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次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと 外伝
すごいよミハルさん(前編)

ボォーン
ここ、館林家のダイニングキッチンの朝は、午前6時半を壁にかかった時計が告げるところから始まります。
「ふわぁー」
眠そうなあくびをしながら、キッチンのドアを開けたのは、館林家の四女、千晴ちゃんです。ちょっとモスグリーンがかったくせっ毛を肩にかからないくらいに切り揃えたおかっぱ頭の活発そうな女の子です。
もっとも、まだ眼は半分とろぉんとしてるみたいですけれどね。
千晴ちゃんは、まず食器乾燥機の中に入っていたコップを出すと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、そのコップに注ぎました。そして、ごくごくと飲み干します。
「ぷはぁ。よーし、やるかぁ!」
お。気合いが入ったみたいですね。千晴ちゃんは、コップをどんと流しに置くと、壁にかかっていた「島本」エプロンを締めました。
そうなんです。館林家の朝の食卓を守っているのは、まだ若干15歳、中学3年生の千晴ちゃんなんですね。えらいえらい。
ジュージュー
時計が午前7時を告げる頃、フライパンの上ではベーコンが香ばしい匂いをあげていました。
「よいしょっと」
千晴ちゃんは、そのフライパンの上で、両手に一つずつ卵を持っていました。そして、同時に二つの卵をフライパンに割り入れます。
シュワァー
惜しい。片方の黄身がつぶれてしまいました。
「ちぇ。今日は調子悪いなぁ」
ぶつぶつつぶやく千晴ちゃん。
「ま、いいや。割れたのは見晴姉ぇにまわそうっと」
……なかなか極悪ですね。
と、そんな千晴ちゃんに、急に後ろから声がかかります。
「おはよ」
「ひゃ。み、見晴姉ぇ!? おはよぉ」
内心焦りまくって振り返った千晴ちゃん、見晴ちゃんの格好を見てため息を尽きます。
「見晴姉ぇ。そのパジャマは脱ぎなさい」
「ええ? だってあったかいんだもん」
ふるふると首を振る見晴ちゃんが身につけているパジャマは、コアラの着ぐるみパジャマです。……まぁ、確かに暖かいでしょうけれども、夏には着たくないですね。
「いいから、シャワーでも浴びて、さっぱりしてらっしゃい!!」
千晴ちゃんは、フライ返しをぴしっとコアラの着ぐるみに突き付けて言い放ちました。
「ひゃぁ。はいぃぃ」
慌てて逃げ出す見晴ちゃん。姉の威厳もへったくれもありませんね。
その5分後、三女の美鈴ちゃんがキッチンに入ってきました。
「はよぉん。見晴姉ぇは?」
「シャワー浴びてると思うけど」
トマトを切りながら、千晴ちゃんは答えました。
「ちぇ、先を越されたかぁ」
ぶつぶついいながら、美鈴ちゃんは取ってきた新聞を広げました。最終面から読むのは女子高生の基本というものでしょう。
「お。今日のSMAP×SMAPは中居くんのスペシャルじゃん。録画しなくっちゃ」
「最近草薙くんの特集しないからつまんないなぁ」
サラダを盛りつけてテーブルに置きながら、千晴ちゃんも新聞をのぞき込みます。
「そういえば、見晴姉ぇの友達の朝日奈さん、知ってるでしょ? あの人が今度のSMAPのコンサートのチケット取ってくれるって。千晴もいる?」
「うんうん。やったね」
ガッツポーズを取る千晴ちゃん。
と、その時です。
ピンポーン
チャイムの音が鳴りました。二人は反射的に時計を見上げます。
午前7時12分。
「誰だろ? こんな朝早くから」
「ストーカーじゃないの?」
「それは見晴姉ぇのことでしょ?」
千晴ちゃん、シビアなことを言いますね。
ピンポーン
もう一度チャイムが鳴りました。
「はいはい」
美鈴ちゃんが腰を上げました。そのままぱたぱたと玄関に走っていきます。
ピンポーン
3度目のチャイムが鳴ったとき、美鈴ちゃんは玄関に着きました。
「はいはいはい」
つっかけを履いてたたきに飛び降りると、ドアを開けます。
そこには、女の子が一人立っていました。美鈴ちゃんを見て頭を下げます。
「夜分恐れ入ります」
「は?」
念のため言って置きますと、現在の日本時間は午前7時13分です。
さすがの美鈴ちゃんも一瞬目を点にしていました。
その女の子は、そんな美鈴ちゃんを見て、何か間違ったことに気がついたみたいです。急におろおろしはじめてしまいました。
「ど、どうしましょう。1カ月も練習してきたのに、肝心なときに間違えてしまうなんて……」
「はい?」
「私、わた……。ひっく、ひっく」
とうとうその女の子は泣き出してしまいました。美鈴ちゃんは慌ててその女の子に言いました。
「まぁまぁ。泣く前に一つ聞きたいんだけど、いい?」
「ひっく。は、はい、なんでしょうか?」
その女の子は、まだしゃくり上げながらも、顔を上げました。その顔を見て、美鈴ちゃんは内心で首をかしげました。
(どっかで見たことあるような顔ねぇ。でも、どこだっけ?)
