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ときめきファンタジー
断章 愛しさとせつなさと心強さと

その HOPE

「でも、このままケルベロスを外には連れていけないだろ? みんなパニくるだろうし……」
 メグミにケルベルスがすっかりなついた様子なので、皆は警戒しつつもホールの中に入っていた。
 ところが、ケルベロスがすっかり気に入った様子のメグミが、「この子を連れて行きたい」と言い出したので、一悶着を起こしていた。
「だけど、この子、大人しいんですよ」
 メグミはケルベロスの首を撫でながら言った。
「敵意を持たない相手に対しては、でしょう?」
 ユイナは腕を組んだ。
「そういうトラップだとはね」
「トラップ?」
 怪訝そうな顔をするノゾミに、ミオが説明した。
「つまり、ただ力任せではこのメモリアルスポットは手に入らなかったという事ですよ」
「そういうことね。敵意に対しては敵意で応酬する。愛情に対しては愛情で応える。そういう仕掛けなのね、これは。こっちがメモリアルスポットだけを欲しがって、一方的に攻撃をしてもこれは手には入らない、そういう仕掛けになっていたわけよ」
 ユイナが珍しくとうとうと説明する。ノゾミは唸った。
「トラップ、ねぇ」
「それに、その首輪、そのケルベロスからは外せないわ」
 彼女はあっさりと言った。ノゾミは目を丸くする。
「そうなの?」
「ええ。今調べてはっきりしたわ」
 ユイナはメグミに言った。
「メグミ、変われと命令してみなさい」
「え?」
「このケルベロスに、命令するのよ。普通の犬になりなさい、と」
「あ、はい」
 彼女はユイナの剣幕に、あわててケルベロスに言った。
「普通の犬になりなさい……これでいいんですか?」
「あっ!」
 みんな驚いた。見る見るうちにケルベロスの姿が変わっていくのだ。
 あっという間に大型の黒い犬の姿をしていたケルベロスが、茶色の毛の長い子犬の姿になっていた。
 銀の首輪も、その大きさの変化に合わせて小さくなっている。
「こ、これは?」
「魔法生物ね」
 ユイナは頷いた。
「魔法の力で生み出された生き物なのよ。さっきはケルベロスの姿をしていただけ。今も、犬の姿をしているだけ。命令する者によっていかような姿にもなり得るという、ね」
「そういえば、古代の魔法王国時代にそういう生物がいたと、聞いたことがあります。本来は、魔法使いの守護をするために創り出されたものだ、と」
 ミオが眼鏡の位置を直しながらうなずく。
「可愛い」
 メグミは子犬を抱き上げると頬摺りした。
「これなら、連れて歩いても問題ないな。でも……」
「どうして、メグミさんの命令を聞いたんですか?」
 ヨシオの質問を、ミオが引き継いだ。
 ユイナは子犬と戯れるメグミを見つめた。
「判らないわ。これはこれから研究してみないとね」
 その時、不意に祭壇の方で、声が上がった。
「……これは!」

