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ときめきメモリアル Serial Story

沙希ちゃんの独り言 第126話
もうひとりの主人くん(後編)

 サッカー部の練習試合、きらめき高校対ひびきの高校。
 ところが、ひびきの高校のメンバーが一人足りなくて、試合が流れそうになっちゃった。
 やっぱり、フルチームで試合をしたいっていうことで、ひびきの高校の助っ人を認めたんだけど、その助っ人――ひびきの高校生徒会長の赤井ほむらさん――に、3点も入れられちゃったところで、前半が終了。
 そして後半が始まったの。

 ピーッ
 きらめき高校のキックオフから後半が始まったの。
 フォワードの沢渡くんが、ぽんとヒールキックで後に流して、一気に前に向かって走り出す。
 ボールを受け取った主人くんが、素早く辺りを見回して、ドリブルを始めようとしたとき。
「どけどけどけぇーーーっ!!」
 赤井さんがものすごい勢いでつっこんできたの。
 危ない、主人くんっ!
 でも、主人くんは落ち着いてた。赤井さんがつっこんでくるのをひょいとかわして、ボールをぽんとサイドにいた服部くんに渡す。
「あーっ、ずっこい! 勝負しろっ、てめぇっ!」
 立ち止まって怒ってる赤井さんに苦笑しながら走り出す主人くん。
 あ。
 すすっと前に出てきた服部くんが、赤井さんの近くで立ち止まった。
 主人くんの作戦、服部くんが赤井さんにマンマーク(っていうのもちょっと変だけど)でつく。
 と言っても、前半もちゃんと沼田先輩が、ほとんどマンマークでついてたんだけど。どういう違いがあるんだろ?
 あ、沢渡くんにパスが……通らない。向こうのディフェンスにカットされちゃった。
「あーっ、惜しいっ!」
 みのりちゃんが地団駄踏んだ。
 瑠美ちゃんが呟く。
「ひびきの、全員で守りに入ってますね」
 ほんとだ。赤井さんを残してあとの全員はハーフウェイラインより下がってる。
 まぁ、3対0だから、後は守ろうっていう作戦を取るのは普通かもしれないよね。実際の試合なら守りにはいるのはまだ早いかも知れないけど、練習試合だもんね。守り続ける練習っていうことなのかも。
 でも、それだけならきっと、みんなはなんとかしてくれる。
 ただ、問題は……。
 あたしはちょうどセンターラインの辺りで、腰に手を当てて立ってる赤井さんに視線を向けた。
 前半見た限りじゃ、赤井さんならあそこから一人で突破して得点する力がある。みんなもそれが判ってるから、守りを崩すわけにいかなくて、結局攻撃に参加できる人数が少ないんだ。
 だから、攻撃するとき、数的不利で、結局ボールを取られちゃう。
 うーん、どうするの、主人くん?
 あ、また取られちゃった……。
 ディフェンダーのボールが、前に蹴り出されて、ああっ、赤井さんに……。
「よっしゃ! 行くぜぇっ!」
 ボールを受け取って、くるっと向き直る赤井さん。
 あっ!
 服部くんが、するっとボールを取ってた。
「あ、てめぇ何しやがるっ!」
「……」
 あ、そういうことだったんだ。
 そのとき、あたしには主人くんの作戦が判った。そして、ハーフタイムに主人くんが言ったことの意味も。

 試合はそのまま膠着状態。きらめき高校が攻め込んでは弾き返される、の繰り返し。
 でも、赤井さんは完全に服部くんが押さえてた。
 やっぱり、服部くんって上手いんだよね。テクニックがあるんだ。
 赤井さんにボールが渡る直前をカットしたり、トラップしたボールを横からちょんと取ったり。
 そして、後半22分。

