は俺の方に視線を向けた。
「で、何なの、この娘?」
俺はあさひの肩にぽんと手を乗せて言った。
「俺の妻」
「……えっ?」
きょとんとして、詠美は俺とあさひを見比べた。
「今なんて言ったのよ?」
「妻だよ。妻、奥さん、My wife、OK?」
「か、和樹さんっ」
真っ赤になって、あさひは俺の腕をぎゅっと握った。嬉しさ半分照れ半分ってところかな、この反応は。
と、後ろでみらいが泣き出した。
「ふぎゃぁ、ふぎゃぁ、ふぎゃぁ」
「あっ、いけない」
あさひが奧のベッドまで駆け戻ると、抱き起こして揺する。
「あ〜、よしよし」
「こら、お前が大声出すからだぞ」
「赤ちゃん? って、も、もしかしてあんたの……?」
俺は胸を張って答えた。
「当然っ!」
「……」
あれ? 何故黙るんだ、詠美?
不思議に思って、顔をのぞき込もうとしたとき、いきなり詠美が噴火した。
「なによなによなによっ、ちょう生意気よ不潔よ変態よっ! 和樹のばかばかばかっ!」
「は?」
「も、もう知らないっ! 勝手にしなさいよねっ! ふみーん」
それだけ言い捨てて、詠美はバタバタと廊下を駆けだした。
バタッ
……あ、こけた。
「……なんだ、あいつ?」
あっけに取られていると、詠美はむくりと立ち上がった。それから、膝をパンパンと叩いてからこっちをじぃーっと睨み付け、今度こそ詠美は階段を駆け下りていった。
なんだったんだ、いったい?
「大庭センセイ、どうしちゃったのかしら?」
泣きやんだみらいを抱いて、あさひも廊下に出てきた。俺は肩をすくめた。
「さっぱりわからん。あとで由宇に逢ったときにでも聞いてみるよ」
「うん」
こくんと頷くと、あさひはみらいの顔をのぞき込んだ。
「ふふっ、眠っちゃった」
「よし、それじゃまずはコンテを切らないとな」
俺はそう言うと、不意打ち気味にあさひの頬にキスをした。
「あっ……」
真っ赤になると、あさひは俺を涙目になって見上げた。
「もうっ、和樹さんったら」
「へへっ」
俺も照れくさくなって頭を掻いた。
空は青空で、今日もいい天気のようだった。
まずは、頑張ってコンテを切らないとな。
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あとがき
電気ポットの調子はいいけれど、紅茶だけ1日に5杯も6杯も飲んでるせいか、最近お腹を壊してしまいました(苦笑)
気をつけないといけませんねぇ、はい。
さて、なんだか予定通りどんどん伸びていくわけで、困ったものです。
あさひのようにさわやかに その4 99/7/10 Up 99/7/15 Update