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ときめきファンタジー
第
章 妙なる調べ 光となりて
その
LOVE IS DEAD

コウ達は二部屋とっていた。要するに、コウの部屋と、後の女の子達の部屋である。
女の子達の部屋で、3人は川の字に布団を敷いて寝ていた。
真夜中になって、一番右の布団が動いた。
すかさず、左の布団から寝ぼけ気味の声が掛かる。
「あによぉ、こんな夜更けにぃ」
「お手洗いに行くのにも、許可が入りますの?」
ミラはむっとしたように言った。ユウコは大きくあくびをした。
「あー、勝手に行っちゃえ」
「行かせていただくわ」
そう言うと、ミラはそっと部屋から出ていった。
ちなみに、二人の間の布団の中で、ユカリはくーくーと静かに寝息を立てていた。
スウッ
コウの部屋の襖が音もなく開き、ミラが入ってきた。
彼女はそっとコウの顔をのぞき込み、彼が熟睡しているのを確かめると、そっと豊かな胸元から、一本の短剣を取り出した。
そして、それを振り上げる。
(……ごめんなさい、あなたには恨みはないけど……、弟たちのためなの!)
と、コウが寝言を呟いた。
「……待ってて、絶対に……行くから」
「!?」
ミラの手がぴたりと止まった。
(ど、どうしたっていうの、私は……)
彼女は、コウの寝顔をじっと見つめながら、心の中で叫んでいた。
(私は……、私は……、この男を殺さなければならないのよ! しっかりしなさい、ミラ!)
短剣をぎゅっと握りなおし、再び振り上げるミラ。
そのまま、勢いよく振り下ろす!
ドシュッ
「……くっ」
ミラは、唇を噛んだ。
短剣は、コウの頭をかすめ、枕に突き刺さっていた。
(どうして、出来ないの? ……私は……)
と、不意に彼女は顔を上げた。
(殺気……? まずいわ。とにかく、今日は止めましょう)
彼女は短剣を納めると、立ち上がった。そして、そっと部屋から出ていった。
彼女は気がついていたのか。それが単なるいいわけに過ぎないことに。
ユウコは布団をはねのけて飛びおきた。
周囲から、無言の圧迫感が迫ってくる。
殺気だ。
「ヒデの仲間!?」
「では、ないようですね。村人達が、手に武器を持って、宿を囲んでいるようです」
「え?」
ユウコが隣を見ると、ユカリが横になったまま、ぱっちりと目を開けていた。
「どーしてわかんの?」
「遠見の術を使いました。しかし、何故村の人たちが?」
「あ、そっか。コウがあんなにあっさりと銀をばらまいたから、あたし達を大金持ちだって思い込んだんだ。で、今ももっといっぱいお金を持っているだろうと思ってんのよ、きっと」
「それで、わたくし達を襲って、お金を奪おうという、わけですのね。……人々の心も、荒んでしまったのですねぇ」
ユカリはため息をついた。
「そんなにのんびりしてる場合じゃないっしょ!? とにかく、コウを起こさないと! それに、ミラも呼んでこないとね」
「ミラさんも、ですか?」
くすっと笑って、ユカリは聞き返した。
「そーよ。気に入らないおばさんだけど、こんな所で死なれちゃ、目覚めが悪いでしょ? 根性悪そうだから、あたし達の枕元に化けて出てくるかもしんないしねー」
「失礼ね! 誰が根性悪のおばさんですって!?」
ミラが襖を開けて、ユウコを睨んだ。ユウコは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「なんだ、戻ってきたんだ。残念ね」
「何ですって!?」
「ミラさん、怒る前に、コウさんを起こしてきていただけませんか?」
「どうして、私がそんなことを?」
「それじゃ、あたし達の代わりに村人相手に戦う!?」
ユウコが短剣(それまで使っていたのがヒデに折られたので、新しく調達した)を抜きながら聞き返した。
ミラは肩をすくめた。
「村人相手にあたしが出るまでもないじゃないの。力仕事はお任せするわ」
「いちいち気に入らないなぁ」
再び部屋を出ていくミラを見送りながら、ユウコは呟くと、表情を引き締めた。
「行くよ! とにかく、コウを護らないとね」
「はい。とにかく、数が多そうです。まずは……」
不意に、彼女は黙り込んだ。
「どうした……」
言いかけて、ユウコは耳に手を当てた。
微かな音が聞こえてくる。
「……笛?」
「尺八、ですわ」
ユウコの呟きに、ユカリが応じた。
辺りの様子をうかがいながら、ユウコは当惑していた。たった今まで辺りに満ちていた殺気が、嘘のように消え失せているのだ。
そこに、ミラとコウが入ってきた。
「村人達が俺達を襲おうとしてるって?」
「……外に出てみよ」
ユウコはそう言うと、部屋から出た。
外に出たコウ達は、目を疑った。
その辺りには、村人達が手に手に鍬や鎌を持って立っていた。しかし、いずれもぼーっとしており、目には生気がなかった。
彼らの間に、一人の虚無僧が立っていた。彼は尺八を吹いていた。
「ど、どうなってるの?」
「もしかして、あの虚無僧が何かしたの?」
自然と小声になっているコウ達だった。
ユウコが言った。
「とにかく、今のうちに逃げた方がよさそーね」
「そうですねぇ。それが、よろしいと思いますよ」
ユカリも賛成し、一同は村から出ることにした。
最後にコウが振り向いたとき、虚無僧はまだ、尺八を吹き続けていた。
「呪曲、というものかもしれませんね」
村から離れたところまで来て、一息ついたところでユカリが言った。
「さっきの虚無僧の吹いてた曲のこと?」
ミラが訊ねた。
「はい。楽器による曲なら呪曲、歌なら呪歌と呼ばれるものです。要するに、旋律に術をのせるというもので、主に相手の精神に働き、効果を上げるものです」
「さっきみたいに、戦意を失わせたりするわけ?」
ユウコの問いに、ユカリは頷く。
「わたくしは、よく存じませんが、そういうものもあると、お母さまが申しておりました。しかし、これはどちらかといいますと、西方で伝わる術らしいとも、聞いております」
「じゃ、あの虚無僧は西方から来たの?」
「まさかぁ。西方に虚無僧がいるなんて聞いたこと無いよ」
ユウコが肩をすくめた。
「じゃあ、どういうことなんだろう?」
コウは考え込んだ。その背中をユウコがばんばん叩く。
「考えたってしょーがないじゃん。とにかく、今はナーラの……」
言いかけて、はっとしてミラを見る。
「何ですの?」
「いや、ナーラ参りに行こーよ」
一応、彼女にはナーラの寺にお参りに行くということにしてあるのだ。
ミラは、首を少し傾げて見せたものの、深くは追求しなかった。
《続く》

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