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鬼畜王ランス アフターストーリー

颱風娘の大騒動 その13

 承前

「くらえっ!」
 メナドが叫びながら、剣を一閃させた。レッドドラゴンの首が、その一撃で斬り落とされる。
 切り口から噴水のように血を吹き出しながら、レッドドラゴンはその場にどうと倒れた。かなみがメナドに駆け寄る。
「メナド! 大丈夫!?」
「かなみちゃん……。えへへ〜」
 メナドはにまぁ〜っと笑った。思わずぎょっとして足を止めるかなみ。
「メ、メナド?」
「やったぁ、かなみちゃんっ!!」
 そのかなみに、メナドは飛びついた。そのまま首根っこに抱きつく。
「やったよ、ボクやったよぉっ! とうとうドラゴン倒したんだっ!」
 古来、剣士、それも騎士にとって、ドラゴンを倒し、ドラゴンスレイヤーの称号を帯びるということは、大いなる栄誉であることは言うまでもない。
 それを思い出して、かなみはくすっと笑って、メナドの肩をぽんぽん叩いた。
「おめでとう、メナド。とうとうドラゴンスレイヤーだね」
「うんっ。これもランス王様のおかげだよっ」
「絶対違う」
 反射的にきっぱり言うかなみだった。

 抱き合って喜び合う(というよりも、メナドが一方的にハイになっている)2人を見遣って、ミリは剣を一振りして、付いた血を払い落とした。
「ま、いっか。今回は手柄を譲ってやっても。へへっ」
「ミリさん、それをネタに夜這いしよう、なんて考えてないですよね?」
 ランに言われて、ぎくりとするミリ。
「な、なんのことかいなぁ?」
「んもう」
 ため息をつくラン。その後ろでミルが不満そうに口を尖らす。
「もう終わっちゃったのぉ?」
「まだ、終わってないわ」
 マリアは、背負った小型バズーカ『チューリップ1号改』のストラップに指をかけ、煙のたなびく尖塔の上を見上げた。
 そこには、2人の少女が浮かんでいた。

