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次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと
第壱話 指切り、だよ
ここは、皆さんご存じのきらめき高校です。
それは、秋も深まり、そろそろ冬の兆しが見え始めた、とある日のお昼休みから始まります……。
キーンコーンカーンコーン
4時間目の授業の終わりを告げる鐘の音が高らかに鳴り響き、きらめき高校は一気に騒がしくなります。
そんな中、一人の男子生徒が鼻歌混じりに食堂に向かって歩いていました。
胸のネームプレートには、こう書かれています。
3年A組 主人公
そう、彼こそ最近のきらめき高校の話題を独占している、あの主人公(ぬしびと・こう)くんなのです。
「あ、あの……」
公くんは、後ろから恥ずかしげな声で呼び止められました。
「はい?」
振り返ると、ちっちゃな女の子がうつむき加減にして立っていました。J組の美樹原愛ちゃんです。
めぐみちゃんは、不意に意を決したみたいに公くんのお顔を見上げます。
校内一の情報通、愛の伝道師こと早乙女好雄くんのデータによると、めぐみちゃんと公くんの身長差は約20センチほどあります。お互いに立ったままだと、どうしてもめぐみちゃんは公くんを見上げることになってしまいます。
「あ、あの、ひっ、ひとつ聞いても、いいですか?」
めぐみちゃん、思い切ったように口を開きました。女の子には常に優しくをモットーにしている公くんは、にこっと笑います。
「いいよ」
その優しい微笑みで少し安心したみたいですね。めぐみちゃんは、小さな手を自分の胸に当てて、動悸を静めてから言いました。
「あっ、あの、今度の日曜日、空いていますか?」
公くんは間髪入れずに頷きます。
「ああ、暇だよ」
めぐみちゃんは、俯きました。
ドキドキドキドキ 小さな心臓が大きな音を立てています。めぐみちゃんは真っ赤になってしまいました。
(は、恥ずかしい……。で、でも、言わなくちゃ。決めたんだもの)
(頑張れ、ファイトだ愛ちゃん! 明日の太陽の輝きは君のためにあるぞ!)
公くん、心の中で応援します。その応援が聞こえたのか、めぐみちゃんはお顔を上げました。そして、大きく深呼吸をしてから、公くんに言います。
「ど、動物園に行きませんか?」
「うん、いいよ」
これまた間髪入れずに公くんは答えました。
それを聞いて、めぐみちゃんの瞳が潤みます。
「よかったぁ。断られるかと思ってドキドキしちゃった」
優しく頷く公くん。
「それじゃ、10時に動物園の正門前で待ち合わせでいいかな?」
「あ、はい。それでいいです」
こくりとうなずくめぐみちゃん。めぐみちゃんにとっては、“デートしてもらえる”だけで十分ですから、否応もあるはずはありませんよね。
「オッケイ。じゃあ、そういうことで」
公くんは大きく頷くと、不意にめぐみちゃんの小さな右手を取りました。
「え?」
不意のことで戸惑うめぐみちゃん。公くんはそんなめぐみちゃんの小指に自分の小指を絡ませました。
「指切り、だよ」
「あ……。は、はい」
めぐみちゃんは、幸せそうな顔で頷きました。
その瞬間、公くんは不意にイヤな予感がするのを感じました。
(……なんだろ? 今なんかぞっとしたような……。気のせいかな? そうだよな、気のせい気のせい)
その日、めぐみちゃんは親友の詩織ちゃんと一緒に帰りながら、その報告をしていました。
「でね、主人さん、うんって言ってくれたの」
「そうなんだ。メグ、おめでとう」
「ありがと、詩織ちゃん」
「私の言ったとおりに勇気を出して、良かったでしょう?」
詩織ちゃんはにこっと笑いました。
「うん。私、幸せです」
はにかむように俯くめぐみちゃん。
その刹那、不意に詩織ちゃんは顔を曇らせました。
(……なんなの? 今、胸がキュッて……)
「……詩織ちゃん?」
詩織ちゃんが気がつくと、めぐみちゃんが心配そうに詩織ちゃんの顔をのぞき込んでいます。
慌てて笑顔になる詩織ちゃん。
「ううん、なんでもないの」
「そう? ならいいんだけど……」
「それじゃ、今日はメグの第一歩を記念して、私おごっちゃう。どこがいい?」
「あ、あの、ロッ○リア……は、やめるね」
