喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回に続く
ときめきファンタジー
第
章 精霊魔術と黒魔術
その
WILD BAHN

翌朝。
早朝のうちにヨシオに叩き起こされたコウは、二人で夕べの一件について綿密に打ち合わせ、なんとかノゾミとミオの追求をかわすことが出来た。
朝食の後、一行は再びチュオウの村に向かって歩き始めた。
ミオが地図を見ながら言う。
「このまま旅を続ければ、明日の夕方にはチュオウの村に着くはずです」
先頭を歩いていたノゾミが振り向く。
「いいかい? おそらくまだチュオウの村には、シオリ姫誘拐の噂は広がってないはずだ。無用な騒ぎは起こしたくないから、このことは村人には他言しないようにしようぜ」
みな、てんでに頷いた。もっとも、ユミなどは、半分訳がわからないが、コウが頷いたので一緒に頷いただけだが。
と、不意にヨシオが立ち止まった。
「……?」
「どうした、ヨシオ?」
コウが振り返る。
「いや、どこかで女の子の悲鳴が聞こえたみたいな気がしたんだけど……、こんな所に女の子がいるはずもねぇし、気のせいだな、きっと」
ヨシオは一人頷くと、再び歩き始めた。
昼を過ぎた頃。
そろそろ、またユミが駄々をこねそうな雰囲気になってきたのを敏感に察知したサキが「お昼にしましょう」と提案したので、一行は道から脇に逸れた。
ちょうど、泉が湧いている所があると、地図を見ながらミオが言ったからである。
その辺りは、道の左右に鬱蒼とした森が茂っていた。道から一歩脇に入っただけで、昼だというのに辺りは薄暗い。
先頭を歩いていたヨシオが薮をかき分けると、不意に光が射し込んできた。森の中にぽっかりと空き地があって、日の光がそこだけに射し込んできているのだ。
彼は声を上げた。
「お、あったあった……げ!」
泉の脇には、粗末な小屋が建てられていた。その周りに、むさ苦しそうな身なりの男達が数人たむろしている。
その一人がこっちを見た。
「なんだ、てめぇは!?」
柄の悪そうな濁声が聞こえた。
「あ、あはは、失礼しました!」
慌てて逃げようとするヨシオ。
「おい、逃がすな!!」
叫び声が交錯した。小屋のドアが開いて、さらに何人か出てくる。
その数、合計6人。
「どうした、ヨシオ……」
茂みから這い出したコウ達が男達に気づく。
ヨシオは振り向きざまに怒鳴った。
「コウ、逃げろ!」
「逃がすかよ!」
男達は散開し、コウ達を取り囲んだ。手にはナイフを持っている。
「へへっ、上玉の女も一緒だなぁ」
「高く売れそうだな。楽しめそうだし。へへっ」
彼らは後ろにいるサキ達に、なめ回すような視線を浴びせ、下卑た笑みを浮かべる。
「ああっ」
ミオが真っ青になって、いきなり倒れた。
「ミオさん!」
慌ててコウが駆け寄った。そして、おろおろしながら男達を見回す。
(どっ、どうすればいいんだ? 6人もいるなんて……)
「くっ、野盗風情が!」
ノゾミは剣を抜きはなった。レイピアと呼ばれる細身の剣。
彼女の使っているそれは、キヨカワ家に伝わる業物で、銘を“アルペン・フィオラ”という。魔法の力がかかっているともいわれている剣だ。
無論、今の彼女は金属鎧を身につけているわけではない。旅をしやすいように、軽い革鎧だけをつけているに過ぎないから、見ただけでは彼女がキラメキ王国の騎士でなんてことがわかるはずもない。
男の一人が声を上げて切りかかる。
「へっ、ガキがそんな危ないものを振り回すんじゃねぇよ!」
ノゾミは無言ですっと剣を振り上げた。
チィン
軽い音がして、ナイフがはじき飛ばされた。男は一瞬、何が起こったのかわからないという顔をしていたが、たちまち怒りに顔をどす黒く染めた。
「なめやがって!」
「ふん」
ピタリ
殴りかかろうとした男の足がぴたっと止まった。
