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ときめきファンタジー
第
章 光と闇の織りなす季節
その
雪のセレナーデ

宿を出発し、一同は北に向かって進んだ。
主人の言うとおり、村から北は山岳地帯になっている。コウ達は、その山の中に足を踏み入れていった。
獣しか通らないような道を、ユウコが先頭に立って案内しながら進んでいく。道は次第に険しくなり、それとともに辺りを雪が覆うようになる。
いつしか、一同は雪の中をかき分けるように進んでいた。
ふと、コウは視線を上げた。
前に見える山は、陽の光を浴びて白銀に輝いている。
彼は、先頭を進むユウコに追いつくと、訊ねた。
「あの話、どう思う?」
「あの話って?」
「ほら、宿の主人の……」
「あん、あれね」
ユウコは小首を傾げた。
「ま、そんなに気にすることないっしょ」
「そうかなぁ」
「そーよ。何てったって、コウにはこのユウコちゃんがついてるんだもんね」
そう言いながら、ユウコはコウの腕と、自分の腕を絡めた。
「お、おい」
「まぁまぁ、気にしないの」
「何をしているのかしら?」
ペシン
後ろからミラがそう言いながらユウコの腕を鉄扇で叩いた。
ユウコは腕を解くと、振り返った。
「痛いじゃないのさ!」
「コウさんが迷惑がってるじゃないの。これだから、子供は困りますわ。おーっほっほっほ」
ミラは口元に手を当てると、高笑いを上げた。
「むっかぁぁ!! 超むかつくオバンね!」
「誰がオバンですって!?」
「おい、やめろって!」
コウがおろおろしながら二人の間に入ろうとする。
「いーから、コウは黙っててよぉ!」
「そうですわ。これは私たちの問題です」
二人はコウに向かってそう言うと、にらみ合いを続ける。
既にアヤコは我関せずと、リュートをつま弾いているし、ユカリはにこにこと微笑んでいるだけだ。
「勘弁してくれよぉ……」
コウは額を抑えた。
と、不意にユウコが山を見上げた。
「……!!」
「どうかしたの?」
ユウコの緊張を感じとって、ミラは真剣な表情になって訊ねた。
彼女は、地面に伏せると、耳を地面につけた。
「何か聞こえるんだけど……、なんか超やばいって感じ……」
「!?」
忍者であるユウコは、こういう危険を感じる第六感とでも言うべき感覚を持っている。それを知っている皆は、一斉に身構えた。
「敵、なの?」
ミラが鉄扇を構えながら訊ねる。ユウコは首を振った。
「殺意とか、そんなのは感じないんだけど……え?」
彼女は一瞬顔を上げ、はっと気づいた。
「雪崩!」
「なだ……、なんだって?」
コウが訊ねた。雪が年に数回しか降らないような所で産まれ育った彼は、雪崩なぞ見たことも聞いたこともなかったのだ。
「雪崩よ! 雪が崩れてくるの!!」
「は?」
「んもう!!」
ユウコが地団駄踏んだとき、それは始まった。
辺りに地響きが起こった。
ゴゴゴゴゴゴゴ
「な、なんだ!?」
「だからぁ、雪崩……」
「それより、逃げる事を考えた方が……」
アヤコが言うと、ユウコははっとして頷いた。
「そっか。ユカリ!」
「はぁ、なんでしょうか?」
「急いで、あの金の鳥出して! 空に逃げよ!」
「はい、わかりました」
ユカリはにこっと微笑んで頷くと、袂から黄金の埴輪を出した。それを足下の雪の上に置くと、両手を組み、口の中で呪を唱える。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アニ・ヨウルステイ・ソワカ」
埴輪は見る見るうちに巨大化し、大きな鳥の姿になった。皆はその上によじ登る。
地響きはますます大きくなっていく。
「ユカリ!」
ユウコが叫んだ。ユカリが頷くと同時に、黄金の鳥は空に舞い上がろうとした。
その時だった。
何処からともなく、流れるような旋律が聞こえてきた。いまや耳を聾せんばかりに高まった地響きのなかで、不思議なことにその旋律だけはハッキリと聞こえた。
黄金の鳥がびくっとひきつったかと思うと、そのまま動かなくなる。いや、鳥だけではない。
「あ、あによ……これ……」
「身体が……動かない!?」
ユウコとミラが悲鳴を上げた。
アヤコがはっとする。
「こ、これは……呪曲!?」
「アヤコさんがいつも使ってる奴!?」
コウが聞き返した瞬間、すごい勢いで白い塊が、林を突き破って流れ込んできた。誰かの悲鳴が聞こえ、そして地響きに飲み込まれる。
彼の意識は、そこで失われた。
「コウ……くん。どうして? どうして、前みたいに呼んでくれないの? 私が……だからなの?」
違う。
そうじゃない。
俺は……。
俺は……君の事を……。
……君は、誰?