詩織ちゃんの顔色が変わったので、めぐみちゃんは付け足しました。ほっと胸をなで下ろして、詩織ちゃんは微笑みました。
「マックに行きましょう。ね?」
「ってわけで、美樹原さんにデートを申し込まれたこの俺っ!」
「……へいへい」
夜になって、公くんの電話を受けた好雄くん、舞い上がる公くんに少々辟易した顔つきのようですね。
メモを開いて何か書き込んでいます。
「で、こんなもんかな。もしもし、それで主人、自慢だけのために電話かけてきたのか?」
「違うわい! その……」
口調が一転、懇願する公くんです。
「どんな格好していったらいいんだろ?」
「またそれかよ。いい加減自分のコーディネイトセンスも磨けよなぁ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「ま、いいけどな。そうだな、美樹原さんならあまり仰々しいのも何だけど、ラフなのもよくないな。嫌みにならない程度に決めていくのがいいか。……とまあ、こんなとこだな」
「サンキュ。じゃ、またな」
電話が切れました。好雄くんはメモをのぞき込みました。
「そっか、美樹原さん、思い切ったなぁ。しかし、そうなると……。ああー、もう。あいつ関連の項は多すぎて修正するの大変なんだぞ!」
「おにーちゃん! お風呂先に入っちゃって!」
「ああ、わあったぁ!」
妹の声に叫び返しながら、好雄くんはメモを修正し始めます。
「チェックだチェック」
「もう、おにーちゃん!!」
「わかったって」
そして、日曜日。
公くん、シティボーイっぽくぴしっと決めて、動物園前に来ています。さっきからせわしなく時計を見ていますね。
時間は待ち合わせの15分前。こんなに早くから来てるっってことは、なにか期待しているんでしょうね。
と、向こうからめぐみちゃんが駆けてきます。
「主人さん!」
その声で、公くん顔を上げました。おやおや、めぐみちゃんを見るそのお顔、だらしなくにやけてますね。
まぁ、今日のめぐみちゃんを見れば無理もないのかも知れません。暖かそうなピンク色のコートに、ちょこんとかぶったベレー帽がまた可愛らしいものです。思わず持って帰りたくなりますね。
と、不意に公くん、目をこすりました。
(……今、愛ちゃんの足下になにかいたような。いや、気のせいだ、気のせい! そうに違いない!!)
ぶんと首を振ると、公くんはお得意の笑顔でめぐみちゃんを迎えます。
めぐみちゃん、息を切らしながら公くんの前まで来ると、見上げます。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
首を振る公くん。
「いや。俺も今来たところだから」
「……よかった」
ほっと胸をなで下ろすめぐみちゃん。そんなめぐみちゃんに、公くんは優しく言います。
「さぁ、行こう……」
ワンワン!
その瞬間、公くんはぴしりと凍り付きました。
(こいつがいたのか……)
その瞬間、公くんは悟ったのです。今まで胸の奥にくすぶっていたイヤな予感の正体を。
めぐみちゃんの飼っているポメラニアンのムクです。公くんとは、夏休みの中央公園の激闘を始めとして、幾多の戦闘を繰り返し、しかも公くんは連敗中とあなどれない存在です。
「こら、ムク。ダメじゃないの。コウさんに吠えたりしちゃ」
めぐみちゃんは慌ててムクを抱き上げました。ムクはそんなご主人様の鼻の頭をぺろりと舐めます。
「きゃ。やだぁ、もう」
(うぉぉぉ! 七回殺す!!)
公くん、思わず怒りのオーラを発散させます。ムクも対抗して公くんに向かって唸ります。
その雰囲気に気がついたのか、めぐみちゃんは顔を上げました。
「あの、どうしたんですか?」
「あ、いや。それじゃ、入ろうか?」
慌てて取り繕う公くん。ちょっと不審げな顔をしながらも、めぐみちゃんは頷きました。
「あ、はい」
しかし、二人はすぐに起きる恐ろしい出来事には気付く由もなかったのです。
「困るんですよ。ペットを連れての入園はお断りしますって書いてあるでしょう?」
動物園の入園ゲートの所で、めぐみちゃんはムクを抱いたまま、俯いていました。
「ご、ごめんなさい」
泣きそうな声で、係員のおじさんに謝るめぐみちゃん。
公くんが割って入ろうとします。
「あの、ちょっと……」
ワン!
