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ときめきファンタジー
第
章 妙なる調べ 光となりて
その
裸足の女神

変な時間に出発したもので、その翌日の昼前には、一同はナーラの町にたどり着くことが出来た。夜はとりあえず野宿でしのいだのは言うまでもない。
土産物屋が並ぶ参道で、コウはユカリ達に訊ねた。
「さて、これからどうする?」
「とにかく、何処に“鍵”があるかを……」
ユウコが小声で言いかけたとき、突然町の中心の方で爆発の音が響いた。
「なんだ!?」
「行ってみよっ!」
ユウコが素早く走り出した。コウは慌ててその後を追う。
「待ってよ、ユウコさん!!」
「あらあら、ちょっとお待ち下さいませ、お二人とも」
ユカリが呼びかけるが、あっと言う間に二人の姿は人混みの向こうに消えてしまった。
彼女は振り向いた。
「ミラさん、どうしましょうか?」
「好きになさい」
ミラは肩をすくめた。
逃げまどう人々の波に逆らって進むのが難しかったので、爆発の所につくまでには、十数分がたっていた。
「こ、これは……」
建物がいくつかひしゃげ、燃えている。
その有り様は……。
「まるで、トコウスの村みたい……、ってことは、あいつ!?」
ユウコは短剣を抜いて、辺りを見回した。
「あのヒデって奴なのか?」
コウも油断無く辺りを見回した。
と、
「コウ、危ないっ!!」
「え? うわぁっ!!」
後ろから飛びかかってきたその一撃を、コウは危うくかわした。
大きなトカゲが二本足で歩いているかのような姿をしたそいつは、は虫類特有の無表情のままで、右手に持った剣を振るった。
とっさに自分の剣を抜いてそれを受けとめるコウ。
カァン
軽い音がして、コウの剣が弾かれ、向こうの方に転がって行く。
「わっ!」
次の一撃を加えようと、剣を振り上げるトカゲ男。
コウは、懐の中から小剣を出し、無我夢中で鞘を払った。
ユカリの父、ジュウザブローが彼に託した“白南風”と呼ばれる剣だ。
「でぇぇい!!」
彼はその小剣を振り払った。剣が小さい分、トカゲ男の一撃よりも素早く決まる。
緑色の血を吹き出して倒れるトカゲ男。その返り血を浴び、コウは思わず叫びをあげた。
「う、うわぁぁ!」
「なにパニクってんのよ! まだまだ敵は一杯いるんだから!」
うろたえているコウにぴたりと背中をつけて、ユウコが言った。
彼女の言うとおり、似たようなトカゲ男達がどんどん彼らの前に現れている。
そして、一回り大きく、褐色の肌のトカゲ男が口を開いた。
「貴様ら、ヒデ様がおっしゃっておられた、メモリアルスポットを持つ者どもだな」
「ヒデ様!? じゃ、やはり魔王の手の者か」
「いかにも。貴様らの持つメモリアルスポットを俺様が奪い取れば、俺様も一躍将軍だ。ありがとよ。かかれ!!」
そいつが剣をあげて号令を下すと同時に、緑色のトカゲ男達が二人に殺到しようとした。
ゴウッ
突然、炎の壁がその間に立ちはだかった。勢い余って突っ込んだ数匹が火だるまになって転がる。
「コウさん、大丈夫ですか?」
「ユカリさん!」
走ってきたらしく、ユカリは大きく息をつきながらもにこっと笑った。
「ひるむな! 突撃だぁ!!」
なおも叫ぶ指揮官に向かって、ユウコが突っ込んだ。
「てやぁぁ!」
「甘いわぁ!」
ガキィン
ユウコの2本の短剣と、指揮官の長剣が絡み合い、パワーに勝るトカゲ男がユウコを弾きとばした。
「きゃ!」
「死ね!」
転んだユウコに剣を振り下ろす指揮官。
「させるかぁ!!」
カィィン
とっさに、二人の間に入り込んだコウが、“白南風”でその一撃を受けとめる。
「邪魔だ!」
「うわぁぁっ!!」
右腕の一振りで、簡単にとばされるコウ。そのまま、離れたところにたたきつけられる。
「くっ」
起き上がろうとしたコウは、その時いつの間にか、傍らに墨染めの衣姿が佇んでいるのに気がついた。
「あなたは、あの時の虚無僧?」
虚無僧は、深編み笠の下からコウをじっと見ていた。
「あなた、コウ・ヌシビトね?」
「!?」
意外なことに、編み笠の奥から聞こえた声は、間違いなく女の声だった。
「あなたは……?」
「あたしは……」
彼、いや、彼女は自分の衣装の右肩を掴み、一気に放りあげた。
その下からは、髪を結い上げた少女が姿を現す。
「ハァイ! あたしの名前は、アヤコ・カタギリ!」
「……はぁ」
コウは、完全に目が点になっていた。
アヤコは、そんなコウにはお構いなしに、周りを取り囲むトカゲ男達に向けて言い放った。
「あたしが来たからには、勇者には指一本触れさせはしないわよっ!」
「何を、生意気な!」
指揮官は剣を彼女に向けた。
アヤコは、何処からか取り出したリュートを構えた。
「あたしの歌を、聞きなさぁーいっ!」
「は?」
コウが聞き返す暇もなく、アヤコは歌い始めた。
あたしのハートは燃えている
熱いビートとハートがあれば
総てがオッケイ!