 ヨシオが駆けつけてみると、サキとアヤコ、そしてサキの肩にちょこんと乗ったユミ猫が顔を上げた。
「どうしたんだ?」
「これ、何か判る? ヨシオ君」
 サキは祭壇の裏側を指した。そこには50センチ四方くらいの大きさの穴が開いており、中からは淡い光が漏れている。
「なんだ?」
「移送の扉」
 ユイナが言った。ヨシオは振り向いた。
「移送の扉って、古代王国時代の、一瞬にして遥か遠くに移動できたっていうあの扉?」
「そうよ」
 ユイナはかがみ込んだ。
「移動先は限定されているけど、魔術師でも何でもない愚民でも使えるのが利点ね」
「で、何処に通じてるんだ?」
 ヨシオは訊ねた。
「……ちょっと待ちなさい」
 彼女は、穴の上の石版に刻まれている文字を指でなぞった。それから、ミオに言う。
「メモリアル大陸の地図はある?」
「あ、はい」
 ミオは背負い袋から筒を出すと、中から羊皮紙を引っぱり出した。それをユイナの前に広げる。
 ユイナは地図の上で、指を滑らせる。ピオリックの迷宮のあるところから、ずうっと右へ……。
「……ここね」
 ユイナの指が止まったところを、みんながのぞき込む。
 ミオが、その辺りに記されている国の名前を読んだ。
「……トキメキ国、ですか?」
「そうよ。大体、この辺りね。この扉の出口は」
 彼女の話によると、扉の上には方角と距離が示されているのだという。
 サキは呟いた。
「この向こうに、コウさんのいるトキメキ国が……」
「みゃみゃみゃーん」
 ユミ猫が声を上げ、穴に飛び込みかける。それをヨシオが後ろ足を掴んで止めた。
「待てよ!」
「フギャァッ!」
「あら、今は飛び込んでも何処にも行けないわよ」
 ユイナがあっさりと言った。皆が一斉に彼女を見る。
「え?」
「コマンドワードを唱えないと、発動しないのよ。移送の扉は」
「ふーん」
 ヨシオはユミ猫を捕まえたまま、その穴を見つめた。
 ユイナはぐるりと皆を見回してから、訊ねた。
「誰か、行くの?」
「行くわ」
 サキはきっぱりと言った。
「行って、コウくんのお手伝いをしたいもの」
「みゃあみゃあ」
「私も、行きます」
「あたしも、行くぜ」
「あの……私も、行きたいです……」
 いつの間にか、ノゾミとメグミも後ろに来ていた。
 ユイナは肩をすくめた。
「一つ言ってもいいかしら? 移送の扉は確実じゃないわ。もし、向こう側の扉が壊れていたら、こっちから入った者は未来永劫何処にも行けずに異世界をさまようことになるのよ」
「え?」
 皆がユイナを見た。
 と、
 ジャラァーン
 アヤコがリュートを軽く引き鳴らすと、前に出た。
「あたしが行くわ」
「アヤちゃん!? ダメよ、そんな……」
「サキ、それから、ミオ、メグミ、ノゾミ、そして、ユミちゃん。みんなコウって人が好きなんでしょ?」
 皆、ある者ははっきり、又ある者は恥ずかしげにこくりと頷いた。
「昨日聞いた話じゃ、そのメモリアルスポットのために、そのコウって人を好きな人が必要なんでしょ? みんなはその資格があるってことよね。そんな人を危険にさらすことはできないわよ。それに、ユイナさんはこれを動かすために必要……。ヨシオもまだまだ必要でしょう? とすると、あたししかいないわけよ。それに、東方まで逃げれば、ケイイチだってさすがに諦めるでしょ?」
 彼女はウィンクすると、ユイナに言った。
「じゃ、頼むわね」
「アヤちゃん!!」
 サキが駆け寄った。アヤコは笑ってサキの頭にポンと手を置いた。
「ドントクライ。泣かないの、サキ。もう会えないってわけじゃないでしょ」
「でも、でも……」
「サキ、きっと、そのコウって人を見つけてくるわね」
 アヤコはそう言うと、リュートを背中に背負った。
 それを見て、ユイナは両手を穴の方に向け、低い声で呪文を詠唱する。
『我が名、ユイナ・ヒモオによりて、かの門よ開け』
 ブゥゥン
 低い音がし、穴の光が増した。
 アヤコは手を振った。
「んじゃ、行ってくるわね!」
「アヤちゃん、きっと又、会えるよね!!」
 サキが叫ぶ。アヤコは笑った。
「次は、ニューナンバーを聞かせたげるわ」
 彼女は穴に飛び込んだ。次の瞬間、辺りを閃光が走り、そして消えた。
「……行っちゃったね」
「みゃあ」
 その場に座り込んだサキにユミ猫が近づくと、彼女のほっぺたをぺろっとなめた。