そう思いながらも、美鈴ちゃんは質問しました。
「あのさぁ、あなた、どこのどなた? うちに何の御用?」
その女の子ははっとして、3歩下がると、その場に三つ指を着いて丁寧に頭を下げました。
「申し遅れました。お初にお目にかかります。私、館林明子と申します」
「……たてばやしあきこ? ってことは、うちの親戚か何か?」
(でも、うちの親戚にこんな大きな子っていたっけ?)
あらためてその女の子を見る美鈴ちゃん。ちょうど歳の頃は小学校高学年くらい。薄いピンク色のワンピースに身を包み、長いまっすぐな髪は腰の辺りまでありそうです。
その子は顔を上げて、美鈴ちゃんを見ました。
「いえ。私はあなたの妹になります、晴海お姉さま」
「晴海姉ぇと一緒にするなぁ!!」
反射的に怒鳴ってしまう美鈴ちゃんでした。
「はっくしょん」
2階の自分のお部屋で、こたつ布団にくるまって眠っていた晴海さんは、おおきなくしゃみをして目を開けました。
少し額に手をあてて考えてから、ぽんと手を打ちます。
「そっかぁ。ゲームしながら寝ちゃったのか。よぉし、今日こそハーレムを全部埋めてやるわ。うふふふ」
何をやってるんでしょうねぇ、このお人は。
「妹? あたし達の?」
台所で紹介を受けて、千晴ちゃんも目を丸くしていました。
「そうらしいのよ。そんなわけで、とりあえず千晴は晴海姉ぇを呼んで……。って、おいっ!」
「まぁ、明子ちゃんっていうんだ。ねぇ、おなか空いてない? ちょうどハムエッグが出来てるよ。どうぞどうぞ」
さりげなく明子ちゃんのために椅子を引いてあげて、世話を焼いている千晴ちゃんを見て、美鈴ちゃんはがくりと肩を落としました。
「はいはい。あたしが起こしてくればいいんでしょ」
と、その時。
「きゃぁぁぁぁ」
絹を引き裂くような悲鳴が、朝の館林家に響き渡りました。
時間はちょっと戻ります。
館林家のお風呂の前にある脱衣場の篭の中には、コアラの着ぐるみパジャマと白い下着が丁寧に畳んで置いてありました。さすが見晴ちゃん、A型らしく几帳面ですねぇ。
ちなみに、白い木綿のぶらじゃあは81のBです(男性に分かりやすい表記をしています(笑))。小さなリボンをあしらった可愛らしいぶらじゃあですね。
湯気で曇った薄いガラスの一枚向こうはもうお風呂場です。
シャァー
シャワーの音が聞こえてきますね。おや、それに鼻歌も聞こえてきますよ。
♪いつかぁ 時が過ぎてぇ 思い出になる頃ぉ
心を燃やしたことを 誇れるよぉにぃ
そう歌うと、見晴ちゃんははふぅとため息をつきます。
「そうなれたら、いいよねぇ……」
そのままがくっとうなだれてしまった見晴ちゃん、しばらくシャワーの流れに頭を突っ込んでました。
ほどいた長い髪が、水の流れにうねって、見晴ちゃんの体にまとわりついています。
「……うよしっ!」
不意に見晴ちゃんはがばっと顔を上げます。
「見晴、ふぁいとぉ! そうよ、藤崎さんにだって虹野さんにだって負けないんだから!」
ぐっとこぶしを握り締め、見晴ちゃんは今日も決意を新たにするのでした。
「よぉし、今日も主人くんを影からずっと見守るんだから!」
でも、一歩間違うとストーカーですよね、これって。
と。
そんな見晴ちゃんの背後から小さな人影が近づいてきました。でも、壁に向いてる見晴ちゃんは気づいていません。
その人影は、すうっと手を伸ばしました。
むにぃ。
「え?」
見晴ちゃんは、視線を胸におろしました。
後ろから伸びた手が、見晴ちゃんの胸をわしづかみにしています。
「……」
あまりのことに思わず硬直してしまった見晴ちゃん。