その時、突然ムクが一声吠えたかと思うと、するっとめぐみちゃんの腕を抜け出して、走って行きます。
「あ、こら、ムク! 待ちなさい!」
めぐみちゃん、慌ててムクを追いかけて走っていってしまいました。
取り残された公くんを、係員のおじさんがじろっと見ます。
「なんだね、君は?」
仕方なく、公くんは肩をすくめて見せました。
「哀れな男さ。愛ちゃぁーん、待ってくれよぉぉ」
そう言って駆け出す公くん。
それを見送りながら、齢五十を越えてるような係員のおじさんはため息をつきました。
「最近の男ってのは、なんともはや」
結局、公くんとめぐみちゃんは、ムクを追いかけて中央公園までマラソンをする羽目になってしまいました。
そして……。
「ほら、ムク。取ってきなさい」
ワンワン!
ムクは元気よく吠えながら、めぐみちゃんの放ったボールを追いかけていきました。そして、程なくそれをくわえて駆け戻ってくると、めぐみちゃんの手に落とします。
「上手上手」
めぐみちゃんはにこにこしながら、ムクの頭を撫でてあげます。気持ちよさそうに目を閉じるムク。
その後ろで、公くんはしばらく思案げに俯いていましたが、やがてポンと手を打ちました。
(そうか。俺がムクを手なづければ、いいんじゃないか!)
一つ頷いて、公くんはめぐみちゃんに話しかけました。
「俺もムクと遊んでもいいかな?」
めぐみちゃんは嬉しそうに笑いました。
「え? あ、はい。いいですよ。ほら、ムク。主人さんにご挨拶しなさい」
公くんは、ムクの頭を撫でようと手を伸ばしました。
「ほらぁ、いい子だねぇ」
ムクは、差し出された公くんの手をくんくんと嗅いだかと思うと、いきなりかみつきました。
ガブリ
「ぬうわぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
「きゃぁ! ムク、ダメ!! 主人さんを放しなさい!!」
ようやく、ムクのあざとから解放された公くん、ふーふーと手に息を吹きかけています。
横目でちらっと見ると、ムクは知らん顔をしています。
(こいつは、やっぱり俺の終生のライバルに違いない!)
公くんは、ムクを睨むのですが、肝心のムクの方は公くんをまるで意に介していません。これは戦う前から勝負有りと言ったところでしょうか?
「ごめんなさい。痛かったですか?」
もっとも、飼い主の方は違うようです。めぐみちゃんはすまなさそうに公くんのお顔を伺っています。
基本的に女の子には優しい公くん、めぐみちゃんにはうってかわって笑顔を向けます。
「うん、大したことないよ」
「ほんとうですか? よかったぁ」
めぐみちゃんはにっこりと笑いました。
その可愛らしい笑顔を見て、思わず公くんはドキリとしました。
(か、可愛い)
ドクン、ドクン…… 公くんの胸が大きく鼓動を打ちます。
次第に、公くんには、その鼓動しか聞こえなくなってきました。
それにシンクロするように、だんだん理性が薄れていきます。
(い、いかん。このままじゃ……、このままじゃ……)
慌てて頭を振る公くん。
ヴーッ!!
ムクのうなり声が、公くんを拒絶するように高まります。
(こ、こいつ、あくまでも……。はっ!)
不意に公くんの頭の中で何かが閃きました。
(ムクに勝つためには、己の中の獣を解き放ったほうがいいのではないだろうか……?)
公くんは、じぃっとめぐみちゃんを見つめました。そして心の中で念じます。
(俺は獣になる。そうだ、虎だ、虎になるのだっ!!)
「……あ、あの……」
突然黙りこんで、じっとめぐみちゃんを見つめる公くんを不審に思って、めぐみちゃんは声をかけました。
公くんはぶつぶつ呟いています。
「虎だ……。俺は虎になるのだ……」
「え?」
ワンワンワン!!
