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ときめきファンタジー
第
章 君のために
その
誰のせいでもないふたり

いつか、どこか。
それは、剣と魔法と、冒険の支配する世界の話である。
いにしえの昔、神はまず海を作り、そして、大地を作り上げた。その大きな腕からこぼれ落ちた土くれが、その周囲にいくつもの島を作り上げた。
はるかな記憶の彼方の出来事である。
ゆえに、人々は、この神の作り賜うた大地をこう呼んだ。
メモリアル大陸、と。
この巨大すぎるほど巨大なメモリアル大陸は、中央の砂漠地帯を挟んで東と西にそれぞれ異質な文化圏が発達していた。両者の交流は、ほとんど皆無といってもいいほど無かった。
ただ一つだけ、共通していること。それは双方に同じ伝説が伝わっていることだった。
世界を滅亡に追い込む魔王の伝説と、それに立ち向かう勇者の伝説。
私は今からその一つを語ろう。
メモリアル大陸西部は、いくつかの古い王国がそれぞれの領土を治めている。
それらの王国の中でも最も古くから存在し、かつもっとも繁栄しているのがキラメキ王国である。
そのキラメキ王国の王都、キラメキ。
王の座すキラメキ城を中心として出来た城下町である。
その下町を、一組の若い男女が歩いていた。
……というより、先を歩いている少女を少年の方が引き留めようとしているようだ。
「いけませんよ、姫」
少年は周囲を気にしてか、小声で言う。
「こんな下町を出歩かれては」
「いいじゃない。たまの息抜きよ。そ、れ、に……」
彼女は振り向いた。背中まで届く緋色の髪が、それに従って揺れる。
質素な町娘の身なりをしているが、不思議な気品のようなものが、彼女からは感じられた。
「わたしのこと、姫って呼ぶのはやめてよ、コウくん」
「そんなこと言われたって……」
「どうして? 今まで通り、シオリって呼んでくれないの?」
少女は、切なそうに少年を見た。
その視線に根負けしたように、少年は肩をすくめた。
「わかりました、姫、いや。シオリ」
少女の表情が、極上の微笑みに変わる。
少女の名はシオリ・フジサキ。いや、正確には、プリンセス・シオリ・フォン・キラメキ。キラメキ王国の第一王位継承者、わかりやすく言えば王女様だ。
そして、少年の名はコウ・ヌシヒト。キラメキの城下町に住む平凡な鍛冶屋の息子である。
何故に身分が天地ほどに違うこの二人が一緒に歩いているのか?
話は16年前にさかのぼる。
16年前、平和だったキラメキ王国で内乱が勃発した。
内乱の首謀者は、現王マイト・キラメキの実の弟、シンタ・キラメキであった。
当時、既に初老の域にさしかかろうとしていたマイト王には、子がなかった。そのために、順当に行けば近いうちに王弟シンタが次期国王になるはずであった。
ところが、ひょっこりとマイト王に娘のシオリが誕生したのだ。そのために「第一王位継承権」はシンタからシオリに移り、シンタが王位につく可能性は大きく後退したのだ。
彼は当初、王女シオリの暗殺をもくろむが、その計画が発覚し、未然に防がれたために、半ば破れかぶれとなって反乱を起こしたのだった。
この内乱は、マイト王の平和主義を苦々しく思っていた当時の騎士団長が王弟派に味方したため、騎士団が二つに割れて相争うことになり、長引いた。
マイト王は、シオリの身を案じて、彼女を密かに自分の信頼する騎士リュウ・フジサキに預けることとした。
そして、フジサキは怪しまれないために、シオリを自分の娘として育てたのだ。
そのとき赤ん坊だったシオリ本人にも、彼女が王女だということを隠して。
その騎士フジサキの一家の隣に住んでいたのが、武器職人だったヌシヒト一家だった。
ヌシヒト家には、ちょうどシオリと同じ年の男の子がいた。それが、コウである。
父親同士が親友の付き合いがあり、そしてシオリとコウの年が同じということもあって、二人はよく一緒に遊んだものだ。
運命が、二人を引き離すまでは……。
(ホントに……)
コウは、道ばたのアクセサリー屋で、目を輝かして並べてあるアクセサリーを見ているシオリの横顔を見つめていた。
(あのときは驚いたよなぁ。まさか、シオリがプリンセスだったなんて……)
2年前。
内乱が納まり、王弟が国外に逃亡してから数カ月たったある日、コウは隣家の騒ぎに目を覚ました。
「なんだ? 騒がしいなぁ」
ぶつぶつ言いながら窓を開け、彼は仰天した。
フジサキ家の家の前に、豪華絢爛な馬車がとまっていたのだ。ご丁寧に、それを牽く2頭の馬も白馬である。
そう、まるで王家の人々が乗るような、豪華な馬車だった。
「な、なんだぁ?」
呆気にとられていると、フジサキ家から一人の少女が出てきた。
「シ、シオリ!!」
思わず、彼は叫んだ。
いつもの質素な服とは違って、これまた豪華なドレスに身を包んでいるが、それは間違いなくシオリだった。
シオリはコウの叫び声が聞こえたのか、ちらっとこっちを見て、寂しげに微笑んだ。
そして、そのまま馬車に乗り込んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
コウは窓から飛び出すと、馬車に駆け寄ろうとしたが、その前に兵士に取り押さえられた。
「な、なにするんだ! 離せ! 離せよ!」
「控えよ! 王女の御前なるぞ!」
「王女? 何を……、あ、待て!!」
ガラガラガラ
馬車が走り出す。コウは、もがきながら叫んだ。
「シオリーッ!!」
(あの後、フジサキさんから話を聞いたとき、ホントに驚いたもんな。だけど、もっと驚いたのは……)
コウは思わず、くすくすと思い出し笑いをしてしまった。
シオリが振り向く。
「なぁに? どうしたの、コウくん」
「いや、シオリが戻ってきたときのことを思い出してね」
「え? ……あ」
シオリは、恥ずかしげに頬を染めた。
シオリが王城に戻り、数カ月後。
コウはまるで魂を抜かれたようにふぬけな毎日を送っていた。
その夜も、ベッドに寝転がって、ぼーっとしていた。
と、
カツン、カツン
窓ガラスに何かが当たる音が、2回した。
それは、シオリとコウしか知らないはずの、秘密の合図。
(ま、まさか!)
