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鬼畜王ランス アフターストーリー

颱風娘の大騒動 その14

 承前

「サテラ!?」
 皆、思わず席を立ちあがって、突然現れた少女の姿を見つめていた。
 もっとも、少女というのは見かけに過ぎない。
 この少女、サテラこそ、この世界に24人しかいない「魔人」の一人である。その技術は、もっぱらガーディアンと呼ばれる、いわばロボットの製作に発揮され、その中でも彼女の背後に控えている青銅のガーディアン、シーザーは彼女のお気に入りの作品である。
 ランスが世界征服にいそしんでいた頃、魔界(魔王を頂点とする、モンスターの世界といえばわかりやすいだろう)は、真っ二つに割れていた。
 魔王の血を受け継ぎつつも、魔王になることを拒み、逃亡した、異世界から来た少女、来水美樹。
 あくまでもその彼女に魔王を継承してもらい、その下で魔界を治めようとする者たち。彼らは、前魔王ガイの娘、魔人ホーネットを中心としたため、ホーネット派と呼ばれた。
 そして、美樹を殺し、自らが魔王となろうとする者と、いろいろな理由でそれに協力する者たち。彼らは、代表格の魔人ケイブリスの名を取って、ケイブリス派と呼ばれた。
 早い話、美樹を先に手に入れた者が勝ち、という、それは競争だった。
 しかし、その美樹とその仲間たち……恋人の小川健太郎と、魔人をも斬る聖刀日光……は、ひょんなことから、ランスの元に身を寄せることになった。
 それを知ったホーネットは、美樹を迎えに、そしてそれを美樹が拒んだ場合は、ケイブリス派の手から彼女を守るために、腹心の魔人2人を、リーザス城に送った。
 その2人のうちの一人が、このサテラだった。

 元々、サテラは、リーザス、そしてランスと因縁があった。
 かつて、へルマン王国のパットン王子が、魔人にそそのかされてリーザス王国を攻め、陥落させたという事件があった。
 後にも先にも、リーザス王国が他国に占領されたのはこの時だけである。
 無論、難攻不落のリーザス城が単に力押しで陥落するはずもない。この時、へルマン王国の背後で動いていたのが、3人の魔人であり、彼らの目的は、リーザス城の地下に封印されていた、先々代にして、史上最悪と呼ばれた魔王ジルの復活であったことが、後に明らかになった。
 その3人の魔人のうちの一人が、サテラだったのだ。
 ところが、成就するかに見えた彼女達の計画が、たった一人の男によって崩壊する。
 3人の魔人のうち、二人、ノス、アイゼルはその男に倒され、サテラもあえなく敗北してしまう。そして肝心の魔王ジルさえも、その男の前に消滅してしまったのだ。
 その男が、ランスだったのである。

 その後、仲間を人間に倒され、おめおめと魔界に戻ったサテラを周囲からかばったのがホーネットだった。サテラはホーネットに心酔し、その配下に加わることになった。
 そして、リーザス城に美樹が保護されていると知ったホーネットは、かつてリーザス城に行ったことがあるサテラを、彼女の使者として送ることにしたのだった。

 ホーネット派は、元々ケイブリス派よりも数が少ない。実力主義の魔界の住人にとっては、過去の栄光にすがっているとしか見えないホーネット派よりも、自分の力で権力を掴もうとしているケイブリス派の方が魅力的に写ったのは無理もなかった。
 そのうえ、リーダーたる魔人の数も、ホーネット派はホーネット、シルキィ、ハウゼル、そしてサテラとメガラスの5人だった。それに対して、ケイブリス派は、ケイブリス、カミーラ、ケッセルリンク、レイ、メデュウサ、レッド・アイ、ジーク、パイアール、カイト、ワーグと10人、つまりホーネット派の倍の数である。ケイブリス派は、必ずしも一枚岩とは言えないまでも、圧倒的に有利なのは間違いなかった。
 この状況で、ただでさえ少ないホーネット派の魔人のうち、2人もリーザス城に送る事により、魔界でのホーネット派は圧倒的に不利となる。事実、この後、ホーネット派はケイブリス派の攻撃を支えきれずに、破れる事になってしまうのだった。

