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こみっくパーティー Short Story #3
あさひのようにさわやかに その3

「大志っ! お前、今日は急用があったんじゃなかったのかっ!?」
「ん? あぁ、それはその、まぁ、そう、もう済んだんだ」
 大志は明後日の方を見ながらそう言うと、俺の部屋をちらっと見上げた。
「で、同志瑞希から話は聞いたか?」
「あの部屋のことならな。上がっていくか? 今瑞希が飯を作ってるところだし」
「……いや、結構」
 一瞬間をおいて、大志は首を振った。
「それよりまいぶらざぁ、少し話があるのだが、時間はいいか?」
「え? まぁ、いいけどさ。でも少しだぞ」
「結構。それでは行こう」
 大志はスタスタと歩き出した。

「おい、どこまで行く気だ? 駅前まで出ちまったじゃねぇか……」
「ここだ」
 不意に大志は立ち止まった。
 そこは俺もよく入っていた喫茶店だった。
「なんだよ、お茶したいのか?」
「いいから入れ」
 そう言われて、俺は喫茶店の中に入った。
「いらっしゃいま……ああっ! お兄さんっ!!!」
 いきなり叫び声に迎えられてしまった。
 ……お兄さん?
 俺は改めてしげしげと、その叫んだウェイトレスを見つめてみた。
 ちょっと小柄なショートカットのリボンの可愛い……。あっ!
「千紗ちゃんじゃないか。久しぶり、元気だった?」
「お兄さん、生きてらっしゃったんですね。千紗嬉しいですぅ。ぐすん」
 おいおい、勝手に殺さないでくれぇ。
「あ、大志さんの連れてくる人ってお兄さんだったですね。千紗納得です」
 千紗ちゃんはぽんと手を打つと、ぱたぱたと歩き出した。
「千紗ちゃん?」
「こっちです。もう来てますよ」
「誰が?」
 聞き返したものの、千紗ちゃんはもう行ってしまっていた。
 振り返って、大志に訊ねようかとも思ったが、どうせ、行けば判るかと思い直して先に進む。
 もし、待ってたのがあの学ラン男だったりしたら、そのまま大志を絞め殺してくれよう。
 そう思いながら、俺は千紗ちゃんに続いて奧に入っていった。
「いらっしゃいましたよ〜」
 千紗ちゃんの声に、座って文庫本を読んでいた人が目を上げ、その本をパタンと閉じた。
「あっ、和樹さん」
「南さん、お久しぶり」
 俺が挨拶すると、南さんはにっこり笑って言った。
「どうぞ座って下さい。大志さんから事情は聞いてますから」
「え?」
 言われるままに座ると、南さんはバッグの中から紙を出した。
「本当ならいけないことなんですけど……」
「何が……。あ、これ……」
 俺はその紙を見て、はっと気付いた。
「夏こみの申し込み用紙……」
 俺はがばっと大志の方を見た。大志が深々と頷く。
「そうだ、まいぶらざぁ。本当ならば、夏こみの申し込みは今日準備会必着だ。だが、貴様のために南女史に無理を言って、申し込み用紙を持ってきてもらったのだ」
「そ、そうか。すみません、南さん」
「いいえ。私、和樹さんがまた参加してくれるって聞いて嬉しかったんですよ」
 そう言って、南さんは、微笑んだ。その頬を、涙が一筋流れ落ちる。
「あっ、ご、ごめんなさい」
 慌てて、ポケットからハンカチを出して、涙を拭う南さん。
「私、わた……、ううっ」
 南さん……。
「ごめんなさい、ごめんなさ……」
「もういい、南女史」
 大志が、南さんの肩を軽く叩いた。
「貴女のせいではない。それくらいのこと、彼にも判っていることだ」
「でもっ、私、わた……」
「ふみゅ〜ん、南さん、泣かないでくださぁい。南さんが泣いちゃったら、千紗も、千紗も……ぐすっ」
 まずい。お冷やとおしぼりを持ってきた千紗ちゃんまで泣きそうだ。
「あっ、千紗ちゃん。俺コーヒーね。大志は水でいいから」
「何を言う! 我が輩はいつものだ」
「いつもの!?」
 お前、それで通るくらいここに通い詰めてるのかっ!?
「ごめんなさい、取り乱して。……千紗ちゃんも、私はもう大丈夫だから」
 南さんは、ハンカチで顔を拭うと、笑顔で言った。でも、あからさまに作り笑顔だって判る固い笑顔だった。
 でも、千紗ちゃんを巻き込んじゃいけないよな。
「ほら、千紗ちゃん。南さんもああ言ってることだからさ」
「はいです。千紗も頑張りますから、南さんも和樹お兄さんも頑張って下さいねっ」
 ぺこりと頭を下げて、千紗ちゃんはカウンターの方に戻っていった。……と思ったら、戻ってきた。
「ふにゃぁぁ、お兄さん、注文何だったですかぁ?」
 だぁぁぁ〜。

