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ときめきファンタジー
第
章 精霊魔術と黒魔術
その
哀愁は黄昏の果てに

魔王にさらわれた幼なじみのシオリ姫を救うため、鍛冶屋の息子コウ、盗賊のヨシオとその妹のユミ、僧侶のサキ、騎士のノゾミ、そして賢者見習いのミオの6人は王都キラメキを旅立った。
シオリ姫奪回のために真っ直ぐ北に向かったキラメキ騎士団に対し、コウ達は西に向かった。
「西にあるチュオウの村に行き、そこに住む魔法使いの助力を仰ぐ」
これがコウ達のまず最初の目的である。
街道は、真っ直ぐに西に向かって伸びている。コウ達は、歩いてその街道を進んでいた。
地図を持つミオの話では、チュオウの村には3日ほどでたどり着くという。
「もう、疲れちゃったよぉ!」
昼過ぎ、なだらかな丘の上にさしかかったところで、ユミが座り込んでしまった。
「我慢しろよ、ユミ」
ヨシオが兄らしく説得しようとするが、ユミは聞く耳持たぬというふうにコウの方を見た。
「でも、コウさんが頑張れって言ってくれたら、ユミ、頑張っちゃうかもしれないなぁ〜」
「……」
コウは助けを求めて辺りを見回したが、ノゾミは素知らぬ顔をしていたし、サキは顔色の悪いミオの背中をさすっている。
仕方なく、コウはユミの頭にポンと手をのせて言った。
「ユミちゃん、がんばろう」
「うん、ユミ頑張る!」
ユミはぴょんと立ち上がった。ポニーテイルがその動きに従って揺れる。
彼女は先頭をきって坂道を駆け下りると、コウ達に手を振った。
「早く行こうよぉ〜」
「いい性格しているよな、ヨシオの妹は」
ノゾミがヨシオに言う。
「……」
ヨシオは黙って肩をすくめた。
そうやって歩き続けているうちに、日が傾き、西の空が赤く染まり始めていた。
やがて、道の傍らに空き地が現れた。
その空き地には焚き火の跡がいくつも残っている。
ノゾミが、辺りを見回して言った。
「よし、今日はこの辺りで一泊しよう」
「そうね」
サキが賛成すると、背中の荷物を降ろす。
「よし、じゃ、ちょっくらウサギでも取りに行って来るかな。なぁ、コウ」
ヨシオは、荷物を降ろしたコウの腕を掴むと、強引に引っ張る。
「何を、おい!」
「まぁまぁ。ちょっとこっち来いよ」
そんなことを言いながら、茂みの向こうに消える二人。
空き地から少し離れた森の中まで来て、不意にヨシオは立ち止まった。
「そろそろいいかな?」
引っ張られてきたコウが聞き返す。
「何がだよ。だいたい、夕飯なら干し肉だってパンだって持ってきたじゃないか。何も捕りに行くことなんか……」
「バカだなぁ。捕りに行くわけないじゃないか」
「は?」
ヨシオはため息をつくと、説明した。
「いいか? 今日は一日中歩き詰めだっただろう? 汗かいただろ?」
「ま、まぁな」
「とすれば、だ。このタイミングで俺達が離れたら、サキちゃん達、どうすると思う?」
「そりゃ、テント張るとか、夕飯の準備をするとか……」
コウは首を振った。ヨシオは呆れたように呟いた。
「お前ってさ、ホントに朴念仁だな」
「ぼく、にんじん?」
「だぁーっ、ちがう。女の子だけになったのをこれ幸いと着替えるに決まってるだろうが!?」
「……そうかもしれないな。……あ、まさか!?」
「そうさ」
ヨシオはニヤッと笑った。
コウは手をポンと打った。
「その間に俺達も着替えるのか。でも、俺ここまで着替え持ってきて無いぞ」
「……一生言ってろ」
ヨシオはがっくりと肩を落として、呟いた。
「何か違うのか?」
「あのな……」
彼は辺りを見回し、コウの耳に囁いた。
次の瞬間、思わず10歩ほど飛び退くコウ。
「の、の、のぞきだってぇ!?」
「こ、こら、大声出すな!」
慌ててコウの口をふさぐヨシオ。
コウは真っ赤になって言った。
「そ、そんなこといけないんじゃないのか?」
「いや。覗きは正義だ」
きっぱりと言いきるヨシオの異様な迫力に、思わず頷いてしまうコウだった。
二人は蒲伏前進しながら野営地に戻りつつあった。
コウが小声で、先を進むヨシオに言う。
「やっぱりまずいよ、こんな事は」
「じゃ、来なくてもいいぜ」
そう言われると、やっぱり黙り込んでしまうコウ。哀しい男のサガというやつか。
やがて、ヨシオは茂みの前で中腰になった。
「おおぅ!」
感嘆の声を上げるヨシオ。
コウも彼の隣に這い進むと、そっと視線を上げた。
さすがヨシオ。ナイスなアングルを確保している。
「うわぁ、サキさんもノゾミさんも、おっきいですねぇ。いいなぁ」
ユミの声が聞こえてくる。
「ヤダ、そんなこと無いわよ」
「邪魔なだけなんだけどね」
サキの恥ずかしげな声と、ノゾミの苦笑気味の声。
「ユミさんも、きっとすぐに大きくなりますよ」
ミオが慰めるように言う。
ユミは、自分の躰を見おろしながら呟いた。
「そっかなぁ?」
「そうそう。あとは根性よ!」
かなり無責任なことを言いながら、サキはタオルで自分の体を拭いていた。
ユミはうーんと考え込んでいる。
「コウさん、やっぱりぐらまぁでせくしぃなだいなまいとばでぃの方がいいのかなぁ?」
