喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次章予告

ときめきファンタジー
章 妙なる調べ 光となりて

その 第3の鍵

「なんだと!?」
 指揮官は驚いたように聞き返した。
 ミラは、きっぱりと言いきった。
「これをあなたなんかには、渡しはしませんわ。これは、この人のものですから」
「てめぇ! 裏切る気か!」
「何の事かしら?」
 ミラは、扇で口元を隠して笑った。
 指揮官が逆上する。
「てめぇ、それならここで死ね!!」
 剣を振り上げ、ミラの頭めがけて振り下ろす。
 ギャリン
 異様な音がして、みんなが一斉に、そっちを見た。
「殿方ががっつくのは、卑しく見えてよ。もっとも、トカゲふぜいを殿方とは、呼べませんわね」
 彼女は扇で剣を受けとめていた。もちろん、ただの扇にそんなことが出来るはずもない。
 どうやら、その扇は鋼鉄で出来ているようだ。
「鉄扇だったの、あれ?」
 ユウコが呟いた。
「き、きさま!」
 ぐいぐいと力を入れる指揮官。
 と、不意にミラがその剣を受け流した。力余ってつんのめる指揮官の顔を、鉄扇で思いきり殴るミラ。
 ボゴッ
 異様な音がし、指揮官は悲鳴を上げて剣を落とし、その場にのたうち回る。
「いてぇよぉ!」
「喧しくてよ」
 ミラは無表情に言うと、鉄扇を開き、振り下ろした。
 ドシュッ
 鈍い音と、緑色の血が迸り、指揮官の首が胴体から離れて転がった。
 鉄扇の縁には、鋭い刃が隠されていたのだ。
 彼女は鉄扇を一振りして緑色の血を払い落とすと、冷たい口調で言った。
「美しくない者の、当然の末路ね」
「ミ、ミラさん……」
 その瞬間、厳かな声が響きわたった。
『娘よ、汝の心の内に秘めし勇者への想い、我、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“美”の象徴を託す』
 一瞬、腕輪が無数の光を放ち、そしてミラの左腕にすっぽりとはまった。
「……え?」
 ミラは、戸惑ったように、自分の左腕を見た。
 腕輪は、息づくように柔らかな光を明滅させている。
「こ、これは……」
 彼女は、何かを悟ったように一つ頷き、コウの前に跪いた。
「コウ……」
「ちょっと!」
 ユウコが二人の間に割り込もうとした。それを、ユカリが止める。
「少々、お待ち下さい」
「何言ってんのよ! さっきの聞いたっしょ!? あいつは敵の仲間なのよ!」
「そうとも、限りませんわ。それに……」
 ユカリは、ミラに視線を向けた。
「それに、あによぉ」
「あの目を見て下さい。……とても優しい目をしていらっしゃいますわ」
 ユカリは微笑んだ。
 ユウコはぷーっと膨れた。
「んもう、甘いんだから、ユカリは」
「そうですか?」
「とにかく、ちゃんとコウを見ててよ。あたしは残りのトカゲを片づけてくるから」
 ユウコはそう言うと、向き直って目を丸くした。
 トカゲ男たちが、残らず倒れているのだ。
 その向こうでは気持ちよさそうに歌い続けているアヤコ。
「……なんなの、あの人は……」
 思わず呟くユウコであった。

 ミラは、コウの頭をそっと抱き上げると、自分の膝の上にのせた。
 コウがうっすらと目を開ける。
「ミラさん……」
「コウ……、バカね」
「そうだね。いてて」
 顔をしかめるコウ。ミラは左手を、コウの脇腹にかざした。
「ミラ?」
 と、腕輪から柔らかな光が発せられた。
 みるみるうちに、コウの脇腹の傷が治ってゆく。
「こ、これは……」
「癒しの力があるようですねぇ」
 脇からユカリがかがみ込んで言った。
 ミラは、そこで初めて、ユカリが脇にいたことに気づいて、コウの頭をぴしゃりと叩いた。
「いつまで私の膝に頭をのせて置くつもり? さっさと起きなさいよ」
「え? でも、のせたのは……」
「お黙りなさい」
 ミラはぴしゃりと言った。しかし、その頬は微かに赤くなっていた。
 そのころ、向こうの方ではアヤコがフルコーラスを歌い終わっていた。
 一同は、人々が戻ってくる前にそそくさとその場を後にした。そして、人気のない小さな寺の境内にとりあえず落ちついた。
 ユウコは腕を組み、ミラとアヤコの顔を見比べた。
「さってと、どっちの話を先に聞こっかな?」
 ポロロ〜ン
「あたしが先に話すわ」
 アヤコが言った。
 シャラン
「実は、あたしはねぇ」
「ちょっとぉ、何か話すたびにその楽器を弾くのはやめなって」
 呆れ顔でユウコが突っ込んだ。アヤコははっとして、自分の手の中にあるリュートを見た。
「オー、アイムサプライズド、いつの間に」
「その時折入る妖しい呪文は何なのよ。呪歌と関係あんの?」
「ドントマインド。気にしちゃダメよ。あたしはねぇ、コウくん、あなたを捜しに来たのよ」
「ええーっ!?」
 コウは驚いて、座っていた欄干から転がり落ちた。起きあがりながら自分を指す。
「俺を、捜しに来た?」
 アヤコは頷いた。
「そう。わざわざ西方から、ね」
「じゃ、俺のことも知ってるの?」
「イエス、そうよ」
 アヤコはコウをぴしっと指さした。
「あなたはコウ・ヌシヒト。魔王にさらわれ、生け贄となろうとしているキラメキ王国の王女シオリ姫の幼なじみにして、伝説の勇者なのよ!」
「お、俺が!? 伝説の勇者!?」
 コウは思わず、のけぞっていた。
「イエス、そうよ」
 アヤコは頷いた。
「うっそぉ!!」
「アヤコさん、その話、詳しく聞かせていただけませんか?」
 ユカリは、アヤコに尋ねた。
「オッケイ、いいわよ」
 彼女は気軽に頷くと、話し始めた。
「ちゃんとした自己紹介をしていなかったわね。マイネームイズ、あたしの名前はアヤコ・カタギリ。キラメキ王国の王家に仕える魔術師団の一人なのよ……」

《第5章 終わり》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次章予告