 閑話休題。
 リーザス城にやってきた当初、サテラは前の事情があったため、ランスを目の敵にしていた。しかし、いつしかその殺意は、ランスと肌を重ねていくうちに、次第に思慕とも呼べるものへと変貌していく。
 そして、サテラはあるとき、ランスに一つの提案をする。それは、美樹を殺して、ランスが魔王となってこの世界を統べないか、というものだった。
 いかに超人的とはいえ、ランスは人間である。何時かは年老いて死んでいく。永遠の命を持つ魔人であるサテラと一緒にいることはできない。ランスが永遠の命を手に入れ、サテラと共に過ごすためには、彼自身が魔王になるしかない。
 それは、形を変えた、サテラの告白でもあった。
 しかし、それを知ってか知らずか、ランスはあっさりとそれを蹴ってしまった。
 それ以後、サテラは美樹を忠実に守り続け、そして全てが終わった後、人間に戻る方法を探す美樹達と共に、リーザス城を出ていった……。

 かなみが訊ねた。
「ねぇ、サテラ。さっき、ホーネット様がおっしゃったとおり、とか言ったよね?」
「言ったぞ」
 サテラは、あっさりと答えた。
「魔血魂、というのを知っているか?」
「……?」
 一同が顔を見合わせる中、志津香が答えた。
「魔人が、活動休止状態になった姿、でしょう? 魔人の中核を為す、魔王の血の塊のこと、と聞いているわ」
「そうだ」
 サテラは、腰に手を当てた。
「そのうちの一つが、行方不明になった」
「……っ!」
 全員が息を飲んだ。志津香だけが、冷静に訊ねた。
「誰の魔血魂?」
「誰のって?」
 思わず訊ねるマリアに、志津香は答えた。
「魔人の性格は、そのまま魔血魂に受け継がれるの。というよりも、魔人の性格そのものが、ある程度、魔血魂によって形作られている、と言った方がいいわ」
「よく知ってる」
 サテラは呟くと、頷いた。
「お前は誰が嫌だ?」
「アイゼルだけは嫌」
 あっさりと答える志津香。かつてのリーザス戦争のとき、彼女はアイゼルに好意を持たれるという経験をしている。
「なら、安心しろ。なくなったのはケッセルリンクの魔血魂だ」
「ケッセルリンクって、あの吸血鬼の?」
 聞き返すマリアに、サテラは頷いた。
「そうだ」

 ケッセルリンクは、存在しないはずの、男性カラーであり、しかも吸血鬼だった。魔界の中にある「ケッセルリンクの館」に、彼を慕って集まった7人のメイド達(無論、彼女達は普通の人間ではなく、使徒であったが)と暮らしていたが、ほとんど成り行きでケイブリス派に組みすることになった。そして、最後はランスに棺桶を破壊され、魔剣カオスの前に倒れた。
 だが、その使徒となったメイド達は人間界に帰る事を拒み、今も魔血魂となったケッセルリンクを守って、館で暮らしている……。

「……って、聞いたけど」
 かなみが言うと、サテラは首を振った。
「いや。それは違う。ケッセルリンクの魔血魂は、館にはないのだ」
「それじゃ、どこに?」
「最初は、シルキィが自分のものとしていた……」

 魔界を分けた戦争の末、ハウゼルはメデュウサに捕らえられ、残る魔人はホーネットと腹心にして親友のシルキィの二人となった。ここでホーネットは全軍をシルキィに預け、彼女は最後の決戦をケイブリスに挑もうと進軍する。
 しかし、ケイブリスはその裏をかいた。突破できるはずがないと言われた「死の大地」を突破したケイブリス軍は、手薄になったホーネットの居城を急襲し、ホーネットを捕らえた。
 盟主たるホーネットを失い、ホーネット派は瓦解し、こうしてケイブリスはようやく魔界を統一した。
 そのケイブリスを倒すために、シルキィは捨て身の方法を採った。それが、「他の魔人の魔血魂を自分の中に取り込むこと」であった。
 確かに、魔人の力の源である魔血魂を取り込めば、パワーアップできる。しかし、それは魔人の身体すらも崩壊させかねない危険な賭けであった。
 もう後がないシルキィはそれを実行した。しかし、ランスがのんびりとハーレムで楽しんでいたせいか、魔人はなかなか倒れず、結局シルキィは、魔血魂を必要なだけ手に入れることが出来ず、ケイブリスに捕らえられてしまった。
 だが、後の歴史家達は、もしシルキィが魔血魂を必要なだけ手に入れたとしても、ケイブリスには勝てなかったとみている。むしろ、シルキィが生き延びられたのは、ケイブリスがシルキィをいつでも殺せるからおもちゃにしようと思ったからであり、シルキィが十分に強ければ、ケイブリスはシルキィを殺してしまったのではないか、と言われている。