「はぁ、はぁ、はぁ」
 志津香は、荒い息をついて、目の前に浮いている少女を睨み付けた。
 志津香が身にまとっている緑色の長衣は、あちこちが焼けこげ、薄く煙を引いている部分すらある。いつもその緑の髪を覆っているとんがり帽子も、とうに吹き飛ばされている。
「さすが……、ナギ……。強い……わ」
「魔想の娘、その程度か?」
 金髪をポニーテイルにくくり、最小限の防具しか身につけていないその少女、元ゼス四天王の一人にして、志津香の異父妹であるナギ・ス・ラガールは、ブルーサファイアのように輝く瞳をすっと細めた。
 この2人の少女の相克は、彼女たちの父親の代にまでさかのぼる。
 かつて、同じ師について魔法を学んだ、2人の魔術師がいた。その名を魔想とラガールという。
 魔術師の正道をゆく魔想と、強さにすべてを求めるラガール。
 2人の危うい均衡が破れたのは、ひとりの少女のためだった。その名はアスマーゼ。
 2人の若き魔術師は、同じ少女に恋をした。しかし、アスマーゼが選んだのは、魔想だった。2人は、ラガールの前から姿を消し、一人の娘をもうける。それが志津香である。
 しかし、幸せは長くは続かなかった。怨嗟の念に駆られたラガールは、2人を探し出し、魔想を騙し討ちにして殺し、夫の死を見せつけられて心を閉ざしたその妻を犯した。そうして産まれたのが、ナギであった。ちなみに、アスマーゼはナギを産んでしばらくして衰弱死したという……。
 その後、ラガールは魔想の娘、志津香が一人の魔法使いに拾われて生き延びたことを知る。一時は消えたかに見えた怨嗟の念が燃え上がったのは、その時だった。
 我の愛するアスマーゼを奪った男の血を引く者がまだ生きている。
 妄念に狂った男は、魔想の娘よりも自分の娘が優れていること、それが魔想よりも自分が優れているという証明になると、ナギをひたすら魔法使いとして鍛えた。それは尋常の域を超えていた。
 それゆえ、ナギは年に似合わぬ絶大な魔力を持つ強力な魔法使いとなっていた。そして、幼い頃から吹き込まれた父親の妄念にその身を浸して、今まで生きてきたのだ。
 その吹き込まれた妄念が、皮肉にもラガール自身を殺すことになった、とは因果の皮肉か。
「聞いて、ナギ! 私たちが戦う理由なんて……」
「命乞いか?」
「違うわっ!」
「なら、戦え!」
 ナギは、すっと手の平を志津香に向けた。その手から、白く輝く魔法弾が立て続けに打ち出される。
「くぅっ!」
 素早く障壁を張り、それに耐える志津香。
(戦えるわけ、ないじゃない!)
 障壁を通してすら、伝わってくる衝撃に、唇を噛んで志津香は耐えた。
(ランスだったら……なにも考えないで戦うんだろうな、あのバカ……)
 一瞬、その男の顔を思い出しかけて、志津香は慌てて首を振った。そして、ナギに視線を向け直す。
 そこに、彼女の姿はなかった。
「!?」
「どこを見ている? 魔想の娘」
 後ろから声が聞こえた。だが、志津香は振り返らなかった。逆に、目を閉じる。
(手加減して戦える相手じゃない……。やるしか、ないか)
 右の方で、魔力が膨れ上がるのが感じられた。後ろの声に気を取られていたら、間に合わないタイミングだった。
 同時に志津香はかっと目を開け、唱えておいた呪文を解き放つ。
「ファイヤーレーザー!!」
 ドォン
 爆発が起こった。ナギが、爆炎の中から姿を現す。
 間髪入れずに、志津香は魔法を放った。
「炎の矢っ!!」
 初歩中の初歩の攻撃呪文であるが、その数が桁違いだった。数百はありそうな炎の矢が一斉にナギに殺到する。
 さしものナギも、となえようとした呪文を中断して、障壁を張ってそれを防ぐ。
 その数瞬の隙こそ、志津香が求めたものだった。素早く、だが確実に、複雑な詠唱が、志津香の唇から流れ出し、圧倒的な魔力が秩序を持って紡がれていく。

「あの呪文!」
 テラスからその戦いを見ていたマジックは、小さく叫んだ。
 その後ろで、やっと埋もれていた本の山から脱出してきた千鶴子が、息を飲む。
「さすが、魔想志津香。あの呪文まで会得してたなんて……。でも、あの呪文は魔力を膨大に使うわ。まさか、自分も死ぬ気!?」
「いえ」
 ランが静かに言った。
「志津香は、この場所から魔力を吸い上げています。自殺なんてする娘じゃ、ありませんよ」
「ゼス宮殿は、元々魔力磁場の安定した場所に建てられてる。つまり、土地そのものに魔力が蓄えられてる。……でも、それじゃ魔力を土地から吸い上げる呪文と平行して攻撃呪文をかけてるの?」
 マジックは、まじまじと緑の長衣をまとった、自分とそう変わらない年の少女を見上げた。

 志津香は、かぁっと目を見開いた。そして、紡ぎ上げた呪文を解き放つ。
「真・白色破壊光線!!」
 カァッ
 真っ白な閃光が、辺りを満たした。
 その閃光が消える。
「……ごめん、ナギ」
 志津香はつぶやき、そして目を疑った。
「な、なに?」

 そこに、少女がいた。
 年の頃は15、6か。腰の辺りまである、長く美しい空色の髪。はしばみ色の瞳。すらっと伸びた肢体を黒いドレスに包み、背中に身の丈ほどの長い棒を背負っている少女。
 そして、その空色の髪の間から突き出した、特徴のある長い耳。