突然、ムクが数歩飛び退いて、公くんに向かって吠えたてました。ムクは、その本能で何か危険を感じとったのです。
でも、めぐみちゃんは慌ててムクを叱りつけます。
「ムク! ダメ!」
今にも公くんに飛びかかろうとしていたムクを押さえつけるめぐみちゃん。めぐみちゃんにしてみれば、これ以上公くんに怪我をさせたくないという優しい心の現れだったのです。
でも、今回ばかりはその優しさがあだとなったのです。
めぐみちゃんはムクを押さえたまま、振り返りました。
「ごめんなさい、公さん。……公さん?」
その栗色の瞳が思いきり見開かれました。
「めっ、めぐみぃぃぃ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
めぐみちゃんは悲鳴を上げました。そんなめぐみちゃんを、公くんは芝生の上に押し倒します。
「うぉぉ!」
そのはずみに、めぐみちゃんの被っていたベレー帽が飛ばされて、離れたところに落ちました。
「や、や……」
めぐみちゃんはあまりの事に動転してしまって、どうしていいのか分からない様子です。
不幸なことに、ご主人様を守る忠実なナイトのムクは、めぐみちゃんが押し倒されたとき、ちょうどその下敷きになってしまい、気を失ってしまったようです。
「めぐみ、おれの!」
公くんの目からは、既に正気の光は失われてしまっています。
めぐみちゃんは怯えてしまって、悲鳴も上げられない様子です。
「おれのものに……」
「この痴れ者がぁぁっ!!!」
ドグワッシャァッッッ 派手な音を立てて、公くんは吹き飛ばされました。
めぐみちゃんは目を丸くしています。
公くんを殴り飛ばしたのは、皮のジャケットを着たたくましい人でした。でも、その頭には虎のマスクをしています。
彼は(男の人の声だから、彼なのでしょうね)腕を組んで言い放ちました。
「厭がる婦女子を腕力にものを言わせて無理矢理襲うとは、男子の風上にも置けぬ奴。恥を知るがいい!」
「貴様、何者だ?」
立ち上がりながら、公くんは聞き返します。
彼は静かに答えました。
「我が名は、そう、タイガージョーとでも呼ぶがよい」
「ふ、ふざけるな! きさまぁっ! この俺が銀河番長と知ってのことだろうな!?」
タイガージョーと名乗った謎の男は、ぴしりと言い放ちました。
「笑止千万! 今の貴様にその名はふさわしくないっ!!」
「なんだと?」
「そう思うなら打って来るがいい!!」
タイガージョーはそう言うと、ふらりと両手を開きます。一件無防備に見えます。
「なめるなぁっ!! 奥義、"気分爽快"!!」
ゴウッ
公くんは"気"を放ちます。しかし、タイガージョーは無造作にそれを腕で払いのけます。
「なにっ!?」
「その程度だな。ならば、我が必殺技、受けるがいい!! "大海衝"!!」
「それは、昔の水泳部の……うわぁぁぁっ!!」
突然起こった津波に、公くんは巻き込まれて吹っ飛ばされました。
「わかったようだな」
タイガージョーは、まだ茫然自失しているめぐみちゃんを抱き上げました。
「貴様にはこの娘はふさわしくない。この俺がもらっていこう」
「ま、待て!!」
公くん、慌てて立ち上がりますが、その時は既に彼の姿はありませんでした。
「……タイガージョー、何者なんだ?」
呆然と呟く公くんでした。
「あ、あの……」
腕の中で小さな声がして、タイガージョーは視線を落としました。
めぐみちゃんは細かく震えています。そして、消え入りそうなか細い声で呟きました。
「お、降ろして……ください……」
タイガージョーは、そう言われて、めぐみちゃんを素直に降ろしてあげて、腕を組みました。
「少女よ、もう安心だぞ」
めぐみちゃんが辺りを見回してみると、いつのまにか、そこはめぐみちゃんの家の前だったのです。
それ以上そのタイガージョーと名乗る人がめぐみちゃんに触れようというそぶりを見せないので、めぐみちゃんは少し安心しました。そうなると、かえってさっきの事が思い出されます。
優しかった公くんが豹変して襲い掛かってきた、あの恐ろしさ。
めぐみちゃんはがたがた震え出しました。
「わ、わたし……」
「む?」
タイガージョーは、不意に顔を上げたかと思うと、その姿はふっと消えました。それと入れ違いになるように、道の向こうから、詩織ちゃんが自転車に乗って走ってきます。
「あら、メグ? デートは楽し……」
「!」
声をかけようとした詩織ちゃんはめぐみちゃんの様子がおかしいのに気付いて、形のいい眉をひそめて、自転車を降りました。
