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ときめきファンタジー
断章 愛しさとせつなさと心強さと

その あなたのやすらぎになりたい

「シオリちゃんは、躊躇っちゃ駄目って、そう言ったから……。でも、コウさんが、まさかシオリちゃんの言ってた人だなんて……」
 メグミは湖面を見つめながら、呟いた。
「いいじゃありませんか」
 ミオが言った。メグミはびっくりして、ミオを見る。
「えっ?」
「いいじゃありませんか。シオリ姫と同じ人を好きになったって」
 ミオは微笑んだ。
「シオリ姫の想い人だから、コウさんをあきらめる。それは卑怯ですよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。だってそうでしょう? それは、自分を騙してることなんですから」
「自分を……騙している?」
「自分が傷つくことを恐れていては、何もできませんよ」
 ミオはそう言うと、暗い湖面を見つめた。自分に言い聞かせるように、もう一度繰り返す。
「そう、何も、できませんよ」
「ミオ……さん」
 メグミは、一つ頷いた。
「そうかも……しれないですね」
「ええ。じゃ、そろそろ休みませんか。明日は出発ですから」
「はい、そうですね」
 そう答えると、メグミはにっこりと微笑んだ。
 二人の後ろで、サキは腕を組んで考え込んでいた。
「あたしもまだまだ修行が足りないのねぇ」