 ひびきの高校のディフェンダーから、ボールが前線にポーンと飛んできた。
「よーし、来いっ!」
 赤井さんが叫びながら走る。と、服部くんがすすっとその進路に割り込んで、横合いからいなすようにしてボールを取った。
「あ、てめぇっ!」
「……」
 服部くんは、ふん、と言いたげに一瞬赤井さんを見て、それから、ボールを軽く脇に蹴った。
「てめぇっ!!」
 ゲシィッ
 問答無用って感じで、赤井さんが服部くんを後から蹴っ飛ばした。不意を打たれてピッチに転がる服部くん。
「散々あたしの邪魔しがやってっ! この場でヤキ入れてやるっ!!」
 ピピーーーッッ!
 慌てて審判が笛を吹きながら駆け寄る。
「あんだっ!? てめぇもあいつの味方しようってのかっ! おもしれぇ、相手になってやるぜぇっ!!」
 赤井さんは、びしっと審判をさして怒鳴った。慌ててひびきの高校の選手達が駆け寄ろうとするけど、なにせ赤井さんだけうちの陣内に残る形になってたから、誰も止める人がいないの。
 そのまま審判に殴りかかろうとする赤井さん、慌てて逃げ出す審判の人。
「てめぇっ! 逃げるなっ! あたしと正々堂々戦えっ!」
 そう叫びながら審判を追いかける赤井さん。
 ぼう然と見守るうちのみんな、そしてなぜか盛り上がっている応援席。
「いいぞーっ!」
「やれーっ、会長っっ!」
 その頃になって、やっとひびきのの選手達が赤井さんを止めに入ってきた。
「会長っ! ピッチでござるっ!」
「やめるんだーっ!」
「あんだ!? てめぇら、邪魔するんじゃねぇっ!! どけ、どけってんだっ!!」
 5人がかりで押さえ込まれる赤井さん。
 審判の人は、やっと赤井さんが停まったので、立ち止まって、笛を鳴らした。
 ピピーッ
 そして、懐から赤いカードを出して、ピッと示す。
 レッドカード、つまり、即退場。
 あたしは苦笑した。
 姑息といえば、姑息だけど。
 服部くんは、確かにテクニックは抜群で、本当にサッカーの練習をしてるわけじゃない赤井さんを押さえるのはわけないことだった。それに、物怖じしない性格だから、赤井さんを怖がるようなところもないだろうし。
 でも、主人くんがそれ以上に期待したのは、服部くんの性格だったのよ。
 服部くんって、どっちかっていうと冷笑的なそぶりをすることが多くて、よく誤解されるのよね。
 主人くん、だから、赤井さんを「キレさせる」目的で、服部くんを赤井さんのマンマークに起用したんだ。

 ピーッ、ピーーーーッ
 長い笛がピッチに鳴り響いて、試合終了。
 結果は、4対3できらめき高校の勝ち。
 赤井さんが退場になって、すっかり気落ちしたひびきの高校相手に、あっという間に逆転して、そのまま逃げ切っちゃった。
 ひびきのの選手達と握手して戻ってきた主人くんに、あたしはタオルを手渡した。
「はい。お疲れさまっ!」
「ああ。……疲れたよ」
 主人くん、苦笑してるかな、と思ったんだけど、にこりともしてない。
 どうしたんだろ?
「主人くん、もしかしてどこか痛めたの?」
「え?」
「だって、勝ったのに……」
「……ごめん」
 主人くんはそう言い残して、タオルを手に控え室に戻って行っちゃった。
 どうしちゃったんだろ?
「……ったく、主人の奴。そういうことかよ……」
 その後ろ姿を見送ってると、後で服部くんの声がしたの。
 慌ててあたしは振り返った。
「ご苦労様でした。怪我してませんか?」
 みのりちゃんが笑いながら話しかけてる。
「別に」
 素っ気なく答える服部くん。
 と、前田くんや江藤くんが慌てて走ってくる。
「服部、逃げろっ!」
「なんだよ?」
「さっきの会長がすごい勢いでこっちに走ってくるんだ。ぜったいお前を捜してるんだぜ」
「ああ、俺は見た。あれは間違いなく、伝説の“真紅の破壊神”だ」
「何の話だ、それ?」
 慌ててひびきののベンチの方を見ると、うわ、ほんとだ。赤井さんが止めようとしてるサッカー部員を引きずりながらこっちに向かってくるっ!
「ええっと、とにかくみんな控え室に戻ってっ! ここはあたし達がなんとかするから」
「達って、私も入ってるんですか?」
 慌てて訊ねる瑠美ちゃんに、みのりちゃんがどんと胸を叩く。
「当然っ! あたしたちは一心同体! 虹野先輩、私は死んでも先輩を守りますっ!」
「あ、いえ、それは……」
「それじゃ悪いけど、頼むっす。ほら、服部、逃げるぞっ!」
「ちょ、ちょっと、俺は……」
「お前にここで死なれると、あとで清川さんに俺達が殺されるだろうがっ!」
「な、なんで望がここで出てくるんだっ!? お、おい引っ張るなっ!」
 わたわたっと控え室に逃げていくみんなを見送ってから、あたしは悲壮な覚悟で振り返った。
 うわ、もう目の前まで来てるぅっ!
「おいこらっ! あたしに喧嘩売った奴を出せっ!!」
 あたしは慌てて、手を広げて割って入る。
「ま、待ってください、赤井さん。あれは、試合ですから」
「やかましいっ! あんな卑怯な真似しやがってっ! ヤキ入れてやるっ!」
「別に間違ったことしてたわけじゃないですっ!」
「そうだよなぁ」
「やかましいっ!」
 あたしの言葉に頷いたひびきののサッカー部員が、頭を叩かれた。赤井さんはきっとあたしを睨む。
「とにかく出せ」
「ダメですっ!」
「なんだってぇ? このあたしをひびきの高校生徒会長、赤井ほむらと知っての狼藉かっ? ひびきの高校の生徒は、あたしの言うことは聞かなくちゃいけないんだぞっ」
「あたしはきらめき高校の生徒ですっ!」
「待ちなさいっ!」
 みのりちゃんがずいっと間に割り込んだ。そのままあたしを背にかばうようにして叫ぶ。
「虹野先輩に手を挙げようって言うんなら、そのまえにあたしを倒して行きなさいっ!」
「ん? なんだ、てめぇは?」
「きらめき高校1年、秋穂みのりっ!」
「み、みのりちゃん、止めようよ……」
 みのりちゃんの袖を引っ張る瑠美ちゃん。みのりちゃんはそれを振り払うと、言い放つ。
「ごめんね、瑠美ちゃん。でも、女には負けると判っていても戦わないといけないときがあるのよっ!」
 みのりちゃん、それって何かの見すぎ……。
 と、赤井さんが不意に笑い出した。
「アハハハハハハハ」
 何事かと思ってみんなが見守る中、赤井さんはみのりちゃんの肩をぽんと叩いた。
「威勢のいい奴だな。気に入ったぜ」
「ほぇ?」
「秋穂みのり、覚えといてやるぜ。なんかあったら、いつでもうちに転校してきなよ」
 そう言うと、赤井さんはあたしに視線を向けた。
「あんたもな」
「あ、あたしですか?」
「仲間をかばうなんて、なかなか見上げた根性だぜ。うん、あんたも気に入った」
「だめですっ!!」
 慌ててみのりちゃんがあたしを背後にかばう。
「虹野先輩はあげませんっ!」
「ハハハハッ、あたしにそんな趣味はねぇって。んじゃ、また逢おうぜ」
 赤井さんは、さっと手を振って、戻っていった。残されたあたし達は目をぱちくり。
 あたしは、ひびきののサッカー部員に聞いてみた。
「あの、赤井さんっていつもあんな風なんですか?」
「ええ、まぁ」
「どうもすみません、ご迷惑をおかけしまして」
「それじゃ、俺達はこれで」
 そういって引き上げてくひびきののサッカー部のみんな。
 ほっとしながらそれを見送ってると、みのりちゃんがいきなり抱きついてきたの。
「ふぇぇぇ〜、怖かったですぅ〜」
「みのりちゃんったら」
 あたしは苦笑して、みのりちゃんの頭を撫でてあげた。
「虹野先輩。そろそろ私たちも戻りましょう」
 瑠美ちゃんに言われて、あたしは頷いたの。
「そうね。ほら、みのりちゃんも顔を上げて」
「はぁい……」
 みのりちゃんは顔を上げて、こくりと頷いたの。
「じゃ、行きましょう」
 あたしは歩き出した。
 後で、みのりちゃんが小声で瑠美ちゃんに何か言ってる。
「……もう、瑠美ちゃんったら。いいところだったんだから邪魔しないでよぉ」
「ご、ごめんなさい……」
 ……やれやれ。