判らないのに、懐かしい……。
「コウくん……」
シ……。
「はっ!?」
コウは跳ね起きた。辺りを見回す。
そこは、粗末な家の中だった。脇の囲炉裏では火がパチパチと音を立てて燃え、その上にかかったやかんがシュンシュンと湯気を吹き上げている。
スー、スー
傍らで、寝息が聞こえた。コウがそっちを見ると、一人の幼い少女が、座ったままこっくりこっくりと船を漕いでいる。歳の頃は8歳くらいか。
と、不意にやかんから垂れた水が、火の中に落ちて音を立てた。その音で、少女ははっと目を開けた。
「……」
彼女は、コウが半身を起こして自分の方を見ているのに気がつくと、にっこりと微笑みを浮かべた。
その時、彼はその少女の瞳の色に気がついた。
右の瞳は空のような青、そして左の瞳は金色だった。
「君……は?」
コウが訊ねると、彼女は何か誤解したらしく、恥ずかしげに毛布を手元に引き寄せて、それをもじもじといじりながら言った。
「私、カレンっていいます」
「カレンちゃんっていうの」
コウはそう言ってから、はっとして辺りを見回した。
「ここは、何処なの?」
「ツカンの村……です」
彼女はそう答えた。
彼女の話では、猟師をしている彼女の兄が、雪の中に倒れている彼を見つけて連れ帰り、それからずっと彼女が看病していたということだった。
コウは、ユウコ達の事を訊ねたが、彼女は首を振った。彼女の兄が見つけたのはコウ一人だったというのだ。
しかし、コウにはどうしても、ユウコ達が雪崩に巻き込まれてそれっきりになったとは思えなかった。そのためか、妙に不安は覚えていなかった。
コウとカレンが話をしていると、不意にドアが開いた。そして、一人の少年が大きな鹿を担いで入ってきた。
「カレン! 今帰ったよ」
「お兄ちゃん!」
カレンは立ち上がると土間に駆け寄った。
コウは体を起こして少年を見た。コウよりもずいぶん年下に見える。カレンの兄と言うからには、彼女よりは年上だろうから、10歳くらいか。
少年もコウに気がついた。
「やっと気がついたのかよ。まったく、大きいくせに軟弱だよなぁ」
(生意気な口をきく奴だな)
コウは一瞬むっとしたが、大人げないと思って笑顔を無理矢理作った。
「助けて貰って、済まなかった」
「治ったら、さっさと出ていけよ」
ドサリと鹿を降ろしながら、少年は言った。カレンが慌てて叫ぶ。
「お兄ちゃん! ……ごめんなさい、コウさん」
「いや」
コウは肩をすくめて見せた。それから少年に呼びかけた。
「せめて名前くらい教えてくれよ」
「……スイレン」
彼はぼそっと言った。
「あのさ、ちょっと聞きたいことが……」
コウが言いかけたとき、不意に扉がどんどんと叩かれた。
「ちっ、またかよ。カレン、布団に入ってろ」
「うん、お兄ちゃん」
カレンは返事をすると、コウの所に駆け戻ってきた。
「コウさん。村の人に見付かったら大変だから、布団を被って」
(そういえば、ツカンの村に入った余所者は、生きては帰れないって宿の主人が言ってたっけ)
コウは慌てて布団をひっかぶった。その隣にカレンが滑り込んでくる。
「カレンちゃん?」
「こうしてれば、私が寝てるってことになるでしょう?」
そう言うと、カレンはぺろっと舌を出した。
コウ達二人が布団を被るのを確認して、スイレンは扉のしんばり棒を外した。
いかにも純朴な夫婦といった感じの中年の男女が入ってくる。スイレンはほっと息をついた。
「なんだ、ロモイさんとワカナイさんかぁ」
その声を聞いて、カレンも起き上がる。
「ロモイさん、ワカナイさん、こんにちわ」
「え? あ、ちょっと!」
びっくりしてコウは思わず声を上げ、慌てて口を塞ぐ。
