喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
愛しさとせつなさと心強さと
その
猫の手も借りたい

翌朝。
「コウが、東の果てにいる、だって?」
ヨシオは目を丸くした。皆も同様である。
メグミは言った。
「シオリちゃんが、私に言ったの」
「それは正しいかも知れないわね」
思わぬ人が言葉を発した。皆、一斉にそっちを見た。
ユイナは悠然と言葉を継いだ。
「私は常々思っていたわ。魔王が何故シオリ姫を誘拐したのか。単にプリンセスだっていうのなら、キラメキ王国を狙う必要はないわけだし」
彼女はそこで言葉を一旦切り、一同を見回してから、おもむろに話し出す。
「その疑問の答えは、キラメキ王国の書庫の中にあったわ」
「あ」
ミオがはっとした。
「1000年前も、キラメキ王国のミナコ姫が魔王に狙われたんでしたよね」
「そうよ。つまり、魔王はプリンセスを狙っているわけじゃないわ。キラメキ王国の王家の血を狙っているのよ。そして、どうしてその血を狙うのか、それはとりもなおさず、キラメキ王家の血に、魔王が欲しいものがあるから。それは、魔王が欲するほどの魔の力よ」
「キラメキ王家に、魔の血が流れている?」
思わずサキは眉をひそめた。それを見て、ユイナはふんと鼻を鳴らした。
「勘違いしないでね。魔といっても、魔王の魔とは違う、もっと始源の力よ。神の血と言ってもいいわね」
「神の!?」
今度は、サキは目を丸くした。
「そんな血を引いているのなら、魔王に捕らわれていてもそれくらいのメッセージをよこすことくらいは出来る筈よ」
ユイナはそう言った。それから、メグミに視線を移す。
「そして、彼女がシオリ姫と同調しやすい精神的波長を持っているとすれば、彼女だけがメッセージを受け取ることが出来たとしてもおかしくはないわ。わかるでしょう?」
「ぜんぜん、わかんなーい!」
ユミは目をぐるぐる回しながら言った。
一方ミオは頷いた。
「そうですね。……そうすると間違いなく、コウさんは東方にいるって事ですね。メモリアル大陸の東方というと……トキメキ国かハンカ国、でしょうか……」
「ま、コウが生きているんなら、あたし達のしていることは無意味じゃないってことだね」
ノゾミは微笑むと、腰の剣をポンと軽く叩いた。
朝食をとり終わると、一行は店で必要な道具を買い揃えて、早速地下迷宮に入っていった。
入ってすぐの所にある大広間で、一同は休憩兼作戦会議に入った。
大きな一枚岩のテーブルに、天井から淡い青い光が投げかけられている。その光は、天井から突き出している水晶から放たれているのだ。
ユイナはそれを見上げてふっと笑みを漏らした。
「なかなか興味深いからくりね」
「からくりって、魔術じゃないんですか?」
ミオが訊ねると、ユイナは肩をすくめた。
「水晶の端が地上に出ているのよ。これは太陽の光が、水晶の中を通ってここまで来ているわけね」
「そうなんですか」
感心するミオにノゾミが声をかけた。
「ミオ、地図を頼むよ」
「あ、はい」
ミオは、地下迷宮の地図を出して、テーブルの上に広げた。ヨシオがここのギルドから調達した最新版のものだ。
「やはり、未だに誰も探索したことがない所にあると考えるのが順当でしょう。で、私はここだと思います」
ミオは地図の一点を指した。
青、則ち未踏破を意味する色で描かれた部分だ。
「そこだと思う理由は?」
ノゾミが訊ねた。
ミオは説明した。
「ピオリックの迷宮とほぼ同時期に作られたといわれる迷宮に、マグニの迷宮があります。これは、小さな迷宮で既にほぼ完全に踏破されました。これがその地図です」
彼女はピオリックの迷宮の地図の横にそれを広げた。
ヨシオが頷く。
「同じ形だね」
「ええ。そして、マグニの迷宮では、ここには神殿がありました」
「神殿、か。いかにもありがちだな」
ノゾミは頷くと、立ち上がった。
「よし、ミオの言うとおりに、そこに行ってみよう」
既にマップがある部分は、逆に言えば探索された部分である。つまり、寄り道しても宝物は既に持ち去られてしまっているし、罠もほとんどが解除され、解除できないような凶悪な罠はちゃんとマップに表示されている。
そんなわけで、一同はたやすく未踏破領域の前まで来ることが出来た。ま、たやすくとは言っても半日ほどは掛かっているのだが。
「これで、よし。いいぜ」
ヨシオは立ち上がると皆を呼んだ。
「ほんとに、罠の解除は出来たんだろうね?」
「心配するなって。可愛い女の子には怪我をさせたりしないってば」
こわごわ、一同は通路を進んでくる。
ミオは地図を見た。
「いよいよ、ここから先は未踏破領域になります。みなさん、気をつけましょう」
「おー!」
ユミが大声を上げた。みんなが一斉に「しーっ!」と言う。
「ご、ごめんなさぁい」
「じゃ、ヨシオ、頼むぜ」
ノゾミがポンと肩を叩く。
「へいへい」
ヨシオはあきらめたように答えると、歩き出した。もっとも、彼だって女の子達に頼りにされるのが厭なわけはない。
張り切って罠を調べながら進んでいく。
「おっと、ストップ」
不意に彼は小声で言うと、立ち止まった。
前には扉がある。ヨシオはその扉にそっと近づくと、撫でたりさすったりし始めた。
「……あったあった」