「それじゃ、シルキィが持ってたの?」
「いや。確かにシルキィはケッセルリンクの魔血魂を持ってケイブリスと戦ったが、破れてしまった。そのときに、魔血魂はシルキィから取り上げられた」
「なら、ケイブリスが?」
「ケイブリスにそんな知能があるか」
 あっさりと首を振ると、サテラは答えた。
「最終的には、ホーネットさまが、全ての魔血魂を見つけて、保管なさっていたのだ。しかし、数日前、そのうちの一つ、ケッセルリンクの魔血魂が行方知れずになったのだ」
「盗まれたの?」
 まさか、という表情で、かなみが訊ねた。
 魔人の中でも実力はトップクラスのホーネットからものを盗める者など、そうざらには、いないはずだ。
 サテラは、悔しそうに頷いた。
「そうだ」
「誰が、そんなことできるっての?」
「……サテラには、わからない」
 サテラは、首を振った。
「ホーネット様も、わからないと言った……。でも、ケッセルリンクの魔血魂が、誰かの身体に宿ったのはわかる」
 今まで黙ってそれを聞いていた志津香が、ぽつりと言った。
「リセットは、魔人ケッセルリンクの後継者となった……というわけ?」
「そんなっ!」
 メナドが、テーブルを叩いた。
「リセットさまが、そんなっ!」
「メナド……」
 かなみが、メナドの手をぎゅっと握った。そして、サテラに訊ねた。
「サテラは、知っている? 魔血魂から、元の人を切り離す方法を……」
「……」
 サテラは首を振った。
「魔人を倒しても、魔血魂は死なない。でも、元の身体は死ぬ……」
「それじゃ……」
 かなみは一瞬絶句した。それから、大きく深呼吸して、訊ねた。
「サテラ、教えてくれる? ホーネット様のいる場所」
「どうする気だ?」
「ホーネット様に聞いてみる。それでもだめなら、日光さんに」
「日光? ああ、あの刀か」
 サテラは頷いた。
「いいぞ。聞いてみろ」
「どこにいるの?」
 訊ねるかなみに、サテラは答えた。
「もうすぐ、ここに来る」
「ここに?」
「ああ。サテラは、事情を話しに来た。ホーネット様は、リトルプリンセスのそばを離れるわけにはいかない。私が、使いには適任だろう」
 ちなみに、リトルプリンセスとは、美樹のことである。正式な魔王になっていない彼女は、魔界ではこう呼ばれることもあるのだ。
 マジックは頷いた。
「わかったわ。アレックス、お願いできるかしら?」
「ああ。門番に伝えておこう」
 そう言って、アレックスは部屋を出ていった。