 コーヒーとイチゴサンデー(おそらく、大志の言う「いつもの」なんだろう)が運ばれてきた。
「お前、その年でイチゴサンデーか?」
「いや、最近ちょっと凝っていてな。それより、だ。申し込みをさっさとするがいいぞ」
「あ、そっか」
 俺は改めて申し込み用紙を睨んだ。
 うわ、懐かしいなぁ……。
 さて、と……。
 そこで固まる俺。
「ん〜、どうしたというのだ同志和樹よ。さぁ何をためらう?」
「いや、ためらってるわけじゃなくて……」
 顔を上げると、俺は言った。
「最近の流行がさっぱりわからんのだ」
「愚か者め」
「あっさり言ってくれるな」
 腕組みする俺。
「当たり前だ。お前は1年の間何をしていたのだ? あ〜、言うな」
 ……聞いておいて言うなとは何だ? まぁ、おれとあさひのラブラブな生活を聞きたくはないのも無理はないか。
 とりあえず、埋められる所だけ埋めよう。サークル名はブラザー2、名前は千堂和樹、ペンネームは千堂かずき……と。
 さて、ジャンルだな、問題は……。
「うーむ」
「何書いてるですか? あっ、それ申し込み用紙ですね!」
 千紗ちゃんが後ろからのぞき込んだ。
「お兄さん、また同人誌書くですねっ! 千紗、お兄さんの漫画好きだったですよ」
「ありがと、千紗ちゃん」
 俺は後ろを向いて、千紗ちゃんの頭を撫でて上げた。
「ふみゃぁぁん」
「こらこら、何をしておるのだ、この妻子持ちが」
 絶妙のタイミングで割り込むなよ、大志。それに、妻子持ちってなんだよ、妻子持ちって……って事実か。
「ええーっ!? お兄さん結婚してたですかぁっ!?」
 びっくりしたように飛び上がる千紗ちゃん。
「ま、まぁ……、そうだけど……」
「ふみゃぁ、千紗残念ですぅ」
 本当に残念そうに俯く千紗ちゃん。
「千紗ちゃん、和樹さんにも色々事情があったのよ」
 南さんが声をかけてくれた。
「でも、千紗、千紗、みゅぅぅ」
 うーん、すっかりしょぼんとしちゃったな、千紗ちゃん。
「こらこら、同志和樹。小娘を相手にする暇があるなら申し込み用紙を埋めんか」
 大志に言われて、俺は紙に向き直った。それから、顔を上げる。
「なぁ、大志。表紙フルカラーの96ページって、お前が書いたんだろ?」
 いつのまにか埋まっていた予定販売物の欄を指して訊ねると、大志は頷いた。
「当然だ。貴様の実力なら容易かろう。というか、それ以外は我が輩が認めん」
「……勝手なこと言うなっ! 何を書くかも決まってないっていうのに!」
「あの、別に申し込み用紙に書いた通りのものでなくてもいいんですよ」
 南さんが割って入ってくれた。……って、ええっ!?
「そ、そうなんですか?」
「ええ、そうですよ」
 こくりと頷く南さん。俺はぽかんと口を開けていた。
「し、知らなかった。申し込み用紙に書いたとおりの本を上げないと、売らせてもらえないものとばっかり……」
「ええっ?」
 今度は逆に南さんの方が驚いた顔をする。
「そう思ってたんですか?」
「そう思ってたんです」
 俺はこくりと頷くと、じろりと大志を見た。
「た〜い〜し〜」
「何を言う、まいぶらざぁ! 男たる者、最初に決めた目標を貫徹できずしてどうするっ! 申し込み用紙に書いた以上、それを作り上げられぬようでは人生の落伍者も同然! 当然、こみパに乗り込む資格なぞないわっ!」
 そ、そうなのか?
「そんなことより、さっさと書けっ! 南女史も忙しいところを時間を割いてくれているのだぞ」
 そういえば、今日が申し込み締め切りって言ってたよな。当然、準備会も忙しいはずだ。
「私は、その……」
「いやいや、皆まで言わなくても結構、南女史よ」
 大志は軽く手を振ると、その手でびしっと俺を指す。
「同志和樹よ、いい言葉を教えてやろう」
「な、なんだよ?」
「男なら、やってやれ、だ」
 キュピーン
 ……今、眼鏡の奧の瞳が妖しく光ったような……。
「なんだかよくわからんが、とりあえずやればいいんだろ?」
「そのとおりだ、同志よ」
 しかしなぁ……。
 やってやれって言われても、なにをどうしろって……。
 と。
 ピピピピッ、ピピピピッ
 不意に電子音が聞こえた。南さんが慌ててバックから携帯電話を取り出す。
「はい、南です。……えっ、もう? あ、はい。わかりました。すぐに戻ります。……いえ、そんな。ええ、それじゃ」
 ピッ
 電話を切ると、南さんは俺たちに視線を向けてすまなさそうに言った。
「私、もう準備会の方に戻らないと……」
「そ、そうですか」
「ごめんなさい。もっと時間があれば、和樹さんのお話しもゆっくり聞きたかったんですけど……」
「俺の、話ですか?」
「ええ。結構みんな知りたがってるのよ、あなたとあさひさんのこと」
 立ち上がりながら、南さんはにこっと笑った。
 俺と……あさひの……。
 それだ!
 俺は、申し込み用紙にペンを走らせた。
 ジャンルは、創作・恋愛。
 タイトルは……。
 書き上げて、南さんに渡す。
「これっ、お願いしますっ!」
 南さんは申し込み用紙を受け取ると、目を走らせて確認すると、微笑んでバックに入れた。
「はい、こみパ準備会の牧村南が、受理しました」
「ありがとうございます」
「それじゃ、楽しみにしてますね」
 そう言って、南さんは喫茶店を出ていった。

