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ときめきファンタジー
章 妙なる調べ 光となりて

その Run

 ナーラの村までは、歩いて3日ほどだと、ユカリは地図を見ながら言った。
「どういうところなの?」
 コウが聞くと、ユウコが答えた。
「お寺の町だよ」
「オテラ?」
「うん。神様をまつってるところ。もっとも、あたしは信じてないんだけどね」
 そう言って、ぺろっと舌を出すユウコ。
 一方、ユカリはにこにこしたまま、それについては何も言わなかった。
「そういう神々を信仰する町ですから、色々なものが奉られています。その中の一つが、もしかしたら“鍵”なのかもしれませんね」
「へぇ」
 と、
「あら、こんな所で会うなんて、奇遇ですわね。おーっほっほっほ」
「え?」
 コウが聞き覚えのある声に振り向くと、そこには、ミラが高笑いをあげていた。
「あんた、だれよ」
 いきなり敵意むき出しにユウコが訊ねる。
 ミラは袂から扇を出すと、パッと広げて口を隠した。
「あらまぁ、もしかして、コウさんの妹さんかしらぁ?」
「誰がよっ!」
 怒鳴るユウコを、まぁまぁとユカリがなだめ、コウに訊ねた。
「お知り合いですかぁ?」
「え? あ、ああ。テブイクの町で知り合ったミラ・カガミさん。ミラさん、こちらは俺の旅の仲間で、ユウコ・アサヒナさんとユカリ・コシキさん」
「……テブイクで、知り合われたともうしましたか?」
 ユカリはにっこりと笑ったまま聞き返した。目が全然笑ってないことに気がついたのは、ユウコだけだったが。
 コウは頭をかきながら答えた。
「ああ。襲われてるところを助けてね」
「違うと言ったでしょう」
 ミラがぴしゃりと扇でコウの手を叩く。
「いて。で、でも……」
「まぁ、よろしいわ」
 ミラはまた扇を開いて涼しい顔でパタパタとあおいだ。
「まぁ、そういうことでしたのね。わたくしはコウさんを信じておりましたもの」
 ユカリはにこにこと微笑んだ。コウは要領を得ないといった顔で、ミラとユカリを見比べた。
「はぁ……」
 ユウコが訊ねる。
「で、そのミラがどうしてこんな所にいるのさぁ」
「そ、それは……」
 ミラは口ごもった。
「その、あそこに暇を出されて……」
「実家に帰る途中なの? ふーん」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
 ミラはやたらと扇をパタパタとさせた後、コウに言った。
「あなたの旅に同行して差し上げてもよろしくってよ。もっとも、断るなんてあり得ないでしょうけどね」
「は、はぁ……」
 コウはその妙な迫力に圧倒されるように頷いていた。

