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ときめきファンタジー
第
章 君のために
その
Harmony

翌朝。
ザッザッザッザッ
騎士団が隊列を整えて、街を出ていく。
コウは、大勢の街の人に混じって、それを見送っていた。
「畜生、俺ももっと大きくなっていれば、ついていけるのに!」
実は、この「魔王討伐隊」にコウも志願したが、子供だということではねられてしまったのだ。
「ま、そうがっかりするなって」
ヨシオがポンと肩を叩く。
「でもよぉ……」
「あなたが、コウ・ヌシヒトさんね」
突然、コウは後ろから声をかけられた。
「はい?」
振り向くと、そこには青い髪をショートカットにまとめた少女がいた。コウより一回り背が低いが、活発そうな雰囲気の少女だ。胸にかかっている聖印が、彼女が神殿から来たことを告げている。
「確かに、俺がコウだけど、君は?」
「あたし、神殿にお仕えしているサキ・ニジノだけど、あなたには根性があるわ。あたし達と一緒に魔王退治に行きましょう!」
コウは一瞬考えた。
(こんな女の子が魔王退治? 何かの冗談だろ? おまけに、俺は単なる鍛冶屋の息子だぜ。なんの力もない……)
彼は、一息おいて、力無く答えた。
「ごめんよ。魔王退治には興味はないんだ」
「そう……。あなたが来てくれたらかなりの戦力に……」
「買いかぶりだよ。じゃ」
コウはサキをその場に残して足早に歩き始めた。
サキはその後ろ姿に向かって叫んだ。
「気が変わったら、神殿まで来てくれる?」
彼はそれに答えずに、歩いて行った。
ヨシオがその後を追いすがる。
「おい、いまのサキ・ニジノだろ? 大神殿のアイドルがお前に何の用だったんだ?」
「大神殿のアイドル? なんじゃ、そりゃ」
「何だ、知らないのか? 天才的治癒魔法の使い手サキ・ニジノ。年は確か俺達と同じだったはずだけど、もうあれで「神官」なみの能力があるんだってよ。ちなみにスリーサイズは81・59・82」
「へぇ……」
まくしたてるヨシオに圧倒されるコウであった。
ヨシオはそんな彼に改めて訊ねる。
「で、そのサキちゃんがおまえに何の用だったんだよ」
「さぁ。何だかよくわからないけど、宗教の勧誘か何かかな?」
コウは頭を掻いた。
と、突然彼は立ち止まった。一緒に歩いていたヨシオは、2、3歩行き過ぎてから振り返る。
「おい、コウ。どうしたんだ?」
彼は無言で立っていたが、不意に早足で歩き始めた。
「コウ、どうしたんだ?」
ヨシオはコウの隣に並ぶと訊ねた。
「……。呼ばれたんだ、俺」
「は?」
「俺を、待ってるんだ」
そう言うと、コウは走り出した。
「おいおい……」
その場に取り残されて、ヨシオは肩をすくめた。
自分の家に帰ると、コウは荷造りをはじめた。
とりあえず、有り合わせの食料や着替えをザックに詰め、こずかいをポケットに詰めて部屋を出ようとして、足が止まった。
部屋の入り口のドアのところに、父親が立っていた。
「親父……」
「コウ、行く気か? 姫を助けに」
「ああ」
コウは短く答えた。
「上手く説明できないんだけどさ、シオリが俺を呼んでる、そんな気がしてならないんだ」
「……持って行け」
父親は、コウに剣を手渡した。それは昨日の夜、騎士フジサキが彼に託した剣。
無論、そこまでは知らないコウだが、それにしても突然の贈り物に目をぱちくりさせた。
「親父?」
「その剣は、俺が武器職人をやめる前に、最後に鍛えた剣だ。それを持って行け」
「でも、俺、剣なんて使ったこと無いぜ」
「……旅をしていれば、いつかは役に立つこともあるだろう」
そう言うと、父親は廊下を歩いていった。
「……親父、すまねぇ」
コウはそう呟くと、その剣を握り締めた。
玄関を出たコウに声がかけられた。
「やっぱり、行くんだな?」
「ヨシオ!?」
コウが驚いたことに、ヨシオはすっかり旅支度を整えていた。コウの出で立ちを見て舌打ちする。
「あー、ったく。お前は旅の準備ってもんがわかってねぇんだから。やっぱ俺みたいなナイスガイがついていってやらないとな」
「どうしてお前まで……」
「いや、実はな……」
ヨシオは頭を掻いた。
彼が女の子好きで、見境無く女の子に声をかけていることは、コウもよく知っていたが、どうやらヨシオは貴族の娘に手を出してしまったらしい。で、ほとぼりが冷めるまでここから離れていろと父親に言われたのだそうだ。
いわゆる「政治的配慮」というものだ。
「……ってわけだ。まぁ、よろしく頼むわ」
「……いつかは火傷するって、いつも言ってただろう」
コウはあきれ果てて溜息をついた。
「まぁ、それはそれ、これはこれっていうだろ? それにちょうどナイスなタイミングで俺もついて行ってやれるんだから、これはもう俺の日頃の行いがいいせいだな、きっと。あははは」
懲りない男である。
ヨシオはひとしきり笑うと、コウに訊ねた。
「で、まずは神殿に行ってサキちゃんに会うんだろ。行こうぜ」
「あ、ああ」
コウはうなずくと、ヨシオと並んで、歩き始めた。
2人は神殿にやってくると、入り口にいた僧侶に取り次ぎを頼んだ。
しばらく待っていると、サキが走ってきた。
「コウくん、いらっしゃい! よく来てくれ……。あ、ヨシオくんも来たの?」
この反応の差から見て、ヨシオは前にサキにも声をかけたことがあるのだろうとコウは予想をつけた。
「ま、いいかな。とにかく、ついて来てくれない?」
サキはそう言うと、神殿の奥に入っていった。コウとヨシオは顔を見合わせ、それに続いた。
「こっちよ」
サキは一室のドアを開け、2人を手招いた。
部屋の中には先客がいた。その先客が訊ねる。
「サキ、どっちだ?」
「こっちが、さっき話したコウくんよ、ノゾミ。コウくん、紹介するね。キラメキ騎士団のノゾミ・キヨカワさん」
「え? あ、あんたが?」
コウは驚いた。
ノゾミ・キヨカワ。去年の騎士団の御前試合で最年少優勝を果たして、キラメキ王国全体の度肝を抜いた若き女騎士である。フジサキ家と並ぶ騎士の名門、キヨカワ家の嫡子であるが、女性であることと、それまでその存在が全く知られていなかった事で様々な憶測が乱れ飛んだ。
もっとも、性別や素性がどうあれ、その剣技は本物である。特に、その細身の剣から繰り出される必殺剣「大海嘯」を受けとめられるのは、騎士団の中でもほとんどいないと言われている。
ヨシオが尋ねる。
「騎士団員なのに、どうしてこんなところにいるんですかい? 騎士団の人はみんな魔王退治に出かけたのでは?」
「それは……」
「儂から話そう」
その声に、皆は一斉にドアの方を見た。
思わず、コウが声を上げる。
「大神官様!?」
ミオに支えられるように入ってきた大神官シナモンは、椅子に座ると、一同の顔を見回した。
「皆、これから儂が話すことを、よく聞くのだ」
《続く》

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