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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その MOMENT

 ちょうどミラとユウコが、不幸な見張りの男を尋問していた頃。
 雪崩の通り過ぎたあとの、一面が雪に覆われた山道を、一人の少女が歩いていた。
「コウさん、何処へ行ったのかな? こあらちゃんは寝ちゃうし……」
 緑色の髪を輪に結い上げたその少女、ミハル・タテバヤシは、背負った袋を揺すり上げながら呟いた。
 その袋からは変な生き物が首だけを突き出している。目を閉じているところを見ると、眠っているらしい。
 ミハルは、左手を額にかざして辺りを見回した。その手の薬指に、緑色の大きな宝石のはまった指輪が光っている。
「何処に行けばいいのかなぁ……」
 と、不意にその彼女の足を何かが掴んだ。
「ひっ!?」
 びっくりして、ミハルはその場に転んだ。そのまま手でいざって逃げようとするが、右足ががっちりと掴まれていて動けない。
 彼女は右足に目をやって、なにが彼女の足を拘束しているのかを確かめようとした。
 それは、真っ白な人間の手だった。
「ひゃぁぁ!! た、助けて……」
 彼女は必死になって足を引っ張った。しかし、全然取れない。
 彼女はとうとう泣きだした。
「ふぇぇぇーん、ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてくださぁぁい。うわぁぁーん、助けてぇ、コウさぁん!!」
 と、不意にその手が緩んだ。慌てて足をひっこ抜くと、ミハルはそこから離れた。
 微かに、声が聞こえてくる。
「ナウマクサンマンタ・バサラダンカン」
 ゴウッ
 雪を吹き飛ばして炎の柱が立った。
「ひゃぁぁぁ!」
 思わず、さらに後ずさるミハル。
 と、起こったのと同じく唐突に炎の柱は消えた。あとには、大きな穴が残る。
 その穴の中から、妙にのんびりとした声が聞こえてきた。
「どうやら、助かったようですわねぇ」
「え?」
「よいしょっと」
 かけ声と共に、一人の少女が穴の中からよじ登ってきた。そして、まだ呆然としているミハルに向かって、優雅に一礼する。
「こんにちわ。わたくし、ユカリ・コシキともうします」
「あ、はい」
 ミハルは反射的に頭を下げてから、その三つ編みの少女がいつも公の近くにいた事を思い出した。
「あ、あの」
「はい、なんでしょう?」
 ユカリはにっこりと笑いながら聞き返した。ミハルは思い切って訊ねた。
「コっ、コウさんは、コウ・ヌシビトさんはどちらにいらっしゃられまするのでしょう?」
「はぁ、コウさん、ですか」
 ミハルのよく判らない質問に、ユカリは首を傾げた。
「そういえば、何処に行ってしまったんでしょうねぇ?」
「え? し、知らないんですか?」
「はぁ。先ほどまでは一緒にいたのですが、突然雪が津波のように襲って参りまして、わたくしずっと、意識を失っておりましたので」
「そう、ですか」
 ミハルはがっかりして俯いた。
 ユカリは辺りを見回した。
「それにしても、ここは、何処なのでしょうねぇ?」
「えっと、私にもよくは……」
「あ」
 ユカリは不意にポンと手を打つと、ミハルの方に向き直った。
「あのぉ〜〜」
「な、何ですか?」
「まだ、お名前を伺っておりませんでしたわねぇ」
「あ、ごめんなさい。ミハル・タテバヤシといいます。それから……」
 ミハルはひょいっと背中の袋を降ろして、首だけ出して眠っている動物を見せた。
「この子がこあらちゃんです」
「まぁ、こあらちゃんさんですか?」
 ユカリはまじめな顔でその動物の顔を覗き込んだ。そして、目を細めてにっこりと笑う。
「まぁ、とってもかわいいですねぇ」
「そうでしょう?」
 ミハルは、まるで自分が誉められたように喜んだ。
 と。
「このようなところに、おなごが二人とは。道にでもはぐれなさったか?」
 不意に声をかけられて、二人は振り向いた。
 一人の男が、飄々と立っていた。
 黒い髪を後ろで束ね、腰には長剣と小剣をたばさんでいる。動きやすそうな着物の上にはどてらを着込んでいる。
「あら、どちら様でしょうか?」
 ユカリは訊ねた。ミハルはそのユカリの後ろに隠れるようにして、その男を見ている。
 男は笑いながら両手を振った。
「怪しい者ではござらんよ。拙者、ムラサメと申す流浪人でござる」
「まぁ、そうでしたか。わたくし、ユカリ・コシキともうします」
 ユカリは丁寧に頭を下げた。

