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ときめきファンタジー
章 君のために

その 僕らのステキ

「1年後の赤き満月の夜、シオリ姫は魔王の生け贄として命を失う。そう神託が下った」
 キラメキ王国大神官シナモンは、静かに告げた。
「1年後の満月の夜!?」
 思わず椅子を蹴って立ち上がるコウ。
「おい、コウ!」
 ヨシオはそのコウの袖を引いた。大神官の前ということを思いだし、コウは赤面して座りなおす。
 代わってヨシオが訊ねた。
「しかし、いいんですかい? 神託を、そうポンポンと俺達みたいな一般人にばらしちゃってはいけないんじゃ?」
 ミオが大神官の代わりに、微笑んで答えた。
「確かに、神託を神から受け取ることが出来るのは、大神官様だけ。そして、その神託を聞くことが出来るのは王様だけです。でも、一つだけ例外があるんですよ」
「例外?」
「ええ。その神託が、ある特定の人に向けられたメッセージである場合、その人には明かさなければならないんです。神が、そうすることを命じているのですから」
「へぇ。ところで、ミオ・キサラギさん、だったよね。よかったら、生年月日と血液型、それから趣味と門限を……。ぐぇ」
 メモを取りだしたヨシオの後頭部を無言で殴るコウだった。
「痛えなぁ。何も本気で殴らなくっても……」
 後頭部を押さえてぶつぶつ言うヨシオを無視して、コウは大神官に向き直った。
「大神官様、それじゃ、もしかして神託が下ったのって、俺……私なんですか?」
 大神官は頷いた。
「いにしえの伝説に曰く、魔王現れしとき、勇者もまた現れる。コウ・ヌシヒトよ、お主こそが、その勇者なのだ」
「俺が、勇者!?」
 コウは、思わず自分の顔を指して尋ねていた。
 シナモンは重々しくうなずいた。
「いかにも」
「たこにも、するめにも」
 ヨシオが後頭部を押さえたままつぶやいたが、皆は鄭重にそれを無視した。
「そう神託が下ったのだ。シオリ姫を救える者は、そなたしかおらぬ」
「で、でも、でも、俺って単なる鍛冶屋の息子ですよ。そんな俺が?」
「うむ」
 ミオが本を広げて、言った。
「古文書に曰く、魔王を倒せるのは勇者のみ、ですよ。コウさん」
「そうよ。根性さえあればなんとかなるって」
 サキがウィンクした。
「だけど……」
 コウの言葉を遮るように、シナモンは言った。
「だが、お主を一人で行かせるのも危険きわまりない。これらの者と共に行くがよかろう」
「これらの者……って?」
「あたし達よ」
 サキは笑った。
「おいおい、こんな少人数で?」
 ヨシオは思わず立ち上がった。
「少人数なのは、わざとだよ」
 ノゾミは腕を組んだ。
「少数で隠密行動をとる。くだんの伝説は当然魔王とて知っているはずだからね。奴は必死に勇者を捜し、倒そうとするはずだろ?」
「ですから、こちらは少人数でこっそりと行動した方がいいと思います」
 ミオが言葉を継いだ。
「でも、いくらなんでも……」
 言いかけたコウを制して、ノゾミが言う。
「しかし、確かにこれだけでは、人数不足だよな。そこで、まずは西にあるチュオウの村へ行こうと思うんだ」
「チュオウの村?」
「ああ。あそこに、変わり者の魔法使いが住んでいるって話だ。彼女に協力してもらおうと思ってる」
「彼女?」
 眉をひそめるコウに、ヨシオが横から囁いた。
「聞いたことあるぜ。チュオウの村の魔女ってな。何でもすごい美人らしいぜ」
「へぇ」
「とにかく、今夜はここで休むがいい。出発は明日の朝にしよう」
 シナモンが告げ、皆うなずいた。