 あたし達の控え室前に戻ると、壁に寄りかかってた陽ノ下さんがあたしの姿を見て体を起こしたの。
「あ、来た来た。すごかったね!」
「陽ノ下さん。ごめんね、うちが勝っちゃって」
「ううん。勝ち負けは時の運だもん。しょうがないよ。それよりももっと大事なことは、あたし達が楽しませてもらったって事だよ」
 陽ノ下さんは笑顔で言ってくれたの。それから、はたと気付いたみたい。
「あ、ごめんね。着替えるんだよね。あたし、ここで待ってるから」
「それだったら中に入って待ってた方がいいわよ。ね?」
 そう言って、あたしは陽ノ下さんを誘ったの。
「それじゃ、ちょっと御邪魔しますね。ホント言うと、廊下は寒いなって思ったんだ」
 あははっと笑う陽ノ下さん。
「こういうときは、琴子の気持ちも判るなぁ」
「え?」
「あ、ごめん。琴子ってあたしの親友なんだけど、すっごく寒がりなのよ」
 そんな話をしてると、みのりちゃんがぐいっと割り込む。
「ちょっと、あなたっ!」
「は、はい?」
「あたしの虹野先輩に……むぐ……」
「ご、ごめんね。なんでもないのっ」
 あたしは慌てて後からみのりちゃんの口を塞いで、とりあえず笑っておいたの。

TO BE CONTINUED...

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あとがき
 猫も杓子もPS2……。
 そんなお金ないです(号泣)

 さて、それはそれとして、なんていうかいろいろぐらぐらふらふらとしてます。
 精神的に。

 3月10日で新幹線の食堂車が無くなるんだそうで。
 行ったこと無かったなぁ。いつかは行くんだって思ってたのに……。くそぉ(泣)

PS
 ジュビロ磐田優勝おめでとうございます。

 沙希ちゃんの独り言 第126話 00/3/4 Up

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