その詩織ちゃんに、めぐみちゃんは泣きながら抱きついていきました。
「詩織ちゃぁん! 私、わたっ、私……」
「メグ、どうしたの、一体?」
詩織ちゃんは、自分に抱きついて嗚咽を漏らすめぐみちゃんにただ戸惑うのでした。
翌日の朝になりました。
重い足を引きずって、公くんが3年A組のドアを開けると、公くんの親友の好雄くんが駆け寄ってきました。そして、左右をわざとらしく見回すと、小声で囁きます。
「お前、美樹原さんに嫌われてるらしいぜ」
「……ああ、だろうなぁ」
公くん、頬を押さえて呟きます。昨日タイガージョーに殴られた頬は、別に腫れてるわけではないのですが、妙に痛むのです。
好雄くんは笑いました。
「なんだ、元気ないなぁ。心当たりあるなら、早めに何とかした方がいいぜ。それじゃ……」
そのまま行こうとした好雄くんの腕を公くんは掴みました。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
振り返った好雄くんに、公くんは頭を下げました。
「頼む! 知恵を貸してくれ!!」
「なにぃ!? 中央公園で白昼堂々と美樹原さんを襲った!?」
「バカ! 声がでかい!!」
慌てて公くんは好雄くんの口を押さえました。
その手を外して、好雄くんは呆れた様な口調で言いました。
「よりによって美樹原さんだもんなぁ。朝日奈とか片桐さんなら冗談だってごまかせるし、虹野さんとか藤崎さんなら『それくらい本気なんだ!』って迫る手も使えるけど、美樹原さんみたいな内気な娘はなぁ……」
「おまえでもダメかぁ」
公くんはため息をつきました。
好雄くんは聞き返しました。
「第一、美樹原さんに何をしたんだよ」
「それは……、その……」
口ごもる公くん。こう見えても“銀河番長”の肩書きを持つ以上、通りすがりのやつにあっさりやられたとは言えないのです。
「ただ、ムクがいつもやってるみたいにこう……」
「おまえはけだものか」
今度こそあきれ果てた口調の好雄くん。
公くんはその好雄くんの腕を掴みます。
「だから、それは……」
「あ~、もう判った。判ったから泣くな。俺まで情けなくなるぜ」
好雄くんは肩をすくめました。そして指をぴっと立てます。
「もう、こうなったら誠心誠意謝るしかあるまいなぁ」
「誠心誠意?」
「ああ。とにかくひたすらぺこぺこ謝り続ける。これしかあるまい」
「お、おう」
頷く公くん。判ってるんでしょうか?
放課後になりました。
公くんは、校門の前でじっと待っています。
通りかかった女生徒達が、そんな公くんを見てはひそひそとお話ししていますね。
「ほら、あれが……」
「え? うっそぉ……」
でも、公くん。そんなのは意に介さず、じっと昇降口を睨んでいます。
と、そんなことを知らないめぐみちゃんが出てきました。帰宅部だから、帰りも早いんですね。
それを見るや、やにわに公くんは突撃します。それも大声を張り上げながら。
「めぐみちゃぁぁぁん!!」
「え? きゃぁぁ!」
それを見て、思わず可愛い悲鳴を上げて、めぐみちゃんはその場にしゃがみ込んでしまいました。これ幸いと、更にスピードを上げて突進する公くん。
「愛ちゃん! 俺の言うことおぶしっ」
「何をしてるのよ、公くんはっ!!」
声と一緒に、公くんの顔面に裏拳がめり込んでいました。
めぐみちゃんしか目に入ってはいなかったとはいえ、公くんをこれほど見事にしばけるのは、校内広しと言えど、そうざらにはいませんよね。
「ひ、ひおり……」
情けない声を上げながら、公くんは轟沈しました。
無言で、ハンカチで手を拭くのは、きらめき高校最強の美少女との呼び声も高い詩織ちゃんです。
くるっと振り向くと、親友を助け起こします。
「もう大丈夫よ、メグ」
「う、うん」
めぐみちゃんは、起き上がると詩織ちゃんの後ろからこわごわと倒れた公くんを覗き込みました。
公くんは、それに気付いて弱々しく手を伸ばします。
「め、愛ちゃ……」
「し、失礼します!」
そう言うなり、めぐみちゃんは小走りにその場を立ち去って行きました。慌てて詩織ちゃん、公くんには一瞥もくれずにその後を追いかけます。
「あ、ちょっと待って! メグゥ!」
ヒュゥ~~
吹きはじめた北風が、きらめき高校のグラウンドを吹き抜けていきます。
「め、めぐみちゃぁん~~」
一人グラウンドに横たわる公くんに、その風はとても冷たかったのです。
《続く》

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