 翌朝、チュオウの村の入り口に皆が集まった。
 ミオが地図を見ながら言う。
「ピオリックの迷宮の入り口は、ここから南西の方向です。歩いて、そうですね、10日ほどの距離でしょうか」
「結構あるな。ま、仕方ないか。メモリアルスポットは世界中に散らばってるんだものね」
 ノゾミはそう言うと、声を上げた。
「よし、出発しよっ!!」
「おー!」
 全員がそれに合わせて声を上げる。
 途中、特に何事もなく、10日後、一行はピオリックの村に着いた。
 ピオリックの地下迷宮に眠る富を求めて、数多くの人々が集まり、自然発生的に出来上がったのがこの村である。
 そして、その富すなわち盗掘品を商うのが、いわゆる盗賊ギルドなのである。
 村に入ろうとした一行に、門番が声をかけてきた。
「よう、キラメキの景気はどうだい?」
「へ?」
 怪訝そうな顔をするノゾミ。
 ヨシオがはっとした。素早く、ノゾミの口をふさいで言う。
「そうだなぁ、デラの財布よりは軽いぜ」
「そうか。じゃ、せいぜいがんばりなよ」
 そう言うと、門番は門を開けた。
 門をくぐってから、ノゾミは訊ねた。
「何だったんだい、さっきのは?」
「符丁、ですね」
 ヨシオが答えるよりも早く、ミオが言った。
「符丁?」
「合い言葉、ですよ、ノゾミさん」
 ヨシオが頷くと言葉を続ける。
「あれを知らないと、法外な入村料を取られるってわけだ」
「ふーん。お兄ちゃん、よく覚えてたねぇ」
 ユミが感心したように声を上げる。
「あのなぁ、ユミ。お前は……」
 ヨシオがユミに説教をし始めようとしたその時、突然、通りの向こうから声がかけられた。
「ヘイ、サキじゃない!!」
「え?」
 サキはそっちを見た。怪訝そうだった表情が、声の主を認めてぱっと明るくなる。
「アヤちゃん!」
 濃い紺色の髪を結い上げ、背中にリュートを背負ったその少女が、通りの反対側から駆け寄ってくると、サキを抱きしめた。
「サキ、久しぶりぃ!!」
「レズビアンショーか?」
「飛翔脚ぅ!!」
 思わず呟いたヨシオは、次の瞬間ユミの飛び膝蹴りをくらって、そのまま街路に倒れ伏した。
 とりあえず宿を取ると、その食堂で、サキはその少女を皆に紹介した。
「この人は、アヤコ・カタギリっていうの。あたしの親友でね、吟遊詩人なのよ」
「ハァイ、エブリバディ。よろしくね。じゃ、とりあえず1曲聴いてね!」
 そう言うと、アヤコはリュートをかき鳴らし始めた。
 ジャンジャンジャカジャカ
「わぁっ!」
 ヨシオは慌てて耳をふさいだ。辺りを見回すと、ミオとメグミが目を回してひっくり返っている。
 ユミとサキはおもしろがって手拍子を打っており、ノゾミはヨシオと同じく耳をふさいでいる。
 ユイナは、我関せずとばかりに、黙々とテーブルの上に並んだ料理を食べている。
(うーん、やはりただ者じゃないな、あの人は)
 思わずそう思うヨシオであった。
 1曲終わったところで、アヤコは手を止めた。
「あら、そこの二人はどうしたのかしら?」
「疲れてるのね、きっと」
 サキは微笑んで目を回している二人を見ると、アヤコの方に向き直った。
「それより、どうしてアヤちゃんがこんな所にいるの? 王都で腕を磨いてると思ってたのに」
「あはは」
 アヤコは頭をかいた。
「それがさぁ……」
 バタム
 いきなりドアが開いた。そして、一人の男が飛び込んでくる。
 彼はぐるりと辺りを見回し、アヤコを見つけると、叫んだ。
「見つけたぞ、アヤコ・カタギリ。さぁ、俺と勝負だ!」
「アンビリーバボー。信じらんない。まだ追いかけて来たのねぇ」
「当たり前だ!」
 長い黒髪を後ろで束ね、羽根帽子を被ったその男は、そう言うと背中から竪琴を外して右手に構えた。
「あの時の屈辱、今こそ晴らしてみせる! 俺が上だと証明することでなっ!!」
「おいおい、勘弁してくれよぉ」
 ヨシオが悲鳴を上げた。
 と、不意にユイナが立ち上がった。ぼそっと言う。
「……うるさい」
「なんだと、俺の芸術に……」
 言いかけたその男は、次の瞬間慌てた。
 ユイナがぶつぶつと何かを言い始めたからだ。
『万物の源、それは炎の中にあり。その炎の力を持て……』
「そ、それは火炎槍の呪文!? ええい、また後で決着を付けてやる!」
 そう叫ぶと、その男は泡を食って外に飛び出していった。
「……ったく」
 そう言い捨てると、ユイナは座りなおし、食事を再開した。
 サキはアヤコに訊ねる。
「誰なの、あの人。あの顔立ち、キラメキの人じゃないみたいだけど……」
「ヒカリ・ケイイチ。異国から流れてきた吟遊詩人でね、こないだキラメキであった吟遊詩人大会の準優勝者なのよ」
「まさか、優勝は……?」
「決まってるでしょ?」
 アヤコはウィンクした。サキとユミが手を叩く。
