喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ときめきファンタジー
断章
愛しさとせつなさと心強さと
その
ラッキーラッパーパーティー

通路を進んでいた一行は、不意に広い空間に出た。
そして、その空間の中に、大きな建物がある。
ミオが地図に何か書き込みながら言った。
「間違いありません。ここが神殿です」
「よぉし」
ヨシオは松明を掲げた。
その光に、照らし出された物は……、腐りかけた人の死体だった。
「わぁぁぁっっっっ!」
思わず絶叫するヨシオ。その声に顔を上げたミオは、もろにそれを見てしまい、声も上げずに失神して、その場に崩れ落ちる。
「みゃみゃみゃぁ!」
ユミ猫が叫びを上げる。そして、右前足を上げて神殿の方を指す。
メグミはそっちを見て悲鳴を上げた。
「神殿から!」
神殿から、同じような腐った死体がぞろぞろと出てくる。
「ちっ」
期せずして戦闘態勢に入る一同。
「待って!!」
不意に、声が挙がった。皆は振り向いた。
「何?」
「ここは、あたしに任せてくれる?」
サキはにこりと笑った。
「これは、僧侶のお仕事よ」
サキは、ヨシオ達の前に進み出ると、胸のホーリーシンボルを握り締めた。そして正面の腐った死体達を見つめる。
「可哀想に……。死んでからも邪悪な力で働かされて……。今、帰してあげるね。あなた達が帰るべき所に……」
ウォォォ
どよめくような声を上げ、死体がサキに近寄ってゆく。
サキは静かに、言った。
「神よ、哀れなるさまよいし魂を安らかに憩わせ給え。邪悪なるものを浄化せし、神の光を分け与え給え……」
先頭の死体が、サキに手を伸ばす。
その瞬間、サキは叫んだ。
「聖なる光を!!」
カッ
サキの頭上で光が炸裂した。
後ろで見ていた皆は、咄嗟に目を覆った。
閃光は一瞬で消えていた。そして、恐る恐る皆が目を開けると、死体の姿は何処にもなかった。
「ふぅ」
サキは一息付くと、その場で祈りを捧げていた。
「神よ、哀れなる魂に安らかな休息を与え給え……」
「また、来ます!」
メグミが叫んだ。さらに神殿から、ぞろぞろと腐った死体が出てきたのだ。
サキは顔を上げた。
「よおし……」
「サキ」
不意に彼女の肩をアヤコが叩いた。サキは振り向いた。
「アヤちゃん?」
「ここは、あたしに任せといて。サキは、みんなの怪我を治すって役もあるんだからね」
アヤコはそう言うと、リュートを構えた。
「おいおい、化け物に歌を聴かせてどうすんだ?」
ヨシオが呆れたように言う。アヤコは振り向かないで答えた。
「まぁ、見てなさいな。あたしのパワーを!」
「バカなことをするな!」
言いながら剣を抜いて飛び出そうとしたノゾミを、ユイナが停めた。
「待ちなさいな」
「え?」
「もしかしたら……」
ユイナは呟いた。
ジャラーン
アヤコはリュートをかき鳴らし、叫んだ。
「あたしの歌を、聞きなさーーいっ!!」
闇にさまよいし亡者の群
はるかに忘れられし呪われた者よ
お前達には熱さがわかるか
このあたしの心に燃える
熱さがわかるものか!
帰れ、闇の中へ
帰れ、忌まわしい闇の中へ
光の力溢れ出す
この世界の中には
お前達のいるところなんかない
ガァァァ
死体達が崩れていく。ぼろぼろと崩れ、砂のようになっていく。
それを、ヨシオ達は唖然として見ていた。
「何なんだ、一体……」
「やはりね」
ユイナは腕を組んで頷いた。
「呪歌よ」
「じゅか?」
「魔法の歌ですよ」
サキの介抱でやっと気絶から覚めたミオが言った。
「魔法の歌ねぇ」
「アヤちゃんは、ああ見えてもキラメキ魔術師団の一員なのよ」
サキはにこっと笑って、演奏するアヤコを見た。
みんな、思わずのけぞった。
「ええっ!?」
「聞いてないよぉ」
ヨシオは情けない声を出した。
ユイナが腕を組んで、呟いた。
「聞いたことがあるわ。キラメキに二人の若き天才魔術師がいる、と。その名はカタギリとエビスタニ……」
「そう。アヤちゃんとジュンくんのことね」
サキは頷いた。
「ジュンくんはいろいろあって魔術師団を辞めちゃって、いまは傭兵になってるって聞いたけど……」
「あ、もしかして、カツマ・セリザワが騎士団を追われた例の一件の時のことですか?」
ミオが訊ねた。サキは頷いた。
ヨシオは、いつの間にか開いていたメモに何か書き込みながら呟いた。
「意外なところでつながりがあるモンだなぁ……」
ジャラン
アヤコが演奏し終わった頃には、死体は一掃されていた。
「じゃ、ヨシオ」
ノゾミが促した。ヨシオは頷くと、神殿の入り口に向かって歩き出した。
神殿の入り口から中を覗くと、広いホールになっていた。そして、その奥には……。
「あ、あれは……犬か?」
「フゥーッ」
