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ときめきファンタジー
第
章 光と闇の織りなす季節
その
DANCE! DANCE! DANCE!

焚き火の炎の前で、彼は竪琴をつま弾いていた。
幾つものフレーズをくり返し、そして不意に手を止める。
「くっ」
彼はいらだたしげに、焚き火に薪を放り込んだ。そして呟く。
「ダメだ! こんなんじゃ、あいつには、アヤコ・カタギリには勝てない……。どうすれば……」
彼は、顔を伏せた。
と、不意に声が聞こえてきた。
「その願い、かなえて進ぜよう」
「誰だ!?」
彼は顔を上げて叫んだが、辺りには誰の姿もない。
ただ、声だけが聞こえてくる。
「私の言うとおりにすれば、おまえの腕はすぐに上がる。そう、誰よりもな」
「……何を……」
「信じぬか。まぁ、よかろう。惜しいチャンスを逃したな」
声が小さくなりかける。彼は叫んだ。
「待て!」
「何か?」
「……どうすればいい?」
姿無き声の持ち主は、その瞬間ほくそ笑んだのかも知れない。獲物が網に掛かったのだから。
「まず、心を開くがいい……」
しばらくして、辺りに絶叫が響きわたった。
男は何事もなかったかのように、焚き火の前に座っていた。
その唇から、言葉が漏れた。
「これなら、勝てる。あの、アヤコ・カタギリにな! ふふふふ、はははは」
哄笑が、夜の闇を引き裂くように響きわたった。
ミラの弟たちを救うべく、ハンカ国の最前線要塞、ジュカンの街に赴いたコウたちは、そこで出くわした魔王四天王の一人ヒデ・ローハンを相手に苦戦を強いられる。
しかし、カツマ達「マーセナリー・カルテット」の協力、そしてユウコの手に入った“鍵”の一つである小剣“桜花・菊花”の一撃に、ついにヒデは倒れた。
助け出したミラの弟たちもユカリの実家であるコシキ道場で面倒を見てもらうことが決まり、ミラは晴れてコウ達と行動を共にすることになった。
魔王の手が伸びつつあるキラメキ王国に戻るカツマ達と別れ、コウ達は一路北に向かう。
それは、コウ達の求める“鍵”の一つが、そちらにあるという情報に基づいての行動だった。
「コウ……」
懐かしい声が、自分を呼んでいる。
コウはその声の方を見たが、何も見えない。
「誰だ、誰なんだ!!」
叫んでみても、自分の声は何かに吸い取られたように消えてしまう。
「くそっ」
コウは、何もできない自分にいらだった。
「!?」
コウは布団をはねのけるように飛び起きた。
荒い息をつきながら、頭を押さえる。
「……何か思い出せた?」
アヤコがリュートを弾く手を止めて、訊ねた。コウは首を振った。
「ごめん。まだ……」
「テイクイットイージィ。焦ることはないわ。気長に思い出せばいいのよ」
そう言うと、アヤコは立ち上がった。
コシキ道場のあるユウエンの街を旅立ってから数日がたっていた。その間、コウは毎晩寝る前に、アヤコに曲を弾いてもらっていた。無論、単なる曲ではなく、記憶を呼び覚ます効果があるという呪曲である。
今夜もいつもと同じように曲を弾いていてもらっていたのだが、一日歩き通した疲れもあったのか、いつの間にかコウは眠ってしまっていたようだった。
アヤコは出て行きかけて、不意に振り向いてウィンクした。
「コウの寝顔、とってもプリティ、可愛かったわよ」
「そ、そう?」
思わず赤面するコウ。そんな彼に、アヤコはくすっと笑みを漏らした。
「じゃ、グンナイ、お休み」
彼女はそっとドアを閉めた。
アヤコがコウの部屋から出てくると、ちょうどユカリが廊下の向こうから歩いてきたところだった。
「ハァイ、ユカリ!」
「あら、アヤコさん。こんばんわ」
ユカリは彼女の前で足を止めると、丁寧にお辞儀をした。
「どうしたの? こんな夜更けに」
「はい。月が綺麗なものですから、ついつい見とれておりましたら、いつの間にかこんな時間になっておりました」
目を糸のように細めて微笑みながら、ユカリは答えた。
「オー、ワンダフル。あなたにもアートのマインドがアンダースタンドナノね」
「は?」
ユカリは微笑んだまま小首を傾げたが、アヤコは意にも介せずにユカリの細い手を握った。
「ユカリ。これからもよろしくね!」
「はぁ、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、グンナ〜イ!」
そう言うと、アヤコはそのまま部屋に戻っていった。