「それは、一概には言えないと思うけどね」
ちょっとひきつった笑みを浮かべるサキ。
「なんだ、ユミはあいつが好きなのか?」
両手をぐるぐる回して体操しながら、ノゾミはユミに訊ねた。
ユミは大きく頷く。
「うん、そうだよぉ」
「そうか? でも、あいつはシ……」
「ノゾミさん」
ミオがこっそり、唇に人差し指を当ててみせる。
「なぁに、ノゾミさん?」
「あ、いや、なんでもないの。それじゃ」
ノゾミはそそくさとシャツを羽織った。
「ふうむ。ノゾミ・キヨカワのスリーサイズは82・58・83ってところかな。ミオ・キサラギは80・59・82だな。ふむふむ」
ヨシオはしきりに呟いていたが、4人が服を着始めたところで、おもむろにメモを出して何か書き込んだ。それからコウの方を見る。
「どうだった?」
「……」
コウは、ギギイッとヨシオの方に顔を向けた。その鼻からつうっと血が流れ出す。
「おいおい」
「……ミステリアスなパラダイス」
一言呟いて、コウはそのままぶっ倒れた。
「全能なる神に我、希う。かの者を癒す力を我に貸し賜え」
サキは低く呟くと、右手をコウにかざした。
一瞬、コウの身体がぼうっと淡く光る。
「これでよしっと。でも、なにがあったの?」
「いやぁ、ウサギ見つけて追いかけてたら、いきなり熊が出てきてな、こいつがショックで失神しちまったんで担いで帰ってきたんだ」
苦しいいいわけをするヨシオ。
「熊だって!? 何処に出たんだ?」
ノゾミが剣を掴んで立ち上がる。
慌ててヨシオは手を振った。
「いや、大丈夫っすよ。もう行っちまいましたから」
「おかしいですね。この辺りに生息している熊といえば、キラー・ヒグマですよね。好戦的な動物で、人間には必ずと言っていいほど襲い掛かる筈なんですが」
ミオが眼鏡をなおしながら言う。
ヨシオは冷や汗を流しながら答えた。
「あーんと、多分腹が一杯だったんじゃないのかな?」
一方、兄が窮地に陥っているのを無視して、ユミはサキに訊ねていた。
「サキさん! コウさんは大丈夫ですよね!?」
「ええ。ちょっと気を失ってるだけよ」
「よかったぁ。もしコウさんの身に何かあったら、ユミどうしようかなって思っちゃったぁ」
サキはくすっと笑った。
「ホントにユミちゃんはコウさんが好きなのね」
「うん、大好きなんだよ。だってね、コウさんってとっても優しいんだもん!」
満面の笑みを浮かべて答えるユミ。
その笑顔を見て、サキは不意に胸にちくっと痛みを感じた。
(……あたし、どうしたのかな?)
彼女は、視線を安らかな顔をして眠るコウに向けた。
チリチリチリチリ
虫が鳴く声が、野営地を満たしていた。
皆は既に毛布にくるまって眠っていた。ただ一人、ミオだけが焚き火の明かりを頼りに地図を広げていた。
メモリアル大陸の地図。
ミオはふと、大神官と交わした会話を思い出していた。
そう、大神官が初めてコウのことを言ったあの時のことを……。
大神官シナモンは、首を振った。
「いかん。ミオ、お主が旅に出ることはない!」
「いいえ。行かせて下さい」
ミオは、本を抱きしめて大神官に迫った。
「ミオ、判っているのか? お主はキサラギ家の大事な跡取りなのだぞ。お主の両親が何のためにお主を儂に預けたのだと思う?」
キサラギ家はキラメキ王国を代々支えてきた重臣の家系である。幼い頃から非凡な頭脳を認められたミオは、将来のキサラギ家を、そしてキラメキ王国を支える人材として期待されていたのだ。
「それは、もちろん承知しております。しかし……」
彼女はきっと顔を上げた。
「大神官様について勉強しているだけでいいのでしょうか? それで、将来国を背負っていくことが出来ると思いますか?」
「ミオ……」
「それに……」
彼女は表情をやわらげた。
「シオリ姫をお救いできなければ、キラメキ王国の将来もありませんもの。そしてシオリ姫をお救いするのには、勇だけではなく、知も必要なはずです」
大神官は、ミオの深い碧の瞳を覗き込んだ。そして、静かに頷いた。
「判った。行くがよい」
「ありがとうございます」
ミオは深々と頭を下げた。大神官は、言葉を継いだ。
「ただし、必ず戻ってくるのだ。儂はまだお主に教えることがあるからな」
「はい」
彼女は微笑んで答えた。
ミオは、地図を丸く巻くと、丁寧に紐で縛った。そして自分のザックにそれをしまうと立ち上がり、コウの横に来た。
コウは、静かに眠っている。
「ふふっ」
ミオはその無邪気とも言える寝顔に微笑みを漏らした。そして、かがみ込むと、そっと呟いた。
「コウさん、自分が勇者かどうかなんて、悩む必要はないんですよ。シオリ姫を助けようという、その心があれば、それだけであなたは勇者なんですもの……」
パチッ
薪がはぜた。その音に、ミオははっと我に返った。
「あ、私……、何をしてるんでしょう。もう寝なくては、明日に障りますね」
誰がいるわけでもないが、ミオはあたふたと説明しながら自分の荷物の所に戻ると、毛布にくるまった。
その顔は、焚き火の照り返しのせいか、赤く染まっていた。
《続く》

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