それを見て、カレンは笑った。
「心配ないよ。だってロモイさんもワカナイさんも、お隣さんでいっつもカレン達のこと、助けてくれるし、コウさんだって……」
「スイレン、聞いてくれ」
男が、悲痛な声を絞り出した。思わずカレンは話を止めた。
スイレンが聞き返す。
「どうしたんです、ロモイさん?」
「……ごめんよ、スイレンちゃん、カレンちゃん!」
女ががくっと土間に腰を落とし、「ううっ」と嗚咽を漏らす。
「何を……?」
「カレンちゃんが、祭祀の生け贄になることに決まっちまったんだ!」
ロモイが叫ぶと、がっくりと頭を下げた。
「……何?」
スイレンは、虚を突かれたように聞き返した。
俯いたまま、ロモイは答える。
「今日の村の寄り合いで決まったんだ。エントリ様が最近、また暴れるようになられたのは、知ってるだろう? エントリ様のお社に行った奴は、誰も帰ってこない。間違いなく、エントリ様がお怒りになってるんだ」
「……あの、すみません」
コウが、恐る恐る口を挟んだ。
「よかったら教えて貰えませんか? エントリ様って?」
「……」
二人は顔を見合わせた。そしてロモイが呟く。
「これも、何かの縁。お教えしましょう」
今を去ること1000年ほど前のこと。この地に一人の神が降り立った。悪神との戦いでひどく傷ついていた神は、この地で身体を癒すことにし、自らを器の中に封じて眠りについた。
神が眠っている間、その身を守るのがその神の従者であったエントリである。
しかし、このエントリはもとは悪神であり、神に負けて従者になったといういきさつがあった。そのために今も善神と呼ぶには荒々しいところが多分にあり、そのために“荒神”エントリと呼び慣わされている。
このエントリに、ちゃんと神を守ってもらうために、毎年祭祀が行われ、そして生け贄が捧げられていた。しかし、この祭祀は何時しか途絶え、ここ300年ばかりの間はまったく行われていなかったという。
しかし、エントリの復活したという目撃報告が相次ぎ、確認のためにエントリの社に向かった村人達が行方不明になるにいたり、村長は300年ぶりに祭祀を行う事に決めたのだという。
スイレンが、低い声で訊ねた。
「で、どうしてその生け贄がカレンじゃないといけないんだ!?」
彼女の名が出た瞬間、カレンはびくっと震え、コウにしがみついた。
ロモイは、床を殴りつけた。
「知ってるだろう? スイレンも、カレンちゃんにどんな噂が立ってるか!」
「ロモイ!」
ワカナイが制し、カレンの方をちらっと見た。ロモイもはっとして謝った。
「すまん、スイレン」
「……」
スイレンは黙り込んだ。
ワカナイが言った。
「村長様も、別にカレンちゃんが魔女だ、悪魔の子だなんて信じてるわけじゃないのよ。でなけりゃ、とっくにカレンちゃんは……。でも、そう信じている連中がいるっていうことが問題なのよ」
「ああ。そいつらをなだめるには、こうするしかなかったんだ……」
「利いた風なことを言うなぁ!」
スイレンは立ち上がって怒鳴った。
「スイレン!」
「出ていってくれ」
彼は押し殺した声で言った。
二人は顔を見合わせ、立ち上がった。
「祭祀は3日後だ。スイレン」
「ごめんなさい、私たち、何の力にもなれなくって……」
それだけ言い残し、二人は出ていった。
「お兄ちゃん……今の……」
「カレン!」
スイレンは、カレンに駆け寄ってくると、抱きしめた。
「お前は絶対に生け贄なんかにさせやしない」
ズキン
コウは胸を押さえた。
(生け贄……どうして、こんなに胸が痛むんだ?)
《続く》

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