「……何だったのでしょうか?」
にこにこしたまま、ユカリはその場に立ち尽くしていた。
「……そりゃ、あたしが聞きたいわよぉ」
天井裏に潜んだユウコは額を抑えながらそう呟くと、自分たちの部屋の方に這い戻っていった。
彼女がどうしてそんなところにいたかというと、アヤコを見張っていたからなのである。以前、弟を人質に取られていたミラがコウを夜中に襲おうとした一件以来、ユウコは「やっぱ、あたしが見張ってないと危ないじゃん」と、常にこっそりと見張っているのだ。
というのは表向きで、実は他の娘の抜け駆けを阻止するのが本当の目的であるのだが。
翌日の朝。一同が朝食を取っていると、給仕をしていた宿の主人がふと訊ねた。
「んで、あんた方、これからどっちさ行くだね?」
「北にあるというツカンの村に赴く予定なのでございますが」
ユカリはにこやかにそう答えると、上品にお茶を飲み干した。
「ツカンの村!?」
ガシャン
悲鳴のような声と、陶器の割れる音に、ユカリを除いた皆が一斉に主人の方を見た。
彼は、お盆を取り落としていた。
「あ、し、失礼しましただ」
慌ててかがみ込むと、割れた皿の破片を集め始める主人。
ユウコが訊ねた。
「なんかあんの? その村って」
「正直におっしゃいなさい。悪いようにはしなくてよ」
とミラが後を続ける。そして、二人は一瞬視線を合わせ、フンとお互いにそっぽを向いた。
主人はかぶりを振った。
「い、いえ、べつに……」
「まぁ、何でもないんですの? それは、よかったですねぇ」
ユカリはにこっと微笑むと、アヤコの方を見た。
「アヤコさん。実はわたくし、あなたの歌が聞きたいと思っておりましたところですのよ」
「リアリー、本当に? オッケイ。ばっちり目の覚めるハードな曲をやってあげるわよ!」
アヤコは脇に置いておいたリュートを掴んだ。慌てて主人がその腕に取りすがる。
「わーっ!! わかりました! お話しします!!」
「あら、そうですか? では、アヤコさん。演奏は後でも聞くことが出来ますので、先にご主人のお話しを聞くことにしませんか?」
「リグレッタブル。残念ね」
アヤコは軽く肩をすくめてリュートを置いた。
主人はほっと息をつくと、話し始めた。
「ツカンの村は、確かにここから3日ほど北に行ったところにあります。しかし、ここ数百年の間、あそこに行った者は、いえ、行って生きて帰ってきた者はおりませんのです」
「?」
皆は顔を見合わせた。
主人の話によると、ツカンの村は、数百年前から周囲の村と関係を絶っている。ただ、月に数回、ツカンの村の者が数名周囲の村に買い出しに来ることはあるのだが、それ以外は完全に没交渉といったところらしい。
「噂では、ツカンの村の奥に聖域があって、そこには秘宝があるとも。だけんども、その噂を信じて村に行った者で、生きて戻った者はおりません。それに……」
「それに、なんでしょうか?」
ユカリが先を促した。主人は頷いて言葉を続けた。
「しばらく前になりますが、あの近くで狩りをしていた猟師が、怪物を見たっちゅう噂もあります。なんでも、身の丈10メートルはある巨人とか」
「巨人、かぁ」
コウは苦笑した。彼はユウエンの街でユカリやユウコと初めて出会ったとき、巨人と戦い、危うく殺されそうな目にあったのだ。もっとも、その時の巨人、双面鬼は3メートル程の大きさだったが。
「それに、山の方じゃ、ここしばらく大雪になっとります。山に慣れた者ならともかく、おめえ様方みたいな素人は、たちまち行き倒れてしまいますだ」
「だーいじょうぶ。あたしは雪の訓練だって受けたんだもんねー」
ユウコはにこっと笑った。一見普通の明るい少女に見える彼女は、実はアサヒナ流忍術を唯一継承する忍者なのだ。
彼女だけではない。ユカリもミラも、そしてアヤコも、それぞれに実は名のある人物なのだ。
トキメキ国の剣術の主流を為すコシキ流剣術。その総師範の一人娘であり、かつ陰陽師としての力を持つユカリ。
古くからの暗殺者の血を引き、無音殺傷術のエキスパートであるミラ。
そして、キラメキ王国を影で支えてきたキラメキ魔術師団の一員であるアヤコ。
もっとも、宿の主人はそんなことを知る由もない。ただ、彼女らの決心が固いのを知って、黙って首を振るだけだった。
《続く》

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