 数刻後、数人の旅人がゼス宮殿前の大門の前に訪れていた。
 楚々とした緑の髪の美女、ロバに乗った背の低い美少女、そして長い刀を背中に背負った青年。その3人に囲まれるようにして、愛らしい少女がちょこんと立っている。
「ねぇ、健太郎くん」
 少女は、前をゆく青年に声をかけた。
「なんだい、美樹ちゃん?」
「ここが、ゼス宮殿なんだね」
「ああ」
「美樹様」
 美女が、言った。
「申し訳ありません。私が迂闊なばかりに、美樹様にはご迷惑をおかけします」
「あっ、そんな、気にしないでください」
 慌てて少女はパタパタと手を振った。
 美女は、さらに頭を下げた。
「何者が魔血魂を奪っていったのか判らない以上、このまま流浪の旅の空では、私達だけでは美樹様をお守りし切れぬかもしれません。しばし、この地に逗留し、美樹様には安全になるまで、しばし足を休めていただくしかないのです。どうかお許しを」
 少女はさらに慌てて答えた。
「大丈夫ですってばぁ。私、そろそろしばらく休みたいなって思ってたところですし。ねっ、健太郎くん?」
「そうだね」
 青年は微笑んで少女の頭をなでると、美女に言った。
「美樹ちゃんの言うとおりです。僕たちのためにいつもホーネットさんたちにはご尽力いただいているんですから」
「健太郎殿、すみません」
 と、今まで黙っていた、ロバに乗った少女が声を出した。
「門が開く」
「えっ?」
 ゴゴゴゴゴゴ
 彼女たちの前に閉ざされていた門が、ゆっくりと開いた。その向こうに、青年が一人。
 彼は、深々と頭を下げた。
「ゼス宮殿へようこそいらっしゃいました。私は、ゼス魔法兵団白の軍隊長、アレックス・ヴァルスと申します。ゼス王国国王臨時代理、マジック・ザ・ガンジーの名代として、みなさまをお迎えに参りました」
「えっ? あっ、あのっ、えっと」
 すっかり飲まれた風の少女が慌てているのをみて、美女は微笑した。それからアレックスに頭を下げる。
「ホーネットと申します。このたびは、わたくしどもの急な申し出、失礼極まりないとは存じますが、是非ご高察頂ければ幸いに存じます」
「このようなところで立ち話もなんですから、どうかお入りください」
 アレックスは、そう言ってきびすを返した。

 ゼス宮殿に一同が入ったところで、水晶球に写っていた映像が不意に揺らぎ、見えなくなった。
「ちぇっ。ゼスの結界、まだ健在ってところかぁ」
 頬杖をついて、テーブルの上に乗っていた水晶球をみていた少女は、頬を膨らました。
 空色の髪が、さらっと流れる。
「それにしても、リトルプリンセスもゼスに来たかぁ。面白くなってきたな」
「おい」
 不機嫌そうな声が後ろから聞こえ、彼女は振り返った。
「なぁに、ナギちゃん?」
「その呼び方はよせ」
「いいじゃん」
 にこにこ笑う少女に、これ以上反論しても無駄と悟ったか、ナギは無表情に訊ねた。
「いつになったら、魔想の娘と戦わせてくれるのだ?」
「もうちょっと待ってよ」
 少女は、髪を掻き上げ、にこっと笑った。
 その赤い唇から、鋭く伸びた犬歯が一瞬見える。
「まだ、始まったばっかりだよ」
「……」
 ナギは、渋々という感じで頷いた。
「……わかった」
「さぁて」
 少女は、テーブルの上に乗っていたチェス盤の上で、白いクイーンを動かした。それから、少し考えた。
「クイーンはキャスリング、か。なら、この手で行ってみようっと」
 彼女は、黒いボーンを一つ前に進めた……。

「魔物が!?」
 マジックは、千鶴子が使っていた机に乗った書類から顔をあげて、訊ねた。
 魔法将軍は、姿勢を正して報告した。
「はっ。パリティラオンは魔物に占領されました。守備のために残っていた部隊の応答なし。おそらく、全滅か、と……」
「一般市民の被害は?」
「一般市民の避難は既に完了しておりましたので、そちらの被害はありませんが……」
「そう……」
 マジックは、ちらっと壁の時計をみた。
「警備体制を強化。非常事態宣言を発令するわ。それから、明日の朝一で軍の会議を招集」
「はっ」
「あっ、ちょっと待って」
 瞬間移動しようとした魔法将軍を呼び止め、マジックは立ち上がった。そして、今まで書いていた紙を折り畳み、封筒に入れて封印をすると、手渡した。
「これを、リーザス城のマリス・アマリリス様にお届けして。大至急、よ」
「はっ」
 魔法将軍はその手紙を受け取ると、今度こそ瞬間移動した。
 マジックは、一息つくと、椅子にもたれて中空を見上げた。
 その唇から、つぶやきが漏れる。
「負けるもんですか。こんどこそ、守ってみせる……。私とアレックスの大好きな、このゼスを!」

《続く》

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