「あぶないなぁ、もう」
 からかうような口調でその少女は笑った。その背後に、ナギが無事な姿を浮かべている。
 少女の右手に、輝く光の玉がある。
「まさか、そんな……」
 その光の玉が、志津香が放った超絶破壊呪文を圧縮したものだと理解して、志津香は思わず呟いた。
「こんなの使ったら、ナギだけじゃなくて、ほかのみんなも危ないじゃない」
「邪魔するな」
 少女の後ろから、ナギが憮然と言った。
「魔想の娘は私が倒す!」
「うん。倒すのは勝手だけど、倒されちゃダメだよ」
 振り向きもせずに言う少女の言葉を聞いて、さらに憮然とするナギ。
「邪魔しなければ倒せていたものを」
「ま、いいじゃない。今は引いてくれない?」
「しかし」
「事情が変わったの。ね?」
 口調こそ優しげだが、圧倒的な迫力があった。ナギは渋々頷く。
「わかった。この場は引こう。魔想の娘! 次に逢ったときまで、勝負は預けるぞ」
 そのまま、転移して消えるナギ。思わずそれを追おうとする志津香の前に、すっとその少女が移動する。
 反射的にその場で急停止し、身構える志津香に、少女は右手の光の玉をぎゅっと握りつぶした。
 光の飛沫がキラキラとこぼれ落ちた。
「えっ!?」
「それじゃね」
 笑って、少女は姿を消した。
 志津香は半瞬で我に返ると、落ちていく飛沫を見て青ざめた。
「みんな、逃げてっ!!」
「え?」
 地上の皆がその声に空を見上げたとき、地上に到達した飛沫が次々に炸裂した。
 一瞬にして、ゼス宮殿は業火に包まれた。

 ゼス宮殿の会食の間で、並べられた食事を前にして、一同はテーブルについていた。
 黙り込んだままの志津香に、マリアが話しかける。
「ひどい目に遭ったね」
「……」
「あっ、でも、被害は思ったより少なかったみたいだよ。怪我人もあんまりいなかったみたいだし」
「……」
 志津香は、かたくなに押し黙ったまま、テーブルを見つめていた。……いや、なにも見ていないのか。
 なおも話しかけようとするマリアの肩を、ミリが叩いた。顔を上げるマリアに、黙って首を振る。

 志津香の叫びよりも先に、マジックと千鶴子は降り注いでくる光の飛沫に危険を感じていた。彼女たちがとっさに張った障壁で、飛沫のかなりの部分は防がれていた。
 つまり、業火に包まれたのは、彼女たちが張った障壁の外側だったのだ。
 だが、とっさのことで彼女たちが障壁を張れたのは、地上10メートルほどの高さでしかなかった。つまり、それよりも上は業火に包まれたわけだ。
 それでも、宮殿自体に魔力がこもっているため、ある程度なら火にも耐えられる。運悪く業火に包まれた部分にいた人達も、その間に避難することができた。
 しかし、それで力を使い果たした宮殿の上の方は、いまや見るも無惨に崩れ落ちていた。
 ちなみに千鶴子はそれを見て、ショックのあまり寝込んでいる。今もうわごとで「ガンジーさまになんと言えばいいの〜」と言っているらしい。
 というわけで、現在ゼスの最高責任者はマジックになってしまっていた。

