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ときめきメモリアル Serial Story

沙希ちゃんの独り言 第125話
もうひとりの主人くん(中編)

 あたし達がグラウンドに出ると、ちょうど主人くん達が練習を切り上げたところだったの。
「あ、マネージャー。向こうのスターティングイレブン、どうなってる?」
 きらめき高校側のベンチに戻ってきた主人くんに聞かれて、あたしは首を振った。
「ごめん、まだ聞いてないの。今から聞いてくるね」
「ああ、頼むよ」
 頷く主人くん。
「それじゃ瑠美ちゃん、みのりちゃん、みんなにタオルとドリンク配っておいてね。ほら、みのりちゃん、いつまでも惚けてちゃだめでしょ」
「あ、はい」
 みのりちゃんは首を一振りして、頷いたの。よかった、どうやら元に戻ったみたい。
「じゃ、行って来ます」
 あたしは、ひびきの高校のベンチの方に駆け寄っていった。

「おはようございま〜す。きらめき高校サッカー部マネージャーの虹野です。ひびきの高校のスターティングオーダーを……」
 そこまで言ったところで、あたしははたと気付いた。なんか、ベンチ周りの雰囲気が重いの。
 ひびきののユニフォームを着て、腕にキャプテンマークを着けた人があたしに頭を下げる。
「あ、すみません。自分がひびきの高校のキャプテンの荻原です。あの、オーダー、ちょっと待ってもらえませんか?」
「え? でも、もう試合開始直前ですから……」
「……キャプテン、隠しててもしょうがないですよ。ここは正直に言った方が……」
 選手の一人が言って、みんなが頷く。
「……仕方ない、か」
 荻原さんは、ため息をついた。そしてあたしに向き直る。
「実は、うちのフォワードが、昨日急に出られなくなったんだ。身内に不幸があったとかで。それで、今日の試合なんだが……」
「も、もしかして、メンバーが足りないん……ですか?」
 あたしが訊ねると、荻原さんは無念そうに頷く。……って、これじゃ去年のあたし達みたいじゃない。
「控えの選手とか、いないんですか?」
「それが、諸事情で……」
 ますます暗くなるみんな。あう、聞いちゃいけないことだったのね……。
 と。
「ふっふっふ。話は聞かせてもらったぜ」
 不意に、女の子の声がしたの。
 びっくりして声の方を見ると、スタンドに、長い髪で、制服の袖をまくり上げた女の子が腕組みして立ってた。
 と、その子はスタンドの柵を片手で掴んだの。
「とぉう!」
 うわっ、すごい。
 その子は、スタンドの柵を一気に飛び越えて、2メートルくらい段差があるグラウンドにすたっと着地した。そして、ぐいっと自分を親指で指す。
「おーし。あたしが出てやろう」
「……へ?」
 あたしは、思わず口をぽかんと開けちゃった。だって、女の子だよ。
 ひびきの高のみんなは、別の意味で慌ててるみたい。一人の選手が訊ねてる。
「ちょ、ちょっと会長、お気は確かですか?」
 バキィッ
「変なこと言うな。殴るぞぐーで」
 ……もう殴ってますけど。
 でも、会長って……。
 と、その娘はあたしに視線を向けた。
「おい、おまえっ」
「は、はいっ!」
 思わず直立不動になって答えちゃうあたし。
 その娘はにやりと笑ってあたしに尋ねたの。
「きら高は、もちろんあたしが出ても文句はねぇよな?」
「はい……ってあのっ!?」
「よっしゃ、決まりっ!」
 ぽんと手を打つと、その娘は荻原さんのユニフォームをぐいっと引っ張って命令してる。
「おい、キャプテン。あたしのユニフォーム用意しろ」
「そ、そう言われましても……そのサイズじゃ……」
「それ以上言うと会長キックだぞ」
「わ、わかりましたっ。おい、マネージャー! 予備のユニフォーム出せ、サイズSSの……」
 バキッ
「言うなってんだろっ!!」
 あああ〜、ど、どうしよう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 相談してきますっ!!」
 あたしは慌てて、きらめき高校のベンチに駆け戻ったの。

「……ってわけなんだけど」
 あたしが事情を話すと、江藤くんがぐっと拳を握って答えたの。
「オッケー」
「何がだっ!」
「セクハラ大魔王っ!」
 あやや。江藤くん、みんなに叩かれてる。
 主人くんはそれを止めるでもなく、ひびきののベンチの方を見つめながら考え込んでる。
「どうするんすか?」
 森くんが訊ねると、主人くんはあたし達の方に向き直ったの。
「向こうがそれでいいっていうんなら、こっちも受けて立つよ。別に女の子が混じったらいけないって規定はなかったと思うし、それ以前に今回は練習試合だから。ただし……」
 主人くんは、グラウンドを眺めながら、言ったの。
「ピッチに立てば、男とか女とか言う前にプレイヤーだ。こっちも本気で行く。それでよければ……って伝えてくれ」
「いいのか、主人?」
 訊ねる前田くんに、主人くんは答えたの。
「構わない。みんなも、本気でやってくれ。遊び半分だと……多分勝てない」
「え?」
 主人くんは、また、ひびきの高校のベンチを見つめてた。その視線の先に、早速ユニフォームに着替えたらしい、女の子の小さな姿があった。
 江藤君が嬉しそうににこにこしながら、あたしに尋ねた。
「……マネージャー、それで、その娘の名前は?」
「あ……、ご、ごめん。聞きそびれてた。あ、でも、そういえば、会長って呼ばれてたよ」
 その言葉に、今までにやけてた江藤くんの顔色が変わったの。
「おい、主人、まさか……」
「ああ。多分、あの娘が……」
 主人くんは、呟いた。
「ひびきの高校生徒会長、赤井ほむら、だ」
 ふぅん、赤井さんっていうんだ。
 そういえば、ひなちゃんや早乙女くんの話に聞いたことがあるような……。あのときはあんまり関係ないなって思って聞き流してたんだけど、なんかすごいって噂らしいのよね。
 でも、その生徒会長さんがなんでサッカーなんてやりたがってるんだろ?
 あたしは小首を傾げながら、ひびきの高校のベンチに駆け戻っていったの。