それをいいことに、その手はわさわさと見晴ちゃんのちょっと小さめだけど感度のいい(晴海さん談)胸をむにむにと揉みます。
それで硬直が解けた見晴ちゃん、思いっきり大声で悲鳴を上げたのでした。
「なになに?」
美鈴ちゃん、千晴ちゃん、明子ちゃんの順番で、3人は脱衣場から風呂場をのぞき込みました。
まだお湯が降り注いでいるシャワーの下には、一糸まとわぬ姿の見晴ちゃんが、あられもない格好で倒れています。その後頭部には大きなこぶが出来ていました。
そして、もう一人……。
「有子!!」
一番後ろからのぞき込んだ明子ちゃんが叫びました。美鈴ちゃんと千晴ちゃんは、きょときょとと二人を見比べました。
「えへへ」
有子と呼ばれたその女の子は、髪をざっくりと短くカットした、ちょっと見た目では男の子にも間違えそうな子でした。でも、よく見ると顔のつくりは明子ちゃんにそっくりです。
頭をかきながら照れ笑いを浮かべる有子ちゃんに、明子ちゃんが訊ねます。
「どうしたのよ、この有様は? それに、今まで一体何処に行ってたのよ? 心配したんだから!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃないわよぉ!」
「そりゃこっちのせりふ。だいたいこの子は明子ちゃんの何なの?」
美鈴ちゃんが口をはさみました。
「その前に、見晴姉ぇをどうにかしないとぉ!」
「まぁ、八極拳を極めた見晴姉ぇのことだから、そんなに心配する程のこともないと思うけど……」
そういうと、美鈴ちゃんは風呂場に入ってシャワーを止めました。
「はい、氷嚢。これで冷やしたらいいよ」
応接室のソファに横になった見晴ちゃんに、千晴ちゃんは氷を入れた氷嚢を渡しました。
「ありがと。あ痛たたた。まだズキズキするぅ」
後頭部に氷嚢を当てながら、見晴ちゃんは顔をしかめました。
「ああっ、なんと言ってお詫び申し上げればよいのか。ほんとうに申し訳ありませんでした」
その前で、明子ちゃんが平身低頭しています。
「ほら、有子も謝りなさいよ」
「ごめんごめん。ちょっとびっくりさせようと思っただけだよ」
笑いながら言う有子ちゃんの頭を、明子ちゃんがぽかりと叩きます。
「こら! ちゃんと謝りなさい! 仮にもお姉さんなのよ」
「そうそう」
見晴ちゃんはその明子ちゃんの言葉を聞いて、顔を上げました。
「疑うわけじゃないんだけど、あなた達ってほんとうにあたし達の妹なの? だって、あたし達今の今まで妹がいるなんて聞いてないもの」
「え?」
その言葉に明子ちゃんが目を見開きました。
「でも、私たちお父様とお母様に言われたんです。日本にいる晴海の所に行けって」
「日本にいる?」
顔を見合わせる見晴ちゃんたち。
と、不意に千晴ちゃんが顔を上げて時計を見ました。
「ああ! もうこんな時間だぁ! あたし、学校に行かなくちゃ!」
「そうね。あたしもそろそろ行くか。みのりにCD返す約束もしてるし」
美鈴ちゃんも腰を上げます。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「あ、見晴姉ぇの先生には、今日は休みますって言っておくから大丈夫だよ。んじゃ、お大事に」
そう言い残して、美鈴ちゃんは応接室のドアを締めました。
「ちょっと!」
慌てて立ち上がろうとして、見晴ちゃんはくらっとよろめきました。
「危ない、お姉様!」
明子ちゃんが支えます。
「うー。まだ気分悪い」
うめく見晴ちゃんに、明子ちゃんがバックから封筒を出して渡しました。
「これが、皆さんへのお父様とお母様からのお手紙です」