「ユミちゃん……大丈夫よ」
 サキはにこっと微笑むと、立ち上がった。
「それじゃ、行きましょうか、みんな」
 メグミは、抱いていた子犬に向かって言った。
「あなたも、一緒に来てくれる?」
 クゥーン、ワン
 子犬は一声吠えると、メグミの腕に身体をすり付けた。
 ヨシオが近づくと、言った。
「にしても、何か名前がないと呼びにくいねぇ」
「名前……ですか?……ええっと、ムク……でどうですか?」
「ムク、か。いいねぇ。ムク、よろしくな」
 ヨシオはへらへら笑いながら撫でようと手を出した。
 と、ムクはいきなり炎を吹いた。
 ボウッ
「わぁっ!!」
「こ、こら、ムク!」
 キューン
 ムクは、甘えたようにメグミに身体をすり寄せる。
 顔を黒こげにしたヨシオは、「そりゃないぜ」と呟いて、そのままぶっ倒れた。
「きゃぁ!」
「心配いらないわよ。自業自得ね」
 ユイナが冷たく言うと、サキの肩に乗ったユミ猫がふんふんと頷いた。
 メグミはくすっと笑った。たちまち、みんな笑い出す。
 と、
「ここかぁっ!!」
 叫びながら、男が駆け込んできた。
「あなた、アヤちゃんの……」
 サキが気が付いて声を上げる。
 彼、吟遊詩人のヒカリ・ケイイチは叫んだ。
「名だたるピオリックの地下迷宮に逃げ込んだところで、俺からは逃げられないぞ! さぁ、アヤコ・カタギリ! 尋常に俺と勝負しろ!!」
「もう、彼女はここにはいないわ」
 ユイナが静かに言った。虚を突かれたように、ケイイチは聞き返す。
「え?」
「彼女はトキメキ国に行ったのよ」
 あくまでも静かに、彼女は言葉を続けた。
「畜生! 又逃げたか!」
 彼は叫ぶと、そのまま神殿を飛び出して行こうとした。
「待って!!」
 サキが叫んだ。ケイイチは立ち止まり、振り向いた。
「何か用か?」
「一つだけ教えて。あなた、アヤちゃんを……アヤコ・カタギリを恨んでるの? 吟遊詩人大会でアヤちゃんに負けたって聞いたけど、その時の恨みで、アヤちゃんを追いかけているの?」
 サキは一息にしゃべると、ケイイチをじっと見つめた。
 ケイイチはため息を一つつき、肩をすくめた。
「いや。恨んじゃいないさ」
「だったら、どうしてアヤちゃんを追いかけてるの?」
「……俺は、国を捨てたときに誓ったんだ。この竪琴に賭けて、世界一の吟遊詩人になってみせるって」
 彼は、背負っていた銀の竪琴を指しながら言った。
「世界一の……?」
 サキは聞き返した。ケイイチは頷くと、言葉を続けた。
「あいつの演奏は、俺の目を覚まさせてくれたんだ。歌は技術じゃない。熱いハートだってことを気づかせてくれた。だからこそ、倒しがいがある。俺は、この腕で、あいつよりも巧くなって、そして世界一の吟遊詩人と呼ばれるようになってやるさ」
 ケイイチはそう言って笑った。
「ケイイチ……さん」
「それじゃ」
 彼はそう言うと、サキに片手を上げて見せると、そのまま走り去った。
「……行かせていいのですか?」
 ミオが訊ねると、サキは微笑んだ。
「あたしね、頑張ってる人は応援したくなっちゃうんだ」
「そう、ですね」
 ミオもにこっと笑った。
 一方、起きあがったヨシオは、ユイナに訊ねた。
「ところで、ユミはいつまで猫のままなんだ?」
「みゃあみゃあ」
 ユミ猫も、駆け寄ってくるとユイナにひしとすがりついた。
「みゃみゃみゃああ!」
「ふむふむ。こんな姿じゃコウさんと結婚できないよおおと言っております」
 と通訳するヨシオ。
 サキが目を丸くしてヨシオを見た。
「ヨシオ君、ユミちゃんの言ってることがわかるの?」
「ん、まぁ、なんとなく」
 頬をぽりぽりと掻きながら、ヨシオは答えた。ミオが眼鏡をなおしながら頷く。
「兄妹だからこそ、かもしれませんね」
「いいなぁ、そういうの」
「そんなんじゃないって。それより、ユイナさん……」
 ユイナはちらっと二人……正確には一人と一匹……を見ると、にまぁーっと笑った。
「ま、しばらくそのままでもいいんじゃないの? 研究対象になるし」
「みゃみゃあぁ〜!」
 そのまま、よよと泣き崩れるユミ猫であった。

《断章3 終わり》

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