 ピーーッ
 いよいよ、試合開始。キックオフはひびきの高校から。
 ……って、ええっ!?
 いきなり赤井さんが駆け出したの。そのまま、うちのゴール前までまっしぐらに走っていくと、ちょうどPKラインのところでくるっと振り返る。
「こらーーっ! あたしに早くボールよこせー!」
 ……そこってオフサイドじゃ?
 あっ!
 それに気を取られてる間に、ひびきののフォワードがこっちのディフェンスを突破しちゃった!
 慌てて戻るディフェンスライン。でも、向こうの方が早い。
 シュート。
 あ、でもゴール外れてる。
「こらっ、下手くそっ! あたしによこせって言っただろーっ!」
 赤井さんなんか怒ってるみたい。だ、大丈夫かなぁ?
 こっちのゴールキックから再開。森くんが大きく前に蹴り出す。
 あ、向こうのミッドフィルダーに取られちゃった。そのままボールをこっちに蹴り返してくる。
「おっと、……よーし」
 赤井さんが胸でトラップして、足下にボールを置いた。
「行っくぜぇーーっ!!」
 そう叫ぶと同時に駆け出す赤井さん。……え? まさか一人でドリブル突破するつもり?
 こっちも一瞬あっけに取られてたけど、すぐにタックルしに……。
「おらおら、邪魔だぁっ!」
 ドカッ
 ……うそ。
 180センチ越えてる長身の沼田先輩のタックル受けたのに、赤井さん、あっさりそれを跳ね返したの。転んで置き去りにされた沼田先輩が、目をぱちくりさせてる。
 って、危ないっ! もうゴール前!
「くらえっ、会長キィーーーック!!」
 ベコン
 妙な音がして、ボールが飛んだ。えっ? 森くん、逆方向に飛んでる……。
 ピーッ
「よっしゃ!」
 ガッツポーズをする赤井さん。まだ信じられないみたいに、揺れてるゴールネットを見ている森くん。
 あたしは、大きく息を吸った。
 まだ、これからよね。まだ、これから……。

 ピピーーッ
 笛が鳴らされて、前半40分が終了。
 みんながベンチに戻ってくる。
「お疲れさま! はい、タオル」
「お疲れさまです」
 あたしとみのりちゃん、瑠美ちゃんはみんなにタオルやドリンクを渡す。みんなそれを受け取って、そのまま座り込んじゃう。
 前半が終わって、3対0できらめき高校は負けてる。そして、ひびきの高校の3点は、全部あの赤井さんのシュート。
 なんだか、あたし、まだ実感がわいてないんだけど……。
「聞きしに勝るって感じだな」
 顔をタオルで拭って、主人くんは呟いた。
「あんなシュート、見たことないっす」
 お手上げって感じで、ゴールキーパーの森くんは空を仰ぐ。
「蹴った方向とボールが飛ぶ方向が全然違うんすよ。勘弁して欲しいっす」
「どういうこと?」
「トゥーキック、つまり、つま先で蹴ってるんだ。だから、当たった角度によってどこに飛ぶのか判らない」
 あたしの質問に、江藤くんが首筋の汗を拭いながら答えたの。その江藤くんも、いつものおちゃらけた様子がなくて、真剣な顔してる。
「普通のサッカー選手は、トゥーキックは足を痛めるからやらないんだけどな。やっぱ、セオリー無視してるわ」
 前田くんも疲労困憊って感じ。
 あたしは主人くんに訊ねた。
「どうにか、なりそう?」
「……」
 主人くんは少し考えてから、顔を上げたの。
「みんな、聞いてくれ」
 みんなが顔を上げて、主人くんに注目する。
「後半から、オーダーとポジションの変更をする。沼田先輩を下げて、基山先輩を投入する」
 確かに、沼田先輩は前半ずっと赤井さんに引っ張り回されて疲れ果ててるみたいだから、交替はしないとだめなんだけど……。でも、基山先輩は……。 「俺のポジションはボランチだぞ。沼田はディフェンスだろ?」
 基山先輩が不思議そうな顔をする。そう、沼田先輩と基山先輩はポジションが違うのよね。
 主人くんは頷いて、言葉を継いだ。
「基山先輩は入ったらボランチについてください」
「それじゃ俺は?」
 今までボランチの位置に入っていた服部くんが訊ねて、それから、はっとする。
「もしかして、俺にディフェンスに入れってことか?」
「ご名答」
 主人くんは頷いた。
「ちょっと待て。俺はディフェンスの練習なんてしてないぞ」
 確かに服部くんは器用だから、だいたいどこのポジションでもこなせそうだけど……。
 でも、主人くんは首を振ったの。
「いや。ディフェンスは他の人に任せて、赤井さんにマンツーマンでついてくれ」
「マンツーマンね。ま、いいけど……。何か考えがあるのか?」
「ん〜」
 主人くんは困ったような顔をして、それから服部くんに手を合わせた。
「すまん。人身御供だ」
「……なんだよ、それ?」
「ま、やってみればわかるって」
 主人くんはそう言うと、立ち上がった。
「よし、行くぞっ!」

 そして、きらめき高校対ひびきの高校の試合は、後半が始まったの。

TO BE CONTINUED...

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あとがき
 いや、特に言うことはありません。

 沙希ちゃんの独り言 第125話 00/3/1 Up

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