ヘイ・ユー
あたしの歌が間違ってるなんて
そんなことは絶対言わせない
だってあたしの歌は魂の歌
燃える魂の叫びだもの
「ぐわぁぁっ!」
指揮官が頭を抱えて苦しみ始めた。
「……なになに、どーしたの?」
「……さぁ」
コウもユウコもきょとんとしている。
指揮官は、頭を抱えながら叫んだ。
「ひ、引けぇ!!」
「あ、まだ演奏中なのよ! 最後まで聴いて行きなさいよぉ!!」
アヤコがリュートを弾きながら叫ぶが、トカゲ男達は聞く耳持たぬと言うようにそそくさと逃げて行く。
と、ユウコが、そのうちの一匹が箱を抱えているのに気がついた。
「あれが“鍵”ね!! もらいっ!!」
滑るように近づくや、スライディングでそのトカゲ男を転ばせる。
ぽーんと箱が高く上がり、石畳に当たって壊れる。その中から、きらきらと輝く腕輪が転がり出た。
ユウコが素早くそれを拾おうとする。
「取らせるか!」
指揮官が振り返りざまに剣を振り下ろした。寸前にそれを察知したユウコは、腕輪を蹴飛ばし、自分はとんぼ返りをうって剣をかわした。
カラカラッ
腕輪は石畳の上を滑って、そしてそこにいた女性の足に当たって止まった。
コウが声を上げる。
「ミラさん!!」
「あら、私にふさわしい、美しい代物ね。貰って差し上げてもよろしくてよ」
そう言いながら、ミラはそれを拾い上げた。
「取らせるかぁ!」
指揮官が、剣を振り上げて突進する。
「危ない!!」
コウが叫んで、ミラの方に走りながら“白南風”を投げつけた。
ドシュッ
「ガアァァッ」
“白南風”が、指揮官の肩に突き刺さった。指揮官は、コウに向き直る。
「てめぇぇ!!」
「うわぁぁぁ!」
コウは慌てる。もう何も武器を持っていないのだ。
「コ、コウ!!」
ユウコが駆け寄りながら叫ぶが、距離がありすぎて届かない。
ザクッ
「ぐはっ」
指揮官の剣が、コウの脇腹を突き刺していた。
「コウっ!」
ミラが駆け寄ろうとする。
「ミラさん、今のうちに、逃げて……」
言いながら、がくっと膝を突くコウ。
「へっ、邪魔しやがって」
そう呟き、剣を抜こうとする指揮官。
その腕を、コウが血塗れの自分の手で掴む。
「な、なにをしやがる!? 離せ!」
「……逃げろ、今の、うちに……」
「てめぇ!!」
指揮官がコウを蹴り飛ばす。剣がコウの脇腹から抜け、血がほとばしった。
「コウ!」
ミラがコウを抱き起こす。
「どうして……?」
「……わからないけど……」
コウは、血塗れの顔で、微笑んだ。
「君を、守りたかったんだ」
「……バカ」
ミラは呟いた。
そのミラに、指揮官が手を伸ばす。
「思い出した。お前、カガミの娘だな。さぁ、それを渡せ」
「!?」
ユウコが、はっとしたように二人を見る。
「やっぱ、敵の仲間!?」
「……」
ミラは黙ったままだった。
いらだったように、指揮官が手を出す。
「さあ!」
「これは……渡しませんわ」
ミラは、ぼそっと言った。コウの身体を、そっと地面に横たえ、すっくと立ち上がる。
《続く》

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