 その夜。ミラを加えて4人になった一同は、通りがかった村の宿に泊まっていた。
 夕食の席で、ユウコは一人上品に食事をしているミラを見ながら、隣に座っていたユカリに囁いた。
「なーんか怪しいと思わない?」
「そうでしょうか? このお吸物、たいそう、おいしいですねぇ」
「だぁー。あのねぇ!」
 声を荒げかけて、ユウコは自制した。深呼吸をしてからまた話す。
「ユカリの術になんか無いの? 怪しい奴の正体をばらす奴とか、心を覗く奴とかさぁ」
「そのような便利な術は、ありませんのよ。あら、このお漬け物も美味しいですわ」
「お漬け物はこの際どうでもいいっしょ!」
 思わず声を荒げたところに、ミラが咎めるような視線を送った。
「ちょっと、食事は静かになさって下さいませんこと?」
「あららぁ、こりゃどうも失礼しましたーだ。ったく」
 ぷいっとそっぽを向くユウコ。
 コウがおろおろしながら取りなす。
「まぁまぁ、みんな仲良く行こうよ。ね?」
「コウ、この際だから、ハッキリいっとくけどね、あたし、ユカリならまだしも、このおばさんとはやってけないよ」
「おばっ……」
 ミラが一瞬絶句し、そしてユウコを睨み付ける。
「小娘にそんなこと言われる筋合いはありませんわ」
「あによ、オバン。あたしのコウくんをよくもたぶらかしてくれたわねっ!」
「ユウコさん、あたしの、ってなんですか?」
「あ、そんな細かいことは突っ込まないの、ユカリってば」
「ふん。未発達な小娘におばさん呼ばわりされるとは、私も落ちたものよねぇ」
「だーれが未発達よ!! ちゃんとあるんだからね! あんたこそ、垂れてんじゃないの!?」
「何ですって!?」
 と、不意に宿の外が騒がしくなった。
「おい、そっちだ!」
「いや、こっちだぞ!!」
「早く捕まえろ!!」
「あ、なにかあったらしいぞ。ちょっと見に行ってみよう」
 わざとらしいセリフを残して、コウは外に飛び出した。
 立ち上がってにらみ合っていたユウコとミラだが、どちらからともなく、ぷいっと視線を逸らし、座って食事を再開した。
「あら、このお漬物も、美味しいですねぇ」
 二人に挟まれたユカリは、あいかわらずにこにこ笑いながら食事を続けていた。
 外には、村人達が右往左往していた。コウはそのうちの一人をつかまえて訊ねた。
「なにかあったんですか?」
「いや、何でも泥棒が村に入り込んだんだと」
「大切にしていた食料が盗まれたんだ」
 別の一人が後ろから言った。大分興奮しているようで、鍬を振り回している。
「ふーん」
「おーい、追いつめたぞぉー!!」
 声が聞こえ、村人達は一斉にそっちの方に走っていった。コウもその後を追った。
 そんな彼らを、墨染めの衣を着た虚無僧が見ているのに、コウは気づかなかった。
「やめて! こあらちゃんは悪くないの!」
 女の子の悲鳴のような声が聞こえた。
 一軒の家の前に、村人達が人垣をつくっていた。コウはそれをかき分けるように前に出た。
 一人の少女が、小さな熊のような動物を抱きしめていた。いや、熊にしては大きな鼻と耳がユーモラスな感じを匂わせるものの、つり上がった三白眼がそれを台無しにしている。一言で言えば「妙な動物」だ。
 コウはその少女を見て、小さく叫んだ。
「あの時の……」
 そう。コウを川に突き落としたあの少女だったのだ。
「てめぇ!!」
「そいつの飼い主ってんなら、責任取って貰おうか!」
「せ、責任って?」
 村人達の剣幕に怯えながら、少女は聞き返した。
「ちゃんと払うものを払って貰おうか?」
「は、払うもの、ですか?」
「そう。金だよ、金」
「もっとも、金を持っているようには見えないけどな」
 別の一人が、少女の粗末な身なりを見て、嘲るように笑う。
「じゃ、別のもので払って貰ってもいいんだけどなぁ」
「べ、別のもの、ですか?」
「ああ。その身体でな」
 舌なめずりするように、少女の身体を見る男達。
「これだけいい身体なら、テブイクに高値で売れるぜ」
「そうだなぁ」
「や、やだ……」
 それを聞いて、少女はさらに小さく縮こまった。
 村人達がさらに迫ろうとしたとき。
「ちょっと待ったぁ!!」
 コウが飛び出した。
 え?
 あ、あなたは……。
 どうしてこんな所に……?
 もしかして、あたしを助けるために……?
 やっぱり、あたしの皇子様だったの?
 涼しい目つき、ワイルドな髪型、凛々しいお姿……。
 あたし、恋に落ちてしまったみたい、こあらちゃん。

「あんだ、てめぇ」
「金なら払うから、この子を自由にしてやってくれ」
 コウはそう言うと、タクミから貰った袋を彼らの前に投げ出した。
 ジャラッ
 銀の粒が、こぼれ落ちる。それを見た瞬間、村人達の目の色が変わった。
「おうっ、これは!」
「す、すげぇ!」
「なんだよ、これは」
「知らねぇのか? 銀ってもんだ!」
「こ、これがか!? 俺、初めてみたぞ!」
 村人達が争って銀の小粒を拾い集めている中、コウは少女に手を差し出した。
「大丈夫? もう安心だよ」
「は、はい、ありがとうございます。あの、あなたのお名前は?」
「え? あ、コウ。コウっていうんだ」
「コウ様……」
 彼女はそう呟くと、自分が彼の手を握っているのに気がついて、慌てて離した。
「きゃー、どうしようどうしよう、さわっちゃった! うっわぁー、もう、しばらくこの手は洗わないもんねー!」
 そのまま、ばたばたと走り去っていく少女を、コウは唖然として見送っていた。
「……あのぉ……」
「ばっかーみたい!」
 ユウコは話を聞くと、あきれ果てたように一言呟いた。
「そんな何処の馬の骨とも知れないような奴のために大事なお金を全部使っちゃって、これからどうすんのよ!」
「だって、可哀想だったし……」
「あたしたちは可哀想じゃないっての? ったく、ホントにウルバカなんだからぁ」
(でも、そこがいいとこなんだけど……)
 最後の言葉は口には出さずに、ユウコはユカリに向き直った。
「ユカリはいくらくらい持ってるの?」
「さぁ。わたくし、お金など持っておりませんもの」
「……ミラは?」
「あなたに呼び捨てにされる覚えはなくてよ」
 ミラはそっくり返って言い放った。
 ユウコは頭を抱えた。
「ひょっとして、あたし達ってもう無一文状態なわけぇ!? 勘弁してよねぇ」
「ここのお宿の宿泊料は前払いにしておいてよかったですねぇ」
 ユカリがにこにこ笑いながら言った。ユウコはもう、文句を付ける気力もないらしく、「そうね」と一言言うだけだった。

《続く》

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