その喉に、アルペン・フィオラの剣先が突きつけられている。
男は無言で手を挙げた。
別の男がユミを捕まえ、コウ達に向かって恫喝しようとする。
「てめぇら、大人しくしねぇと、このガキの命は……グゲェ」
突然その男はもんどりうって倒れる。
ユミの後ろ蹴りが股間にヒットしたらしく、危ないところを押さえてうめく男。
ユミは、その男に向かって、むっとした口調で言った。
「ユミ、ガキじゃないもん!」
「きゃぁぁ!」
悲鳴が上がり、皆一斉にそっちを見た。
男達の一人に、サキが羽交い締めにされていた。
その男はニヤッと笑った。
「さ、全員武器を捨てろ」
「くっ」
絶句したコウに、ノゾミがすっと近づき、囁く。
「一瞬でいいから、奴等の気を引いて」
「う、うん」
コウは少し考え、腰の剣を抜いた。手がブルブルと震えるのを無理矢理に押さえ、男に剣を向ける。
「サ、サキを離せ!」
「てめぇ、自分の立場が判ってねぇのか? 要求してるのはこっちなんだぜ!」
男が叫んだ瞬間、ノゾミが動いた。ダッシュして、泉に飛び込む。
バシャン
思わぬ行動に、男達のみならず、コウ達も唖然とした。
ノゾミは膝ほどまで水に浸かったまま、アルペン・フィオラを構えた。
「野盗ごときに見せたくはないが、やむを得ないな」
「何を……」
言いかけた野盗達が口をつぐむ。
コウも目を丸くした。泉の水が、ノゾミを中心に渦を巻き始めたのだ。
ノゾミはかっと目を見開いた。
「キヨカワ流奥義、大海嘯!!」
ゴウッ
泉の水が吹き上がり、男達に襲い掛かった。
一瞬にして、サキを羽交い締めにしている男以外全員が、その場から吹き飛ばされる。
「え?」
「たぁぁぁっ!」
その男が唖然とした瞬間を逃さず、ユミがジャンプした。そのまま回し蹴りを放つ。
ガツッ
ものの見事に顔面にヒット。男は鼻血を吹き出しながら倒れた。
コウは、泉から上がってきたノゾミに訊ねた。
「こ、殺しちゃったの?」
「そんなことするわけないじゃん。威力は弱めてるからね、気を失ってるだけだよ」
ノゾミは、服の裾を絞りながら答えた。
「ひ、ひぇぇぇっ!」
ユミに蹴りを入れられた男が、慌てて逃げ出す。
「お、おい!」
「放っておけよ。捕まえてても意味はないだろ?」
追いかけようとしたコウを制して、ノゾミは剣を納めた。
「……そうなのかな?」
大海嘯を食らった連中も、いつの間にか姿を消している。コウは何となく不安を感じつつも、辺りを見回した。
サキがユミにお礼を言っている。
「ありがとう、ユミちゃん。強いんだねぇ」
「えっへん。いつもお兄ちゃん相手に鍛えてるもん!」
胸を張るユミ。
コウはふと、気がついた。
「そういえば、ヨシオは?」
「おい、みんな!」
何時移動したのか、小屋のドアの前からヨシオがみんなを呼んだのはその時だった。
「どうした、ヨシオ?」
みんながどやどや集まる。もっとも、サキは気を失ったミオの治療をしていたので、みんなといっても残りの3人なのだが。
「しっ、静かに」
ヨシオは珍しく真面目な顔をして、ドアに耳を当てていた。
「うめき声が聞こえるんだ。間違いなく若い女」
「……」
何となく顔を見合わせる3人。
ヨシオは、そっとドアを細く開けた。
4人はドアの前に鈴なりになって中をのぞき込んだ。
「……暗くて、よく見えないな」
「でも、確かに何か聞こえるぞ」
囁き声で会話を交わすコウとノゾミ。
ヨシオは思い切ってドアを大きく開けた。
小屋の中に光が射し込む。
殺風景な小屋である。隅におそらく奪った品物を入れているのであろう大きな箱。そして、その箱の前に、一人の少女が縛られて転がされていた。
栗色の長い髪、草色の衣服。その口には猿ぐつわがかけられている。
少女はコウ達を見て、いっそう小さく縮こまった。その瞳に脅えの色が走る。
「へっへっへ。大丈夫、大丈夫だよぉーん。怖くないからねぇ〜」