「すごいすごい!」
「やったじゃない、アヤコ!!」
 一方、ヨシオとノゾミはため息をついた。
「キラメキの芸術も地に落ちたなぁ」
「きっと、魔王の仕業よね」
「ヘイ、そこのふたーり! 文句があるなら、あたしの演奏をしびれるまで聴かせてあげるわよぉ」
 アヤコがリュートに手をかける。慌ててヨシオがすがりついて止めた。
「ごめんなさい。俺が悪かったです」
「グッド、よろしぃ」
 満足げにアヤコは頷いた。
 サキが頬に指を当てて考え込む。
「それじゃ、あのケイイチって人、一番になれなかったのを恨んでるの?」
「そんなとこかなぁ。とにかく、あいつの場合ちょっとしつこいし、あたしも面倒は嫌いだからさぁ、逃げてるのよ」
「なるほどねぇ」
 サキは頷いた。
 アヤコはサキに言った。
「これで、こっちの事情は話したわ。今度はそっちの番よ」
「え?」
「サキは大神殿で修行してたはずでしょ? なんでピオリックの村なんかにいるのよ? 宝探しに来たなんて言い訳、通用しないわよぉ」
「えっと、それはぁ……どうしよぉ? ノゾミさん、言っちゃっても、いいかな?」
 サキは振り向いて訊ねた。ノゾミは手を振った。
「あー、もう好きにして」
「いいの? よかったぁ」
 サキは笑うと、アヤコの方に向き直った。
「実はね……」
「……という訳なのよ」
「ワァオ。イッツソーテリブル。大変なことになってるのねぇ」
 アヤコは肩をすくめた。それから、パチンと指を鳴らした。
「それじゃ、明日から地下迷宮を探検するわけねぇ」
「ええ、まぁ」
「オッケイ。じゃ、あたしも一緒に行くわね」
「え? アヤちゃんも?」
「ええ。ここに残ってもあいつがうるさいしねぇ。まさか、地下までは追いかけてこないでしょうし、それにサキ達にもちょっと興味があるしね、吟遊詩人としては」
 アヤコは笑って言った。
「なんてったって、魔王を倒すっていうのはすごいネタでしょ? 伝説が目の前で創られるっていうのに、これを逃すのはバッドよねぇ」
「うーん。あたしは嬉しいんだけど、みんなが何て言うかなぁ」
 サキはノゾミを見た。
 ノゾミは投げやりに言った。
「好きなようにしてくれる? あたしはもう寝るから」
「やったぁ!」
 ユミは小踊りすると、アヤコの傍らに駆け寄った。
「あの、あたし、ユミ・サオトメっていいます。アヤコさん、かっこいいですね! もう一度聴かせてくれませんかぁ?」
「オッケイ、いいわよ」
 リュートを構え、アヤコは叫ぶ。
「じゃ、行くわよぉ!」
「おーっ!!」
 ユミが歓声を上げる。
 アヤコはリュートをかき鳴らし始めた。慌ててヨシオも逃げ出していく。
 そんな中、ユイナは悠然と呪文の書を広げて読みふけっていた。
 その夜。
 メグミはベッドで寝返りを打った。
「うう……ん」
『メグ……メグ……』
「え?」
 自分を呼ぶ声にメグミは顔を上げた。
 正面に、シオリがいた。
「シオリ……ちゃん?」
『メグ、元気そうね。よかった』
 シオリはにこっと笑った。
 メグミは目を伏せた。
「シオリちゃん……ごめんね。私、コウさんを……」
『……メグ』
 シオリは静かに言った。
『私、コウくんが好き。でも、メグも好きなの。だから……だから、メグ……変な言い方だけど、頑張って欲しいの』
「シオリちゃん……うん。私……」
 シオリは、メグミの額に自分の額をこつんとぶつけた。そして言った。
『メグ、みんなに伝えて欲しいの』
「な、なぁに?」
『コウくんは生きてるって』
「コウさんが、生きてる!?」
 メグミは思わず息を飲んだ。
 シオリは静かに頷いた。
『ずっと東、メモリアル大陸の東の果てにいるわ』
「東の果て……?」
『そう。みんなにも、そう伝えてね。私は何もできないけど……』
「シオリちゃん……」
 シオリは辛そうに目を伏せた。
『私、コウくんに危険な目にあって欲しくなかった。だから……。でも、それが逃れられないことなのだとしたら……、避けることの出来ない、運命だったのなら……、お願い。みんなで、みんなでコウくんを守って欲しいの』
「シオリちゃん……」
『お願い……メグ……』
 ガバッ
 メグミは飛び起きた。
「シオリちゃん……」
「んんー、コウさぁん……むにゃむにゃ」
 隣のベッドで、ユミが寝返りを打った。
「……夢?」
 メグミは辺りを見回した。
 間違いなく、ピオリックの村の宿屋の一室である。
「……」
 彼女は窓から空を見上げた。そらには白い半月が掛かっていた。
 それを見上げながら、メグミは首を振った。
「夢なんかじゃないわ……。夢なんかじゃ……。だって……」

《続く》

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