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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん入学する(前編)


 ピピピピッ、ピピピピッ
 目覚まし時計が騒いでる……。
 う、うーん。もうちょっと……。

 あたし、虹野沙希。ちょっとお料理好きな、でもこれといって取り柄のない平凡な16歳の女の子。
 この春、めでたく中学校を卒業したあたしは、いよいよ高校入学を目前に控えてます。
 きらめき高校……。どんな学校なんだろう?
 ちょっとドキドキしちゃうな。
 ピピピピッ、ピピピピッ
 う〜ん、もうちょっとだけぇ……。
 あたしは、ごろんと寝返りついでに、目覚まし時計をポンと叩いて静かにさせる。うん、これでよし。
 第一、まだ春休みじゃない。ちょっとくらいお寝坊したって、いいじゃないの。ねぇ?
 ……あ、あれ?
 ああーっ!!
 違う違う! もう春休みじゃないんだ!
 そう、今日からあたしは高校生。その最初の日なのよっ!
 慌てて飛び起きる。ああー! もう8時すぎてるぅ!!
 お母さん、起こしてくれたっていいじゃないのぉ! もう。
 昨日からハンガーに掛けておいた制服に袖を通して、階段を駆け下りる。え? あ、あたしの部屋、2階にあるから……って、そんな説明してる場合じゃないのにぃ!!
 あれ?
 いつもなら、台所でお母さんが朝御飯の支度をしてる音が聞こえてくるのに……。
 台所をのぞき込んだら、誰もいない……。
 あ、そうか。お母さん達、昨日からおばあちゃんのところに行ってるんだ。急におばあちゃんが倒れたって電話があって……。
 大丈夫なのかな、おばあちゃん。後で電話して……。
 ちらっと時計見たら、うわぁ、もう8時半じゃない!
 急がなくっちゃ!
 大急ぎで顔洗って……。あーん、髪に寝癖ついてるぅ。でもなおしてる時間ないわ。もう、こうなったら根性よ!
 朝御飯食べてる時間もないし……。ええい、ちょっとはしたないけど、パンをくわえて、行ってきます!
 バタン!
 ……なんかスースーする……。え? わきゃぁぁ!!
 ……スカート、はくの忘れて家を飛び出しちゃった。すぐに気がついたし、誰にも見られなかったからよかったけど、なんだか先が思いやられちゃうなぁ。はふぅ……。
 なんてため息ついてる場合じゃないの!! 今度こそ、行ってきます!!
 バタバタバタ
 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴る中、あたしは校門に飛び込んだの。ふぅ、間にあったぁ。
「あっれぇ? 沙希じゃん。あたしよか遅いなんて、超珍し〜って感じぃ」
「え? あ、ひなちゃん、おはよう!」
 向こうからあたしの方に駆け寄ってきた、赤いショートカットの女の子。中学校のときからの親友の朝日奈夕子ちゃん。あたしはいつも“ひなちゃん”って呼んでるの。
「ねぇ、もうクラス編成見た?」
「ううん。だってあたし今来たところよ」
「あ、そうだった。こいつは一本取られたって言うところですか」
 そう言って、自分のおでこをペシンと叩くひなちゃん。なんだか、中学のときと全然変わんないな。
 あ、変わんないって言えば……。
「ひなちゃん、早乙女くんは来てるの? 確か、早乙女くんもきらめき高校よね?」
「そーなのよ。中学出てこれであいつともお別れかなーって思ってたら、よりによってあいつもここっしょ? もう超ベリバ〜って感じぃ」
 ひなちゃんってば、ぷーって膨れてる。でも、あんな事言ってるけど、あの二人結構仲いいんだよね。
 あ、噂をすれば……。
「ひなちゃん、ほら、早乙女くんよ!」
「え? どこどこ?」
「ほら、あそこぉ」
 あたしは、校舎の方を指さしたの。花壇の敷石に腰掛けて、早乙女くんがなにやらメモ取ってる。何してるんだろ?
「あいつぅ……。沙希、ごめん。ちょろっと遊んでくるね! 後でまた逢お〜」
 あたしにパチンと手を合わせてから、ひなちゃん大回りして走っていっちゃった。あ、早乙女くんの後ろから忍び寄って、メモを取り上げてる。
 そうだ、クラス編成見なくっちゃね。