 ユカリが雪崩に巻き込まれ、何とか助かった経緯を説明すると、ムラサメは頷いた。
「左様でござったか。それは、捨ててはおけませんなぁ。よし、お仲間を捜すのを、拙者もお手伝いするでござるよ」
「まぁ、ご親切にどうもありがとうございます」
 丁寧にユカリは頭を下げた。
「とにかく、村に行くでござる。このような寒いところにいては、何もできないでござるからなぁ」
 ムラサメは笑った。ユカリは小首を傾げた。
「村、ですか?」
「ああ。ツカン、と申す村でござるよ。拙者、しばらく前からそこに世話になってるでござる」
「はぁ、そうですか」
 ユカリが頷いたとき、不意にミハルが悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁ!」
 二人は振り向いた。
 いつ忍び寄っていたのか、真っ白い毛に覆われた大きな猿が、ミハルの小柄な身体を持ち上げていた。
「いやぁぁ、放してぇ」
「ミハルさん!」
 ユカリが声を上げたとき、ムラサメが動いた。雪を蹴りながら、腰の剣に手をかける。
 キィン
 微かな音がしたかと思うと、猿が叫びを上げた。
 ギャァァァッ
 切断された腕ごと、ミハルが雪の中に落ちる。
 次の瞬間、ムラサメの姿は高々と空を舞っていた。猿を真っ向から斬り下げ、とどめを刺す。
 猿はそのまま倒れ、動かなくなった。
 ムラサメは剣を納めると、ミハルを引っ張り起こした。
「大丈夫でござるか?」
「あ、はい」
 ミハルは目を丸く見開いたまま頷いた。
「危なかったでござるよ。この雪猿、特に人間の肉が好物という困ったやつでござるからなぁ」
 ムラサメはそう言うと、ほっと息をついた。
 パチパチパチ
 拍手の音が聞こえて、彼は振り向いた。
 ユカリが手を叩いていた。そして、目を細めながら言う。
「古流剣術のヒエン流。その奥義の虎狼斬、ですねぇ。もう失われたと思っておりましたのに、このようなところでお目にかかれるとは思いませんでしたわ」
「おや、よくご存じでござるな」
 ムラサメは微笑んだ。そして、はたと手を打った。
「ユカリ殿、たしか姓はコシキ、と申されましたな。もしかして、コシキ流の縁の方なのですかな?」
「はい。コシキ流総師範、ジュウザブロー・コシキはわたくしの父でございます」
「これは失礼をばいたしました。総師範のお嬢さんでいらっしゃいましたか」
 ムラサメは一礼した。ユカリは手を振った。
「そんなにかしこまらないで下さいな。それより、またあのような危険な動物が出て来るかも知れませんから……」
「左様ですな。では、すぐに村に行くとしましょうか」
 ムラサメは頷くと、歩き出した。二人はその後に従った。
「この先の部屋ね。村長の部屋っていうのは」
 ユウコは慎重に曲がり角から向こうを覗いた。
「あの男はそう言ってたわよ」
 こちらは後方に気を配りながら、ミラは頷いた。
「よーし、と」
 ユウコは駆け出した。板張りの廊下を足音も立てずに駆け抜け、扉の前にたどり着きかける。
 その時、突然何の前触れもなく扉が開いた。
「!!」
 普通の人なら思わず立ち止まるところだろうが、ユウコはさらにスピードを上げた。相手が扉から出てきた、その機先を制しようというのだ。
 しかし、その目標を確認した瞬間、彼女の足は止まった。
「ア、アヤコ!?」
「!」
 曲がり角で様子を窺っていたミラも、目を見張った。
 そこにいたのはアヤコだったのだ。
 ユウコはとっさに飛び退いた。忍者としての第六感が彼女に警告を鳴らしたのだ。
 アヤコはにっと笑った。
「侵入者、排除する」
「!?」
 ユウコは身構えた。
 アヤコはリュートを構えた。
「まずい!」
 とっさにユウコはとんぼ返りを打って、曲がり角まで後退すると、耳をふさいだ。
「ユウコ?」
「早く逃げよ! 思いっきりまずそーじゃん!!」
 そう言うと、ユウコはそのまま走り出した。ミラも耳に手を当てながらその後を追う。二人とも、アヤコの呪曲の威力はよく知っているのだ。
「誰だ!?」
 飛び出してきた男が、そのまま惚けたような表情になってバタバタと倒れる。アヤコの奏でる曲のせいだ。
 彼らを飛び越えながら、二人はとにかく逃げた。

《続く》

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