ヨシオについて行ったユミ猫が毛を逆立ててうなり声を上げる。
ホールの最奥に祭壇があり、その前に一頭の大きな犬が寝そべっていた。
「こんなところにいる犬が普通の犬なわけないなぁ」
「ケルベロスね」
いきなり後ろから声がした。ヨシオは驚いて振り向いた。
「ユイナさん?」
「ケルベロス。通称地獄の番犬。口から炎の息を吐く、犬型の幻獣です。私も初めてみました」
ミオがさらにその後ろから顔を出していった。いつの間にか、全員がそこに集まっていた。
メグミが呟く。
「鎖でつながれてる……可哀想……」
「え?」
「確かにつながれてるな。助かったぜ」
ヨシオは目を凝らして頷いた。
ケルベロスの首には銀の首輪がはめられており、頑丈そうな鎖がそこから伸びて、祭壇に繋がっている。
「ユイナさん」
ミオが囁くように訊ねた。
「魔力は感じますか?」
ユイナは呪文を唱え、じっと見つめた。
「感じるわ。……あの獣の首輪から」
「く、首輪!?」
全員が一斉にケルベロスの首に付いている首輪を見つめた。
「あとは、少し弱いけど、あの祭壇の後ろからもね」
そう言うと、ユイナは立ち上がった。
「ユイナさん?」
「これは、私に対する挑戦ね」
「な、何を……」
彼女はそのままホールに進み出た。
ケルベロスは、侵入者を関知したのか、むくっと頭をもたげた。
ユイナは鼻で笑った。
「随分と大きな図体だけど、私には通用しないわよ」
ガァッ!
ケルベロスは吠えた。ユイナの前髪がその音になぶられるようにそよぐ。
「ユイナさん!!」
ミオは叫んだ。彼女は気が付いたのだ。
ケルベロスは、何の前準備もなく炎が吐けるということに。魔術師のように、呪文を唱えるという必要がない、ということに。
ユイナは落ちついた様子で、よどみなく呪文を唱え始めた。
『わが命に従いて……』
「危ない!!」
ガウッ
ミオが悲鳴を上げると同時に、ケルベロスの口から炎が伸び、ホールを満たした。皆のいるところまで熱波が押し寄せてくる。
ヨシオはホールをのぞき込んで絶句した。ホールの中には、ユイナがいた痕跡すら残っていなかったのだ。
「そんな……」
「危なかったわ」
「え?」
ミオが振り向くと、ユイナは焦げたローブを纏ってそこに立っていた。
「どうして……?」
「近距離の瞬間移動をしたのよ。耐火の呪文では間にあわなさそうだったからね。しかし、予想以上の高熱ね。始末に負えないわ」
焦げた前髪をいじりながら、ユイナはむっとした声で言った。
「予想以上って?」
「耐火の呪文でも、限界があるっていうことよ。完全耐火の術ならいいんだけど、それには準備がいるしね」
「一度、外まで戻るか?」
ノゾミは皆に訊ねた。
と、不意にメグミが立ち上がった。
「メグミさん?」
「私、行ってきます」
彼女はそう言うと、ホールに入っていく。
「お、おい!」
一瞬唖然としていた皆が我に返ったときには、メグミはたった一人でケルベロスの前に立っていた。
「メグミ!」
腰の剣“スターク”を抜いて飛び出そうとしたノゾミを、ヨシオが止めた。
「待った!」
「何だよ、邪魔を……」
「見ろよ」
ヨシオはホールの方に顎をしゃくった。
体長3メートルはありそうな魔獣の前で、メグミは、いつも以上に儚げに見えた。
しかし、ケルベロスは、ユイナにしたようにいきなり炎の息を吹きかけたりしないで、そのままじっとしていた。
「魔獣が……大人しくしてるの?」
ノゾミは、思わずそう呟き、とりあえず様子を窺う姿勢をとった。
メグミはケルベロスに向かって、にこっと微笑んだ。
「大丈夫よ。怖くない……」
彼女はゆっくりと近づいていく。
みんなは、はらはらしながらそれを見守っていた。
そして、ついにメグミはケルベロスに触れるまで近づいた。それでも、獰猛なはずの魔獣はじっとメグミを見つめているだけだった。
「いま、外してあげるね」
彼女はそう言うと、首輪から鎖を外しに掛かった。
「違うだろ! ケルベロスから首輪を外すんだってばぁ!!」
思わずヨシオはそう叫びかけたが、迂闊にケルベロスを刺激して、メグミに万一のことがあっては大変なので、じっと押さえた。
カシャン
重そうな鎖が床に落ちる。
メグミは、ケルベロスに話しかけた。
「もう、大丈夫よ」
クゥーン
ケルベロスは身体をメグミにすり付けた。そして口を開く。
「!?」
みな、思わず目を閉じた。ケルベロスが炎の息をここで吐いたら、確実にメグミは……。
「きゃっ、くすぐったい」
メグミの笑い声が聞こえた。目を開けた皆の目に写ったのは、ケルベロスにペロペロと頬を舐められているメグミだった。
「……なんだかなぁ」
ヨシオは肩をすくめた。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く