 あたしは、メモを取り合いを始めたお二人さんをほっといて、クラス編成の掲示板の方に向かったの。
 ……どうせ、あたしは独り者ですよぉだ。……くすん。
 大きな掲示板に張り出されたクラス編成を、A組から順番に見ていく。
 ふぅん。早乙女くんはA組で……。あ、あった! あたしはE組だ!
 えっと……。ひなちゃんはI組かぁ。ちょっと離れちゃったな。ま、仕方ないよね。
 時計をちらっと見たら、まだ時間あるみたい。ちょっと校内を見て回ってみようかな。
 そんなこと考えながら、掲示板の前を離れようとしたとき。
 ドン
「きゃ」
「あ、ごめんなさい」
 くるっと振り向きかけたところに、誰かがぶつかってきて、あたし転びかけちゃった。
 その人が支えてくれて、倒れなくてすんだんだけど。
「こっちこそ、ごめんなさい」
 あたしも謝りながら、その人を見たの。
 ……綺麗な人。
 まっすぐな赤いストレートヘアに、黄色いヘアバンドがよく似合ってる。
「本当にごめんなさいね。それじゃ」
 その人はもう一度頭を下げて、それから、J組の掲示板のほうに走っていったの。掲示板の前にいる栗色の髪のおとなしそうな娘に声かけてる。
「メグぅ! どう?」
「あ、詩織ちゃん……。クラス、違っちゃったね」
「J組なんだ……。端と端よね。私、A組だから……」
 友達同士なのね、きっと。
 そんなこと思いながら、あたしはその場所を離れたの。
 入学案内を片手に、あたしは中庭に出てきたの。
 ふぅん、芝生になってるんだぁ。で、あっちが体育館で、向こうがグラウンドになってるのね。
「ハァイ、そこの人!」
 急に声をかけられて、あたしびっくりして振り返ったの。
「え? あたしですか?」
「イエス、そうよ」
 そう言いながら、女の子があたしに近づいてきたの。……すごいヘアスタイル。まるで糸蒟蒻玉みたい。
 あたしと同じ新入生、よね?
「ねぇ、美術室ってどこにあるかわかる?」
 その人は、あたしの持ってる入学案内をのぞき込みながら訊ねたの。
「えっと、美術室ですか? 確かこっちに……」
 あたしは入学案内をめくってみたの。あ、あった。
「その校舎の3階みたいだけど」
「本当? サンクス、ありがとう。ちょっと道に迷っちゃって」
 そう言うと、その人は照れたみたいに笑ったの。
 この人も綺麗な人だな……。
「それじゃ、グッバァイ、さよなら」
「あ、はい」
 その人は、あっという間に走って行っちゃったの。なんだか嵐みたいな人だったなぁ。
 あ、いけない。もうそろそろ入学式の時間じゃない。あたしも行かなくちゃ。
 入学式も無事に終わって、1年E組の最初のホームルームの時間。やっぱり自己紹介から始まるの。
 先生が、出席簿を見て、あたしの名前を呼ぶ。
「次、虹野沙希さん」
「はい」
 あたしは立ち上がると、くるりと振り向いて、みんなの方を見る。
「はじめまして。虹野沙希です。ええっと、趣味は料理です。とっ、とにかく、よろしくお願いします」
 ぺこりと一礼する。ふぅ。やっぱり、ちょっと苦手だな。みんなに注目されるのって。
 キーン、コーン
 チャイムが鳴って、あたしのきらめき高校の最初の日が終わったの。
 これから、どうしようかなぁ……。
「沙希ぃ!」
 後ろから声がした。振り向くと、ひなちゃんが走ってくる。
 ひなちゃんは走ってきた勢いであたしの肩を叩くと、訊ねてきたの。
「ねえねえ、沙希はこれから予定ある?」
「ううん。別にないけど……」
「あ、じゃあさぁ、ちょっとお茶していかない?」
「え……、でも、校則じゃ……」
「そんなの、忘れよ忘れよ。おいしいケーキの店見つけたんだぁ」
 ひなちゃんは笑いながら言った。
 こう見えて、ひなちゃん結構ケーキにはうるさいのよね。そのひなちゃんがこう言うってことは、本当においしいんだろうな。
 うーん。ちょっと、興味あるな。どんなケーキなんだろう?
 なんて考えてると、ひなちゃんが横合いからあたしをつつく。
「どう、沙希? 行きたくなってきたでしょう?」
「まぁ、行ってもいいかな?」
「決まり!」
 ひなちゃんは立ち上がった。あ、何だか笑ってる。
 ……何となく嫌な予感がするなぁ。

《続く》

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