 そのマジックが、部屋に入ってきた。その後ろに、影のようにアレックスが従っている。
「お食事中、失礼するわ」
「マジック、今の言い方はちょっと」
「いえ、かまいません」
 一応、一同の代表格になっているランが、立ち上がって一礼した。
 マジックは、空いている椅子に座った。その後ろにアレックスは黙って立つ。
「一応、ゼスに対するテロリストが攻撃を仕掛けてきたが、防衛に成功。テロリストは逃走したため、現在その行方を追っている……という筋書きで誤魔化しといたわ。まさか、元四天王の一人が襲ってきた、なんて言えないものね。幸い、ナギと志津香さんの戦いは空の上だったから、あんまり見てた人もいなかったみたいだし」
「迅速な処置、ありがとうございます」
 頭を下げるランに、マジックは軽く手を振った。
「あなた達のため、というよりは、ゼスの体面を保つためだから、気にしないで。それよりも、志津香さん。何があったの?」
「……」
 ずっと無言だった志津香はのろのろと顔を上げ、マジックの方を見た。
「負けたのよ」
「え?」
「もう一人、別の魔法使いがいたわ。ナギや私よりも遙かに、そう、遙かに強力な、ね」
「!?」
 一同は、顔を見合わせた。代表して、マリアが尋ねる。
「冗談、だよね? だって、志津香よりも強い魔法使いなんて……」
「いたのよ、それが。私の推測が正しければ……。あいつは、空間を操る術を使える」
 魔法を使える、マジック、アレックス、ランの3人が、思わず息を飲んだ。
 マリアも息を飲んでいた。彼女は魔法こそ今は使えないが、かつて魔法使いだったことがあり、そして今は技術者として、魔法のことにもかなり精通している。
「そんな! 時間と空間は、限定した魔法でしか操れないんじゃ……」
「でも、そうとしか思えないわ。彼女は、私の魔法を空間を圧縮して封じ込め、そして下に向かって解放したのよ」
「そんな……」
 絶句するマジック。アレックスは、マジックが座る椅子の背もたれをぎゅっと握った。
「魔法理論上、不可能じゃない。不可能じゃない……けど、でもそれには強大な魔力と、それを制御する力が必要だ。魔力は、このゼスという地の特性上問題ないとしても、それを制御する力は……、人間には不可能だ」
「人間、じゃないわ」
 志津香は、立ち上がった。そして、かなみとメナドに視線を向けた。
「かなみ、メナド。あなた達には酷なことを告げないといけないわ」
「え?」
 思わず聞き返すかなみに、志津香は告げた。
「あれは、リセットだわ」
「なんだって!?」
 思わず立ち上がるメナド。
 志津香は、あくまでも冷静に言葉を継いだ。
「昨日、トレースしたときの反応とまったく同じだった。あれは、間違いなくリセット・カラーだわ」
「そ、そんなっ! 志津香さんの話じゃ、15、6の長い髪の女の子だろ? リセットさまは、もっと小さな……」
 反論しようとするメナドを、かなみが遮った。そして、志津香に尋ねる。
「それ以外に気付いたこと、あるんでしょ?」
「……ええ」
 志津香はうなずいた。
「リセットからは、魔の気配がした」
「魔の……気配?」
「それって、こないだ言ってた、魔人か使徒の反応っていうもののこと? でも、それってナギのことだったんじゃ……」
 ランが尋ねると、志津香は首を振った。
「ナギから使徒の反応があったのは、間違いないわ。でも、リセットからは、もっと強い反応があった。そう、魔人そのものと同じ反応が……」
「嘘だっ!」
 ダァン、とテーブルを叩いて、メナドは立ち上がった。
「絶対そんなことあるもんかっ!」
「メナド!」
 かなみはメナドの肩を押さえた。そして、志津香に尋ねた。
「志津香さん、リセットさまを元に戻す方法はあるの?」
「……」
 志津香は黙って首を振った。
「判らない。魔人を倒せば、使徒は魔人からの拘束を解かれて自由になる、と言われてるけど、その魔人自身の拘束を解くためには……」
「魔人の元になっている魔王を倒す……。魔王といえば、まさか」
 かなみははっとした。
「来水美樹」
「それは聞けない相談ね」
 別の声がした。皆は一斉にその声の方を見た。
 そこには、一人の少女がいた。いや、正確には、少女の姿をした者がいた、と言うべきか。
 その背後にお供のように青銅の巨人を従えたその少女は、緋の色の髪をうっとおしげに掻き上げた。
「面倒なことになってるみたいね。ホーネット様の予感が当たったってことかしら」
 その少女は、サテラという……。

《続く》

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