「お父さんとお母さんから?」
聞き返しながら、見晴ちゃんは封筒をひっくり返しました。そして、封を切って、中から手紙を出しました。
「えっと、晴海へ、千晴へ、美鈴へ、っと。あったあった」
一番下になっていた一枚の便箋には、大きく「見晴へ」と書いてありました。
それを見る見晴ちゃんの目に涙が浮かびます。
「お父さん……」
見晴ちゃん達のお父さんとお母さんは、今、日本にはいません。
考古学者のお二人は、南アメリカはマヤの遺跡調査で、もう5年も日本を離れているのです。
3年くらい前までは、それでも2週間に一度は手紙が来ていたのですが、遺跡のある国で内乱が起こってからは、すっかり音信不通になっていたのでした。
「無事だったんだ。よかったぁ」
涙をそっと拭き、見晴ちゃんは手紙を広げました。
その目が丸くなります。
・卵1パック
・塩1袋
・牛肉1200グラム
・砂糖1袋
・濃い口醤油1本(500ml)
・長ねぎ1束
・木綿豆腐2丁
・しらたき1パック(くずきりでも可)
・白菜2個
・あぶらみ(多分おまけでつけてくれると思うけど、念のため)
・春菊2束
「……」
「ま、うちの親らしいと言えばらしいわねぇ」
絶句してる見晴ちゃんの肩の辺りから声がしました。見晴ちゃんは振り返ります。
「晴海姉ぇ!」
「あなたが晴海お姉様ですか。初めてお目に掛かります。妹の明子です。こちらが有子」
明子ちゃんは礼儀正しくお辞儀をしました。晴海さんはぽんと手を叩きました。
「まぁ。あなたたちが、父さんと母さんの隠し子なのね」
「隠し子?」
思わず声を上げる見晴ちゃん。
晴海さんはひらひらと手を振りました。
「冗談よ。本当はこっそりと育てた子なの」
「それを隠し子って言うのよ!」
思わず突っ込んでしまう見晴ちゃんでした。
「まぁ、冗談はさておき、正確には従姉妹なんだけどね、この二人は」
晴海さんは笑って言いました。
「従姉妹? でも、私聞いたことないよ」
「あたしもこないだ初めて聞いたわいな。えっと、家系図を書くとこうなる」
晴海さんは応接机の上に乗っていた新聞広告の裏に、ボールペンで図を書きました。
可愛い晴海ちゃん ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^波
「というわけよ」
「なんじゃそりゃ」
見晴ちゃんだけじゃなくて、有子ちゃんも突っ込みます。
「これはつまりね、明子ちゃんと有子ちゃんはひいお祖父さんの弟がブラジルに移民したそのひい孫にあたるってことを意味してるのよ」
「わかるかぁーっ!!」
おやおや。今度は明子ちゃんも参加していますね。
「まぁ、いろいろと紆余曲折があったすえに、この二人はうちが引き取って、日本で学校に通わせてあげたほうがいいだろうってことになったみたいなんだけどさぁ。あははー」
「あははーって、晴海姉ぇ……」
「ほら、あたしって教師だから信用あるのよ」
そう言って笑う晴海さんを見て、見晴ちゃんはぽそっとつぶやきました。
「知らぬが花……」
そんな見晴ちゃんをじろっと見ると、晴海さんは明子ちゃんと有子ちゃんを手招きしました。
「あのね、いいこと教えてあげよっか。そこにいる見晴って、実は好きな男の子が……」
「ひゃぁーやめてやめて美人でとっても頼りになる晴海お姉さまっ!」
ひしっと晴海さんに抱きつく見晴ちゃん。晴海さんはにかっと笑いました。
「よろしい」
《続く》

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