 ガチャリ
「ただいまぁ〜」
「遅いっ!」
 ドアを開けたとたんに、瑞希の怒鳴り声に出迎えられてしまった。
「もう、どこまで出かけてたのよっ!」
「すまんすまん。下で大志に逢って、それからちょっと打ち合わせを……」
「九品仏さん?」
 ちゃぶ台の前にちょこんと座っていたあさひが、小首を傾げた。
「あれ? あさひちゃん、大志のこと覚えてるの?」
「はい。随分いろいろとお世話になりましたから」
 瑞希の言葉に笑顔でうなずくあさひ。
 俺が解説してやる。
「あいつはかつて桜井あさひファンクラブ会員番号1番だった男だったからな。それに、あさひがうちの大学の学園祭でミニコンサートをやったときの司会もあいつだ」
「へぇ〜。あ、そういえばあいつがあさひちゃんのこと言ってたのを聞いたことあったなぁ。ま、いいわ。とりあえず食事にしましょうか」
 瑞希はそう言いながらキッチンに入っていく。
 俺はちゃぶ台の前に座ってあさひに訊ねる。
「瑞希になにか意地悪されなかったか? 遠慮なく言っていいぞ」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよね」
 鍋を持って戻ってきた瑞希が、俺に文句を言いながらちゃぶ台に鍋をおく。
 あさひは首を振った。
「意地悪なんて……。高瀬さんには和樹さんの昔のことをいろいろと教えてもらってたんですよ」
「そっか。……って、瑞希、おまえあさひに何を教えたっ!?」
「へへ〜ん。ね〜」
「ね〜」
 瑞希とあさひが顔を見合わせて笑っている。むむぅ〜、気になる。
「それより、食べましょう。今日は水炊きよ」
「おまえ、この暑いのに鍋か?」
「いいじゃない、別に」
「あ、あたし、お、お鍋好きですから」
 こうして和やかに、俺たちは鍋をつつくことになった。

To be continued...

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あとがき
 さて、なんだか知らないけど第3話です。
 電気ポットは快調です、はい。
 先代の電気ポットは、就職してこっちに出てきた時に買ったものだから、6年働いてくれたものなんですが、その間に時代は変わってたんですね〜。新型電気ポットはすごく進化してたんですね。
 まぁ、パソコンなら6年もたつととんでもない事になるのは良く判るんですが、家電製品もなかなか侮れないものです。

 それはそうとして、やっと瑞希をクリアしました。いやぁ、スタイルいい娘ですなぁ……って何を見てる?(爆笑)
 これでやっと瑞希SSを書く準備は出来た、ってところですか。
 あと残すは詠美さまと玲子ちゃんだな<こみパ

 えと、ま、そういうことで。

 あさひのようにさわやかに その3 99/7/10 Up