彼は呟くと、隠されていたボタンを押した。
ゆっくりと扉が開く。
ヨシオの後ろに控えるノゾミは腰の剣に手をかけて、何かが出てきたときに備えた。
しかし、何も出てこない。
ヨシオは慎重に足を進め、ドアの中に入った。それから言う。
「オッケイ。何ともないみたいだ」
ドアの中は部屋になっていた。中央に台座があり、小さな石像が据え付けられている。可愛らしい子猫の石像だ。
「わぁ、かわいいねぇ!」
ユミが歓声を上げて駆け寄ると、その頭を撫でた。
「あ、おい!」
「え?」
ヨシオが声をかけた瞬間、いきなり台座からボウンと煙が上がった。ユミの姿はその中に見えなくなる。
「ユ、ユミ! 大丈夫か!?」
慌ててヨシオは駆け寄ると、両手を振り回し、煙を払う。
すぐに煙は薄れてきた。しかし、ユミの姿はない。ただ、台座の下には、ユミの着ていた服が落ちている。
「ユミ!? 何処へ行ったんだ!? ま、まさか……」
「ミャーン」
不意にユミの服の中から猫の声がした。ヨシオが見おろすと、栗色の毛色をした猫が、服の中からごそごそと這い出してくると、彼の足をかりかりと引っかきはじめた。
「邪魔だっ!」
「フギャ」
ヨシオは猫を蹴っ飛ばすと、その台座の回りを走り回った。
「ユミーッ!!」
「ミャアミャア」
その猫がしつこくヨシオの足にまとわりつく。
「邪魔だって言ってんだろうが!!」
ヨシオは、その猫をつまみ上げると床に叩きつけようとした。
それを見て、メグミが悲鳴を上げる。
「駄目ぇ!!」
「え?」
メグミが、すばやくヨシオの手から猫を奪い取ると、抱きしめる。
「ユミちゃん、大丈夫?」
「へ?」
思わずヨシオは口をぽかんと開けた。しどろもどろになりながら、訊ねる。
「メグミ、ちゃん、今、何て?」
「この子、ユミちゃんですよ」
メグミは猫をヨシオの前に差し出した。
「ユ、ユミ? この猫が、か?」
今度は目を点にするヨシオ。
猫はきっぱりと頷いた。
「みゃみゃぁ!」
「古代の呪いね。興味深いわ」
ユイナが近寄ってくると、しげしげと台座を見つめた。
「確かに、人の身体を動物に変えてしまうという魔術があると聞いたことがありますね」
ミオは本のページをめくって呟いた。
「ユミ、何て姿になってしまったんだよぉ〜〜」
ヨシオはおろおろしながら呟いた。それからユイナにとりすがる。
「ユイナさん、何とかしてくれないか?」
「黙ってなさい! ああ、研究意欲が湧いてきたわ!」
ユイナは彼らの方を一顧だにせず、台座を触って調べていた。
ヨシオは今度はサキの方に向き直った。
「サキさん!」
「ごめんなさい」
サキは謝った。
「あたし、解呪はちょっと……」
「そうか……」
がっくりと肩を落とすヨシオにアヤコが言った。
「まぁ、死んだわけじゃないからいいじゃない。ドントウォーリー、気にしないの」
「あのなぁ……」
ヨシオは情けない顔でアヤコを見た。そして怒鳴る。
「そんなバカなことあるかよ! ユミだって嫌がってるんだぜ!」
「……そうかしら?」
アヤコは、ヨシオの背後を指した。ヨシオが振り向くと、ユミ猫はメグミに喉をくすぐられてゴロゴロ言っていた。
「みゃみゃぁ」
「……既に順応している。……妹ながら情けない」
がっくりと肩を落とし、涙するヨシオであった。
「とにかく、今は先に進もうぜ」
ノゾミはヨシオの肩をポンと叩き、奥へと続く扉を指した。ヨシオは彼女の顔を見上げて自分を指す。
「……やっぱ、俺?」
「当然」
ノゾミは腕を組んであっさりと言った。
「……へいへい」
ヨシオはのろのろと奥の扉に向かう。その肩を、サキがポンと叩いた。
「ヨシオくん、頑張って!」
「サキちゃん、君だけだよ。俺の苦労をわかってくれるのは」
ヨシオはサキをぎゅっと抱きしめようとした。反射的にサキはヨシオを突き飛ばす。
「いやぁ!」
ズデェン
ぶっ飛ばされて、ヨシオは奥の扉に身体を叩きつけられた。慌ててサキは彼に駆け寄る。
「ご、ごめんなさぁい」
「い、いや、なははは」
意味不明の笑いを上げながら、ヨシオは心の中で呟いた。
(やっぱ、コウ以外の男は駄目って事かぁ。僧侶だけあって、身持ちが堅いよなぁ。チェックだチェック)
「いい加減に先に行けって」
ノゾミが呆れたように、メモ帳を取りだそうとしたヨシオに言った。
こうして、一同は奥に進んだ。
そんな彼女達に降り懸かる様々な試練。だが、彼女達はそれらを次々と突破してゆく。
ある時は、いきなり動き出した石の彫像を、ノゾミの奥義「大海嘯」で破壊し、またある時は、複雑なパズルになっている罠をミオが本を片手に解きあかし、またある時は、押し寄せてきたスライムをユイナが一撃で焼き払った。
途中で女性の裸体像にヨシオが触れかけてユミ猫に引っかかれるという事もあった。ユイナ曰く「残念だわ。この像に触れたときの結果を研究したかったのに」
傷つき、疲れたところで休憩し、サキの癒しの術と、アヤコの「大人しめの」曲で心と体を癒すこと数回。
ピオリックの迷宮に突入してから丸24時間が経過しようとしている頃、いよいよ彼女らは、ミオの言う「神殿のある場所」にたどり着こうとしていた。
《続く》

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