 夜中。
 コウは、あてがわれたベッドでじっと横になっていた。
 隣のベッドで、ヨシオが爆睡しているせいもあるが、妙に気が高ぶって眠れないのだ。
 彼は暗い天井を見つめながら自問自答していた。
(本当に、シオリを助けられるのか? 俺に……。
 でも、あの時、確かに聞こえたんだ、シオリの声が。
 俺はシオリを助けなきゃ……。
 だけど……)
 彼は起きあがった。
 チリリチリリチリリ
 虫がせわしなく鳴いている。
 コウは神殿の中庭に出て、夜空を見上げ、自問自答を繰り返していた。
「コウくん? どうしたの、こんな時間に」
 不意に声がかけられ、コウは振り向いた。
「サキさん……」
「やだ。サキでいいわ」
 廊下の奥の暗がりから、右手にランタンを提げたサキが出てきた。
「いや、ちょっと眠れなくて。サキさ……、サキは?」
 さんづけしようとすると、サキが睨んだので、コウは呼び捨てにした。
 サキは一転明るく笑った。
「夜のお祈りが終わったから、もう寝るとこよ」
「そうなんだ」
「……綺麗な星空ね。まるで魔王が復活したなんて、嘘みたい」
 サキはランタンを吹き消すと、コウの隣にやってきて、同じように夜空を見上げた。
「サキ、俺が本当に勇者だと思うのか?」
 コウは彼女の方に向き直って訊ねた。
 サキは肩をすくめた。
「正直に言っちゃうとね、わからないわ。あなたが本当に勇者なのか。でも……」
 彼女はコウの瞳をのぞき込んで、言った。
「あたし、信じたいの。あなたを……」
「サキ……?」
 サキは、不意にコウの額に手を当てた。
 その唇から声が漏れる。
「大いなる神よ、かの者の心にやすらぎを与えたまえ」
 ポウッ
 彼女の手が一瞬淡く光った。と、コウは高ぶっていた心がすっと穏やかになるのを感じた。
 サキは微笑んだ。
「さ、明日は早いわ。早く寝ないとね!」
「う、うん。ありがとう」
 コウはサキが戻っていくのを見送って、自分の部屋に戻っていった。
 翌朝。
 コウ、ヨシオに加え、サキ、ノゾミ、ミオの3人は旅立ちの支度を整え、街の門に立っていた。
「さて、行こうか」
 ノゾミがそう言った時、不意に後ろから声が聞こえた。
「おにーちゃん、みっつけたぁ!!」
「あんだぁ?」
 全員が振り向いた。
 昇る朝日を背に受けて、ポニーテイルの印象的な栗色の髪の少女が立っている。
 ヨシオは顔面蒼白になった。
「ユ、ユミ……」
 ヨシオの妹、ユミ・サオトメである。無論、コウも彼女とは面識がある。数回手料理なるものをご馳走になり、そのたびに神殿にお世話になったりもした。
「どうして、ここに?」
 後ずさりながら、ヨシオは聞き返した。どうもこの物怖じしない妹がヨシオは苦手らしい。
「あのね、ユミも旅に出るんだ」
 ユミはあっけらかんと言った。そう言われてみれば、ユミの出で立ちも旅人のそれである。
「へ? なんだってお前まで?」
「だって、このままじゃユミ結婚させられちゃうんだもん」
「けっこん!?」
 思わず、ヨシオは絶句した。
「もしかして、あの優男か?」
「うん」
 ユミはうなずいた。
 コウはヨシオの服を引っ張って訊ねた。
「優男って誰だよ?」
「キラメキの商業ギルドのギルドマスターの息子のことだよ。政略結婚っつうやつだな」
 ちなみにこの世界、一応男女とも12歳以上で結婚はできる。
 ヨシオは顎に手を当てた。
「親父め、考えたな」
「え?」
「ユミが逃げちまったら結婚もおじゃんだ。どうやら親父の奴、ユミのせいにして商業ギルドとは手を切る気らしいな」
「あ、コウさん。おはようございます」
 ここで初めてコウに気づいて、ユミは頬をぽっと赤らめ、お辞儀した。
「あ、おはよう」
 気が抜けたように挨拶するコウ。その出で立ちに気づいたユミの表情がぱっと変わる。
「その格好……。もしかして、コウさんも旅に?」
「あ? ああ、ちょっとね」
「やったぁ。コウさん、一緒に行きましょ」
 ユミはそう言って、サキ達の顔をちらっと見た。
「そちらの人は?」
「え? ああ……」
 はっきりと言うことが出来ずに口ごもるコウ。
 それを見て、ユミはむっとした顔で宣言した。
「ユミ、コウさんと一緒に行きます!」
「あ、あの……」
 ユミはコウの左腕を抱きしめて、すがるような声を出した。
「ねぇ〜、いいでしょ? いいって言ってくれないと、ユミ泣いちゃうからぁ」
 結局誰もユミを説得することが出来ず、一同は6人でキラメキを旅立つことになった。

《第1章 終わり》

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