コウは跳ね起きると、窓を開けた。
そこには、メイドの服を着たシオリが、微笑みながら立っていた。
「シ、シオリ?」
「えへ。抜け出して来ちゃった」
シオリはぺろっと舌を出した。
以来、数カ月に一度、シオリはコウに会いに来るようになった。
どうやら国王もそのことは黙認しているらしいと、何度目かにシオリは言ったことがある。
コウは聞いてみた。
「王様ってどんな人?」
「とってもいい人よ。優しくって、威厳があって……。でも……」
シオリは目を伏せた。
「お父さん……とは、呼べないの。わたし、今でも自分はフジサキ家の娘だって思ってる」
「コウくん」
不意にシオリが声を出した。その声に、追憶に浸っていたコウの意識が現実に引き戻される。
「え?」
「私、そろそろ帰らないと……」
「あ……、うん。そうだね」
シオリは、未練ありげにちらっとアクセサリーを見て、そこから離れようとした。
その時、不意にコウは思い出した。
(あ、そういえば……)
「シオリ、ちょっと待ってて」
呼び止めておいて、コウはアクセサリー屋に駆け寄った。そして、すぐにシオリに駆け寄ると、ぶっきらぼうに持っている物を差し出す。
「これ」
「え、どうしたの?」
「もうすぐ、シオリの誕生日だろ? これ、あげるよ」
それは、シオリの見ていた黄色のヘアバンドだった。
「ありがとう。これ、ずっと欲しかったの。大切にするね」
「何言ってるの。いつもは綺麗なティアラつけてるんだろ?」
「ううん。こっちの方が、ずっと嬉しいわ。だって……。あ、つけてみてもいい?」
「ああ」
コウはうなずいた。
シオリは、そのヘアバンドをつけると、コウを見た。
「どう?」
黄色いヘアバンドは、まるで最初から彼女のために作られたかのように、よく似合っていた。
コウは言った。
「似合うよ、それ」
「ありがとう」
シオリは頬を染めて、微笑んだ。
王城の近くまで来て、コウはシオリに別れを告げる。
「じゃ、今日は」
「うん。楽しかったわ。また今度会いましょうね」
「ああ」
シオリは、身を翻して、王城の通用門の方に走っていった。一応お忍びで出てきているのだから正門から堂々と入るわけにはいかないのだ。
コウは、その後ろ姿をいつものように見送っていた。そして、彼女が無事に城に入るのを見届けてから、街の方に戻っていった。
その夜。
ヌシヒト一家は夕食を食べていた。
父親が、エールを飲みながら、不意にコウに訊ねた。
「今日も姫とお会いしていたのか?」
「え? いや……」
「何度も言うようだが、姫はお前とは住む世界がもう違うんだ。あまり関わらない方が、お互いのためだぞ」
「……わかってるよ」
コウはスープをすすろうとした。その時。
突然、激しい揺れが辺りを襲った。
「わぷっ!」
コウはものの見事にスープ皿に顔を突っ込み、さらにそのスープ皿をひっくり返して、スープを頭からかぶることになった。
「あちゃちゃちゃ!」
踊るコウを無視してちゃっかりテーブルの下に潜り込んだ父親と母親は顔を見合わせた。
「かなり大きな揺れだな」
「ええ。何か悪いことでも起きなければいいんですが」
二人の予感は、この地震を体験した多くの人々が共通して抱いた思いでもあった。
そして、それはすぐに現実となったのだ。
「聞いたか? 王女様が魔王に誘拐されたんだと」
その噂は瞬く間に王都キラメキに広がった。
《続く》

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