思わずにやけながら近寄るヨシオを、無言でユミが後ろから蹴り倒した。
ドテン
「いってぇ、何をしやがる!!」
「お前、怖がらせてどうするんだよ!」
ノゾミが彼を怒鳴りつけている間に、コウが少女に駆け寄った。
「大丈夫。今助けて上げるよ」
優しくそう言うと、彼女を縛っているロープに手をかけた。
「うーん、なかなか解けないなぁ」
「うっうーうー」
「あ、痛かった? ごめん」
コウはしばらく奮闘して、やっとロープを解いた。猿ぐつわもとって上げる。
「よし、もう大丈夫だよ」
「はい。……あ、ありがとうございます」
少女は頬を赤く染めてコウを見た。
と、コウはその栗色の髪の間から突き出した、とがった耳に気がついた。
「もしかして、君、エルフなの?」
「あ、はい」
少女は頷いた。
エルフとは、森妖精とも呼ばれる。人間にきわめて近い種族で、自然を巧みに利用して主に森に棲む種族。とがった長い耳を除けば、人間と見分けるのは難しいが、一般的に(人間の基準で言えば)美男美女が多い。また、非常に長命なことでも知られている。
基本的に人間と友好的なライト・エルフ族と、険悪なダーク・エルフ族が知られている。単にエルフと呼ぶときは、ライト・エルフ族を指すことが多い。
その数は人間に較べるとはるかに少なく、また森に篭もったまま一生過ごすことが多いため、その姿を一生見ない人も多い。
「コウくん、誰かいたの?」
サキが小屋に入ってきた。それに続いて、回復したミオも。
びくっと怯えるエルフの少女に、コウは優しく言った。
「心配要らないよ。俺の仲間だから。あ、俺はコウ。コウ・ヌシヒト」
「コウさん、ですか?」
コウは頷いた。
「あ、私、メグミっていいます」
エルフの少女は自己紹介した。慌てて他のみんなもてんでに自己紹介する。
コウは訊ねた。
「どうして、こんな所に捕まっていたの?」
「それは……」
メグミがぽつりぽつりと話したところによると、最近ここに住み着いた盗賊達が彼女の友達の動物達をおもしろ半分に殺傷し始めたのだそうだ。そこで、それを止めてもらおうと話をしに来たところ、あっさりと騙されて捕まってしまったのだそうだ。
話しながら、メグミはその時の恐怖を思い出したのか、すすり泣いていた。
サキがその肩にそっと手を置く。
「そんな目に……。でも、信じて。人間って、そんな人ばかりじゃないのよ」
「私、わた……」
メグミは、サキにとりすがって泣き出した。サキは、赤ん坊をあやすように、目を閉じて彼女の頭を撫で続けていた。
「あのっ、お、お世話になりました」
メグミは頭を下げた。
一同は、元の街道沿いに戻っていた。
「じゃ、元気で」
コウは手を振った。
「もう捕まらないようにね!」
「は、はい……」
メグミは微笑みを浮かべた。スグにかき消されそうな淡い、それでいて心に残る微笑みだった。
思わずそれに見とれているコウを、後ろからユミが膨れっ面をして叩いた。
「痛っ」
「さ、コウさん、いくよっ!」
強引にコウの腕に自分の腕を絡めて、引きずるように歩き出すユミ。
他の皆も、苦笑してそれを見ると、歩き出す。
遠ざかる影を、メグミはずっと見送っていた。
栗鼠が1匹、樹から駆け下りてきて、彼女の肩に飛び乗ったのも気がつかない様子だった。
その栗鼠は、心配げにメグミの顔を覗き込み、キキッと鳴くと、また樹を駆け上がっていった。
彼女はそれにも気がつかずに、一人呟いた。
「わ、私……、どうしたのかしら、胸がドキドキして……」
コウ達の姿が、次第に小さくなり、芥子粒ほどになったとき、メグミは両手をぎゅっと握りしめた。
その瞳には、決心の色が揺れていた。
サァッ
一陣の風が木々の梢を揺らし、吹き抜けた。
彼女の姿は、まるでその風にさらわれたかのように消えていた。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回に続く